陰を照らした時に出来る陰   作:俺の眼鏡

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40箱目 それが人なんだよ

百町破魔矢は、生まれたころから『異常』な子であった。

何が『異常』なのかが分からないくらい、糸が(ほつ)れて(ほつ)れて雁字搦(がんじがら)めになっていた。

そのぐちゃぐちゃになった糸を解こうと、沢山の大人が幼い子供に群がった。

 

破魔矢は親の顔を覚えていない。

彼は生まれてすぐ、医療機関に引き取られた。そんな『異常』すぎる子供を気味悪がった親は、医療機関の集中検査に預けることを了承した。

友達はいない。学校なんかに行かなくても、破魔矢の偏差値はいつも70を越していた。

外出なんてしたことがなかった。とある病院から、とある病院まで車で移動するときにだけ破魔矢は青空を見ることが出来た。

 

そんな子供だったから、破魔矢は感情を持っていなかった。

青空を『青い』と思っても、『美しい』とか『清々しい』とは思えなかった。

 

そんな破魔矢は、中学から高校に上がるだろう年のころに『恋』をした。

黒く輝くその体に、内臓を震わすその声に、丸く大きなその瞳に、チーターすら凌駕するその速さに

彼は心を奪われた。

まぁ、この話はまた後ほどに。

 

沢山の最新技術を駆使しても解けなかった彼を、現箱庭学園理事長が引き取りたいと願い出た。

黒神グループを後ろ盾とする理事長に反抗するすべを持たない医療機関は、その『難問』を彼に預けた。

 

その時破魔矢は、何を思ったのだろうか。

自分を人間とは思わず、『モルモット』同様の扱いを受けたその時に何を思ったのだろうか。

おそらく何も感じなかっただろう。

彼にとってそれが当たり前のことだったのだから。

 

そして一人のモルモットは、箱庭学園で『仲間』のモルモットに出会った。

そして一人のモルモットは、箱庭学園で『友達』になってくれる人間に出会った。

『仲間』のおかげで彼は、この世界に自分は一人だけではないと知った。『友達』のおかげで彼は、人間として笑うことが出来た。

 

 

 

「くっ・・・何故だ。体がうまく動かない!大丈夫ですか、志布志さん、江迎さん!」

胸元に刺さった弓矢。

しかし、その刺さった個所からは一滴も血液が出てきておらず、痛みもなかった。

 

「くっそ、どうなってんだ!?」

「私は、かろうじて動けます!」

志布志は蝶ヶ崎と同じくその身を動かせないでいたが、江迎だけはぎこちないながらもその身を動かしていた。

「この弓矢・・・あの時の」

江迎は自分の胸元に突き立った弓矢を掴む。しかし、その弓矢は腐ることはなかった。

 

 

「お久しぶりです。江迎さん・・・ですよね?」

江迎は声のする方、背後へ振り向く。

全く気配を感じなかった、それは蝶ヶ崎も志布志も同じだったようだ。

 

振り向いたそこには、弓を片手に近づいてくる人がいる。

志布志と蝶ヶ崎には見知らぬ人であったが、江迎は彼のことを確かに覚えていた。

しかし、江迎の覚えている彼はこんなに『異常(アブノーマル)』ではなかった。

 

「気をつけて、二人とも!」

江迎はぎこちなく動く体に違和感を覚えながらも、二人のマイナスに視線を移す。

しかし、その目に映る二人は、必死にのどを掻きながら苦悶の表情を浮かべていた。

 

「やはり、あなたに『初恋(ラヴ)』の効力は効きにくくいようですね。過負荷(マイナス)も結局は人の子だということですか」

興味深そうに彼は、江迎を眺める。

「聞きたいことはたくさんあるけど、今はただあなたを殺したくてしょうがないんだよ!」

江迎は両手に握っていた包丁を彼に向かって投げつける。

 

しかしその包丁は、彼が一歩下がり避けたことにより、力なく地面に叩きつけられた。

志布志と蝶ヶ崎は少し彼と距離が離れたことで、少し表情から苦しみがとれる。

「ふふふ、そう厭われると少々傷つきますね。あー、そうか。自己紹介がまだでしたね、まずはそこから始めましょう」

彼はうやうやしくお辞儀する。

 

「改めまして、私 百町破魔矢と申します。仲良くしてね」

破魔矢は笑みを浮かべたまま顔を上げる。

江迎達は、背筋に悪寒が走るような感覚に襲われる。

 

「その破魔矢さんが私達にどんな用があるのですか?生徒会役員でもないようなあなたに、敵対される覚えはないはずですが?」

蝶ヶ崎は肩で息をしながら破魔矢を牽制する。

「そうですね」

破魔矢はもう一本矢をつがえて、蝶ヶ崎に矢を向ける。

 

