ヒーローと魔法少女、或いは心理学カンストゴリラ 作:就鳥 ことり
9月10日。
私たちの愛の結晶が産声を上げた。初めて抱いた小さな体は温かく、顔を歪めて力の限り泣く子が愛おしくて早く笑う顔が見たいと思った。
名前を決めるのに7日もかかってしまったことをよく覚えてる。最近は生まれ持つであろう個性にあやかった名前を付けるのが流行りらしいのだけど、私はあまり好きではない。
今では珍しくもないためもう話題にすらならないけれど、平成後期に社会問題になった人名とは思えない『キラキラネーム』そのもの。個性をそのまま名前にするのは、祈りを込めるものではなく単なる識別番号を振るようで嫌なのだ。そして付けてから万が一にもその個性が発現しなかったら、子供になんて説明するのだ。
他人のはなんとも思わないけれど自分の子には付けたく無かった。そう思うのは私の母達がそういう名前を嫌う人だったからかも。
私の家系は遺伝子操作系の個性が宿る檀操家。家名は何代も前のご先祖様が「遺伝子操作→DNA操作→DAN操」なんて決め方をしたと聞いている。檀は当て字だとか。でもそう言う決め方の家名が、少し珍しいくらいで普通に受け入れられるような、そんな時代だったのだ。
私の祖母の名前は乳哺と書いて“ちほ”と読む。字面の通り哺乳類の1部遺伝子を一定の条件下で組み替えることができる。だけれど、字面が字面なだけあって散々揶揄われ、会う人会う人に同情の目を向けられてきため、祖母はそういう現代の名付けにとても批判的だ。経験者は語る。勿論祖母は独り立ちしてすぐに改名し、千歩と漢字を改めている。
そんな事があった祖母だから、父の名前は幸彦、叔母の名前は史子と個性に関係無く付けたし、子供の嫁や旦那ら名付け観の一致という条件を付けた。その間に生まれた私は咲百合と付けられた。意味は花が咲くような笑顔の子になって欲しい。百合のような、百合が似合う女性に……ということだった。願いの通りに私が育ったかは怪しいところだけれど、私はこの名前が好きだ。
一方私の夫は陽向太陽という個性をまんま反映されたような名前の男だ。でも名前の通り何があっても諦めない不屈の精神と、持ち前の陽気さで周りを巻き込んで照らす太陽のような人だった。私は何度もその明るさに救われたし、どうしようもなく惹かれてしまった。名前の問題はあれど好きになってしまったもんは仕方ない!! と結婚。
しかし、夫は個性を名前にしたい派の人間だったのだ。私の植物の遺伝子操作、夫の太陽光から考えて光粒子の操作を想定し
私も両親も許さなかった。
7日に渡る論争の結果勝ち取った命名権。夫にどういう意味を込めたいかは譲り、私が音と字の候補をあげ最終決定を夫に委ねる。という手法でどうにか収まった。
希望を聞いたところ
花のように可憐で愛らしく、和ませ癒せる人。
自分が花屋なのもあるけれど、娘にも花を好きになって欲しい。
思いやりのあって、賢い子に……
との事だった。
花という漢字を使って欲しそうだったのでいくつか候補を挙げた結果『花恵』が選ばれた。
あまり聞かない音で個性的だし、願いに漢字が1番合ってるとのこと。
音に関しては現代的どころか、曾祖母くらいの世代の名前だから古風なのだけれど。ご満悦な夫には黙って置くことにした。私は優花と智花を推していたのだけれど、約束だから仕方ない。
**
花恵は驚く程手のかからない赤子だった。初めこそてんやわんやだった私たちだったけれど、花恵が泣くのはオムツか空腹を訴えるものでしかなく、他では泣くことはなかった。夜泣きに関して全くしないという徹底ぶり。
あまりにも大人しいものだから、様子を伺ってみればキャッキャと笑いかけ、手を伸ばしてくれる。
友人知人から聞いていたような苦労は全くなかった。それはそれで少し寂しいけれど、余裕を持って育児に取り組むことは出来ていたし、その分色んな工夫を試せた。
初めて喋った言葉は“あーと”。それが、ありがとうだと解読するのに時間は掛かったが分かった瞬間うちの子は天才かもしれないと思った。
これは優しい子に育つ。そう思った私達はこの時2人で『ありがとう』をちゃんと言える子に育てようと方針を固めたのだった。私のことながら親バカだとは思う。
でも、言えるようになって以来ご飯の時もお風呂の時も何かする度に言ってくれるから、もうね? 仕方ないじゃない?
