陰を照らした時に出来る陰   作:俺の眼鏡

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5箱目 母さん

普段、あたりまえのようにあったものを

失いかけて、失って、初めてその大切さが分かる。

 

だがしかし

 

普段のあたりまえは、ほぼ失わないといっても良いくらいに失わないから

普段のあたりまえとなる。

 

この平和な国で暮らす大抵の人間は、失いかけないし、失わない。

だから、なんの大切さも分からない。

自分もその大抵の人間の一人だと思っていた。

 

到底、物語と呼ぶのにはふさわしくないくらいにつまらない人生を歩いてきた。

それが本当につまらなかった。

 

そのつまらない人生を滅茶苦茶にしたいと強く願った。

 

『劇的なことがおきるよ』

 

どうしても頭から離れない

俺が願ってしまったから、強く願ってしまったからなのだろうか。

結局どっちに転んでも、苦しくて辛いじゃないか。

俺は、人を、親を、殺してしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

電気が点いているのに、まだ少し薄暗い感じがする廊下に

まだ小学生程度の小柄な子供たちが2人、古くなった長椅子に腰を掛けている。

その顔には、眠気と疲れに襲われて憔悴しきった表情が浮かんでいた。

 

向かいから、これもまた小学生くらいだろうか

一人の男の子が歩いてくる。

 

「・・・っ、影兄!!母さんの様子はっ!?」

「落ち着け冥利、冥日さんは脳貧血で倒れただけだ。今は少しだけだけど睡眠薬と精神安定剤を投薬してもらっている」

「01988204827399274340256064837(お腹の中の赤ちゃんはどうなの?)」

「・・・それは、これからの冥日さん次第だろう。赤ん坊は母体の影響を凄く受けやすい、冥日さんがこれから・・・・」

少しの沈黙が流れて、影照は目の前の妹と弟を見つめる

「・・・いや、お前ら(・・・)がどれほど冥日さんの支えになれるかだ」

影照の目に映る二人の子供は、その意味を深く受け止めるように頷く

 

そしてまた、しばらくの沈黙がながれる。

それは、ひとつの事象に触れないようにと、三人が三人とも気を使って生まれた沈黙だった。

 

時間にしては1分程度

感覚的には何時間にも感じたその沈黙を、一番年下の弟が破る。

 

「・・・父さんは?」

 

その声はあまりに弱々しく、今にも折れそうなその心を痛いほどよく表現していた。

 

もう隠せない、隠そうとするだけ辛くなる。

影照は警察のあの二人から聞いた話を、要約して話した。

 

一瞬だったと、飲酒運転の車が信号無視をして、宣託さんの命を奪ったと。

普段から健康のためにと歩いて会社まで行っていた彼は、余りにあっけない最後を遂げたらしいと。

 

「・・・影兄っー」

 

賢くて、強くて、万能で、人一番優しい弟は、感情を押し殺そうとするも、それでも溢れてくる感情を押さえきらずにいた。

 

「二人とも疲れただろ?寝室も借りてあるから休んでこい」

 

冥日さん譲りの勝ち気な目元をした弟と妹の目は、真っ赤になって涙をため込んでいた。

影照はその二人を寝室へと連れて、眠るまで頭をなで続けた。

 

「・・・ごめんな」

 

 

 

あの日から既に一月が流れた。

冥日さんは、徐々に明るさを取り戻していた。

普段から学校に余り行っていない、冥利や冥加の付きっきりの看病のお陰だと

この光景を見かけた人々は、口々にそう呟いた。

 

「影照君、少し良いかな」

病院の中庭で腰を掛けていた影照に声がかかる。

「なんですか、先生?」

影照は声をかけてきた、病院の先生の方へ歩き出す

 

連れてこられたのは、診療室だった。

「影照君、君は冥日さんのところへはあまり行ってないようだが?」

そんなこと・・・今更、行けるわけがなかった。

もしかすると、今回の元凶が自分なのかもしれないのに。

 

「ところで今日、君を呼んだのは、まぁその話なんだが」

そう言って先生は俺の目の前に、グラフや数字や英語の書かれた紙を何枚かひろげる。

 

「先生、これは?」

「君も、君の妹さん達もおそらく気づいていると思うが」

先生がひろげたうちの一枚の紙をとる。

「冥日さんの体調は、日に日に悪化している。精神からきてるのだろうと思うが、どうも消化器官を始め、そのほかの体の器官も衰弱していっている」

 

渡された紙を見てみる。

詳しいことはよく分からないけど、右下がりのグラフ、減少する数字が見てとれる。

 

「先生・・・」

どうにかして下さい、と言いかけた。

しかし、その言葉が影照の口からは出なかった。

分からない、ここで誰かにすがってしまっても良いのか。

分からない、俺がそんな大層なことを言ってしまっても良いのか。

 

「・・・ふぅ、はっきり言うよ影照君」

先生の口調が強まる。

「このままだと、お腹の中の赤ちゃん、そして冥日さん自身が非常に危険だ」

 

影照も冥加も冥利も、気づいてはいた。

冥日がただ強がっているだけだということを

本当は誰より辛いはずなのに、誰よりも優しく、誰よりも子供を愛する彼女は

誰よりも明るく、強くあろうとした。

でも、この世はそうそう都合よく事は運ばない。

 

「一昔前にいた、天才心療外科医のあの人に頼めば・・・っとすまない」

「あの・・・俺たちはどうすれば?」

「今までどうりに看病に当たってほしい、あとはこちらから精神科の人を当てておきます」

「・・・宜しくお願いします」

 

