陰を照らした時に出来る陰   作:俺の眼鏡

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43箱目 知らなかった

「急いで運び込むぞ!!」

軍艦棟(ゴーストバベル)の一室。全身に包帯を巻きつけた状態で眠る破魔矢は、ベットの上に横になってまた別の部屋に運び込まれようとしている。

そして破魔矢の周りにいるのは、黒神真黒、日之影空洞、古賀いたみ、少し離れたところに名瀬夭歌が険しい目つきでその三人を眺めていた。

「すまないね古賀さん。古賀さんもまだ体調が万全の状態じゃないのに」

「い、いえ・・・そんなことより真黒さん、早く百町くんを」

「あぁ、わかってる。手伝ってくれ、くじらちゃん!」

真黒は名瀬に向かって話しかける。

 

名瀬夭歌、本名は黒神くじら。

もともとは黒神家の長女として生を受けたのだが、『素晴らしいものは地獄からしか生まれない』という自身の主義に基づいた結果

彼女は恵まれた家を、恵まれた容姿を、記憶を捨てて不幸を追い求めた。

 

「おい、お兄ちゃんよぉ。生徒会メンバーでも何でもない部外者の治療を、なんで俺がやらなきゃいけないんだよ?高貴くんや空洞さんとはわけが違うんじゃねえのか?」

名瀬は相変わらずキツイ目つきで真黒を睨む。

そして、そんな態度の名瀬にいち早く反応したのが

「何だと、テメェは今どんな状況かわかってんのか!?」

日之影空洞だった。

見るも無残に傷つけられた友人を前に空洞の気は逆立っており、ぶつけようのない怒りが少しずつ溢れ出す。

しかし、そんな空洞を真黒は手で制す。

「くじらちゃん、これはお兄ちゃんからのお願いだ(・・・・)。手伝ってくれるね?」

「・・・・・・チッ」

名瀬はあからさまな舌打ちを叩いた。

しかしそんな態度とは裏腹に、速やかに治療用の服に着替える彼女の姿に空洞は多少の罪悪感を感じる。

 

名瀬と真黒に連れていかれる眠ったままの破魔矢。

真黒の簡単な診察の結果は、『自身の体に受容できるダメージ量を遥かに越している』とのことだった。

すぐに別室に移され、ドアについている『立ち入り禁止』のランプがつく。

そして空洞が自分の手を強く強く握る。爪痕がつくまで、血が滲むまで。

 

何が学園最強だ。

結局誰一人としてこの拳で守ることは出来なかったじゃねえか。

真黒は「これは下手に作戦を立案した僕に責任がある」と言っていた。

「・・・・・・・・・・違ぇよ、違うんだ。破魔矢のヤツが登場するまでもなく、俺があいつらを叩きのめすことができればよかったんだ。俺が、もっと強ければ」

空洞は乱雑に長椅子に腰かけた。

そんな様子を、古賀は少し怯えた表情で見ている。

「あ、あぁ。すまん、古賀さん」

平静を装うようにできる限りの笑顔を古賀に向ける空洞。

しかし、その痛々しい表情は逆に古賀の心をきつく締めつけた。

「ちょっといいか古賀さん。影照は、アイツは今どこにいるんだ?」

空洞の心には、今、影照を頼ること以外を考える余裕が残っていなかった。

 

「些細無くんに会って、どうするんですか?」

「え?」

予想外の答えに空洞は顔を上げる。

「私は、私は今日の些細無くんの会計戦を見ていました。あの球磨川と戦う些細無くんを」

「・・・・・・球磨川と?」

「その些細無くんに会って、どうするつもりだったんですか?百町くんの事情はよく分かりませんし、私が勝手なことを言っているっていうのは分かってます。でも、そんな些細無くんの心に追い打ちをかけるようなことは、あまりしてほしくないです」

「・・・・・・・・・・」

空洞は何も言い返すことができなかった。

「だったら俺は、何をすればいいんだ」という自問自答ばかりが頭の中を反芻し、意識が奥底に追いやられる。

 

「ごめんない・・・・・・、本当に勝手ですよね。些細無くんだったら今すぐにでも駆けつけるはずなのに」

古賀が頭を下げる。

あまりに真剣なその姿に、空洞は頭にふと疑問が浮かんだ。

「古賀さんは、影照のことをよく知っているのか?妙に詳しいようだが」

「・・・え?」

空気が、止まる。

「ん?いや、何か過去に接点でもあったのか?」

「あ、えっと。まぁ、ちょっとだけ・・・そう!ちょっとだけあったようなそんな感じです!」

さっきまでの真剣な表情とは打って変わって、非常に動揺しているように見受けられる。

このまま放っておくと、何もないところでころで転んで怪我してしまいそうだ。

 