それから、ままとぱぱ、はーちゃ(自分の名前と推測)と徐々に話せる言葉が増えて、いっぱいお喋りしてくれた。一生懸命私達にお話してくれる姿は本当に可愛かった。
座れるようになり、手足が自由になると途端に家中を這い回るようになった。今までの大人しさはどうしたの? それ程に色んなものに興味を示しては物色していた。特にお気に入りだったのは椅子に座って新聞を広げてお父さんの真似をすること。
あんまり難しい顔で新聞を睨んでペラペラ捲るものだから、まさかと思いながら
「パパはなちゃん、今日のニュースはなんですか?」
と聞いてみたら、パッと顔をあげて
「ビルがばくはつした!!」
にぱぁっと満面の笑みで教えてくれた。私も思わず表情筋をだらっとさげて「そっかぁ〜」とだらし無く返していた記憶がある。なんならビデオに動かない証拠が残ってる。私の生徒達には絶対に見せられない。
閑話休題。
勿論そんな事件は新聞に載っていなかったので、テレビのニュースを見て言葉を覚えたんだと思う。安心すると共に、可愛かったので新聞を読む花恵にニュースを聞くのが毎日の日課になった。
花恵から聞くニュースはだいたいビルが爆発するか、内閣が解散してる。ほぼ毎日爆破されるビルと1週間に1度は解散する内閣。花恵の世界は大変そうだ。
そうそう。その頃夫がスマホのゲームにハマって私を蔑ろにするようになった時があってね。その時は私が話しかけても「今忙しいからあとにして」とピシャリと言い放って取り合ってくれなかった。
私もカチンと来て言い返そうとしたんだけれど、花恵が私の手を握り絵本を読んで欲しいとせがんだ事により逃がしてしまった。
でもそのあと。花恵が夫の前でいつもの『お父さんごっこ』をし始めた。休日だからめいいっぱい遊ぼうとしていた夫は新聞と睨み合う花恵に声をかけたんだけれど
「いまいそがしいから、あとにして!!」
花恵は新聞から目を離すことなくそう言ったのだ。突然の拒絶に動揺する夫に花恵はニコッと笑って
「パパのまね〜!!」
正直とても胸がすく思いだった。その後、夫は花恵の前で私に謝りそういった反応をする事は無かった。花恵もそれ以来言うことはなかった。
思えば私が花恵のこの力を垣間見たのはこれが初めだったと思う。
それから、私の従姉妹である引子のこと。
彼女は私の妊娠が発覚する数日前に第1子を流産していた。それがあって塞ぎ込んでいたし、無事に生まれた花恵を見ると辛くなると思って会わせないようにしてた。
しかし花恵が1歳と半年になった年末の集まりで会うことになってしまう。花恵に向ける目は優しいものだったが、どこか陰りを見せていた。やはり、辛いか。申し訳なく思ったその時、花恵の小さな手が引子の頬を撫でた。
「ねーちゃ、たいたいの?」
“お姉ちゃん、痛い痛いなの?”
