・・・・・・。
何だか頭がぼーっとしてるな。寝過ぎたように頭と体が気だるい。
影照は重い
「・・・もう少し、目を閉じとくか」
影照は目を閉じ、頭を下げる。
「寝るなよ!?」
背後から聞こえる女性の声。
止めてくれよ、ただでさえお化け屋敷とか嫌いなんだから、あんまり驚かせないでくれ。
聞き覚えのあるような無いような・・・不思議な声のする方へ向く。もちろんもう目はあいてます。
「君は?・・・そしてここは?」
頭の中の疑問がスッと口に出る。
俺の目の前に広がる光景、誰もいない教室に何故か俺一人だけがおりこうさんに席に座っている。
そして、俺の背後に居たこの彼女は誰だろう。何だか
本当に綺麗な顔立ちに、スッとした手足。
今俺は、少し彼女から離れた場所にいるが、そこからでもわかるほどに
自身の腰くらいまで伸びてる艶やかな黒髪も魅力的だ。
「僕の名前は
自らのことを
しかしなぜだろう、よく似合ってる。
似合ってるんだが・・・俺より年が上のような、そんなオーラが彼女からは出ていた。
だから、何だ。セーラー服を『着ている』っていうより『
「えーっと・・・どういうことだ?」
先ほどから、自分が何故教室に一人で残っているのか。
いや、どうして美少女と二人で教室に居るのかが思い出せない。
「あはは、よく思い出してごらん?君がどうしてこんな場所に居るのか」
安心院さんは不敵に微笑む。
・・・・・・そんな彼女の頬笑みが、誰かの顔と重なった。
「あ、あ・・・・・・ッ!!」
ー球磨川禊。
影照の頭の中に、会計戦での出来事が
球磨川の顔面を蹴り飛ばしたときに聞こえた、彼の骨がきしむ嫌な音。
野球ボール型スーパーボールで、散々に痛みつけた時に充満した球磨川の血臭。
球磨川に貫かれた、自身の腹部の痛み。
球磨川が笑うたびに削れていく、俺の心。
そして
「・・・・・・冥利、冥加っ」
いなくなってしまった、
まただ・・・・・・また、この痛みを思い出さなければいけないのか。
親が居なくなり、泣き疲れて眠ってしまった幼き日の妹と弟の頭を撫でながら、『絶対に守る』と誓ったはずなのに。
影照の瞳が暗く、光を失い始める。
「どうやら、思い出したようだね」
声が聞こえる。
あぁ、なんてことはない。さっきからそこに居る安心院さんの声だ。
「・・・なぁ、俺は死んだのか?」
「そうだよ。君は額と喉と心臓と腹部に甚大なダメージを抱えて死んだ」
ずいぶん手ひどくやられたな。
「そうか・・・」
とするとここは地獄か天国か。
人間は死んだらそこで終わり、死後の世界なんてものは存在しないと思ってたけど・・・人間捨てたもんじゃないね。
ただ、なんというか、
「ところで閻魔大王さま」
「おいおい、こんな可愛い女子学生に向かってなんてことを言うんだい?」
笑っておどける安心院さん。
「早速だが、俺のやつあたりに付き合ってくれないか?・・・死んでしまった以上、球磨川のやつにはもう手を出せないし。せめて、どことなく面影のあるあんたをぶん殴って、五体を千切らないと気が済まねえんだ」
影照の目はすっかり闇に覆われる。
その真っ黒な瞳からは、間違いなく殺気が読み取れた。
「おいおい、すっかり
安心院が俺の間合いの外に出る。
「安心しなよ、安心院さんだけに。今日の僕は君の敵じゃなくて味方だと思ってほしいな」
「どーいうこと?」
この距離を取られては仕方ない。
影照はおとなしく席に深く腰掛ける。しかし、上半身は前に乗り出して、いつでも動けるようにしていた。
近づけば本当に身が切られるような殺気が影照から出ている。
「僕は人と人との絆は、奇跡を起こすと割と本気で思っているんだよ」
相変わらず、余裕を持った表情の安心院。
「?」
急に彼女は何を言ってるんだろう?宗教の勧誘かなんかか?
「たとえこの僕でも、君に奇跡を起こさせるような力は持たない。だったら、その『絆』とやらに賭けてみるのもまた一興」
「なんなんださっきから」
「そんな口調だと君の
「さぁ、目を閉じて。次に君の目の前に広がる光景は、さてどこだろうね?」
敵意のある相手に『目を閉じて』と言われて大人しく目を閉じるわけがない。
しかし、影照は生理現象の一つとして、ただのまばたきをする。
その一瞬で目の前に広がる光景が変わっていた。
☆
「・・・どこだここは?さっきからいったい何なんだよ」
影照は頭を抱える。
さっきまで教室の最後尾の席に一人座っていたはずの自分が、まばたきをした一瞬に病室のベッドに腰をかけていた。
もう夕方なのだろうか、窓からは
誰もいない病室、先ほどまでいた安心院さんはどこかに消えてしまったようだ。
誰の気配も感じず、何も聞こえない。あらためて自分が独りだというのを思い知らされる。
そして、ここが異世界だというのも強く感じた。
影照は頭を抱えたまま、深いためいきを吐く。
「ちくしょう・・・・・・」
力一杯にベッドの枕を殴る。
枕からは微量の埃が舞うだけで、何が起きるというわけでもない。
「ダメよ?枕に当たるなんて、枕にも命があるのよ?」
「おぉ・・・影照だってもう高校生だぞ、いくらなんでもその言い方はどうだろう・・・・・・」
え・・・・・・?
