陰を照らした時に出来る陰   作:俺の眼鏡

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36箱目 ゆっくりお休み

蛇の位置まであと5~6mってところか。

足元を眺めながらそう推測する。

影照の目の前には、体中ボロボロの傷まみれになっている球磨川が居た。

「もうそろそろかな・・・」

 

「『よそ見なんて』『ずいぶん余裕だね』」

球磨川は倒れている状態から、体全身のばねを使ったように倒れたまんま蹴りかかってくる。

足裏にはいつの間に出現させた螺子がひっついており、それを影照に突き刺そうとしていた。

「『あれ?』」

しかし影照はそれを迎撃するでもなく、向かってくる球磨川を跳び箱の要領で、球磨川の頭に手を置いて飛び越え、かわした。

 

 

「・・・んだアイツ、球磨川あいてに遊んでんのか?」

「ケケケッ!もうそろそろ準備が整ったってことだろ」

「?」

 

 

「『・・・やれやれ』『か弱い僕を足でボコボコに蹴って飛ばして』『挙句の果てには跳び箱のようにして遊ぶなんて』『これは週刊少年ジャンプだったら規制されかねないいじめの描写だよ』」

「・・・・・・・・・・」

「『あれ?』『無視?』」

瞳を閉じて大きく息を吸い、吐く。

そして黒眼の中心が白く染まっているその目が、ゆっくりと開かれる。

「球磨川さん、降参するなら今のうちですよ」

球磨川は両手両膝を金網につけたまま、周りを見渡した。

「『あはは』」

「そうですか・・・・・・」

 

 

影照は大きく腕を広げる。

「これが、俺の勝利の布石だ(・・・・・・・・)

 

 

 

「『う』『ああああああああああああああぁァぁぁ!!!!』」

影照の動作を合図として、球磨川が急に叫び始める。

その球磨川の表情は苦痛に歪み、金網を引っ掻き、体はブルブルと小刻みに痙攣(けいれん)している。

そんな様子を、影照は無表情で見下ろしていた。

「球磨川さん、あんたの痛覚を集中させた(・・・・・・・・)。今のあんたは風が吹いただけで、服が擦れただけで、汗がにじんだだけで、体中に激痛が走るようになっている」

 

そして影照は懐から、四つの野球ボールを取り出した。

「ここで手を緩めない。さらにこれだ」

その様子を、下から苦しそうに球磨川が見上げる。

そんな球磨川を影照は見下ろし、両手を大きく振りかぶって、球磨川に投げつけた。

 

「『ガッ』『ハッッ!!!!』」

その四つの球は、全て球磨川に叩き込まれる。

さらにその野球ボールは球磨川に衝突した後、勢いを弱めることなく、金網に、壁に兆弾(ちょうだん)し、もう一度球磨川に命中する。そしてそれが何度も繰り返され、球磨川の叫び声が止むことなく響き渡る。

 

影照は、自分に跳ね返ってきたボールを球磨川に向けて蹴り返す。

金網は、その勢いで少しづつ底に下がって行く。

 

まだ戦挙開始から2、3分しかたってないが、もう網は残すところ穴の三分の一くらいまで下がっていた。

「球磨川さん、降参しなよっ。まぁ、応じるわけないよな!だったら、もうひとつの隠し玉をーー」

影照は自らのポケットに手を入れる。

 

 

「『ごめんっ!』『僕が悪かったよ些細無くん!』『だから』『だから許して!』『僕の負けだよっ!!』」

ーー!!

「・・・・・・今、なんて?」

影照の目の色が通常に戻り、兆弾する野球ボールは勢いをなくし、その場に転がる。

「『僕の負けだよ』『降参する』『だから』『もう許して』『・・・・・・』」

見るも無残なその姿の球磨川が、その場で泣き崩れながら許しを乞う。

これがあの球磨川。過負荷(マイナス)の象徴と呼ぶべき人間。

 

 

ーーーこの時、俺は全然分かっていなかった。球磨川の(こころ)を、過負荷(マイナス)の人生を。

 

 

影照は目の前で泣きじゃくる球磨川を、とても小さな存在を、戸惑いの目で眺める。

「『ごめん』『ごめん』『・・・・・・・・・・』」

必死に思考力を回復させて、影照は頭を穴の上へ仰ぐ。

「融通くん!これは俺の勝ちで良いんだよね?」

 

背後で何か物音がした。

 

「ダメだっ、些細無二年生っ!球磨川はいい台詞(こと)を言ってからが本番だぞっ!!」

めだかが必死の形相で叫ぶ。

 

 

ーグサッ!

