平凡な人間が死んでから幾年経ち、御狐様は今日も人の事をただ見ている。見ているだけで、特に何かする訳でも無い。恐らく、と言うか十中八九それが祟ったが故の騒動だったのだろう。
「成程」
そんな呟きが聞こえた時点で、御狐様は姿を隠すべきだったのかもしれない。山伏みたいな男を社の上から見下ろして、何となく目が有ったと思った時点で。
「この社には妖怪が住み着いている!」
(もともと我は妖怪と同一だったモノなのだが。今更な)
山伏は大声を張り上げて民衆の注目を集めた。神主が慌てて飛び出て来たのをきっかけに参拝者からひそひそとした話し声が聞こえて来る。言っている事なんて耳を澄まさなくても解る位に顔が物語っている。御狐様に対して疑惑を持っている様子だった。
「___と言う訳でして、妖を退治してもよろしいでしょうか?」
「そう言う事でしたら、是非お願いします」
御狐様がどういう存在だったのか、段々と解らなくなっていったのだろうか。心が移ろう事に御狐様は美しさを見ている節があるが、これはには流石に怒りを覚えた。
(少しばかり、灸を据えてやらねばいけぬかもな)
自分の存在が居なくなるだけで、住みにくいこの土地は荒れ果てていくだろう。それだけで人は神を崇め奉り、畏れ、そして生贄をささげることも有る。山伏が何を思っているか解らないが、御狐様の事が見えるだけな人物だとは検討が付いていた。
「さて、そろそろ出てきたらどうだ!妖!」
「妖とは失礼だな」
人型を取った御狐様が、人目の付かない場所まで来た山伏の前に現れる。並大抵の者ならば、この時点で気が付くのだろうが、恐らくこいつは素人。そんな事すらも解らないのだからコイツは凝が出来るだけで止まっている初心者だ。
「お主の様な面妖なモノは成敗してくれるわ!」
(面倒な、一時消えれば心を戻せる、だろうな)
「成敗するまでも無い!我はこの地から去ろう。その時に後悔せぬことだな!」
御狐様は、そう言って狐に化け空の彼方へと飛び立った。山伏は経だか何だか良く解らないモノを必死に唱えているが、それらしいことをしているつもりなのだろう。本像がある社を長い事は慣れる事は出来ないが、それは御狐様の存在している時間に比べればの話である。
(勢い切って出て来たは良いモノの、しばらくどうして過ごすか。他の神の社にでも参るか)
次に人に見えない人型に成って空を飛んでいる御狐様の姿を捉えたのは御狐様の同種だった。
幾日かが過ぎ去って、御狐様は風の向くまま海の方面まで来た。人のふりをして、深くかぶり物をして髪の毛を隠す。それだけで人の世の中に溶け込めたのだった。
(ふむ、このあたりの社は我の所に匹敵するだけの大きさらしいな)
当時、ジャポン五大社と数えられている社が有った。この五つを全て一年以内に回れば、必ず極楽浄土に行けると言われているのだった。
勿論の事一つは御狐様の稲荷の社。そしてこの度御狐様が参った社もその一つ、人魚様と呼ばれる神が古来から祀られている社である。
「そこの狐様や、私の社に何か用かえ?」
何処からか聞こえて来る声に、御狐様は周囲を見回った。人の流れに逆らって、人よりもはるかに優れた耳が掴んだ声の聞こえて来る方角に向かっていく。後の絶と呼ばれる技を用いているため、立ち入り禁止の場所に立ち入っても誰も咎めることは無い。
「特に用はない。人が妖呼ばわりするから捨てて来た」
人魚そのものだった、人の作ったであろう神域に、彼女は居た。神としては珍しい、女性で固定されている神様は池のふちに腰を掛けていた。その神様に足は無く、代わりにあるのは魚の様な尾ひれだった。
「あら物騒な、でもそのおかげで噂されるほどの御狐様に会えたことには喜ぶべきか?」
「知らぬ、社に来たのも偶然じゃ」
冷たく言い返すも、人魚様はただくすくすと笑うだけ。煌びやかな礼装の袖で口を隠すしぐさをしながらも、人魚様は御狐様に聞いた。
「家出、いえ社出ね。をして、何か解った事は有るのかえ?」
「我と同種が居ると知れた事だな。余り出た事が無かった故、居るかもしれないと思っていただけだったのだが」
御狐様はそう言って池の傍に腰を掛けた。そして自分と同じ存在をじっと見つめる。現在の性別は男なだけに、少し不躾かも知れないと思ったが、両生類としてカウントしてもらおうと思った。性別なんて、彼にとってはどうでも良いのだ。
「そうなの?まぁ我も見知っている程度の物だけどな」
「他に誰ぞ居るのか?」
「東方面に福神様、北の島には鬼神様、御狐様の社のもっと先には龍神様。噂だけなら、海を越えた大陸にも居るらしい」
そんなにいるのか、そう思いつつも御狐様はここから一番近い社の場所を問う。人魚様曰く、それは福神様の所らしい。
「そう言えば、貴方は妖狐と同一視されておるんだったな」
人魚様が水の中に身を鎮め、顔と手だけが見える姿勢で御狐様の返答を待つ。
「そちらこそ。人魚は元は妖怪であろう?」
「何を言うか、水神様とも同一視されておるわ」
そう返される御狐様は透き通っていて、水底が簡単に見えてしまう池の水に手を付けてみる。それはとても冷たいのと同時に、不浄な念が一切感じられなかった。
「この水はな、私と同時に具現化された物じゃ。人から見れば我を奉る場所に勝手に水がわいて出たように見えるだろうな」
何故かとても得意げに言った。つまりは人魚様とこの冷たい水は一心同体と言ったものなのだろう。そう言えば礼装以外に特に付属品が無かったと御狐様は思う。
「まぁ良い。良い交流に成った。礼を言う」
「あら、お次はどこぞへ?」
立ち上がって飛び立とうとする御狐様に、人魚様は好奇心の入った含みのある、慈愛に満ちた表情で問うた。その問いに、御狐様は口元に笑みを浮かべて、悪戯っ子の様に答えた。
「まずは鬼神とやらにでも参ってみるわ」
その心は、あからさまに妖怪と同じに扱われやすい名前に、自分を重ねたからだろう。
次回予告、御狐様の初死闘
予定よりも第一章が長くなることが確定しました。簡単に言うと複線のためです。なんだかんだ、その内神様たちは自分の社に縛られる事も無く勝手に活動していく感じに成るので。
そうなるとどうしても原作キャラがどっかの神様の神童とか、それに関する御狐様と保護者みたいな他神様の葛藤とか、悪魔として登場する原作キャラとのすったもんだが書きたくなったので。