些細無二年生、私も彼のことを知らない訳じゃない。
前風紀委員長として、人知れず最高の成績を残し人知れず引退した。
その功績は全て雲仙二年生のおかげだとみんなは言っているが、私はそうは思わない。
かつて私の前任の生徒会長だった日之影空洞のサポートを徹底して行い、不良生徒達を組織化させないように風紀委員を動かす。
そんな彼は「英雄の影」と
彼にやはり私は敵であって欲しいと思う。
「善吉っ!」
勢いよく資料室の扉が開かれる。
急いでいたのだろう、めだかは肩で息を切らし、うっすらと長い髪が汗で濡れていた。
「あぁ、生徒会長さん」
一人イスに腰掛ける影照が首だけ振り向く。
「善吉はどこだ?」
「ん?そこにいるけど」
影照が指をさす方向に、膝をついてうなだれている善吉がいた。
特に外傷なんかは見受けられない。
めだかは急いで善吉のもとに駆け寄る。
「どうしたんだ善吉っ!」
「え?あ、あぁめだかちゃん」
「何故そんなにうなだれている?」
「い、いやぁ。何でもないよ、ほら!」
慌てて善吉は立ち上がって、スクワットをしてみせる。そのぎこちない笑顔でするスクワットは見ていて滑稽だった。
「あはははは!」
途端に影照は笑い出す。
「さっきから私は状況が上手く飲み込めないのだが、どういうことだ?」
「いやぁ、実は善吉くんとオセロをしてて」
影照の指をさす方向には白一面にされたボードがあった。
「負けたら一発ギャグ、みたいなのをやってたんだ」
「ちょ、先輩!言わなくてもいいっしょ!」
ワーワーと楽しげに騒ぐ善吉と影照。
どうやら私の思い違いだったようだ。しかし、注目すべきはそこではない。
めだかは白一面のボードを見つめた。
私は小さい頃から善吉を知っているが、オセロが苦手な訳では無いはずだった。やれば人並み以上には出来るヤツだったがー
「フッ、面白そうではないか。些細無二年生、是非お手あわせ願いたい」
「ふふん、良いのかい?俺強いよ」
「いやいや先輩、めだかちゃんは十手先までよみますからね、先輩じゃかないませんよ!」
こういうとき、善吉の野次馬度が高くなるのは何でだろう。
「私が負けたらストリップでも何でもやってやろう。しかし貴様が負けたら、少しばかり風紀委員会との関係を懐柔させるのを手伝って貰うぞ」
ーーカタカタカタ
「えっと、三十三対三十一で・・・・・・先輩の勝ちです」
「ッシャー!」
大きく右手を振りあげて影照はガッツポーズをする。
「ふむ、これは私の負けだな」
めだかはボードを見つめて、深く頷く。
「私の、負け・・・だな・・・・・・」
そして落ち込んだ。
「些細無先輩、凄いっすね。角を全部とられたに関わらず勝っちまうなんて」
善吉は心底驚いていた。
小さい頃から全てがずば抜けて秀でている幼なじみが、こうもあっさり勝負事に負けるなんて初めての事だった。
「オセロは全ての勝負事の基本だからね。長所ってのは脆く、短所に変わりやすい」
影照はボードを片づけ始める。
「ところで些細無二年生、約束だ。私に何か要求することはあるか」
まだ少し落ち込んでる様子のめだかが尋ねる。
「そうだなぁ、いざとなるとあんまり思いつかないや。考えとくよ」
片づけのすんだ資料室に一人、影照は何をするでもなくボーッとしていた。
「今帰ったら空洞の手伝いだよなぁ・・・」
ボーッとしていた。
ーPrrrrr
携帯が鳴る、マナーモードにしていなかった事に驚き電話をとる。
「もしもーし?」
『影兄、こりゃどーいうことだ』
電話の相手は冥利のようだ。声色から不機嫌そうなのが分かる。
『人吉善吉も黒神めだかも、怪我一つ負わないでピンピンしてやがる。むしろ生き生きしてるようにも見えるぜ、何であいつらを潰さなかった?』
「・・・・・・まだ早い」
『ケッ、そんだけ豪勢なメンバー揃えといてよく言うぜ。言ったよな?影兄が何もしないんだったら、俺が俺のポリシーに乗っ取ってあいつらを潰してやるって』
「冥利、今じゃないんだ」
『影兄は指をくわえて見てやがれーバギバギッボギンッッブツッ・・・・・・』
・・・あまり、やり過ぎなければ良いんだが。
☆
「いやぁ、奇遇だね空洞」
「テメェの考えてることは俺には全部お見通しだぜ」
影照はしばらく資料室でボーッとしていると、そういえば片づけ作業に入ってから一回もトイレに行ってないことに気づいた。
人の体とは不思議なもので、こうなると何故か急にトイレに行きたくなってしまう。
しかしここで動くとサボりがバレてしまいそうだからと、教員用のトイレに駆け込んだ。
そして用を足し終え、トイレをでると、それはそれは大きな空洞さんが腕組みをして待ってるではないでしょうか。
「さぁ、まだ書類の山は残っている。ていうか、もともとあれはお前の仕事だろうが」
そう言うと空洞は影照の首根っこを掴んで引きずっていった。
風紀委員会室、「元英雄」とその「影」。
二人イスに座って並び、机に向かっている。なんとも地味でムサ苦しい絵面だ。
「おい影照」
「何?」
二人とも視線は手元の書類に向けたまま会話する。
「お前の“
「無理、ごめん!」
「ー諦め早いな!」
あれ?空洞ってこんなキャラだったっけ?
