陰を照らした時に出来る陰   作:俺の眼鏡

60 / 65
59箱目 胸騒ぎ

「あひゃひゃ☆どーしたのかな、他人を不幸にするプロフェッショナルともあろう『致死武器(スカーデッド)』の志布志飛沫ともあろうお方が、やけにめかしこんじゃって」

「なっ・・・最近見ねーと思ったら、ひょっこり顔出しやがって。今まで何してやがった、不知火さんよぉ」

 

 今日は生徒会戦挙の「書記戦」がある日。

 開始時刻は正午丁度。現在の時刻からすると、集合時間まで残り4~5分といったところだ。

 本当ならばもう集合場所に行っておかないといけない時間なのだが、球磨川が蝶ヶ崎を連れて、いわゆる「つれション」をしに行った為、待たされる羽目になった志布志。

 いつもの破れかぶれの制服ではなく、校則に引っかからない程度に上手く着崩した制服を志布志は着ている。球磨川達を待っている間、窓ガラスにうっすら映った自分の髪形を整えていた。

 

 そしてそこに音も無く現れたのが、大きなキャンディーをかじっている不知火である。

 

「戦挙じゃなくて、まるでデートにでも行くような気合いの入り様だね☆もしかして、些細無先輩が見に来るって聞いたからとか?」

「そ、そんなんじゃねーよ・・・・・・ぶち殺すぞチビ!!」

「・・・・・・・・・えっと、あれ?」

 思っていた反応とは違う反応が返って来て、不知火はうっかりキャンディーを落としそうになった。

 てっきり殺される勢いで凄まれるか、完璧に冷たく無視されるものだと思っていたのだが、返ってきた反応は「満更でもない様子」だ。

 

 少し妙な空気になった時、ガラガラと教室のドアが開く。

 

「『じゃあ行こうか飛沫ちゃん』『ってあれ?』『お久しぶりだね不知火ちゃん!』」

「あー、おひさですね~球磨川先輩☆じゃあ、私は私の仕事があるんで、ここらへんで失礼します。まーどうせ今回も勝てないんでしょうけど、頑張って下さいねー!」

 教卓からひょいと飛び降り、不知火は「あひゃひゃ」と笑いながらぴょこぴょこと教室を出て行った。

 一体何をしに来たのだろうか。

 取り残された三人は、ゆっくりと首を傾げた。

 

 

 

 

 書記戦に出場するのは、生徒会側からは黒神くじら(名瀬夭歌)。過負荷側からは志布志飛沫となっている。

 

 

「今回の書記戦の形式は『冬眠と脱皮』に決定いたしました。勝利条件は単純明快、相手の身ぐるみを全て剥いだ方の勝ちとなりましてございます」

 長者原融通が書記戦の規則を宣言している場所は、戦挙のステージとなる「巨大冷凍庫」の前であった。

「学食係の皆様が使用している巨大冷凍庫。零下48度───南極さながらの極寒空間。この倉庫全体の中で、相手の身ぐるみを剥いでいただきます」

 淡々とそう説明する長者原。そのルールを聞いて、思わず善吉は身震いした。

「こんな中で身ぐるみ剥がされたら、あっという間に凍死するぞ・・・・・・」

 

 

 周囲の全員がその過酷すぎるフィールドを見ている間、名瀬は一人、何食わぬ顔でルールの説明を聞き、長者原に一つ二つ質問を投げかけている。

 車椅子に乗った影照と、それを引く古賀。

 名瀬夭歌が負けるわけがないと頭で分かっていながらも、心中の不安を拭い去ることが出来ないでいた。

「お二人さんよぉ、どうしたそんな不安な表情して」

「名瀬ちゃん、私、心配で心配で・・・・・・」

「フン、庶務戦の時、俺がどんな気持ちで古賀ちゃんを見送ったと思ってんだ。ちょっとはその気持ちを体験してな」

「あぅ・・・・・・」

 仲良し二人組の惚気(のろけ)に挟まれて、影照はどんな表情をすればいいか分からず、とりあえずぎこちなく微笑む。

 

