ヒーローと魔法少女、或いは心理学カンストゴリラ 作:就鳥 ことり
曰く、そこにいるだけで可愛い無敵期間、人生のピーク。
私は小学生になった。ちぎりパンのような愛らしい四肢とはお別れしてしまったが、今も変わらず私は可愛らしい幼女である。
今時のランドセルはカラフル且つお洒落なものが多い。ランドセルと学習机を見に行った私はとても驚いた。オレンジや水色、ピンク、青があることは知っていたけれど、ここまで来ていたとは。赤と黒の無地しか知らない昭和生まれには考えられない豪華さだ。
私は深緑に四葉の白詰草の刺繍されたデザインを選んだ。一目惚れと言ってもいい。両親は薄桃にカラフルな花の刺繍が施された、私の選んだものと比べて子供らしいデザインを推していたのだが、私の「こういうランドセルが似合う素敵な女の子になりたいの!!」で撃沈した。過去3年で些か親バカな傾向が見られるようになってきた両親のツボの押し方は心得ている。
世界の宝たる幼女とショタ達の無益な争いや涙を止めるうちに、幼稚園からの付き合いとなる友人達のお姉ちゃんポジションに収まることになった。慕ってくれるというのはとても嬉しく、その姿は大変可愛いらしい。役得である。友人達からは花恵の上2文字をとって“はなっち”という渾名も頂いた。
“〇〇っち”というあだ名は世代を問わず好かれるらしい。前世でも万智という名前から“まっち”と呼ばれていた。あぁ、そうだ。それを聞いた男子から“マッチ棒”と面白がって呼ばれていた思い出もある。
奴の名は姫路桃矢、喜んでピーチ姫と呼ばせて頂いた。
学校にもイズクは付いて回るのだが、クラスメイトの集中力を欠くということで、授業中は廊下待機となった。まぁ、そうだよなぁ。と納得したのだが、その冬、寒い廊下にイズクを出しっぱなしにした結果、私とイズクが同時にクシャミをした。おっ? と思ったのも元束の間に、次第に揃って体調が悪化。
なるほど、私の体調の影響は受けない癖に、イズクの不調には引き摺られるのか。
それ以来、イズクは私に引っ付いて一緒に授業を受けることになった。イズクはお利口に私の頭の上か肩に乗って音も立てずにいる。元々、間の抜けた鳴き声とは裏腹に、知能は私と同等なので当然だ。
イズクは優秀な子なんです。
小学生に上がったことにより、私は2つのことが解放された。
まず1つはお店のお手伝い。
と言っても私にできることは幼女スマイルを振りまき、集客することと、お花の水やり。それから商品の受け渡しと、“また来てね♡”をすることの3つくらいだ。
私のちょっとした心理誘導と幼女力(主にこっち)を持ってすれば集客なんてお手の物だ。イージーモードである。私の幼女歴舐めんな? 子供好き、子供嫌いは1目で分かる。ふははは父よ、この幼女プロに任せなさい。
元々病院の付近であることや、此処が様々な企業の並ぶ町であることも味方して、売上を伸ばす私は花屋の看板幼女として着実に力を付けている。
それから暫くして、母の遺伝子組み換えに失敗した植物の花を育てるようになった。後述する私の個性制御装置を制作してくれている研究チームに、お礼も兼ねて見学に行ったついでに、母の研究室にも訪れた。そこで見つけた廃棄される失敗作の種を強請ったところ、譲って貰えることになったのだ。
成長過程でどうにも歪になる姿が愛らしくて、精一杯生きている姿が愛おしくって、いつしか私の部屋のベランダは彼らでいっぱいになった。
そして私のお店が出来た。と言っても無料配布なのだけれど。お店の片すみに里親募集の苗達を並べて置いている。私が育てた花々から取れた種達が芽吹いたのだ。
私の里親募集ブースが出来て間もなくのことだ。今日も元気に幼女スマイル全開で看板幼女をしていると、どう見てもSAN値ヤバそうなサラリーマンを見つけた。あっ、アカン。これ死に向かう人間の目だ。目と目が会った瞬間に、血の気が引きた。その目、私知ってる。アカン。
