灰色の壁に拘束された少女が一人。
気絶したふりをして、必死にチャンスを伺っていた。
そのために目を閉じて、息を整える。
幼い日の記憶が蘇る。
大好きだった母親がどんどん弱っていく様子を毎日見ているだけだったあの日を。
あの頃の自分は何もできなかった、今だってそうだ。
結局のところ何も、何もできないどころか、お荷物になっている。
でも、信頼できることが一つある。
太陽が東から上ることよりもリンゴが地面に落ちることよりも。
あの影兄が、ただで負ける事なんてありえない。
これは絶対なんだ。
あの深く黒く沈んだ目をした影兄の状態のことを
冥利と冥加は『影兄の真骨頂』と(勝手に)言っていた。
あの、この世の全てがつまらないと言わんばかりの態度をとる影兄は
口調すら変わるあの状態になった影兄は、ルールのある勝負には必ずと言って良いほど負けていたが
はっきり言って、勝った相手は、かわいそうになるくらい勝った気のしない勝負になる。
だから、今はただ信じる。
必ずくる影兄の絶好の
まだ、今は耐えよう。
☆
「ふへへへへへっ」
散々、影照の頭をたたきつけた奄美は、ぐっと掴んだ髪を引っ張り上げて、その額を赤く染めた顔を眺める。
「良いぃぃ顔ですね、こんな弱いお兄ちゃんをみたら、あの娘はなんと言うでしょうか?」
影照は何も言わず、ただその黒く沈んだ目で奄美を見据える。
「へっ、気に食わない目ですね。そういえば、君はただのノーマルではないとかなんか勝手にほざいてましたねぇ?」
奄美は挑発するように影照に顔を近づけて話しかける。
「ほら、何でしたっけ?なんかどっかの中学の野球部のエースだとか何とか」
そういって今度は影照の頭を踏みつけ、その足に体重を掛ける。
「だから何なんですか?結局あなたはなんの特技も取り柄もない、ただの弱虫だったんですよ!!ほら、ほらほらぁ!!」
今度はゲシゲシと頭を踏みつける。
「・・・ごめん、なさい・・・・・・」
奄美はその踏みつけを止めて影照の顔に耳を近づける。
「ふへへっ、謝るんならもっとしっかり謝らないといけないんじゃ無いですかぁ?」
ふと影照の口元が不敵に微笑む。
「・・・ところで、あんた“スコーピオンシュート”って知ってるか?」
「へっ?」
一瞬だった。
影照は固定された両手を軸にしてふんばりを利かせ、右足を大きく上方向に持ち上げた。
その体はまるでしゃちほこのように、威嚇を行う
「ガッ・・・!!!」
突如、奄美は予想だにしなかった方向から受けた攻撃に、為す統べなく床に
「あー、俺が謝ったのはちょっとした俺のうっかりでよ、俺本当は野球部じゃなくてサッカー部だったんだ、ごめんごめん」
影照の攻撃を受け意識がそがれたのだろうか。
今まで固定されていた手が、床からフッと離れ自由になる。
「いやぁ、あんたの頭が蹴りやすい位置まで来るのに随分な時間がかかったな、このまま蹴りやすい位置に頭が来なかったらと思うと冷や汗が出るぜ」
そういって額の血を拭い、体についた砂利を払う。
「・・・どこまで僕を侮辱するつもりだぁ!!」
さほどダメージを受けてない奄美は立ち上がり、その怒りを露わにする。
「おっと、周りを見てみなよ」
影照の言葉で奄美は周りをチラリと見渡す。
すると、部屋の至るところに野球ボールが転がっていた。
「・・・これはっ!?」
「あんたの手品のタネがわかった、といったところだ」
影照は演技じみた様子で大きく手を広げる。
「・・・次は何をするつもりですか」
「分からないなら見ておきな、これが
ースパパパパァァアアン!!!
