陰を照らした時に出来る陰   作:俺の眼鏡

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42箱目 痛みを知らないものは

ちくしょう。

破魔矢の心にはその言葉だけが溢れかえっている。

しかし自分の心に反するように、体は全く動いてくれない。

足は踏ん張ってくれないし、腰は力無く折れ曲がる。爆発の影響で顔全体が燃えるように熱く、呼吸をすることもできずにいた。

ただその拳だけが強く強く握られていた。血がにじむほど、強く。

 

「いやぁ、やっぱりあんまいいもんじゃねーな。受けたダメージは他のだれでもない他人に押し付けるのが一番だぜ」

蝶ヶ崎は足元のコンクリの欠片を蹴飛ばし破魔矢にぶつける。

「ふん。友人のためにテメェがやれてたら世話ないよな?あの正義感だけの大男になんだか訳の分からない影の薄い過負荷(マイナス)かぶれ。あんな奴らに手を貸すなんて馬鹿なんじゃないの?虫唾が走るぜ」

そういって、この部屋の出口に目をやる。

もうすでに蝶ヶ崎は破魔矢に興味をなくしている様子だ。

「・・・ま、れよ」

力なく蝶ヶ崎の足元が握られる。

「おいおい、もうあんた喋れるような状態じゃねーだろ。おとなしくそこに這いつくばってろよ、異常(エリート)さんよっ!!」

軽く足を動かしてその手を振りほどき、振りほどいた手を思い切り踏み潰す。

蝶ヶ崎は自分の足から伝わってくる、破魔矢の手から響く嫌な音に思わずほほを緩めた。

「うっ・・・がぁあっ!!」

「あはははは!こりゃ折れたな。いやいや、でもこれ俺悪くないよね?そんなとこに手を置いてるテメェが悪いんだぜ?」

蝶ヶ崎はますます足に力を込めてグリグリと踏みしめる。

 

「・・・グッ・・・・・・謝れ・・・・・・」

「あぁ?」

足が止まる。

「謝れって言ったんです・・・私の、私の親友に」

破魔矢はどこに残っていたであろうか力を振り絞り、蝶ヶ崎の足を力任せにどかす。

蝶ヶ崎は驚いたように小さく「うぉっ」と唸り、二、三歩後方に下がる。

「空洞くんは誰よりも優しくて誰よりもナイーブで、そして誰よりも強い。彼は正義感だけの人じゃない、彼は誰よりも人間らしい人間です。そして、テルくんは私に多くのことを教えてくれました。私が一人ではないことを、私がみんなと同じ人間であることを。確かにこの世は『つまらない』、それでも生きるということだけは『劇的』であることを!!」

破魔矢は、すでに砕けているはずの手を握り締め、眉間を苦痛に歪めながらもその目は真っ直ぐに蝶ヶ崎を捉える。

踏ん張れないはずの足を踏ん張り、力ない腰を伸ばし、呼吸をすることすら困難なはずなのに、破魔矢は大声を張り上げ立ち上がった。

 

「謝れ!私の親友達を『あんな奴ら』呼ばわりしたことを、謝りなさい!!」

みるみるうちに蝶ヶ崎の顔は激昂の色に染まっていくのが見て取れる。

「あぁ!?偉そうに説教垂れてんじゃねーぞアホが!もう決めた、テメェは俺がブッ殺ス!!」

 

蝶ヶ崎はただおもむろに自らの拳を握り、怒りにすべてを任せたように一直線に破魔矢の方へ駆け出す。

それに対抗しようと破魔矢は片手に弓矢を握るが

「オラァアア!!」

その拳が、最もダメージの蓄積が多い破魔矢の顔面を捉えた。

手加減することを一切考えてない攻撃を喰らったその体は、砂埃を巻き上げながらド派手に後方へ吹き飛んだ。

「ハァ・・・ハァ・・・」

蝶ヶ崎の呼吸音だけが、荒れた部屋に響く。

だが、『不慮の事故(エンカウンター)』を使用したせいだろうか、途中でその音もプッツリと響かなくなった。

 

「まだ、です・・・私も『彼』と同じように仲間を守り、『彼』と同じように仲間を支えると、そう決めたのですから・・・・・・」

砂埃の中に破魔矢は立っていた。

さすがの事態に、蝶ヶ崎も驚きを隠せない。

「テメェ・・・いくら『異常(アブノーマル)』だからって、これはいき過ぎてるぜ」

全身のかすり傷から血を滲ませ、開かなくなった左目で蝶ヶ崎を見つめる。

「あぁ・・・そうか、これが・・・・・・」

破魔矢は一言だけつぶやいて、握った弓矢を自分の胸に突き立てた(・・・・・・・・・・)

刺さった箇所からは血は滲んできていない。

「何をしてんだ?」

警戒を強めた蝶ヶ崎が、目を凝らして問いかける。

「『感情(ディスコード)』、胸に湧き上がる熱いもの。これが『勇気』なんですね・・・」

「わけわかんねーこと言ってんじゃねーぞ!気持ち悪ぃ!!」

人の頭ほどあろうかという塊をその手に携え、蝶ヶ崎はもういちど破魔矢にとびかかる。

そして、コンクリートの塊が頭蓋骨を砕こうといった勢いで振り下ろされた、が

 