「あ、あぁ・・・別に影照と古賀さんの関係を聞いてるわけじゃないんだ。ただ・・・・・・」

空洞はよく考えてみれば、影照のことをよく知ってるつもりで何も知らないことに気づいた。

誰よりも『楽しい』ことが大好きで

誰よりも兄弟たちを大事にしていて

誰よりも『日之影空洞』を理解してくれている親友。

しかし、その一つ一つの理由を空洞は何一つ知らなかった。

「ただ、アイツのことを俺は、よく知らなかったなぁと思ってな。言ってみれば、破魔矢のヤツのことだってそうさ。俺は、何だか結局自分のことしか見てなかったな・・・なんてな」

ポツポツと言葉を紡ぎ出す空洞。

自分でも驚くほどに、滑らかに自分の心にあった言葉が口から出ていく。

 

そして古賀は、そんな日之影空洞がいつもより小さく見えた。

「・・・・・・うっし。ここでウジウジしていたら、また破魔矢と影照に叱られちまう。あいつら後輩のくせに本当に生意気だよな」

空洞は包帯の巻かれたその拳で、傷ついている自分の膝を叩いた。

いつもの大きな空洞に戻ったように感じる。

「あの、えっと・・・どこに行かれるんですか?」

すっと立ち上がる空洞の背中に問いかける。

振り向いた空洞は、固くはにかみながら答えた。

「んー、ちょっと走ってくるわ。いろいろ考えるのはあまり得意じゃないんだ」

体の節々に包帯を巻いている空洞。

走るというにはあまりに不向きなその体で空洞は部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

未だ『立ち入り禁止』のランプが点灯している部屋の前で、古賀いたみは長椅子に腰かけていた。

別に破魔矢の身を真剣に案じているわけでもなく、空洞の行き先を懸念していたわけでもない。

「些細無くん、か・・・・・」

自分の手を蛍光灯に透かして見てみる。

指と指の間の肌色が光を通し、自分が生きていることをなんとなく実感する。

そして、些細無影照と出会った日のことをポツリポツリと思いだしていた。

 

あのころの古賀いたみは、本当にどこにでもいるような至極普通な女の子であった。

全国模試は全教科平均点ピッタリの点数を取るような、普通すぎるほどに普通な女の子であった。

普通すぎる毎日を送り、普通すぎる友人を普通に持っていて、普通に告白されて、普通にそれを振って、普通に人を好きになり、普通に振られてしまうという、そんな青春を送っていた一般的な女子中学生だった。

 

転校して、『名瀬夭歌』に出会って彼女の人生は一変した。

彼女の普通の出会いが、『異常』な彼女と引き合わせてしまう。

 

「私は、名瀬ちゃんに出会って、『異常』を手に入れたんだ」

思い切り手を握る。

怪我のせいか本来の力のすべてを出し切れてないのは否めない。

それでも、強化ガラス程度なら握り潰せそうに思える。

 

中学時代、古賀は普通にかわいかったから、学年でもなかなか人気のあるサッカー部の男子に告白された。

しかしその申し出を断った。彼が普通の人間だったから。

そんな最中に見つけた些細無影照、ずっと一緒のクラスだったというのに顔すらよく覚えてない人だった。

偶然席替えで横になった時に気づいたことがある。

 

彼は誰にも気づかれないように授業を真面目に受けてるように見せて、ゲームをしたり本を読んだりしていた。

テストも完璧ともいえるほどのカンニングを行い

サッカー部であった彼の試合を見る機会があったのだが、その時も審判に見えない角度での反則のオンパレードだ。

周囲のみんなは彼のことを影で『汚いやつだ』と嫌悪していたが、古賀には『些細無が普通な日常に対して必死にあがいている』ように見えた。

そんな彼に妙な親近感を覚え、惹かれていったのだろう。

 

そうして古賀は影照に普通に恋をして、普通に告白をした。

しかし影照は非常にあたふたしながら、「えっと、お互いのことをよく知らないわけだし、まずは友達からでどうかな?」と言った。

後に普通の友人にこの意図を聞いてみたところ、これは振られ言葉の常套句だということだった。

 

学校内の色恋沙汰はあっという間に広がるもので

もともと古賀に好意を寄せていたあの男子生徒が、自分より下に見ていた影照に嫉妬するのは明らかだった。

今までもちらほらとあった影照への嫌がらせはサッカー部を中心に激化していったらしい。

しかしその詳細を古賀は知らない、これは友達伝えに聞いたものだ。

もうすでにその時には、名瀬夭歌に出会っていたころだったから。

 

「うーん・・・・・・私もだ。私も結局大切な人たちのことをあまり知らなかったのかも」

古賀は立ち上がって空洞が出ていったドアに手をかける。

追いかけていろいろ話し合おう。お互いに名瀬ちゃんのことも些細無くんのことも百町くんのことも知らなかったんだ。

この体で走ったりしたら真黒さんや名瀬ちゃんに怒られるだろうけどね。

 

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