影照の言葉が合図だったかのように、野球ボールが一斉に爆ぜる。
「うっ・・・!!」
奄美と影照は同時に腕で顔を覆う。
先ほど爆ぜた数々のボールの全ては、最初に影照が使った砂利の入ったボールと同じものだった。
鉄の床は砂利で覆われる。
「・・・何の真似ですか?」
「言っただろう、あんたの手品のタネが分かったって。まず簡潔に言うとあんたの手品のタネは“磁力を操る能力”だ」
「分かったからってどうなるって言うんですか、それだけの情報なら別に教えてあげても良かったくらいですよ。何を偉そうにしてるんですか?」
「まあ、落ちつけよ。せっかちな男はモテないぜ?あんたの能力の射程距離はせいぜい2~3mくらい、あらゆるものに磁力を与え、それを引き寄せたり、反発させたりする能力だ」
影照は足元の砂利をつまみあげる。
「そして、足元を見てみろよ」
影照の言葉に促され、奄美は足元を見る。
「・・・これはっ!?」
奄美の足元には半径2~3m程度の円が文様のように浮き出ている。
そして奄美と冥加を結ぶように円が伸びている線も見て取れる。
「別にこれが特別な砂なんてことはない、本当にただの砂利だ。その中に含まれる砂鉄が反応してそういった文様ができてるわけだ」
ーフラッ・・
(っ!?)
影照の体が揺れる、奄美の能力の仕業かと思ったが、奄美の表情を見る限りそういうわけでも無いようだ。
足が震える、体が自分のものではないように力が入らない。
(頭のダメージがやっぱりっ・・・)
「ふへへへっ、もうフラフラじゃないですか?」
「バーカ、いつものお昼寝を抜かしたから眠くなっただけだ」
「じゃあ、僕が寝かしつけてあげましょうか」
奄美は少し離れた位置にあった鉄パイプを持つ。
そしてその鉄パイプを野球のバッターのように構える。
急に奄美の足元の円が変形して一本の太い触手のような文様が影照に迫る。
(くそっ、このフィールド自体があいつの磁力の伝導体となってやがるっ!!)
影照はその触手から逃れようと避けるが、触手は影照の体を捉えようと形を変えながら迫ってくる
そして、触手が影照の足に触れた瞬間。
ーーグンッッ!!!
勢いよく影照は奄美の方向へ引き寄せられた。
「ふへっ!!カっ飛ばしますっ!!」
奄美が腰を低く据える、バットを構える。
「けっ、引き寄せたな。待ってたぜこれを!!!」
影照は懐からボールを取り出し
「正真正銘の硬球の野球ボールだぜ、俺のワイルドピッチを食らいやがれ!!」
そう言うと、大ぶりに奄美に向かってそのボールを投げつける。
投げつけられたボールは、磁力の引き寄せの効果もありぐんぐんと加速していく。
「ふへっ、予想道理ですよ」
不敵な笑みを浮かべ、奄美は手のひらを前に突き出す。
見覚えのあるこのポーズ、そうだ、この部屋に入ったときに見かけた・・・
「これが僕の
ーーグオンッ!!!
運動の法則を無視した無茶な動きが、影照の体で行われる。
急スピードで引き寄せられていたものが、次の瞬間全く逆の方向へ突き動かされる。
「ウッ・・・グッ・・・」
影照の体内の器官が不可解な動きに耐えられず悲鳴を上げる、息も全て体の外へと吐き出され、もの凄い嘔吐感に襲われる。
そして、鉄の壁が歪むほど大きな音を上げて影照は叩きつけられる。
「ガッ・・・ハッ・・・!!」
「僕の完全な勝利です、清々しい気持ちでいっぱいですよ」
「いいや・・・俺の勝ちだね・・・」
「へっ、ふへっ!!まさに負け犬の遠吠えとはこの事ですねぇ!!!・・・・--グエッ!?」
奄美の体が大きく後方に吹き飛ばされる。
そしてその場に転々とボールが跳ねていた。
「いやぁ・・・ごめんごめん、また俺うっかりしてたよ・・・俺が投げたのは、硬球じゃなくて・・・スーパーなボールの方だったよ、お前の反発の力をそのまま利用させてもらったぜ・・・」
影照は膝に手をつき必死に立ち上がる、そして拘束の外れた冥加のもとへと歩き出す。
「10274934823927(影兄・・・無理しないで)」
「なんだよ・・・起きてたのかよ、趣味が悪いぜ冥加」
「6134717517474(ピンチの時に助けに入ろうかと思ってね)」
「余計な御世話だよ」
ーーピクッ
「っ!!!」
「161717515(どうしたの?)」
「冥加!!、冥利でも警察でも誰でもいい!!助けを呼んで来い!!、はやくっ!!!」
「ぇ・・・・?」
影照は急いで冥加の拘束具をはずす。
「・・・ブツブツブツ」
奄美がゆっくり、ぬらっと立ち上がる。
頭にボールが直撃したはずの、気絶していたはずの奄美が立ちあがった。
「6342215612374!!(駄目、今度は私が戦う!!影兄の体じゃ無茶だよ!!)」
「心配するな、俺にはもう一つ秘策がある。しかもお前の方が足が速いんだ、どう考えてもこっちの方が効率的だ!!」
「61674(・・・でも)」
立ち上がった奄美の周りがグネグネと気味の悪い文様が浮き出している。
そして、触手の文様が何本もこっちに向かってくる。
「我慢しろよ」
影照は立ち上がり、冥加の背中を窓ガラスに向かって思い切り蹴り出す。
ミシミシと体中の骨がきしむ、もう何本か折れている骨から激痛が響く。
「影兄っー!!」
「頼むぜ、冥加」
冥加の体が窓ガラスを突き破り外へと放り出される。
ーーズンッッ!!!
