あぁ、何回ぐらい拳を撃ちつけあっただろうか。
日は沈み、暗くなり、日は昇って、明るくなり、そしてまた日は沈み・・・・
今は、今はまぁ明るいな。
互いに一歩も引かず、ただがむしゃらに拳を振るい続けた。
いくら拳があいての体を捉えようと、二人は決して怯まない。怯んだら、負ける。
二人のふん張りのせいか、足元は大きく凹んでいた。
生徒会長の腕章を持つ、2mを越す大きな「英雄」。
そして、その「英雄」と拳を交わすのは、まだ入学して間もないであろう女子生徒だった。
「知られざる英雄」日之影空洞は不思議に思った。
幾度となく「悪」を払ってきた彼だからこそわかる。
目の前の彼女はおそらく「悪」ではない。いや、むしろ絶対的な「正義」の人間のはずだ。
なのに、なぜ彼女は俺の邪魔をしたのだろうか。
「悪」をかばうのだろうか。
しかし、その疑問はやがて拳のぶつかり合いの中に消えた。
人を殴る時のコツは、相手を人だと思わないことだ。
人を蹴るときにはもちろん、道路を歩くように踏みしめろ。
いつだってそうだ、俺が「悪」を払わなきゃ誰が払う。
だから、たとえ仏が「悪」かばうのなら、俺は仏ごとぶちのめす。
ーーガクンッ!!!
空洞が次の一発を込めたその瞬間、彼の目の前の彼女は膝が砕けたかのように体制を崩した。
好機。それはそうだ、こんなにも長い時間全力で殴りあっていたんだ。
体力の限界なんてとっくに通り越していたはず。
空洞はその大きな拳に全力を込めて、一気に彼女めがけて振り下ろす。
しかし
空洞もまた膝から崩れ落ちた。気づけば、自分が大きく肩で息をしているのが分かる。
情けない。そのまま空洞は体を地面に落とす。もう立ち上がる気力は無かった。
それは、彼女も同じのようだ。
時間と共に頭も冷静になり始める。
すると空洞の中でふつふつと疑問が沸き上がってくる。
それは「なぜ彼女は戦っていたのか」ということだ。
「なんでお前はあいつらを守ろうとするんだ」
自分でも驚くほど、その疑問は無意識に口から出た。
「お前はあいつらとは違うだろ、なのにどうしてあいつらの味方をする」
あふれてくる
すると彼女はよろよろと立ち上がり、答える。
「・・・悪い奴を差別する人間は、次に弱い奴を差別する。続いて愚かな奴を差別して、更には強い奴を差別する」
彼女は顔を上げて、空洞の目を睨む。
「そして最後に、自分自身を特別な
わからない。だからといって悪を払うことが間違っているという理由にはならない。
「わかんねえよ。あのときお前が守ろうとした生徒は更正の余地もない、微塵もねえ札付きだ。そんな奴を救うことに何の意味があるんだ?」
「・・・・たとえば、あのときのあの生徒は、病弱な妹がいて、彼女のために強くなければと思っている。両親から虐待を受けたせいで、人との距離間が分からないだけで、心の中では人に優しくしなければと思っている」
「・・・・・・そんな話は初めて聞くが、本当か?」
空洞の気持ちが揺れる。
「いや、知らん。そうかもしれんと言うだけだ」
空洞の中で何かが弾けた。
「ふざけんなっ!お前は結局、俺に逆らいたいだけなんじゃねーのか!?俺が被害者の味方をするから、自分は加害者の味方をするっつーのかよお!!」
さきほどからの彼女の言葉の一つ一つが気に触った。
結局のところ彼女は、空洞をおちょくっているだけなのではないかと思えた。
彼女は答える。
「まぁ、少し違うがある意味そうだな」
その顔はどこか誇らしげに見えた。
「だって、貴様が被害者を守り、私が加害者を守れば、
生まれて初めてだった。
そこまで無防備に、まっすぐに人間を信頼した言葉を聞いたのは。
こいつは俺を同志だと思っていた。俺を
彼女の語る理想論は余りに馬鹿馬鹿しくて、矛盾だらけの言葉だ。人間ってのは、そう簡単な生き物じゃあない。
でも、いつの時代も彼女みたいな馬鹿ヤロウが世界を変えてきた。
空洞は不思議と、こいつならできるんじゃないかと、本気でそう思った。
あぁ、こんなことを言われちまったらなぁ・・・・。
空洞は心の中で
空洞は立ち上がって、彼女に手を差し出す。
「なぁ、お前。生徒会長にならないか?」
☆
一方その頃。
影照は、百町と冥加と一緒にファミレスに訪れていた。
理由はもちろん、武神と化した呂布モード冥加ちゃんのご機嫌とりだ。
「802213254412365(こんなことじゃ、わ、私の機嫌はー)」
