妖狐の概念そのものに成り早三百年ちょい、そんな御狐様でもついに安住の地を見つけたのだった。
それは悪魔の住むとされる森で、本性の狐姿で居ても誰にも見つかる事の無い所。そこで御狐様は森の主として君臨し、絶対的な地位を確立させたのだった。しばらくは此処でただの大狐として暮らそうかとでも考えたのかは本人でも解らないが、ただそこに社が壊されて以来の期間とどまっていたのだった。
森の木々の間を通る木漏れ日を浴びながら、その日も御狐様は体を休めていた。夏だと言うのに風は気持ちよく近くを流れる小川の音が更に眠気を誘っている。本性を表している御狐様は傍から見ればただの魔獣の類に見えるだろう。
(人に見つかったとて、一人じゃ何も出来まい)
寝ぼけていたのか平和ぼけていたのか、御狐様はそこでお眠りになった。
数刻はそうしていたであろうか、人の近づいてくる気配で御狐様は目を覚ました。
(人の子、二人。神童に成れるだろうな。されどもう神の物では無いな)
目だけを開けて様子をうかがうも、此方に近づて来るスピードは止まりそうもない。
そして、二人は狐の姿をとらえたのか、空気に警戒の色が見えた。眠気のせいでどうでもよくなっていた御狐様はその二人の頭隠して尻隠さずな姿を見て目を閉じた。気を張りながらも戻論で居ると、腹を撫でられる感覚が有って目が覚めた。
『目を開けたけど、大丈夫かな?』
黒髪の少年と金髪の少年。どちらも神童と呼ぶに相応しい才能を持っていた。しかし、年齢からして神童とはもう呼べなかった。
(どこぞの民族言語か、我には理解できぬ)
『大丈夫だって!追い払う気があるなら威嚇して来るからな!』
手を伸ばしたのは金髪の少年で、黒髪の少年はそれを不安そうに見ていた。とりあえず脅威として見られていたわけではないと解った御狐様は軽く尾を振り、再びまどろみ始めた。
意識が覚醒していくうちに、腹の辺りに僅かな重みを感じた。感覚を集中させてみれば、神童と言った二人が自分をベット代わりに寝ていたのだった。
(何ともまぁ怖いもの知らずな。このような奴らが大物に成るのだから人の世は面白いのだがな)
軽いため息をついて、御狐様は尾を彼らに被せた。十を過ぎたであろうこの二人は、今までに見た事が無い衣装を着ていた。
(油断させて襲う様な獣など多いだろうに。寝首をかかれても知らぬぞ)
何となく森に成れていた様な気がしたのも有ってこの近くの集落で生まれ育ったのだろうと踏む。眠くも無いが動くのも億劫なのでこの神童を良い訳にぼーっとする御狐様。
(思えば子供の寝顔など初めて見る、か?)
少なくとも千五百年位の記憶の中では、まじまじと見るのは初めてだっただろう。金髪の方は警戒心の欠片も無いようで前足の付け根辺りを抱き枕代わりにしている様に思えた。
『ん、ふぁ~』
今度は黒髪の方が起きた。伸びをして眠気眼であくびをして、片割れを起こそうとして御狐様と目が合う。首だけを上げている大狐と立っている自分と目線が地面と水平なのだ。そりゃ驚きもする。慌てて隣の片割れを揺り起こした。
『ちょっとクラピカ!起きて起きて!』
『ん~?何だよパイロ』
取りあえず眠気覚ましにという事で、御狐様は悪戯半分に彼に顔を近づけすりすりと懐いたようにすり寄ってみる。多少驚かれたけど、敵意のない事は伝わったらしく困惑しながらも撫で返してくるのだった。
そんな事が有ったせいか、それから数日おきに来るようになっていた。
そのたび御狐様は静かに座っている状態だったけれど、尾を猫じゃらしの様にして遊ぶ位の事はしていた。そして御狐様自身、何時消えた方が良いかと思い悩むようになった時に、いつの間にか彼らが来ることは無くなっていた。
(寂しい、と言うのだろうな)
いつも有った光景が消える事が寂しく美しいと言うのは、神であった時に散々思い知ったはずだった。それでも湧き上がる感情は、神としてはいらない物だった。だから消し去った。その時は。
今はどうだろうか、消し去る必要も無く自分勝手に行動できる。それが素晴らしい事と解りながらも、神童の成長のためと、探されようとも逃げるようになったのだ。いつか人型で酒でも、と思いながら。
それからずいぶん経った有るときの事。人型を取っている時、暇だったことも有って気まぐれで森の道近くをうろついていた。すると遠くから地走鳥の駆ける音が聞こえて来た。
(野生、じゃないな。誰か乗っているのか?)
