『さて、食についてじゃったな』
御狐様が壁にもたれかかりながら発言する。気持ち不機嫌そうなのは気にしない方が良いだろう。そこまで追求できるほど彼らは出来た仲では無い。
『二次試験、予測してたんですか?』
二次試験が料理関係である事を会場に用意されている調理器具から察し、パイロは机に手を掛けながら困った表情で言った。
シャッターを挟んだ外側には試験官が居て、今丁度一題目が出されたところだった。
『出来る訳が無かろう。未来予測の神は今はもう既に潰えた』
『そうですか』
『いたとしたら、が付くがな。我らは人の無意識下での認識によって出来ておる。アレは、それでは足りぬ』
御狐様なら、山の神、稲荷。パイロなら、悪魔(クルタ族の)。そう言う様に有る程度決まった言葉で初めに思い浮かぶ姿や性格、それがそのまま具現化されているのが彼らだ。だから、原始の神など、そんな万能な神が生まれるまでに必要なエネルギーはそんな無意識下での存在として生きるには足りなさすぎるし、元から作られるまでにどれだけ必要な物か。
『それで、食。でしたっけ』
『お主もちゃんと取って居るか』
悪魔の食事、負の感情と言う人間からすれば悪食この上ない物。
『見えるんですよね。ジサツしたいって思う人の本気度合と言うか、死に際が迫ってる人』
『未練を無くす方向性では無いのだろう?』
未練を無くせば思いを食すことは出来ない。と言うよりもその前に、死に際が迫ってる人が見えるとは普通死神が持っていそうな能力である。
『夢枕に立って復讐計画を一緒に組み立ててるんですよ。勿論実行できそうな人間を選んでますけどね』
後良い食事場が有るんですよと、さわやかな笑顔で言うが、それはある意味掲示板サイトなどで有名な名所ではなかろうか。なんだかんだ、彼もしっかり悪魔らしく過ごしている物だ。
『まぁ皆さん復讐の途中で不慮の事故が起きて、最後までやり遂げられませんでしたけど』
『される側も、助かりはしなかった癖に何を申すか』
『解りました?』
要するに、不慮の事故故の死亡者は数えられないと。ちゃんと食事をしている事へ安堵した御狐様は、話を続けた。
『我らも経口捕食は可能、と言うのは知ってたか?』
『むしろ取り込み方のイメージが上手くいかなくて、経口捕食しか出来ないです』
そう言えば人間上がりだったなと、御狐様は思うのだった。一応が付いても、やっぱり人間としての理性は消えても本能は残っている。食欲睡眠欲etc。
彼女からすれば面倒な事この上ないが、人が生きる上での進化だと思えばその内消える人間性だろう。そう考えれば可愛い物だった。
『……人の食物からエネルギーを補充出来ると言うのは?』
しばらくの沈黙の後、彼女は頭を抱えながら発言した。エネルギーとは、言わずもがな、念の事である。
『食べる事が出来るのは知ってます』
『職人と言われる位の高い人間の作った、心のこもった物、それを食べれば何もせず一日を過ごせるだけのエネルギーは手に入る』
何もしなければ、活動しなければ。という事はつまり寿命、存在できる年月を一日伸ばす単なる悪あがきでしかない。パイロもそれに気が付いているせいか往生際が悪いですねとブラックすぎるジョークを挟んだ。
『その理論で行けば職人作の無機物からも取れる事になりますけど』
『物を壊さずに喰らうのは難しい』
遠まわしの肯定にどう反応したものかと思うパイロ。彼は台所に置かれた包丁を手に取って見定めると、刃の部分に噛みついた。
(知識を得れば即実行。それも一つだが、壊したらどうするつもりじゃあ奴は)
彼女の視点から見れば背中しか見えないが、何をしているかなど一目瞭然だった。
刃に噛みついて咀嚼するまでも無く物理的な物体だけを手で抜き出して、口に残った職人の思いを飲み下す。
(腹の足しに、と言うよりも嗜好品の方が近い、かな?)
彼女にとってはそれだけでも有りがたいのかとも考えたが、いまいち信仰心だどうのと言われても基準がまだハッキリしていないせいか彼にはそれをわざわざ食べる意味が解らなかった。彼は知らない。
全盛期のジャポンはそう言う品であふれていた。それを彼は知らず、今の世でかなり減った職人の品でさえもそこまでの物と思っていた。
そのそこまでの品と言ったものでさえ今では貴重だという事に気が付くのは一体いつになるのだろうか。
「次はこれよ!」
勢いよくシャッターが開かれて、受験生たちが入って来る。開かれた刹那に彼らは陰で自らの姿を消す。そして、窓の方から建物を出る。
木の上に移動して先ほどの試験官が隣の木の上で様子見しているのを見つけた。声をかけるかとジェスチャーされたが彼女は首を横に振る。
「握りズシしか認めないわよ」
途中途中で途切れて試験官の、メンチの声が聞こえて来る。
『知ってますか?』
『ジャポン食の一つじゃ。先ほど言った我らも食せる品が多い』
職人が多い=高級食品だと言う意味で言い、それを彼は正しく受け取った。そして思う、食べてみたいと。食として腹にたまるのは今では数少ないジャポンの職人だけしか作れないと言うのが痛いが、本場で食べようと思うのだった。
そして彼は気が付いていない。心を込める=念を込める。我が子のために作ったおかゆだって時にはスーパー非常食と成りえる事に。
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『ゆで卵かぁ、あれも美味しいのかな?』
『思いは本能では無い。本能故に子を育てるアレらを食せども腹にはたまらぬ』
でも味は感じるでしょう。そう言いかけて飲み込む。そもそも狐は山に住む。だから魚を、ましてや生魚を食べると言うのは正しいのだろうかとも思う。捧げものとして食べた事有るなら別であるが。
御狐様の言うアレらとは、即ち本能に生きるクモワシの事である。第二次試験、やり直しとなって作ったのはクモワシのゆで卵。ゆで卵と言う美味しく成れと言う思いが向かっている先が御狐様でない以上は彼女は食べないだろう。
詰まる所、いまだ味覚を持っているのは悪魔としてもおかしいのだと彼は悟る。
(生きてるうちに、食べてみたかったなぁ)
人として有る事を許された思考回路が無意識にそう考える。勿論声に出せるはずも無いし、十秒後には自分でも有り得ない未来として切り捨てる事が出来るのに、である。
(いっそパイロの記憶だけを消してしまえれば、もう少しばかり楽になるモノを)
御狐様は思う。そもそも彼の異常なまでの悪魔としての馴染み具合は可笑しいのだ。彼が最も思いを寄せる相手がそれを望んでいないと絶対にありえない位に。
つまり、その彼が望んでいるのだ。復讐を望む性格であれと、望まれているのだ。
(難儀な事よの)
それでもそれをしないのは、大陸の外、遥か遠い過去に前世が住んでいた土地を思っての事。
(この二度目の世が、何時まで持つか。せめて、あの地へ人が向かうまでは)
そんな事を思っているなんて、パイロは知らないだろう。そうして、二次試験は大した余興も無く終了。三次試験まで、一夜の猶予が設けられた。
御狐様に残された時間は、実は彼女の生に比べれば残りわずかだったりする。
次回予告 御狐様と制限時間
自分がいる事に関してネテロ会長と話し合う御狐様。その結論は一体?