その時、影照の体全体が床に引き寄せられる、身動き一つとれない、完全に仰向けの状態で固定される。
「ーもう、屈辱を晴らすとかどうでもいいです。殺します、謝っても無駄ですよ」
「ふん、冥加を逃がせただけで俺の大勝利だ、負けて八つ当たりなんて、あんた何歳児だよ」
「黙れ、では冥土の土産にさっき言ってた秘策とやらを見せて貰いましょうか」
「いやぁ、うっかりしてたよ。秘策なんてあるわけ無いのに」
「そうですか、じゃあーー」
奄美は大きく手を上げる。
天井の鉄筋がメキメキと大きな音を上げて変形し、やがて・・・
崩れ落ちてくる。
「くたばりやがれぇえぇぇえええぇぇ!!!」
奄美が勢いよく手を降り下げると、何本もの鉄筋が影照目がけて降り注ぐ。
落ちてくる鉄筋がゆっくりに見える、あたりは急に静まり返り、影照の頭の中では過去の思い出が溢れでてくる。
これが走馬燈ってやつか。
ああ、影照はゆっくり目を閉じる。ーーそんな時だった
ーーカチッーー
何か音が聞こえた。何かが何かにぴったりとハマる音のような、そんな音だ。
「・・・・・・・・・・」
奄美は大きく積み上げられた鉄筋の前にたたずむ
「なんだよ・・・・・・全然勝った気がしないです・・・何なんだよっ」
足元にあるボールを蹴る。
「いやぁ、俺死んでないよ、奇跡だね」
「ーーーっ!!!!」
奄美が振り返ると、そこには下敷きになったはずの影照が這いつくばった状態でいた。
「な、何で・・・お前っ!?」
「あー・・・あんたもうちょっと周りを見た方がいいよ、上の方とか」
しかし、奄美が上を向く前にその頭が片手で、バスケットボールのように鷲掴みにされる。
「お、お前は
「探しましたよ奄美先輩」
そう言った空洞はその大きな拳を奄美の体めがけて振りぬく、そしてその体は大きく上方向にはじかれる。
「・・・残念ながら、今の俺は話しができる余裕がない。できるだけ歯をくいしばれこのクズがあああああぁァ!!!」
奄美の体は何発も大砲のような拳を受けとめる。
その体は、まさにグチャグチャという表現がよく似合うほどにボロボロになっていた。
「空洞さん、ですっけ?なんか、ありがとうございました」
巨体が息を切らしながらこっちに振り向く。
「いや、礼を言うのはこっちだ、それと同時に。本当にすまなかった、おかしな事に巻き込んでしまって」
巨体が半分に折れ曲がる、そしてそのまま話し続けた。
「もう会うこともないだろうが、お前が俺の事を忘れても
「ーいいや、あんたみたいに
空洞はその言葉が本当に面白かったのだろう、腹を抱えるほど大笑いして
消えた。
次回からやっと学園編です
少しコメディー部分が増えると思います
さて、これからもよろしくお願いします
あ、奄美君はしっかり空洞君が責任を持って、学園まで持ち帰りました←