「・・・・・・え?」

影照は自分の腹部を見る。

そこには、赤い滴をしたたらせる螺子の先端があり

その先端が出てきている腹部の周辺は、ジワジワと赤色が真白な服に(にじ)み始めている。

赤色が周辺に広がって行くとともに、影照の頭の中には痛みと恐怖が拡散する。

 

「『おいおい』『些細無くん』『僕と』『君の戦いは』『まだ始まったばっかりだぜ?』」

「・・・・・・・球磨川ァア!!」

「『そうだよ』『そんな感じの目をした君に』『僕は逢いたかったんだ』」

球磨川がグリグリと、影照の背後から突き刺した螺子を押し込む。

体内の組織が千切れる、そんな嫌な音が影照は自らの体の中から響いて聞こえた。

 

そして驚くことに球磨川の体には傷一つなく、制服はあんなにズタズタに千切れていたのに、きれいさっぱり洗濯した後のような清潔感を持っていた。

 

 

「些細無くんっ!?」

この戦いを見ていた古賀が、穴に飛び込もうと駆けだす。

「止めろっ、古賀ちゃん!」

「離してっ・・・離して!!」

古賀はその体を名瀬に抱きとめられ、二人同時に倒れこむ。

必死に名瀬を振り払おうと古賀はもがくが、怪我をしている古賀にそんな大きな力はなく、ただただ哀れに地面を掻いていた。

 

「よく見ろ、古賀ちゃん!今古賀ちゃんがあそこに飛び降りたら、金網は一気に底まで落ちて、全員助からねぇ!!」

「・・・・・・離して、離してよぉ」

古賀の抗う力が次第に弱くなっていく。

 

 

「おい、融通!もう勝負は終わってんだろ、あれは反則じゃねぇのかよ!!」

冥利が融通に迫る。その表情は狂気を孕んでいた。

「いえ、冥利くん。反則以前の問題です。球磨川さまが降参を宣言した時点で勝敗は決しております。この会計戦は些細無さまの勝利で幕を閉じー」

「ーだったら早く止めやがれ!融通ィ!!」

冥利は融通の首襟を掴み、自分の顔のところまで引き寄せて怒鳴る。

 

「『止められないんだよ』『雲仙君』『ここから先は』『僕と些細無くんのプライベートな問題だ』『選挙管理委員会に介入される覚えはないよ』」

必死の形相になっている冥利を見ながら、球磨川は面白そうにケタケタと笑う。

しかしその笑いは、相変わらず空虚な寒気を思わせるように響く。

 

「ふざけんなよ、ふざけんじゃねぇぞ!!」

「・・・・・・1208(影兄っ!)」

冥利と冥加が、穴を目がけて駆けだす。

「待てっ!早まるな、雲仙姉弟っ」

二人を止めようとめだかも慌てて飛び出す。

しかしめだかが動き出した瞬間、彼女の体が大きな鉄球でなぎ払われた。

 

「846291036162(邪魔をするなぁっ!)」

めだかは鉄球を両腕でガードしたおかげで、あまり大きく吹き飛ばされることはなく、少し後方に下がっただけで済んだが

少し下がったその距離が、もうめだかの手は雲仙姉弟に届かなくなったことを意味していた。

 

 

 

「『ねえ』『不思議だろ?』『さっきまでボロ雑巾のようだった僕が』『こんなにピンピンしてるだなんて』」

球磨川は真っ黒な瞳をのぞかせながら、金網に膝をついている影照に話かける。

影照の口からは血が流れ出ており、内臓に深刻なダメージを負っていた。

「『優しくて』『紳士な僕は』『この過負荷(スキル)について説明してあげるよ』」

球磨川は仰々(ぎょうぎょう)しく腕を広げ、自らのスキルについての説明を始める。

 