 

しかし、それでも彼女の体はどんどん衰弱していくだけだった。

 

 

 

なす術もなく、彼女はひと月半も早くつわりを迎えてしまった。

現在の体力では通常出産は母体にも赤ん坊にも非常にキツイということで帝王切開を行った。

 

しかし、結果はもう目に見えていた。

現実は残酷だった。

 

誰よりも子供を愛した、家族を愛してきた一人の女性は

自分のせいで二人の幼い命を奪ってしまったことで、深く深く傷ついた。

手術後だったということもあり、彼女の体は本当にもう限界を迎えていた。

 

何も喉を通らず、点滴を行ったとしても体が上手く吸収してくれない。

強がろうと笑うけど、笑おうとするたびに涙があふれていた。

 

 

「影兄・・・俺は、何もできなかった」

「冥利・・・」

まだ自分の半分も生きたことがない弟にはつらすぎる現実だった。

自分の力じゃどうしようもない、目の前で最愛の人がどんどん弱っていく様を見るのは辛すぎただろう。

涙は枯れていた、ただただ影照のそばでうつむいていた。

「俺は、人より何もかもが優れていたのに・・・何も、出来なかった」

そばに居た妹は、まだ幼い弟の頭を優しくなでる。

「冥加、今から俺は冥日さんに会ってくるよ。冥利を、頼むよ」

「・・・・うん」

本当に心から出た妹の言葉は、数字ではない、言葉(こころ)だった。

 

 

ここ数カ月、何回も見たこの扉を、見ただけであまり開けることは無かったこの扉を開ける。

 

腕に管を通した、痩せた冥日さんを見つける。

彼女を見るたびに、心がえぐられる感覚がする。

 

「冥日さん・・・」

いつ振りだろう、彼女の名前を呼んだのは。

名前を呼ばれた彼女はこっちを振り向き、力なく微笑む。

「影照・・・」

今にも折れそうなその声は自分の名前を呼ぶ。

「・・・冥日さん、俺っ」

謝らなきゃならないと思った、全てがおかしくなったのは俺のせいだから。

謝って済むことじゃないけれど、そうしないともうどうにかなりそうだった。

「影照、ごめんね」

「え・・・」

彼女のその震える手は、一人の愛する息子(・・)の頬をなでる。

「本当に私はバカだよ、あんた達がこんなに辛そうになるまで・・・ごめんね・・・」

彼女の声が震える。

病室に二人、自責の念に押しつぶされそうな二人が泣くすすり声が響く。

「違う・・・冥日さん・・・謝るのはっ、俺の方なのに・・・」

「あんたは悪くない・・・誰も悪くないんだよ・・・」

母親の優しい手が、一人震える息子の涙を拭う。

 

「私ね、小さいころから家族がいなかったの・・・孤児院で育てられたのよ」

ふと、昔話を話し出す。

「大人になって、宣託さんに出会って、初めて一生一緒に居たいと思える人ができたの。・・・でも、なかなか子供が私にできなかった、本当に私は家族が欲しかったのに・・・」

「そんな中の、雨の降る日だった。・・・あんたに出会ったのは、私はあんたを見た瞬間、バカな話だけど、あんたを息子のように思っちゃったの」

 

今でも、自分も鮮明に覚えている。

彼女に出会ったあの雨の降る日、初めて彼女の家に、家族として迎えられたあの日。

 

「・・・あんたがこの家に来た時、本当にうれしかった。・・・でもね、一番喜んでいたのは宣託さんだったのよ。冥加のときも冥利の時もそう、彼が一番喜んでいたわ」

あぁ、俺は馬鹿だった。

みんな、俺のことを本当の家族だと出会ったころから思ってくれていたのに

勝手に一歩引いて、迷惑かけないようにと、甘えてはいけないと勝手に距離を取って・・・

 

「ふふっ、影照と出会ってから、本当に毎日が・・・幸せだったわ」

冥日は影照にそう優しく微笑みかける。

「何だよ、この世の限りみたいな雰囲気になるなよ」

「大丈夫、あんた達をおいていくなんてこと出来ないもの、もし死んだとしても何度でも生き返ってみせるわよ」

 

ここで、本当だったら「死ぬなんて言うな」とか言うんだろうけど・・・

宣託さん、今日ぐらいはこう呼ぶことを許してよ。

 

「そうだね・・・母さん(・・・)、本当にありがとう。あなたが俺のお母さんで本当に幸せだった」

 

冥日はとっさに自らの口元を手で覆い、涙を流す。

「・・・お願い、もう一度、私をお母さんって、呼んでっー」

「母さん・・・母さんっ、本当に、本当にありがとうっ・・・」

 

ーーガラッ

急に背後のドアが開く音がする。

そこには、弟と妹がいた。

二人は冥日に急いで駆け寄り、母親の体を抱きしめる。

 

「母さんっ、ずっと、ずっと一緒だ!!、絶対・・・絶対っ・・・」

誰よりも完璧な弟、その完璧さ故に忘れていたが、まだこいつ五歳なんだよな。

 

「母さん・・・・大好き・・・」

なんだよ、冥加のやつ、普通に話せるじゃんかよ。

力が異常なほど強いはずの妹が抱きしめている冥日の表情は

 

とても幸せそうなものだった。

 

 

日が傾きかけたその病室には、一つの家族があった。




これで書きためたぶんは終わりですね
これからはまぁぼちぼち更新していく方向で

これからもよろしくお願いします(^^)
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