「いやっ、言い方が悪かったな。正確にいうと書記戦を一つ遅らせてほしいってわけやねん」
「つまり・・・・・・庶務戦と書記戦の順番の入れ替えをしてほしいと」
「そゆこと」
「却下です」
鍋島が提案したのは「書記戦と庶務戦の順番の入れ替え」である。
これの意図は、考え出したのが影照にしては至って簡単でまともな理由だった。
それは『書記戦に名瀬が出場し負傷してしまった場合、影照を始めとした負傷者が十分な治療を受けることが出来なくなってしまう』からだ。
ただでさえ人員不足なのに、その上負傷したままで選挙戦に出るなんて勝敗はともかく体が危険すぎる。
そして鍋島の聞いた話では影照と破魔矢はまだやることが残っているらしく、一日でも早く復帰できるようになりたいらしいのだ。
そこで考えたこの作戦。
しかし、その提案は長者原にまともに取り合ってもらえなかった。
「球磨川禊さんと些細無影照さんの会計戦の時もそうですが、そもそもは一番最初は会計戦ではなく庶務戦だったはずなのです。些細無さんが何を吹き込んだか分からないですけど、大刀洗委員長の気まぐれで入れ替えが決定してしまい、こちらもイレギュラー続きで大変なんですから」
そう言って長者原は机の上に並べて置いた書類の一枚一枚を指し、変更してしまった際の弊害を細やかに説明していく。
(うわぁ、ウチと絶対に気があわへんタイプの男や)
珍しく鍋島の微笑顔がピクピクと引きつっていた。
「はぁ、流石は『公平』の
「なんと言われようとも変える気はありませんよ。何が狙いなのかはよくわかりませんが、早くお引き取りください」
「いやいや、待って!」
「はぁ・・・・・・なんですか?」
鍋島に目を向けることなく溜め息交じりに手元の書類を片付け始める。
その様子を見て鍋島は猫耳に見えなくもないその髪の毛を、機嫌がよさそうにピョコピョコと動かした。
「やったらなんで『公平』が服着て歩いてるようなアンタがいるこの選挙管理委員会に、球磨川の旦那サイドの不知火ちゃんが頻繁に出入りしとるん?そんなんめだかちゃん達に
「・・・・・・なっ!?」
長者原は眉間にしわを寄せ体をビクンと震わせ、現在爆睡中の大刀洗委員長の部屋の方へ顔を向けた。
その思わぬ反応に、鍋島の口角は角度を増していく。
(この様子じゃ長者原君も知らんかったようやな。かというウチもはったりのつもりで言った言葉なんやけど、これは案外的をついてるんかもしれへんな)
曇り顔の長者原は席を立って、この場にいる黒衣達に小声で状況を聞き始めた。
「また委員長は気まぐれで何かしていたのか?」
「え・・・あ、はい。ここ最近はよく不知火さんが委員長を訪ねてやってきてますね」
「はぁ・・・またか、何でお前たちももっと早く報告してくれなかったんだ。まぁ、委員長か不知火さんが口止めしたのだろうが」
「・・・・・・はい」
もう一度大きく溜め息を吐きだし、首をもたげ手で頭を支える。落ち込んでるとか呆れ果てたというよりも、長者原は半ば諦めているように疲れた表情を見せた。
「ふふふ~ん♪なにやら楽しそうな匂いがするよ~」
「お目覚めですか?委員長」
「っ!?」
奥の部屋が開き、枕を抱いたままゴロゴロと転がってきた選挙管理委員会会長の大刀洗斬子。
決して働かないことで有名な彼女がこの場所に出向いてきた、そのあまりに予想外の出来事に鍋島はうっすらと額に汗を滲ませる。
「確認ですが委員長、不知火さんと密かに接触しているそうですが本当ですか?」
「んー?ふふっ秘密だよ~、そこにいる鍋島猫美さんにでも聞いてみればいいんじゃない?」
のらりくらりと適当なことを言って、大刀洗は長者原の追及を上手くかわしていた。
「えっとそれで私に何に用事があるのかな、鍋島さん。ここから先はもう少し考えて発言した方が良いよ~」
「・・・・・・ククッ、これはホンマに大変な仕事を請け負ってしまったもんやなぁ」
『はたらかない』と書かれたアイマスクを被り、そのふざけた風貌をしているにもかかわらず、大刀洗はどす黒いオーラを
その圧力は、少しでも下手な動きをすれば捕らわれてしまう、そんなことを本能的に感じさせられてしまう強さがあった。
「ウチが言いたいのは一つ『庶務戦と書記戦の順番入れ替え』の要求だけや、それ以外はなんも望んでへんよ」
「ふーん、何で?」
「もう一度言うで、庶務戦と書記戦を入れ替えてほしい。それ以外のことは何も話すことはあらへんよ、『不公平』な委員長さん」
「あははは、言うねぇ」
枕を抱いて仰向けに寝たままの太刀洗を、椅子に座っている鍋島が見下ろす。
張りつめる空気、あの長者原でさえも決してこの二人の間に介入するまいと固く口を結んでいた。
「でも、あなたが使おうとしている『不知火半袖との接触』という弱みだけど、全然通用しないのは分かってるよね?あくまで中立で公正で不偏で公平な私は、些細無影照の要求をのんだから今度は不知火ちゃんのお願いを聞いてあげようとしている、これでプラマイゼロってこと」
「そんなん横暴やないか?」
「その台詞はめだかちゃんと球磨川くんに言ってくれるかなぁ?」
「でもなぁ、大刀洗ちゃんは大きく勘違いしとるで」
ぴょこんと猫耳を立て、意地悪そうに喉奥で堪えるように笑う。