近づいてくる鳥に、誰か乗っている事に気が付いてからは早かった。御狐様は乗っているのがいつかの神童だと気が付くと、面白い事に成りそうだと直感して後をつける事にした。
彼ら二人が向かっているのは市場らしく、鳥には手綱と荷物を入れる袋が有った。そして夜も更け、彼らが仮眠をとると言う時に成って、初めて御狐様は異変に気が付いた。
(目が見えないのか?それに足も何かしらの後遺症を持っている)
直してやろうかと思ったが、自分のやっている事が完全にストーカーだと気が付いて、御狐様はさらに悩んだ。それに加え、彼らは念の事を知らない訳だし、人の姿で姿を見せれば不審者、狐から人に化けるさまを見せても魔獣と言う位置づけに成ってしまうだろう。
(見ていても何も出来まい、ならばもう戻るか)
最後に見た時よりも成長している彼らの事を最後に一目だけ見て、御狐様はその場から立ち去った。
数日が立って、御狐様はまだ最後に彼らを見た場所周辺に居た。どうしようもないと考えながらも、自分のために成るかどうかの瀬戸際としてどうにか出来ないかと策を巡らせていた。
そして再び地走鳥の走る音が聞こえた。振り返れば今度は金髪の少年だけが鳥に乗っていて、前に乗っていた時よりも真剣な眼差して走らせていた。買い物に行くにしては身軽なことから、旅にでも出るのだろうと予測し、今度は大狐の姿で後を追った。
(どこかに行くと言うの成れば、加護位授けてやってもいいかも知れぬ)
森を抜け、彼が鳥から降りた時に、最後のつもりで後ろを振り返った。当然御狐様の姿も目に入り、懐かしいやらなんやらの複雑な表情をしたのちに、彼は言った。
「行ってきます」
遊んでいた時とは違い、綺麗な公用語だった。御狐様は何をするでも無く佇んでおられたが、彼の姿が見えなく取ると同時に森の中へと帰って行った。それでもそこは御狐様、神の加護を授ける事は忘れなかった。万が一の事が有っても、その加護が続く限りは彼は生きていけるだろう。
それから数週間が立った。御狐様にとっては退屈だろうと一瞬で片付く時間とは言え、人にとっては一日一日の変動はとても大きい物なのだろう。
風に乗って届いたモノは、血の匂い。方向から察するに神童が生まれた所だろうと狐姿で森を駆ける。万が一、自分の目の付けた童に何かあっては嫌だと思ったからだろう。
途中、とんでもなく血の匂いが強い連中とすれ違った。その事からしてもうとっくに結論は出ていたのだろうが、一応のため御狐様は里に向かった。勿論の事、連中に気が付かれない様に。
(強い力を持っている、いつかはちあうかもしれぬな)
それでなくても、もし自分の目をつけた童に何かしていたのであれば、神罰を下す事に成るのだろうと思いながら。
結果は、言うまでも無く血の海だった。御狐様は横たわる死体を見て回り、目が赤い事に気が付いた。
そして反射的に人型に成り後ろに飛びのく。
御狐様が避けなければバラバラにされていたであろう。
謎の、いや、『
自らと同じ存在のモノに