雲仙家。今日の晩御飯
いつも食事を作ってくれている影照は現在学校にて療養中だ。
「こんなに物語に不在が多い主人公も中々いないよなぁ」
「・・・・・・7984187678174838745(一人でブツブツ呟いてどうしたの冥利?そんなことより、ポ〇モン勝負しようよ)」
「ヤだよ、だってねーちゃん弱すぎるじゃん。ちゃんと厳選しろって毎回言ってんのに」
「8367(むぅ)」
ふくれっ面でまたすごすごと自分の部屋に戻ろうとする冥加。
「あ、ねーちゃん、ちょっと待ってくれ」
「?」
「ケケケッ、ねーちゃんに渡したい物があるんだよ」
「??」
冥利はごそごそと自分のポッケの中から、少しメカニカルな黒色のチョーカーを取り出した。
黒色の革製なのだが、所々に施されている金色の金具がとてもおしゃれだ。冥加は中二心がくすぐられたのか、興味津々にそのチョーカーを見つめている。
「これはプレゼントさ」
「0497391799834798(冥利が?私に?)」
「いいや、残念だがこれは影兄から姉ちゃんに渡してほしいって頼まれたモンだよ」
「88469864392469(逆にそっちの方が嬉しい)」
「ケッ、そりゃ良かったな」
手渡されたチョーカー。キラキラとした目でそれをまじまじと見つめ、普段無表情な冥加の口元がだらしなく緩む。
ヨダレが垂れてきそうな姉のだらしない表情に、思わず「うわぁ・・・・・・」と冥利は呟いた。
「まぁ、それはただのチョーカーじゃないんだ。試しに首に巻いてみろよ、説明するよりそっちの方が早い」
「?」
冥利に促されて、頭に疑問符を浮かべたまま、しぶしぶ冥加はチョーカーを首に巻いてみた。
しかし、冥加の体にはこれといった変化はない。ゴスロリの衣装を一度二度揺らしながら自身の体を見回してみたが、別段変わった様子はないようだ。
「一体どういうこと?」
「おー、成功してるな」
「私にも分かるように説明して」
「姉ちゃん、今ちゃんとした言葉を話せているぜ?」
「え?・・・・・・あっ」
ちゃんと自分の声で、自分の言葉が話せている。
これはとても不自然な現象だっていうのに、とても自然に自分の口から数字言語ではなく普通の言語が出てきていた。
「とりあえず、機能はそれだけさ。これで姉ちゃんは身内の人間以外とも話せるようになったってことだ。作ってくれと依頼してきたのは影兄で、作ったのは俺と黒神真黒と、裏の六人の鶴見崎。結構大変だったんだから、大事に使ってくれよ」
「影兄が、何で?」
「そりゃあ、社会不適合者である妹に、早く社会に慣れて欲しいと思ったからとか、そういうことじゃないのか?まー、詳しくは知らないが姉ちゃんはこれをチャンスだと思って良い」
意地悪気に微笑む冥利。
冥加はその悪人面が少し気に障ったので、表情を崩そうと冥利のほっぺを両手でむにゅっと顔の中心に寄せてみた。うん、面白い顔になった。冥加は満足げに頷く。
「ふぁなせよっ(放せよっ)」
「あ、ごめん」
「ったく、黙って聞いとけば良いんだよ。俺が姉ちゃんに折角アドバイスしようとしてるんだから」
慣れないことをされた所為か、それともその一部始終を呼子に見られていた所為か、冥利は少し恥ずかしそうに頬を抑える。
「良いか、姉ちゃん。前も言ったけど俺は姉ちゃんの味方だし、影兄と姉ちゃんがくっついてくれるなら俺は一つも文句は無い。姉ちゃんが喋れるようになるっていうことは、古賀いたみや他にも影兄に言い寄ってくるライバルたちに、堂々と宣戦布告が仕掛けられるっていうことだ」
「宣戦布告?」
「そうだ。影兄を想う気持ちは、誰よりも姉ちゃんの方が強いに決まってる。宣戦布告して、相手と同じ土俵に立ったとしても、姉ちゃんは負けないだろ?つまりはそういうことだ、他を蹴落として奪い取るんだ。押してダメなら引いてみろっていう言葉があるけど、はっきり言って姉ちゃんにそれは合わない。押してダメなら押し倒せ!姉ちゃんには、これがピッタリだろ」
確かに、難しいことはよく分からないし、駆け引きなんて面倒だ。
冥利の言葉通り、冥加には押し倒すことしか出来そうにない。他の女の子にも絶対に負ける気なんてしてない。
「分かった、頑張る!」
フンと一つ大きな鼻息を立てて、両手に握りこぶしを作った。
(ケケッ、まぁ今言った事は全部本当に心から思っていることだけど、影兄がこれからどう慌てふためくかとか考えると笑いが止まらねぇな、おい)
「冥利委員長、悪い顔をしてますねぇ。一体どうしたんでしょう?」
呼子はニコニコと微笑みながら、食事をテーブルの上に並べた。
☆
「俺からはとりあえず、お疲れさまとでも言っておこう」
名瀬は自分の豊満な胸を抱える様に腕を組み、向かいにいる善吉と古賀に労いの言葉をかける。
今日の昼間。善吉と古賀の二人は生徒会戦挙の庶務戦に出場したばかりであった。古賀の作戦通りに進んだ試合ではあったが、最後の最後で球磨川の思惑にまんまとやられてしまう。