気付いてそっからはもう必死に精神分析振った。最初は鬱陶し気に睨まれたりしたけれど、食らいついた。お節介上等。リーマン兄ちゃんの塩対応にもめげることなく言葉をならべて尽くしてヨシヨシしたら、案の定相当参っていたらしく、兄ちゃんはポロポロ泣き出した。
道の端でポロポロ泣いているリーマンとヨシヨシする幼女。人の目が気になりだしたところで、助けてくれたのは店の隣でカフェを経営しているお姉さん(たまに試作品を食べさせてくれる、優しいお姉さんだ)。一部始終を見ていたらしく店内の隅に招き入れ、オレンジジュースとコーヒーを奢ってくれた。
お姉さんの好意に甘えて、そのまま幼児退行し始めた兄ちゃんの全肯定botと化した。10分くらいした頃、慌てて駆け込んできたのは私の父。事態を把握出来ないまま、父はリーマン兄ちゃんとお姉さんに頭を下げた。後悔はしてないけれど、申し訳ないとは思ってる。兄ちゃん、お父さん、ごめんなさい。どう考えても私が悪いので、私も一緒にごめんなさいした。
そしたら、兄ちゃんの方が頭を下げだしてお父さんは吃驚していた。それから困惑顔で父は私を見つめる。私は曖昧に笑うしかできない。重ね重ね申し訳ない。
それから、兄ちゃんは私のコレクションから1つ持って帰ることになった。
「これは、なんて名前の花なんだ?」
「この子達に名前はないよ。でも、そうだなぁ。お兄ちゃんのお名前は?」
「
「じゃあ、そのお花の名前はたかゆき。そのお花を自分だと思ってだいじにしてあげて」
「……わかった、そうするよ」
「それとねっ、お兄ちゃんはおともだち!!」
「おう?」
「おともだちだから、いつでも来てね」
しんどくなったらいつでも来るんだぞ!! と手を振ってお兄ちゃんにバイバイする。
それから孝幸さんは時折私のところに来てはオレンジジュースを奢って、私にヨシヨシされて帰るようになった。それが、月に1回から3ヶ月に1回になり、半年に1回になり、やがて1年に1回になって。たまに手紙が届くようになった。“たかゆき”の成長の報告や、近況報告。誕生日を祝ってくれたりもした。
文通と言えばもう1人。2年経った今も返事を貰えないが、月に1度冷さんの病室にお花と簡単なメッセージカードを贈っている。返事は貰えないが、大事そうに飾ってくれていると看護師さんから聞いているので迷惑にはなってないと思いたい。
やっと冷さんから返事が来たのは3年生になってからだ。それから半年の文通を経て再び会えるようになったのはその年の秋口。久しぶりに見た彼女は酷く痩せて、ガラス玉のような瞳を濁らせていた。握りしめた手が震えた。これがあの時取りこぼしてしまった彼女の心の表れのようで。
それ以来、月に一度は病室を訪れ他愛もない話をすることが習慣になる。一緒に、カードゲームをしたり、漫画を読んでみたり。最初は大抵の人が目を逸らしたくなるほど疲弊していたが、少しづつ回復の兆しを見せる冷さんに看護師さん達もほっとしていた。
それ以降も数人、死にそうな人を見つけてはヨシヨシしてお話してということは続いた。余談だが、高学年にもなる頃には小学生の女児が大の大人をヨシヨシする光景は、カフェの常連客の間で名物と化していた。
そして小学生になって解禁されたもう1つのことは、個性の訓練だ。
これまで通りの定期検診後、そのまま1つ階段を降りた2階にある、個性成育ルームの一室をまるっと借りての訓練となった。部屋の中には私とイズク、そしてプロヒーローであるイレイザーヘッドである。彼の個性は視界内にいる者の個性無効化であり、危険になればすぐに私の個性を消してくれる。
早い話、彼の視界の中に収まっている限りは暴発しても安全というわけだ。
「おねがいします!!」
「あぁ」
あまり子供好きそうには見えないので、大人しくしてようと思う。そしたらやっぱりというか、案の定子供に容赦なかった。私は地球を守りまくる某野菜人にでもなるのかな? そう錯覚しそうになる程度にはスパルタだった。