「何で無理なんだよ、パッパと終わらせたいじゃないか」
「うーん、集中力っていうのは興味とか関心が無いと続かないだろ?ま、そう言うことだよ」
影照はペンを机に置いて少し伸びをする。
硬直していた筋肉がギシギシいっているのが少し心地よい。
「そっか、だからお前バカなんだな」
わざわざ手伝ってくれてるので、わざと聞こえなかった事にしてやろう。
そしてまた、ペンの走る音だけが聞こえる。
「しっかしー」
影照が呟く。
「何でみんな居ないんだろう。呼子さんも鬼瀬ちゃんも」
このムサ苦しい地獄絵図に清涼剤が欲しくなる。もういっそのこと不知火ちゃんでも良いから来てくれないものか。
「ヤッホー☆呼ばれた気がしてジャンジャジャーン!」
勢いよくドアが開かれ、愛くるしい小柄の不知火ちゃんが入ってきた。
先ほどまでお菓子を食べていたのだろう、甘い匂いがふわっと部屋に広がる。
「呼びましたー?些細無先輩?」
きゅぽきゅぽと影照と空洞の周りを跳ねる不知火。
「来たらいいなぁって思ってた俺を蹴り飛ばしたい」
「あひゃひゃ☆」
楽しそうに笑いながら不知火は懐から麦チョコを取り出して、もしゃもしゃと食べ始めた。
風紀委員会室でこんな行動する奴は後にも先にも彼女だけだろう。
「あ、お二人ともこれどーぞ」
空洞と影照の前に飴玉が数個置かれた。
あまり関わり合いたく無かったのだろう、空洞は渋い顔をして置かれた飴玉の封を開ける。
それに続き影照も黄緑で半透明な飴玉を口にいれた、マスカットの味がする。
「んで、不知火ちゃんは何か用があって来たんじゃないの?」
「あひゃひゃ☆ま、別にたいした事じゃないんですけどー」
その場でくるくる周り始める不知火、なんとも意地悪そうな笑顔をしている。
「おたくの委員長さんが、『風紀委員は速やかに帰宅しろ、ついでにアリバイも作ってろ』なんてことを仰っていたんで」
冥利が?、頭の良いあいつのことだからまた何かを企てていることには間違いなさそうだ。
通りで委員会室に誰もいないのか。
「おい、不知火。雲仙に何かあったのか?」
空洞の心の底にある正義感が、微妙な違和感をキャッチしたのだろう。その真っ直ぐな目で不知火にたずねる。
しかし、当の不知火は臆する様子も見せずに答える。
「いえいえ、別に何でもないですよー☆ただの子供の喧嘩だと思います。ではこれにて失礼しましたぁ」
そしてそのまま、きゅぽきゅぽと跳ねながら部屋を出ていった。
「・・・・・・影照、お前はどう思う」
空洞は腕を組み、深く背もたれに体をのせる。
「んー、まぁあいつが本当に喧嘩をしてるんだったら、それはもう“喧嘩”じゃなくて“戦争”に近いものになりそうだな」
「つまり何だ?はっきり言ってくれ、俺はあまり考えるのが得意じゃないんだから。俺はどうすれば良いと思う」
空洞はまるで悪夢を見ているかのように、目を閉じ、顔を歪める。
本当はどうしたいのか、自分自身でわかってるくせに。
影照は意地悪げに笑みを浮かべる。
「空洞、お前はどうしたい?」
「・・・本当にテメェは性格悪いな」
空洞は鼻で笑い、席を立った。
「来るか?
「ふん、素直じゃないねぇ。いいさ、ついて行ってやるよ。俺はお前の
影照は上着を脱いで、風紀委員用の真っ白な上着に着替える。
ーーズズゥン!!
どこか遠くで爆発でもおきたかのような轟音が響く。
それと同時に部屋の地が揺れ、窓ガラスがビリビリと響く。
「冥利のことだ、これくらい普通さ」
二人は歩いて部屋を出た。
あ、ちなみに説明しますと
ちょいちょいここで出てくる「マリーシア」という単語ですが
これはサッカー用語、ポルトガル語(?)で「ずるがしこさ」という意味です。
審判にバレないように反則行為を行う名称のような者であります。
プロ選手ほどこの「マリーシア」が上手いんですよ。
以上、うんちく眼鏡でした。