「んで、車椅子人間は、今から死地に赴こうかという可愛い女の子に向けて、何か言うことは無いのかい」

「なんつーネームングセンスだよ。まぁ、いくら氷点下の世界とはいえ、女の子同士が服を剥ぎ合うんだろ?風紀委員の一人として、あまり看過できるものではないけど・・・・・・ルールだから仕方ないよね!」

 寒さとはまた違う震えが影照を襲う。

 主に車椅子の背後と、過負荷の方からの殺意が込められた視線により、体が震えている様だ。

 この場の雰囲気を和ませるために精一杯放ったジョークのせいで、何故か事態は悪化したかのように感じた。

 

 

「『あはは!』『そーだよね』『ルールだから仕方ないよね』『いやー相変わらずいいこと言うね影照くんは!』」

 一人だけ大笑いしているのは、球磨川だ。

 周囲との温度差を感じ、球磨川は笑うことを止めたが、その表情には未だ笑顔の余韻が見える。

 そしてその顔のまま、自分とは対照的に、これからの過酷な書記戦を案じて黙り込んでいる黒神めだかの方へ顔を向けた。

「『どうしたのめだかちゃん』『黙りこくっちゃって』『脱衣という自分の専門分野を取り逃して残念なの?』」

「・・・黙りたくもなるわ。私達は貴様達に勝とうと躍起になっておるのに、貴様達は勝ち負けを度外視して嫌がらせみたいな戦法ばかり取ってくるのだからな」

「『勝ち負けを度外視してるって決めつけられるのは心外だなぁ』『こっちはこっちで真剣なんだからね』『よし』『じゃあこうしよう───』」

 

 

「『───もしもこの試合で飛沫ちゃんが名瀬ちゃんに負けたら』『僕はその時点で箱庭学園から手を引くよ』」

 

 

 球磨川のその一言は、過負荷のメンバーも驚きだったらしい。

 蝶ヶ崎は少し焦りながら球磨川に進言する。

「球磨川先輩、よろしいのですか?選挙管理委員会の前でそんな約束をしてしまえばもう取り消せませんよ?」

「『いーんだよ』『この約束ばかりは無かったことにしないとここに誓う』『そもそも僕は飛沫ちゃんには会長選でめだかちゃんと戦ってもらう予定だったんだ』『彼女は過負荷の中で唯一勝ちを狙える存在だからね』」

 

 

 長者原の腕にはめている時計がアラームを鳴らした。

「それでは時間です。両者ともフィールドの中へ入って下さい。制限時間は無制限、相手の服を全て剥ぐまで勝負は終わりません。冷凍室に入室次第勝負は開始となります」

 

 

 開始が告げられ、冷凍庫のドアが開く。

 いつもの破れかけた制服とは違い、しっかりと制服を着ている飛沫は、影照の前に少し躊躇いながら立った。

「こ、これで文句はねーだろ」

「え?」

 周囲の目に気づいていないのか、飛沫の目にはどうやら影照しか写っていないようだ。

 心なしかその顔が少し紅潮している。

「制服、この服装の事だよ!テメーが五月蠅くて、この書記戦でも邪魔してくるんじゃねーかと思って着て来たんだよ!!」

「えっと、別に問題ないよ。うん、良く似合ってると、思う」

「そ、そうか・・・・・・」

 おどおどとした影照の返答に、志布志は顔をうつぶせて頬を緩ませる。

 そして顔が火照ったまま冷凍庫の扉をくぐった。

 

 誰しもがそんな志布志の様子を見て、呆気にとられる。もちろん影照も例外でない。

 

 しかし、ただ一人。

 球磨川禊だけは、そんな志布志の様子を無表情の薄暗い眼差しで見ていたのであった。

 

 

 

 

 

「ま、まぁでも、今年の夏は暑いからな。こんな涼しげな中でのバトルも悪くはねぇ」

 飛沫に遅れて名瀬も冷凍庫の中へと入り、開戦の合図とも取れる様に金属の重い扉がガチリと閉まった。

 零下48度、周りの空気が冷たすぎて呼吸をするのすら辛い。水分は一瞬で凍り、バナナで釘が打てるようになる世界だ。

 