この先生は合理的かどうかをよく気にしてる。私にする指示には、始めに「合理的ではないが」か、最後に「合理的選択だ」のどちらかの台詞が必ずと言ってもいい程に付く。
基礎体力の向上が必要だと、死ぬ程走らされた。それから体幹トレーニングに、筋トレ。どれもこれも幼女の身体にはきついものばかり。え、こんなのが続くの……? ハード過ぎない? これが普通なの? 最近の小学生凄いね?? 格闘技を習っていた当時の私もびっくりするようなトレーニングメニューに、思わず白目を向きつつも初日の訓練を終えた。
そして後日。初日の無茶振りは私の忍耐力と体力を見るためのものだと明かされた私は、思わず冷たいフローリングに突っ伏したよね。何が合理的判断だ、ちくしょう。
初日に本気を出した私は、これくらいなら大丈夫だと判断されてしまい。ゴリラ育成プログラムが始まってしまった。あれれ〜? おかしいぞぉ? 私は自転車の補助輪を取るだけのような気軽さで来たのに。それがどうだ。補助輪外すどころか、自転車競技の猛特訓が始まったようなレベルのギャップに驚きが隠せない。
ハードなメニューに幼女の身体機能は着いていかず、訓練後はいつもグロッキーだった。メンタルだけは大人なので、多少辛くとも母に泣きついたりしなかったこともあり、その後もハードモードから変わることは無かった。
しかし、吐くほど鍛えたところで、制御装置が無ければ相変わらず吹き出すハリケーン。なんでや、工藤。努力は裏切らないんとちゃうんか……。
こんなこともあろうかと室内には何も置いてない。念には念を入れて良かった。壁や床が花吹雪に変わりそうになった途端、先生が止めてくれた。ありがとうヒーロー。大人しく制御装置のスイッチを再び入れて、息をついた。
逞しい幼女に進化したのにも関わらず、制御能力の面で見れば何一つ進歩してなくてちょっと泣いた。
その後、暫く補助輪を外すことは一旦諦めることになり。とりあえず変身と変身の解除、からの制御装置の作動を上手く出来るようにする方へと移行した。
それから、変身した時の力加減の調整。
これらの項目は2年生になる頃に突破することができた。
その際、久しぶりに変身して驚いたのは、朧気な記憶と照らし合わせても断言できるほど、初回とは全く違うコスチュームを身にまとっていたことだ。その後も年に1、2度変更があったことから体型に合わせてその都度変わるらしい。成程、有能である。
さらに余談だが、それに伴い私は格闘技とチアダンス、新体操、ハープを習うようになった。格闘技を習いたかったのは、変身後の力加減を覚えた今、あの後憧れの動きを完璧にこなせるようになりたかった。コスプレと似た感覚かもしれない。せっかく彼女達と似た力を得たのだ、ごっこ遊びの延長くらい許してほしい。
そして後者3つは両親の希望だ。もっと女の子らしい習い事をして欲しかったらしい。私の我儘を聞いて貰うのだから両親の希望も全て呑むことにした。
結果、私の部屋にハープとバトンやらフープが追加された。
閑話休題。
そして再び補助輪を外す訓練に移ることになった。この頃の私は小学生低学年にして、だいぶ体力、筋力のある逞しい幼女に進化していた。学校の体力測定のシャトルランで校内、県内最高記録を叩き出したことは記憶に新しい。持久走も学年トップ、このまま陸上の道に進むことも一瞬考えたが、これ以上増やすと今後心理学に割く時間が削れるので止めた。小学生になってやっと、学区内まで私の行動可能範囲が広がったのだ。素晴らしい。
また話がずれた。
体力、体幹、筋力、これらを鍛えてきた結果、漸くこの個性の受け皿ができたらしい。じわじわと、本当に少しづつだけれど、制御できるようになってきたのだ。