意図せぬ江迎の行動で最悪の事態を免れ、庶務戦に勝利することが出来た。
結構な試合展開だったはずなのだが、古賀はすでに怪我が完治しており、足に包帯を巻いている善吉だけが庶務戦に出場したかのように傍からは見えなくもない。
「ホントに古賀先輩、
「まーね」
庶務戦中、ぐちゃぐちゃになっていたはずの右腕を自慢げにぶんぶん回す古賀に、善吉は苦笑いを向ける。
「じゃあ次は師匠の番ですね。書記戦でしたっけ?」
「あぁ、相手はあのいけ好かないスケバンの志布志ってやつさ。何、心配はいらない。もうすでに対策は組んでる」
「流石だね、名瀬ちゃん!」
普段褒められ慣れてないせいか、二人からちやほやと褒めそやされる名瀬は顔を赤くしながら「や、やめろやめろ!」と顔の前でパタパタと手を振る。
そんなニヤニヤしている古賀の目の前に、名瀬は顔を赤くしながらズズイと迫った。
「・・・・・・俺のことは別にどうでもいいんだよ、古賀ちゃん」
「へ?」
この名瀬の表情は、何か悪だくみをしているときの表情だ。善吉も古賀も、その弊害をもろに受けている二人なので、善吉の場合はその女性二人から目を逸らし、古賀は口角が自然と引きつってしまう。
すると、どこかの三問芝居のように名瀬は頭を抱えて困ったように唸り始めた。
「いやー、でも困っちまったぜ、これはどうにもならねーなー」
「えっと・・・・・・聞きたくないけど、どうしたの、名瀬ちゃん?」
「聞いてくれよ古賀ちゃん、どうも俺は医者としてやってはいけないことをしてしまったみたいだぜ」
「なんすか師匠、その海外通販番組みたいな喋り方は」
善吉の突っ込みをガン無視して、名瀬は流暢に話を続ける。
「どうやら俺は些細無影照の担当医だったんだが、アイツに飲ませるはずの薬と痛み止めを、飲ませ忘れてしまったみたいなんだ。あー、しまったなー。このままだとアイツ死んじゃうかもなー」
「名瀬ちゃん!?」
これはどう考えたって名瀬の方便だ。
しかしそれに易々と騙されあたふたし始める古賀を見て、善吉はやれやれと息をついた。
「でも俺はこれからお兄ちゃんに呼ばれてるし、人吉にいたってはこの様だ。あー、困った困った」
「あぅ・・・・・・」
先程の表情とは打って変わって、顔から火を吹きながら、混乱している古賀。そんな彼女を見て、名瀬は業を煮やしたように捲し立てた。
「古賀ちゃんしか行けるやつがいねーんだぜ!?何を純情ぶってモジモジしてんだよ」
「わ、分かったよ!もう名瀬ちゃんの意地悪!」
「もうここで決めてこい!睡眠薬でも精力剤でも何でも置いてあるから、(ピー)して(ピー)でもやって、(ピー)を決めてこい!あの腐れ根性の影照に既成事実でも叩きつけて―――」
「―――師匠、古賀先輩がショートしました。顔が真っ赤ですよ」
溜め息をつきながら、「昭和のカップルじゃあるまいし」と呟く名瀬に、善吉は無意識に身震いしてしまった。
☆
「はぁ・・・・・・」
日が落ちるのが遅い。
数日後に自分の出場する書記戦が迫っているというのに、どうも志布志は気乗りしないでいた。
自分でもよくわからない。
今日、江迎が黒神めだか達に心を開いたからか?いや、違う。この胸の引っ掛かりはもっと別のところにあるんだ。
しかし、それは何なんだろう?
夕焼けに照らされるマイナス十三組。その中に、椅子ではなく、床に腰を下ろしながら志布志は唸る。
考えれば考えるほどドツボだ。
こんな感覚は今まで感じたことがなかった。
この確固としない、もやもやとした何かが自分の頭の中を浮遊する。しかし、そのもやもやは苛立ちを覚えようとも、決して不快感は無く、むしろどこか心地よい。
焦り、苛立ち、だけどどこか心が満ちている。
溜め息ばかりが増えていく。
「くっそ・・・・・・、何かあればアイツが浮かぶ。ムカつく、ムカつくんだよ・・・・・・」
この呟きも何回目だろうか。自分を痛みつけるように床を殴った。
些細無影照。
志布志はクぅと唸りながら、体育座りの自分の膝に顔をうずめる。
これもどれも何もかも、全部アイツが悪いんだ。志布志は答えの出ないこの感情に、無理矢理そう結論付けた。
「そういえばアイツって今、入院中なんだったっけ・・・・・・」
いつも懐に携帯してる剃刀を掴み、志布志はすっと立ち上がる。
そしてまたいつものようにからかわれない為に、しっかりと自分の身だしなみを整える。シャツを着て、セーラー服の胸元もしっかりと締め直し、スカートも膝丈まであるものを履いた。
「よしっ!」
トイレにある鏡で自分の姿を映し、自身に合格点をつける。
「・・・・・・何やってんだ、アタシは」
顔が沸騰するように熱い。
「・・・・・・明日、行くか。落ち着いたら行こう」
肩をだらんと落としながら、志布志はじゃぶじゃぶと自分の顔を水道水で何度も洗った。