「人吉先生、どうやら間違っていたのは私の方だったようです。世界中の人間を幸せにできたとしても、球磨川だけは救いようがないと、球磨川を救おうという気持ちが既に罪深いものだと、そう思っていました」
「ふふっ、でもね、めだかちゃん。あなたの『みんなを幸せにしたい』という無茶な意見に従って、無茶な戦いをしている人が一人いるってことを忘れてはいけないわ。善吉くんが戦っているうちは、あなたは間違っても間違いを認めてはいけないの」
「・・・はい。どうやら私はいつも、あの男に助けられてばかりのようです」
☆
力を失った大木は、古賀の爆撃を受けて、ボロボロと崩れ落ちた。
力を失ったということは、善吉が江迎の無力化に成功したことを意味する。
「よっと」
流石に大きさが自分の何十倍もある怪物と戦った後なので、体の節々が悲鳴を上げていた。体が怪我をしても、自身の
「・・・・・・プハッ、それは、なんの真似なのかな」
「『善吉ちゃんの両手の腐敗と』『怒江ちゃんの
地面と縫い合わせられるように、大きな螺子で串刺しにされた二人。
通常ならこの光景は非常に驚くべき事態であるのだが、過去に自分もこのように串刺しにされた経験があるので、古賀は大して驚いたりしない。
ポッケに手を突っ込んだまま、不機嫌そうにそっぽを向く球磨川。別段これといった動きも見られないようなので、古賀はそのまま気絶している江迎のもとに歩き出し、彼女の持っていた鍵を抜き取る。
「んで、引き分け狙いじゃなかったわけ?」
「『人を助ける理由なんて』『気に入らないからで十分でしょ』『
「ふーん、まーいっか」
球磨川の話を適当に聞き流し、古賀は自分の手錠を解除する為、江迎から抜き取った鍵を鍵穴に──
「──あれ?鍵穴が、ない?」
制限時間は五分を切った。
確かにこの手首に装着された手錠には、爆弾を解除する為の鍵穴があったはず。しかし、どこを探してみても穴らしきものは全く見当たらない。
「『鍵の破壊は反則負けになるらしいから』『鍵穴の方を無かったことにした』『もちろん僕の手錠からも既に鍵穴は消している』『だから』『時間内に爆弾を止める手立てはもうない』」
「なっ!?」
「『さーらーに』」
球磨川が小気味よく指をパチンと鳴らす。するとその音と同時に、善吉と江迎を拘束していたはずの螺子が消えてなくなった。
江迎は未だ気絶しているようで動く気配はないが、善吉は頭を抱えながらむくりと起き上がる。
「イテテ・・・・・・一体、何が起きたんだ」
「人吉ッ、後ろッ!!」
善吉は慌てて後ろに首を向けるが、時すでに遅し。
「『やぁ善吉ちゃん』『改めまして』『僕だよ』」
「テメッ・・・球磨川ァッ!」
球磨川の腕が、善吉の腹部を背後から貫く。善吉の腹部から見えるのは着々とカウントダウンを行う腕輪。
不気味なのは、傷が無いことだ。恐らく球磨川の「
「『ほらチャンスだよ善吉ちゃん』『今なら僕を殴り放題だ』『僕が泣いて許しを請うまで痛みつければ』『もしかしたら』『この最悪の状況は打開できるかもよ?』『まぁでもその前に』『僕が怒ってこの腕を無理矢理引き抜いて』『善吉ちゃんのお腹に穴を空けることになるかもしれないけどね』」
球磨川は笑う。その笑い声が体の内部に響く、善吉は無意識にガタガタと震える。
「人吉っ!」
古賀の声で、善吉はハッと前を向いた。
「
「は、はい!」
球磨川が首を傾げる。
そして、あまりに突然に古賀は土を蹴り、善吉に向かって真っすぐに右の拳を振るった。
「オラッ!!」
その拳を真っ向から砕くように、善吉の蹴りが入る。球磨川でも分かる、互いの骨がバキバキに折れた嫌な音、善吉と古賀のどちらともない唸り声が聞こえる。
「アァァッ!!」
それでもなお躊躇することなく、善吉の連撃が古賀の拳に叩き込まれる。
一方的。今度は互いの骨の音では無い、古賀の拳にだけ嫌な音が響く。古賀の悲痛な叫び声が響く、それでも古賀はその右の拳を振るうのを止めないし、善吉も連撃を止めることは無い。
古賀が一歩下がり、善吉と距離をとった。
右手は赤黒く変色し力なくだらりと垂れ下がっている。額に脂汗、眉間は深く苦痛に歪む。
「『えっと』『意味が分からないんだけど?』」
「・・・だったらさ、黙って見てなよ」
グシャリ。
トドメだと言わんばかりに、古賀は左手で右腕を掴み、握り砕いたのだ。
雑巾を絞ったようにボトボトと流れ落ちる鮮血があまりにも痛々しく、善吉はギリギリと歯を鳴らし、目を背ける。
しかし、それとは対照的に、球磨川の目は古賀に釘付けになっていた。自身の血で朱色に滴る腕輪が、古賀の手からボトリと地に落ちる。
「へ、へへっ、やっととれた。この手が治るまで、ざっと三十分くらいかな」
「『いやいや』『流石に女の子としてそれはどうかと思うよ』」
「長者原くんが言ってたルール、覚えてる?『相手の鍵を奪い、パートナーの腕輪を外す。先にパートナーを救った方の勝利』だったよね。私達はちゃんと相手から鍵を奪って、パートナーが腕輪を外した。ルール的には全く問題ない、だよね、長者原くん?」
激しい痛みが容量が超えているのか、体中が小刻みに揺れている古賀だが、その笑顔は不敵。
モニターを眺めて状況を見ていたであろう長者原の声が不意に園内に響く。
『確かに私は、古賀いたみ様の言ったルールを提示いたしました。古賀様の行動は私の想定していた勝負の決着とは少し違いますが、ルールには何ら抵触しておりませんので、私の説明不足ということで片付けられますね。では、この庶務戦は現生徒会側の勝利ということになります』
善吉と古賀は同時に拳をグッと握り、「勝利」の二文字を噛みしめた。
「『でもさ長者原くーん』『この腕輪のタイマーは』『止まってないみたいだけどー?』」
──え?