その様子に何を思うか、変わらない表情で圧力で大刀洗は顔を鍋島に向けていた。
「ウチは『めだかちゃん側』の人間じゃなくて、『何でもない外野』の人間やで。何か少し思い違いをしとるんやないか?」
「ですから、外部の人間がこの生徒会戦挙に関わることが出来ないと、さっきから何度も言っているでしょう!?」
痺れを切らした長者原が二人の間に割って入る。
「じゃあ、この選挙に関係のある第三者がウチに関わっているとしたらどうや?例えば、長者原くん以外のこの委員会の人間全員とか」
「なっ!?」
長者原は慌てて、この場にいる全員の顔を見渡した。鍋島の発言は何の根拠もないと頭では分かっていても、思わず見渡さずにはいられない。
『公平』であるがゆえに、長者原の心は自分でも驚くほど大きく揺らぐ。そんな自分が気に食わないのだろう、ギリギリと強く歯を噛みしめていた。
「そこまで手を回してたのかー、私は別にそんなことどーでもいいけど、こうなるとウチの長者原くんが使い物にならなくなっちゃったなぁ」
「いやいや、大刀洗ちゃんはどうせ働かないんやからダメージ無いのは当たり前やろな。ククッ、まぁウチが言ったことは別に何の根拠もないし、証拠を見せろて言われても何も見せることが出来ないくらいの話やからそこまで真に受けんでもええで」
どうにか感情を押し込めたように落ち着いた長者原は、不機嫌そうにドカッと椅子に座る。
場の空気は最悪、黒衣達は恐らく内心穏やかではない気持ちで佇んでいるのだろう。
しかし、その様子を気にすることなく鍋島は嬉しそうにピョコピョコと笑い、大刀洗は相変わらず動じた様子を見せることは無い。
「でもこれは原則だしなー、何かいい方法はないかなぁ?」
長者原とは打って変わり、大刀洗はなおも嬉しそうに鍋島に話しかける。
「そーだ、良いこと思いついた。私と長者原君以外全員を
「・・・・・・へぇ」
「なっ、委員長!?」
どこまで本気なのだろうか。
場の空気が一変、互いに確たる証拠を見せることのないまま話が進む。
長者原も黒衣も、全員が同じように顔をしかめ鍋島と大刀洗の表情を注意深く探った。この話の境界線はどこか、どこまでが本気で嘘なのか。
しかし、彼らは分からなかった。いや、分かるはずもなかった。本人たちでさえも分からないままの賭けが繰り返されているのだから。
だからこそ、鍋島と大刀洗の二人だけは分かっている。お互いの言葉の真意は『すべてが真』か『すべてが虚』かの二つの選択肢しかないことを。
「
「役員が居なくても、私と長者原くんさえいれば選挙なんて余裕な話だよ」
「つまり、大刀洗ちゃんが働くん?」
「頑張るよ~♪」
しばしの沈黙。
こうなってしまっては、周囲の人間はただただ二人の状況を把握することだけに努めるしかなかった。
鍋島は椅子を離れ太刀洗のすぐ傍へと歩き出す。
近づくことで揺らぎ押し込められる圧力。ビリビリとした空気は、不用意に近づいてしまうと肌が裂けてしまいそうなほどに張りつめられていた。
太刀洗は仰向けに寝転んだ状態で顔は鍋島の方へ向ける、鍋島はいつもの微笑顔ではなく、至極真面目な表情で太刀洗に顔と顔を近づけるようにしゃがんだ。
「外野やから何も出来ることは無い?あんま自分勝手なことを言うなや。外野やとしても、第三者やとしても、ウチらがこの箱庭学園の生徒であることに変わりはないんや。自分達の身を球磨川達から守るために戦ってんねん、なりふり構わず過負荷と戦おうとしてんねん。今、アンタが敵に回しているのはウチじゃない、この学園で生きてきた人間全員や。その覚悟はできてるんやろなぁ?」
「だから何だって話だよ。私たちは『選挙管理委員会』で、私はその委員長。誰にも縛られず常に高い位置から公平に勝負を見守るのが仕事なんだよ。わがままが何でも通ると思うな、あんまり舐めたマネしてるんじゃねーぞオイ」
亀裂が入ると同時に、鍋島はギリギリと拳を握り大刀洗に殺気を向ける。
全身が隙だらけの大刀洗は、それに怯むことなく変わらず欠伸でも出そうな態度を崩さずにいた。
長者原はその状況で最悪の展開を予想し、太刀洗を即座に自分の後ろに引き寄せ、鍋島に向かって戦闘態勢をとる。
それに合わせ鍋島もゆっくりと立ち上がり、今にも掴みかからんと錯覚させるほどの気迫で両の手の平を長者原に向けるような構えをとった。
「なーんてね☆」
大刀洗が長者原の後ろからひょこっと顔を出す。
「これはどう考えても私たちの負けだよ、長者原くん。私も出来れば働きたくないしおとなしく言うことを聞こう」
「委員長!?」
「それに、こんないやらしい作戦を考えたのは鍋島さんだけじゃないだろうしね。どう転ぶかが楽しみになってきたよ」
大刀洗はトテトテと可愛らしい足取りで、長者原の前に出る。鍋島と比べ大分身長差のある小柄な彼女は、自然と見上げるかたちになった。
「君たちの言う通り変更してあげるよ。所詮この国は多数決がすべてを決めているような国だし、それでいいんだよね?」
「お、おう」
必死に食い下がる長者原を適当にあしらい、大刀洗はそのまま自分の部屋に去っていった。
勝ったはずなのに、心に溜まる困惑の膿が鍋島に嫌な汗を滲ませる。
(些細無に、一応報告しとくか・・・・・・)
周囲の黒衣にいつもの悪戯な顔で微笑みかけて、足早に委員会室を後にした。