「大丈夫です。私の役割は真黒さん達を逃がすことだけですし、もうあなた方に矢を向ける意味は特にありません」

そう言って蝶ヶ崎の足元に矢を放つ。

放たれた弓矢は一瞬でコンクリートに突き刺さった。

「ですが、あなた方にはここらで退場してもらわないといけません。私の友達の為にも、ね」

破魔矢は新しく矢をつがえる。

そして矢の先端を志布志に向けた。

このときの破魔矢には、確かに慢心があった。その慢心から自然にきた油断もあっただろう。

「・・・っ!!」

破魔矢に気づかれないよう、ある程度距離を空けたのを確認した江迎は走り出した。

破魔矢にではなく、蝶ヶ崎(・・・)の方に向かって。

 

その予想外の行動に破魔矢の反応が遅れる。

「・・・・・・このっ!?」

破魔矢は振り返りざまに矢を放つ。その弓矢は真っ直ぐに江迎の方へ向かって、その右肩に突き刺さった。

しかし、江迎は突き刺さる瞬間に蝶ヶ崎を、破魔矢から遠ざけるように蹴り飛ばす。

「なっ!?」

破魔矢が見た光景は、今まで見たことのないものであった。

 

吹き飛ばされた蝶ヶ崎は、破魔矢からある程度距離が離れる。

そして、蝶ヶ崎の胸に突き立っていた弓矢は一瞬のうちに地面に突き刺さり、彼の胸には何の跡も残っていなかった。

「『不慮の事故(エンカウンター)』やはりある程度距離が離れると、あなたの異常(アブノーマル)の威力は半減するようですね」

蝶ヶ崎は、未だに真黒達の血臭がするこの空間で、ぬらっと気味悪く立ち上がった。

 

「あー、そうみたいですねー」

破魔矢の背後、また少し離れた位置から声が聞こえる。

声のする方へ振り向くと、そこには自分の胸元と肩口に刺さっている弓矢をグズグズに腐らせている江迎がいた。

「・・・私としたことが、抜かりましたね」

破魔矢は矢を改めてつがえる。

 

「少し待って下さいよ」

蝶ヶ崎が破魔矢に向かってそう言い掛ける。

破魔矢は矢の先を江迎に向けながら、蝶ヶ崎の話を窺う。

「何でしょうか、蝶ヶ崎さん・・・ですよね?」

「私の名前を覚えていただいて光栄ですよ、破魔矢さん」

破魔矢は視線を江迎から離さない。

 

「ここらで、ひとまず休戦にしませんか?私達は破魔矢さんと敵対する気はさらさら無いですし、ここから真黒さん達を追撃することもいたしません。我々もあなたも無傷ですし、良い交渉だとは思いませんか?」

弓矢の先を落として、蝶ヶ崎のほうを睨む。

表情からはいつもの笑顔は消えて、眉間にシワが寄っている。

「確かに、私もあなた方も無傷の案です」

破魔矢は軋むほどに弓矢を強く握っている。

「ですが、私の友人達は傷つきました。他ならぬあなた達に傷つけられました。それを見過ごせるほど、私は出来た人間ではありません」

 

蝶ヶ崎は不敵に微笑む。

「江迎さん、交渉決裂です。すぐに志布志さんを連れて安全な場所へ移動してください。彼は私一人で十分です」

「随分と余裕なセリフですね、蝶ヶ崎さん」

「フフフ、百町さん。正直、自分と同じようなキャラがいたらムカつきますよね?自分の手で殺してやりたいと思いませんか?」

「・・・フッ、同意します」

 

 

 

「遅いな・・・」

真黒は息を整えながら手元の携帯を見た。

えらく走ってきたので手のひらに汗が滲み、携帯を握っている手に不快感を覚える。

「真黒くん、とりあえず阿久根のやつは保健室に預けてきたが・・・書記戦までに完治するかどうかは怪しいらしい。当の俺らも結構な傷を負っちまったしな」

空洞は、その太い腕のあちこちに包帯を巻いていた。

 

「じゃ、行ってくるわ」

空洞はその場から早足で去ろうとする。

「どこに行くつもりだい?空洞くん」

真黒は空洞の腕を掴む。

その真黒の腕もまた、あちこちに包帯が巻かれていた。

「どこにって、決まってんだろ。破魔矢のやつのところだよ」

まるでそれが当たり前のような顔をする空洞。

 

「百町くんには僕が作戦を伝えている。下手に動かないでくれないかな」

「作戦ねぇ・・・・・・」

空洞は真剣な眼差しをする真黒を、溜め息混じりの呆れた目で睨む。

「どうせ『初恋(ラヴ)』をマイナス達に喰らわせたあとに、すぐに逃げてこいとか言う話だろ」

「わかってるなら、理解してくれるよね?」

 

「真黒くん。もっと君は人をよく見た方がいい」

まるで子供を諭すように空洞は話す。

「あいつは誰よりも仲間を重んじるタイプのやつだ。目の前で俺や真黒くんが傷だらけになっているのに、何もしないわけないじゃないか」

「分からないね。それで自分がやられたりしたら本末転倒じゃないか」

どんどん真黒の顔に血が昇っていくのが見てわかる。

 

「それでもだ、それが人なんだよ」

「・・・とにかく、ここから行かせるわけにはいかないよ空洞くん。百町くんの帰還を待つんだ」

空洞は、次第に強くなっていく真黒の握力に少し顔をしかめた。

 

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