「じゃあ行くぜ、名瀬先輩よぉ!!」

 そんな氷点下の世界で、飛沫は右手を振り被り、名瀬の方へ『致死武器(スカーデッド)』を発動させた。

 

「───っ!?」

 衣服が全く傷つくことなく、名瀬の体から血が噴き出す。この現象が未だに理解できてないのか、名瀬は痛みよりも驚きといった表情で、その場に膝を落とした。

 飛び散った血飛沫は空気中で凍り、地面へ破片となり落ちる。そして不幸中の幸いか、名瀬の傷口はこの氷点下の中で凍り、血液が傷口をぴったりと塞いでいた。

「衣服を剥げばいいんだよなっ」

 どこから取り出したであろう剃刀を両手に構え、膝から崩れ落ちている名瀬に向かって両手を振るう。

 躊躇いなく剃刀が名瀬の肩口を切り裂くが、飛沫の腕は力がこもったまま止まった。名瀬の着込んでいる黒いアンダーウエアの上で、剃刀が喰い止まっているのだ。

 

「おいおい、粋がってた割にはそれだけか?」

 自身の血で凍らせた包帯を棍棒のように扱い、名瀬は飛沫の腹部に思い切りその包帯を振るう。

 痛みによるくぐもった声と共に、飛沫の体は後方に押し倒された。

「ほらほら、そんなに派手に倒れたりなんかしたら、こんな風に俺みたいな不真面目な奴にパンツを奪われちまうぜ?」

「なっ!?」

 

 名瀬がその手にひらひらさせているのは、可愛らしい淡いピンク色のパンツであった。

 意地悪気に口角を上げて微笑む名瀬。しかし、その微笑みが急にぎこちないものに変わる。

 

「お、おいっ、早く返せよ!お前バカなんじゃねーの、よりによって、パ、パンツとかお前止めろよ!?テメーもこっち見んじゃねーよ!!」

 スカートを両手で押さえ、顔を真っ赤にしたまま飛沫はその場であたふたと慌て始める。

 ガラス越しの閲覧者、特に影照の方に向かって「こっちを見るな」と怒鳴り散らし、照れているのか怒っているのか不安なのかよく分からない、様々な感情が渦巻いているような表情でパンツの返却を求めていた。

 

 あまりの予想外の反応に、当の名瀬もたじたじになり、思わず飛沫に向かって「少し落ち着け」と言ってしまう。

「お、おい、あの・・・これは、お前のパンツじゃなくて俺のだったんだわ・・・・・・」

「え!?」

 増々顔を赤く染め、小刻みにプルプルと震える飛沫。

「テ、テメーだけは絶対に許さねー・・・・・・」

 

 

 

───ゴゥンッ・・・・・・・・・

 

 

 

 停電したかのように、一気に辺りは暗くなり、冷凍庫の中でも冷気を吐き出していた機関がストップしてしまう。

 名瀬や飛沫はもちろん、外側に居た全員も何が起きたのか分からないといった表情をしていた。

「直ちに予備電源を入れ復旧させなさい・・・・・・何?予備電源にも電力が蓄電されていないのか?どういうことだ?」

 事態の収束を図る為、他の役員と連絡を取っている長者原だが、どうやら原因は不明な様だ。

 このままでは勝負にならない。そう判断した長者原は冷凍室のドアを開け、一旦名瀬と飛沫を外に出す。

 

「『このままじゃ復旧できそうにないね』『復旧したとしてもまたここから再スタートってわけにもいかないでしょ?』」

「球磨川様の言う通りです、選挙管理委員会の不徳といたすところでございます。本日は皆様、申し訳ありませんがお引き取りしていただいて構いません、我々は原因の究明を急ぎます。また後日、違った形式で書記戦を行うことになるとは思いますが、どうかご了承ください。それでは失礼します」

 長者原は非常に焦りながら、まるで忍者のようにこの場を後にした。

 

 

「『じゃあ』『帰ろっか飛沫ちゃん』」

「あ、あぁ」

 

 いつもの空虚な笑み。

 飛沫はどこか、胸騒ぎがした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。