それから、花恵は引子について回った。最初は刺激するだけだと思って花恵を回収していたのだけど、徐々に引子の表情から陰が消えていることに気付いた。それならば。と花恵を好きにさせることにした。
それから2年経って引子はすっかり立ち直り第2子を妊娠し、無事に出産した。その男の子の名前は花恵が名付け親となったそう。健信くん。中々のいい名前じゃない。その後2人はよく遊ぶようになり、まるで姉弟のように仲良しだ。
**
花恵に個性が発現した。クリスマスの朝に個性と思われる、狐のようなうさぎのような謎の生物を抱きしめてサンタさんがくれたとはしゃいでいたっけ。花恵さん、サンタさんからのはあっちの枕元の袋の中なんだけれどなぁ。
花恵の個性は『遺伝子はどうした?』と聴きたくなるような私達とは全く違った物だった。医者も首を傾けるよく分からない個性で、定期検診を勧められ週に一度通うことになった。
余談だけれど、それを受けて夫は「咲百合の言う通り、名前を個性で決めなくて良かった」と零していた。
それから1ヶ月後。花恵の個性は開花した。
私達の家はNo.2ヒーローエンデヴァーの事務所の反対車線側にあり。徒歩5分程しか離れていない。そんな街だから犯罪件数は少なく、日々報じられるヴィランの起こした騒動はどこか画面の向こうの話としていた節があったと自覚している。
それは突然に訪れた。
隣町のデパートにまで買い物に出かけた帰り道。お金を下ろそうと銀行に入ったその時、乾いた発砲音と響いた悲鳴が店内を埋めていた。口元まで黒のニット帽で埋めた男が3人、銃を突き付けこの場を支配しようとしていた。
幸い出入口付近だったため、逃げ出そうと私の手を引いて走った花恵。それが賢明だった。まだ間に合う。ここを出てヒーローや警察に連絡したら、あの中にある命を救える筈だ。
それなのに私の足は恐怖に固められた。鉛がまとわりついたように動かず私は尻もちを着いてしまった。その音でこちらに目を向けた強盗の1人に直ぐに拘束され、私達は出入口から離れた場所に座らされた。
情けなさと不甲斐なさが込み上げてどうにかなってしまいそうだった。もし、花恵に何かあったら。震えが止まらない。あの時、足が動いたなら。この銀行に来なければ。どうしようもない思考を巡らせては、怖いよね。ごめんね。ごめんね。謝ることしか出来なかった。
花恵はそんな私にぴっとりくっ付いて“だいじょうぶだよ。おかーさんがいっしょだから、こわくないよ”そう笑って私を守るように身体をずらし強盗との間に入ってくれた。
それから花恵の“すってー、はいてー”に合わせて一緒に深呼吸をしていたら、気が抜けた。
けれど、強盗の人質に花恵が指名された時は心臓が止まる思いだった。必死に叫んだことは覚えているけれど、焦りと不安で頭が真っ白だったからあまり覚えてない。どうにか人質を代わってもらって私は強盗犯と共に外に出た。服の中に吹き出す血糊の細工を施され、ナイフを突き付けられ乱雑に腕を引かれた。
中々強盗犯の要求を呑まない警察、ヒーローに痺れを切らし、彼は私の首に浅く切り傷を付け、仕掛けてあった血糊が吹き出す。私は切りつけられた痛みで顔を歪めて声をあげる。
瞬間。ポンっと大きな、それでいて可愛らしい音が背後で鳴り響く。驚いて顔を向ければ窓ガラスが無くなっていて、薄桃に輝く花弁が舞い踊っていた。そして吹き荒れた。強風に煽られ木々がしなり、私達も顔を覆う。
何事かと周囲が騒然とする中、晴れた花吹雪の中にはひらひらフリフリの可愛らしいミニドレスに身を包んだ花恵がいた。
私に突きつけられたナイフは花吹雪となり消え、強盗犯は急所を蹴りあげられた後に蹴り飛ばされてしまった。あっという間の救出激に惚けていると、残りの2人に向かってハートのビーム攻撃のようなものを浴びせた。さながら、毎週日曜日の朝に見ている変身ヒロインのよう。
その後警察に強盗犯が回収され、変身が解けるとやはりそこにいるのは私の愛しい宝物で。抱きしめようと手を伸ばした。刹那。その手はぶわっと吹き出した花弁に阻まれる。吹き荒れる花吹雪にどうしたのか問えば。抑えられないのだそうだ。ヒーロー達に囲まれながら、抑えようと奮闘する事5分。ふらふらとしてきた花恵はそのまま気絶し、吹雪は収まった。慌てて駆け寄れば、救急隊員に阻まれてしまう。どうやら眠っているだけとのこと。取り敢えずひと安心した。