急に自分の名前が呼び掛けられる。
影照は声のした方を振り向かず、その声の持ち主の名前をつぶやく。
「・・・・・・父さん、母さん?」
呟いてから、現状がスッと頭の中に入ってくる。
影照は慌てて振り向いた。
「久しぶり、影照」
「・・・お、おい!影照が父さんって言ったぞ!」
何でだろう、感動の再会のはずなのに、妙に肩の力が抜ける。
毎日仏壇の前で『父さん』『母さん』と呼んでいたから、自然にそう呼んでしまった。
振り向いた先にはあの頃となんら変わらない二人。
整った顔立ちで、冥利、冥加と似ている真白なショートカットの髪をしている
少し寝ぐせのついた黒髪で、顔つきも体つきもパッとしない
そう、あのころとは何も変わって無かった。
ここに二人が出てきたということは、本当にこの場所が死後の世界だということだ。
影照は妙に納得してしまう。
「っ・・・・・・」
急に影照が二人から目をそらす。
「・・・・・・どうしたの?」
・・・勘弁してくれよ、父さん、母さん。
絶対に守ると誓った家族を守れず、両親を・・・あんた達を殺したのも俺かもしれないってのに。
はっきり言って、俺が雲仙家に来たことが自体が間違いだったんだよ。
今更会わせれる顔なんて、無いよ。
「・・・・・・お願いだ、帰ってくれ。もう二度と会いに来ないでくれ」
影照は出来るだけ冷酷に、何の感情も込めないように言い放つ。
これ以上俺に関わってると、また俺は迷惑をかけてしまう。
無表情の影照。
冥日はそんな影照の頬に触れる。
「・・・こんなに辛そうな子供を、置いていくような親なんていないわよ?」
顔を覗き込んで、静かにそう微笑む。
「止めてくれよ、だって俺のせいで!冥利も、冥加も、それに父さんや母さんだって!!」
影照の心の関が切れた。
「だから、今更合わせる顔なんて無いよ・・・俺のせいで、みんな、みんなっ!!」
とめどなくあふれてくる自責の念。
「・・・馬鹿ね、あなたが何をしたっていうの?」
「俺が、俺が
影照は、ずっと記憶の底に埋めていたあの事を思い出す。
「俺の
十数年前、俺に芽生えた
この世には普遍的で模範的な日常しか起こらない、どうしようもなくつまらない毎日だけが過ぎていく。
小さいとき、世界は色を持たないと悟ったその時に芽生えてしまった。
どんな運命でも、何の責任も持たず面白おかしく好き勝手に変えてしまう。
つまらない毎日を、面白おかしくしたいという俺の
「俺のせいで、父さんも母さんも母さんのお腹の中の子も死んでしまったんだよ・・・・・・」
宣託は影照の肩に手を置く。
その宣託の顔はいつもと変わらず、妙におどけた笑顔だ。
「違うよ、俺も冥日ももともとこういう運命だったんだ」
「・・・・・・何でそんなこと言えるんだよ」
力なくうなだれる影照。
「俺と冥日を影照に会わせてくれた、親切な方が言っていたんだ。影照『劇的』に変えてしまった運命は俺と冥日の運命なんかじゃない。影照、お前自身の運命をお前が変えたんだ」
急にそんなことを言われても信じれるわけない。
・・・もう、優しくすんなよ。もっと俺に怒りの丈をぶつけてくれよ。
「もともとお前は二年くらい前に死んでいたはずなんだ。覚えているだろう?あの奄美とかいうやつと戦った時のことを、あのときすでに死んでいたはずなんだよ」
「・・・」
「お前が変えたのは『日之影空洞と些細無影照』を繋ぐ運命。空洞くんが影照と再会する瞬間を少しだけはやめただけなんだ。聞こえただろう、運命の歯車がかみ合った音を」
覚えてるもんかよ、二年前のことだぜ?
このことが、嘘だとしても本当のことだとしても・・・何が変わるわけでもない。
「ほら!そんなに自分を責めないで、お兄ちゃんでしょ?」
相変わらず太陽のような笑顔をする母さんが、痛いくらいに俺の背中を叩く。
「・・・母さん、泣いてる」
「っ、あはは。辛かったよね?苦しかったよね?本当にゴメンね・・・」
冥日は影照の体を抱きよせて、自分の泣き顔を見せないようにする。
「そんな、謝るのは俺の方なのに・・・・・・」
「そんなことはないぞ、影照」
いつの間にか、父さんまで・・・目が真っ赤だ。
「見ない間に、こんなに大きくなって。宣託さんよりも身長が高いわね」
冥日は影照の頭を撫でる。
あぁ・・・母さんの匂いだ。体の内側から暖かくなる、おひさまの匂いだ。
「影照」
宣託は病室の扉を指し示す。
「あそこから出れば、お前は生き返ることができる。もう一度、戦うことができる」
父さんの、指先と声が震えている。
「でも、父さんたちは・・・もうお前に、辛い思いをしてほしくない」
俺の体に触れる母さんの泣き声が、震えが伝わってくる。
俺はそんな母さんの肩を掴み、ゆっくりと自分から引き離す。
「ありがとう、本当に俺。冥日さんと宣託さんが母さんと父さんで幸せだったよ」
もう声も出せず、宣託と冥日は頷く。
「ごめん。それでも俺は、戻らなくちゃいけない。約束したんだ『もう絶対に一人ぼっちにはしない』って、『絶対に守るから』って。だから、俺は冥利と冥加のためにも戻らなくちゃいけないんだ。最後の最後まで親不孝者の俺で、本当にごめん」
影照は立ち上がり、ドアの方まで歩いて行く。
「影照っ!!」
冥日が呼びとめる。
「いってらっしゃい、あの子たちをよろしくね」
父さんと母さんが手を振る。
「あぁ、いってきます!」
影照は扉を開けた。