塊は何も砕くことなく、音を立てて床にたたきつけられた。

「消えやがっ・・・ガハッ!!」

背後からの急な衝撃を背中に受けた蝶ヶ崎は、そのまま前方へと吹き飛ばされる。

目の端でとらえた光景は、もう立つのもやっとなその姿のままで殴ってきた破魔矢の姿だった。

「今の私には、あなたに負けるという『イメージ(・・・・)』が不思議と思いつかない。あなたに勝利しているイメージ、どうやら自分の考えた通りに私の体が動くようになってるようですね」

「・・・・・・」

さっきのダメージは確かに本人に押し付けたはずなのに、蝶ヶ崎は眉間にしわを寄せる。

不慮の事故(エンカウンター)』は完璧な後出しジャンケンのスキルであるため、自分から攻撃することについては明らかに不向きである。

 

「もう、これ以上の引き伸ばしは無意味です。決着をつけましょう」

不慮の事故(エンカウンター)』がある限り、不用意な遠距離攻撃はかえって自分が不利になると思ったのだろうか、破魔矢は一足飛びで蝶ヶ崎との距離を詰めて蹴り技を繰り出した。

しかしその攻撃は、蝶ヶ崎の体に届く前に弾かれてしまう。

何度も何度も同じ攻撃を繰り返す。そのたびに弾かれ、破魔矢の体が削れていく。

対する蝶ヶ崎もこれだけ近接攻撃を繰り返されると、いやでも破魔矢の足に注意がいってしまう。

破魔矢の口角が上がった。

「──っ!?」

 

急に蝶ヶ崎の胸に弓矢が二本刺さったと思ったら、それが一瞬で霧散する。

「・・・何をした」

「マイナスを打ち消すにはプラスが最適だという話です。『怒り(マイナス)』には『喜び(プラス)』を・・・」

破魔矢が話している最中(さなか)、蝶ヶ崎の姿が元に戻っていく。

「こっ、これは!?」

逆上がった髪は目にかかるように垂れ下がり、吊り上がった目尻もその髪の毛と同じように落ち着いていく。

その瞳には次第に冷静さと理性が戻ってきているようだ。

「あなたの心に余裕を持たせてあげた。ただそれだけですよ」

蝶ヶ崎は警戒するように一足飛びに後退する。が

──その足が動かない。

 

「私の始まりの『感情(ディスコード)』を、忘れてはいませんよね?」

風が吹けば倒れそうな不安定な足元の破魔矢、しかしその目は真っ直ぐに前だけを見ている。

蝶ヶ崎の足には、地面と縫い付けられるように突き刺さった弓矢が一本。

破魔矢の『感情(ディスコード)』の一つ『初恋(ラヴ)』が発動する。

「最初から・・・・・・これが、狙い・・・・・・・・・・」

「買いかぶりすぎですよ」

動きの止まった蝶ヶ崎に一歩一歩近づく破魔矢。

「もうこの距離まで近づけば、あなたの過負荷(スキル)が発動することはありません」

呼吸ができずに苦しそうな蝶ヶ崎目の前に、破魔矢は拳を握る。

「・・・・・・っ!?」

「あなたは、人の痛みをもっと知った方がいい。傷つかないものに、どんな『感情』も見えはしない!」

砕けた右の手のひらで拳をつくり蝶ヶ崎の顔面に、叩き込む。

「アアアアッ!」

「──ガハッ!!」

相当な衝撃が頭に叩き込まれたはずだが、足元に突き刺さった弓矢が蝶ヶ崎を後退させることを許さない。

「まだですっ!あなたが傷つけた人々の痛みは、こんなものではない!!」

蝶ヶ崎は慣れない痛みにその顔を歪め、目には恐怖の色が浮かぶ。

破魔矢の拳が一瞬迷う。

微塵も動くことのできない相手をボコボコにしている自分の姿をイメージしてしまう。

たった一瞬、時間にしてしまえばコンマ何秒の間、過負荷(マイナス)への攻撃を躊躇してしまった。

 

───ニッ。

蝶ヶ崎が笑う。

「・・・このっ!?」

その不可解な表情を砕こうと、破魔矢は青く痣のできた顔面にもう一度拳を

 

 

「『致死武器(スカーデッド)』」

「『荒廃した腐花(ラフラフレシア)』」

 

 

破魔矢の体中から、(せき)が切れたように鮮血が吹き出す。

とくに背中一面が燃えるような感触に襲われ、かろうじてその方向へ振り返ると、

「あなたは・・・江迎・・・・・・さん・・・・・・・?」

破魔矢は地面に膝をつく。

 

「私は・・・ワタシハ・・・っ!!!!」

破魔矢は新たに弓矢を二本、自らの体に突き刺す。

その目は焦点が合っていない。

そんな姿を見て、参入したイレギュラーな二人の過負荷(マイナス)は無意識に一歩、二歩とその場から後退した。

「ココデ・・・ワタシガ・・・私が倒れたら・・・・・・守る・・・マモル、ワタシガ守るんだっ・・・・・・・・・・!!」

体中を赤く染めながら、背中一面を腐らせながら立ち上がる。

もう、彼の目には何も映っていない。

 

「本来の目的は何一つ達成できず、あろうことか我々の方が体に、心に深い傷を負わされた。さすが『異常(アブノーマル)』、私たちの完敗ですよ」

拘束の解けた蝶ヶ崎が破魔矢の後頭部に手を添える。

「『不慮の事故(エンカウンター)』、先ほど破魔矢さんから受けたダメージをそっくりそのままお返しします」

破魔矢の意識はここで途切れた。

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