その後運ばれた先の病院で点滴を打ち暫くすると花恵は目を覚ました。花恵の個性の1部であるイズクも飛び出し花恵にじゃれつく。良かった……と息を着いたのも束の間、吹き出した花吹雪は病室を掻き乱し大騒ぎとなってしまう。
体力を使い果たして再び気絶した花恵は、個室に移され、睡眠薬と栄養剤を投与することになった。このままだと個性を使いこなす訓練もままならないと、制御装置が必要になった。
制御装置と言っても個性を安定させるようなものはない。完全に個性を封じる、つまり無個性と変わらない状態にする装置を使用することになった。首輪のようであまり付けたくなかったが、現時点ではこの型しか無いため渋々取り付けた。
その後、一月ぶりに目を覚ました花恵はのんびりとした声で“おはよう、おかあさん”と笑ってくれて。その姿に感極まって夫と二人揃って泣いてしまったことを覚えている。日本の科学技術に感謝。
暫くして出てこないイズクに首を傾ける花恵。首の装置のことも含めて説明しようとしたら、ポムっと軽い破裂音と共にイズクが姿を現し私達はしんそこ驚いた。
装置の不備かとヒヤヒヤしたが、点検の結果これでも正常に作動しているらしい。あの花吹雪も起こらないし大丈夫だと判断され、私達は久方ぶりに平穏を取り戻した。
花恵が小学生になったら、制御装置がない状態でも居られるように訓練を始めることになった。今は身体への負担が大きく危険だと判断されたため、暫くは装置にお世話になることになる。他には成長と共に解決することもあるためだ。
幼稚園に復帰した花恵は変わらず楽しそうに日々を過ごしてる。日曜日にはプリ☆マジという幼児向け番組を見てごっこ遊びをし、よく食べて、よく遊んで、よく眠る。個性の制御不能以外はさして病気もせず、健康児そのものでほっとした。
幼稚園教諭からは、喧嘩の仲裁をしたり、怪我した子を連れて来てくれたり、面倒見のいいお姉ちゃんをしていると聞いている。
それから暫くして、私の研究室に生徒達が尋ねてきた。
個性の制御のために娘が付ける装置が首輪のようで嫌だと写真を見せながら研究室の生徒に愚痴ったことがあった。その話が回りに回った結果、ヒーロー技工士学科の子達に話が回ったそうだ。
私が研究員兼准教授として務める大学は、日本で指折りの理系難関大学で規模が大きいことでも有名。私のいる遺伝子研究を進める生物科学部から、個性をアシストするヒーロー御用達の発明家を育成する個性工学部まで幅広い。
その中の発明家の卵達に「娘さんの制御装置を改良させて欲しい」と名乗り出てくれたのだ。なんでも基盤となる装置の仕組みを小型化する研究をしているそうだ。
花恵の銀行強盗騒動はメディアが守ってくれているおかげでテレビ等で放映されることは無かったが、どうしてもSNS等までは手は回らない。そのため野次馬による動画が上がり“リアル変身ヒロイン”としてネット上ではそこそこな騒ぎとなっている。
彼らの研究室の教授も興味を示しているそうで、花恵がテスターを引き受けることと引き換えに試作品を無償で提供してくれるそうだ。
それから半年で命令式を布に組み込むチョーカー型に進化した。まだ首輪感が否めませんけれど……と渡してくれた。それでも充分機械の首輪よりかはずっと可愛らしい。しかもレースのリボンでとっても素敵じゃない!! ありがとう。女の子に身に付けるものという配慮がまた嬉しかった。
帰って花恵に見せると嬉しそうに「かわいいね!!」と笑った。首元を飾るリボンに顔を綻ばせる。そうだよね、小さくてもやっぱり女の子だものね。
それから花恵はお礼の手紙を画用紙にクレヨンでしたため、彼らに渡すようにお願いされたので、翌日早速渡してみたらとても喜んでくれた。
そのことを報告したら花恵は、嬉しそうな笑顔を咲かせた。喜んで貰えて良かったわね〜。
「あとね、これね。きょうのれぽーとです。ほーこくしょ!!」
はい?? レポート? え、どこで覚えたの?
どれどれ、お母さんに見せてご覧。
『おにいさん、おねえさんのおかげで、うごきやすくなりました。きかいのほうと おなじくらいあんていしています。おともだちにもかわいいねっていわれました。きょうもありがとうございます』
ん〜っ100点!! 花丸!! 客観的にみてもうちの子偉い。
とりあえず夫に見せに行って、この気持ちを分け合いたかった。花の剪定? そんなの今はいいから見てこれ!!