「『言っておくけど』『これ(・・)は治癒能力のような前向きな能力じゃないよ?』『僕はただ』『些細無くんの努力を』『僕がボロボロにされたという現実を』『なかったことにしただけさ』『現実(すべて)虚構(なかったこと)にする』『それが僕の「大嘘憑き(オールフィクション)」だ』」

 

まさに過負荷(くまがわ)、良いも悪いもかき混ぜる混沌。

全てを台無しにする、彼らしい、もうどうにもならないくらいに恐ろしい過負荷(スキル)だ。

 

「・・・・・・勝どきを挙げてんじゃねえぞ。勝負はもう終わってんだぜ?」

影照は途切れ途切れの声で、球磨川に悪態をつく。

その球磨川を睨む目は、深く暗く変色し始める。

 

「『あはは』『良い目だけど』『まだ足りない』『彼女に勝つには』『それっぽっちの過負荷(マイナス)じゃ足りないよ?』」

「・・・・・・なんの、話だ?」

球磨川は影照から目線を外し、穴の上を眺める。

「『君に』『もっと負荷(ふか)絶望(プレゼント)を』『戦友となる君に捧げるよ』」

 

何をするつもりだ、影照は言えなかった。

それは決して体に深刻なダメージを負っているからというわけではなく、球磨川の恐怖(マイナス)に心が折られたからでもない。

 

一番大切なものが、音もなく、なくなってしまうかもしれないと、影照が理解したからだった。

 

 

「俺が金網を鋼糸玉(ストリングボール)でつなぎ止める!その間に姉ちゃんは球磨川を叩け!」

「・・・・・・0124(わかった)」

上から、家族が降ってくる。

小さいころから自分たちに優しかった、愛する、血の繋がってない兄を助けるために。

「ウラァアアッ!!」

冥利が自分の手に握った鋼糸玉(ストリングボール)を、金網目がけて思いっきり投げつける。

 

「テメェら!来るんじゃねえ!!!!」

影照は自分の腹部から血が噴き出すのを気にせず、立ちあがって叫ぶ。

 

 

 

「『大嘘憑き(オールフィクション)』『些細無くんの弟と妹の存在を』『なかったことにした』」

 

 

 

何もない、穴の上には雲ひとつない空が見える。

金網に鋼糸玉(ストリングボール)が力なくぶつかり、底の方へ落ちていく。

・・・・・・・・・・もう何も、聞こえない。

「『最初に僕の仲間に入らなかった些細無くんが悪いんだよ?』『僕は悪くない』」

 

「あ、ア・・・・・・」

影照の黒眼も白眼も、真っ黒に深く暗く染まる。まるで、目に穴があいてるようだ。

両目から一筋の血が流れ、全身の毛が逆立つ。

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

腹部から、口から吹き出す血をものともせず、影照は意味のない言葉を叫びだす。

 

 

「長者原二年生!早く試合を止めろ!!」

「分かっております、只今役員が金網を固定する道具を持ってきておりますゆえ、しばらくお待ちください!」

融通がせわしなく役員に指示を飛ばし始める。

 

「おいおい、さっきの影照のヤツが『真骨頂』だとすると、今のヤツは何だ?・・・・・・『愚の骨頂』みたいなもんじゃねえか」

 

 

『コロス』、今の影照の頭にあるのはそれだけで、影照に見えているのは球磨川だけである。

影照は無防備に、球磨川の喉を額を心臓を目がけて駆けだす。彼の体を抉ることだけを考えて、走る。

「『そうだよ』『今の君ならきっと』『きっと彼女に勝てるよ』『だから今はー』」

 

ードスドスドスッ!

影照の喉に、額に、心臓に螺子が突き刺さる。

「ガッ・・・ア・・・・・・!」

「『ゆっくりお休み』『もう少ししたらちゃんと起こしてあげるから』『今は』『彼女に挨拶でもしてくるといいよ』」

 

影照の体が沈んだ。

 

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