「そ、そんな、もう勝負は終わったのに・・・・・・」
慌てて古賀は足元に落とした腕輪を拾い上げて、万遍なく付着してしまっている自身の赤色を擦り、タイマーの画面を確認する。
残り時間はもう一分と残されていない。
「長者原くん、早く止めて!勝負はもう終わったはずでしょう!?」
『申し訳ございません、この腕輪は風紀委員会から提供して貰った特注製の物です。実は、鍵で開錠する以外に爆破を止められないのですっ。現在こちらの役員が至急そちらに向かっておりますので──』
「もう時間は無いよっ、馬鹿じゃないの!?」
古賀は手元の腕輪を思い切り遠くに投げ飛ばす。
「『おっと待ちなよ』『古賀さん』『そこから動くと確実に善吉ちゃんを殺しちゃうよ?』」
「くっ・・・」
下卑めいた笑み。球磨川は貫いているその腕をグリグリと動かす、恐らく体感したことの無いような痛みが体中を侵食しているのか、善吉は顔をしかめたまま動けないでいた。
助けに行くには古賀と善吉の距離は少し遠い。残された手段は恐らく、もうない。
「『まぁ』『少し予定とは違うけど』『コホンッ』『えーそれでは皆さんご唱和下さい───』」
「『───
☆
モニターを見守る黒神めだかと人吉瞳。思わず二人は口元を押さえ、その画面の中で起こった現実にただただ驚いていた。
「めだかちゃん、今の動き見えた?」
「はい、かろうじて、ですが」
画面に映るのは狼狽する球磨川と、大きく腹部を損傷させた
「彼女はタイマーがゼロになると同時に意識を取り戻し、恐らく無意識のうちでしょうが腕輪の施錠部分のみを腐らせ、球磨川の腕から爆弾を抜き取りました。爆弾で最も恐れなくてはいけないのは爆発ではなく、その爆発によって飛び散る破片です。しかし彼女は時間が無いにもかかわらず、爆弾を腹部に抱きかかえたまま球磨川や善吉、古賀二年生に背を向け、破片をそちらに飛ばさないようにしていました」
「そう・・・それなら確かに、誰も死ななくて済むわね」
「はい。私は彼女の勇気に、心からの賞賛を送ります」
「『どうして』『どうして・・・・・・っ!』」
球磨川は善吉に傷が残らないような形で腕を引き抜き、江迎のもとに歩み寄った。
「私が昔から付き合ってきた
「喋るんじゃねーぞ江迎っ!!いや、このまま喋り続けろっ、意識をしっかり保て!!」
善吉は江迎の手を握り、自身の服の布地で溢れて来る血を拭っている。
「人吉くんの、言う通りだったね。私の
「『そこをどいてくれ』『古賀さん』『善吉ちゃん』『僕がそのダメージを無かったことにするから』」
「遠慮させてください、球磨川さん。このダメージは私の誇りです」
「だってさ、だったら私も全力であなたを足止めするよ?」
「『・・・違う』『それはただの火傷と裂傷だ』『そんなの綺麗ごとに過ぎないっ』」
「・・・・・・先輩、江迎に回復剤を、持っていたでしょう?」
善吉は古賀の肩に手をかけ、立ち位置を入れ替える。
「球磨川。いいじゃねぇか、綺麗ごと。それともお前は、汚いのが好きなのかよ?」
「『善吉ちゃん・・・』」
「違うよな、お前は俺の知る誰より、めだかちゃんより綺麗好きな潔癖症だよ」
☆
現在の勝敗。現生徒会側、一勝一分け。