「はい、冥加。アーン」
影照はチョコレートパフェをスプーンですくい、冥加の口元まで運ぶ。
ーパクッ
「っ~~~♪」
ほっぺたを押さえて、幸せそうにパフェを頬張る。
呂布モード冥加ちゃんが、にゃんにゃんモード冥加ちゃんになったぞ、やったね。
その様子を、にこにこしながら百町は眺めていた。
「破魔矢くんも何か頼みなよ、今日は俺がおごるからさ」
そういって影照は、メニュー表を手渡す。
しかし、百町は渡されたそれを受け取り、めくるでもなく、ただ不思議そうに見つめていた。
「どうしたの?」
「え、あ、いや。私、実はこういうところは初めてでして」
「え、ホントに?」
「はい、幼少期から外出する事なんて、医療検査の時ぐらいでしたので」
百町はぽつりと話し始めた。
まだ4才くらいの頃、病院で異常中の異常であると診断されて以来、常に身柄は病院に確保されていたと。
箱庭学園に入るまでは、本当に外出なんてものはしたことが無かったんだと。
影照はふと冥加を見る。冥利を思い浮かべる。
この二人が通っていた箱庭病院は何故か、ほどなくして潰れてしまった。
もし、あのまま箱庭病院が続いていたなら、この妹と弟もきっと・・・・。
「じゃあ、俺のお気に入りのヤツをごちそうするよ」
影照は店員を呼び、軟骨の空揚げを頼む。
・・・あと、追加でハンバーグを。冥加の分です。
「あの、これも不思議だったんですが。何故、あなた方は私と行動を共にしているのでしょうか?私はあなた方の何でもないというのに」
少し警戒の目を向けて、百町は尋ねる。
「あははっ、別に取って喰おうって訳じゃないよ。成り行きだと思ってくれ」
影照の頼んだ軟骨の空揚げが運ばれてくる。
影照は、レモンを絞りひょいと一つ空揚げを口に入れる。
出来立てなのでまだ熱のこもった空揚げが、口の中で軟骨独特の歯ごたえを刻む。
「破魔矢くんも食べなよ。ほい」
影照はそのお皿を百町に差し出す。
百町はしぶしぶ空揚げの一つを摘んで口に入れる
「・・・・・・旨い、ですね」
「なら良かったよ」
百町は一つ、また一つと空揚げを口に運んだ。
ちなみに影照は冥加がまた、店員を呼ぶボタンを押そうとしたので説教中である。
百町は軟骨の空揚げを平らげ、どこから出したであろうナプキンで口を拭う。
「ごちそうさまでした」
丁寧に頭を下げる百町。
時折見せるこういった姿を見る限り、悪い人ではないということが十分に分かる。
「いや、いいさ。じゃあ帰ろっか」
またボタンを押そうとする冥加をはたく。
「えっ、ちょっと待ってください」
百町は、会計を済ませようと立ち上がった影照と冥加を呼び止めた。
「?」
「いや、ですから、あのー。私に対して何か、こう、見返り的なものは求めないのですか?」
「見返り?何の?」
「空揚げを食わせてやったからフラスコ計画の内容を教えろとか、仲良くしてやったから工作活動を手伝えとか」
「・・・・・・プッ」
途端に影照が笑い出す。涙が滲むくらい笑っている。
「な、何か私の話に愉快な点でも?」
「愉快すぎるよ破魔矢くん。別に俺は君から何か得ようとしたくてこんな事してるわけじゃないよ。食べて欲しかったから食べてもらっただけで、仲良くなりたかったから仲良くなろうとしただけだよ」
影照は滲んだ涙を、服の裾で拭う。
「それとも破魔矢くん、君は空揚げだけでフラスコ計画の話をしてくれるのかい?」
「し、しませんよ・・・」
百町は顔を伏せがちにして、眼鏡の位置を直す仕草をする。
「では、私が生徒会に入ってあげましょうと言ったらどうしますか?」
「・・・・生徒会?」
少しの沈黙が流れる。
「あっ、生徒会役員集め!」
すっかり忘れていた影照。頭から電球が浮かんで見える。
「総括さんは、あなたの情報を隅々まで調べていましたからね。影照さんは役員集めの為に計画に介入されたのでしょう?」
少し呆れながら話す百町。
「そうだった。うん、そうだよ!破魔矢くんが入ってくれるなら大歓迎だ」
「はぁ・・・良いのですか?こんな敵か味方かよく分からないのを入れても」
「むしろその方が良い。うちの会長さんは、ちょっと独りよがりなところがあるからね。破魔矢くんなら彼の抑止力になれるよ」
意地悪そうに微笑む影照、それにつられて百町も意地悪気に微笑む。
「百町破魔矢くん、君に副生徒会長になってほしい」
「私みたいな異常中の異常でもかまいませんか?」
「あぁ、大歓迎だよ」