6年かけて猛吹雪が、旋風に。無差別花弁化はある低度収まった。そしてこの状態はろくろく動けない上に、やはり消費カロリーが大きく、7分と持たずに気絶してしまう。
それでもこの進歩は大きいだろう。
しかし、喜んだのも束の間。制御装置なしでの生活は不可能であると判断され、個性訓練は小学校卒業式前に終了してしまった。6年頑張ったのに? と思わなくもないが、プロヒーローであり、ましてや合理主義な先生のことだ。暇じゃないのだろう。
あのどう見ても子供好きでは無さそうな先生だったが、猫を始めとする小動物が好きらしく。イズクを可愛がっていたのを私は知っている。
別れ際に私のコレクションの中から人口受粉によって配合させ育てたお気に入りの花と、猫のぬいぐるみをプレゼントした。すると先生も餞別だと、大きめの緑色のリボンの付いたヘアゴムと、お揃いでイズクに緑のリボンで出来たチョーカーをくれた。
「子供は好きじゃない。だが、教師になるのは悪くないかもしれないな」
そう言って初めて私の頭を撫でてくれた。褒められたことは無かったけれど、これは先生なりに褒めてくれたのだと思う。やっぱり幾つになっても褒められるのは嬉しいものだね。
そして、小学生時の出来事として忘れていけないのは、東都科学大学のヒーロー技工学科の様々な装置基盤の小型化研究チームの皆さんとの出会いだ。
全ては「娘の制御装置が首輪みたいで嫌だ」という母の愚痴から始まった。
警察からの根回しにより、私の大暴走した強盗事件はテレビや新聞には載らず、しっかりメディアが守ってくれた。しかし、この情報ネット社会はこのネタを放っておかない。盗撮していた野次馬がいたらしい、『リアル魔法幼女』としてSNS等で一時期話題になってしまった。私も見せてもらったところ、運のいいことに画質が悪く、小さくしか映ってないので顔はバレてはいなそうだった。
その女児が陽向准教授の娘であると知っているのは母の研究室の学生達だけであった。それでも人の口に戸は建てられぬ、母の愚痴と噂の魔法幼女の正体が噂として囁かれ、ヒーロー技術士の雛鳥達の耳に入った。
詳しい経緯は知らないがあれよあれよと話が進み、私がテスターとなった。母親のコネ万歳……と痛感した。首輪みたいで嫌だとは思わないがこの首が締まる感覚が気持ち悪くて好かない。これがどうにかなるのなら万々歳なので、研究チームの皆さんに手紙を書くことを決めた。それから年々改良に改良を重ねた結果最終的にペンダント型になって、オンとオフが音声認識にまでなったのだから驚きだ。
テスターとの事だったのでレポートが必要だと思い、幼女に許されるであろう範囲で感謝と機能の様子をまとめてみた。主に癒されたという面にではあるが、とても喜んで貰えたらしく、私も嬉しい。そうか、なら毎日書こう。
毎日送ったメッセージの結果、相手方からの私の印象は大変好感的だ。結果、研究チームのクリスマス会に招待され、向こうからの希望により目の前で変身してマジプリのOPを歌って踊る出しものをすることになった。チアで鍛えたダンスが火を吹くぜ。無類の可愛さを誇る幼女だからこそできること。現在の私は何しても可愛いのである。改めて感謝を述べれば喜んで貰えた。
……それ以来彼らのクリスマス会では毎年変身して歌って踊るようになるのだけれど。幼女という無敵状態から脱してしまった後にも続くとは思わなかった。
その後、大学卒業により研究室の離脱となっても私のことを気にかけてくれ、仕事の合間に趣味で作ったという
しかしここ最近、不審者の撃退グッツばかり贈られるのには参った。確かに前世とは比べ物にならないくらい今世の顔は整っているが、周囲と比べればそこまで大差ない。この世界は平均の顔面偏差値が高いのだ。
そんなに心配なものか。と首を傾ける合間に、学習机の引き出しの中は唐辛子爆弾やら、シュールストレミング(世界一臭いとされる缶詰、中身はニシンの塩漬けだ)の臭い玉やらに徐々に占拠されてゆく。可愛がって貰っている自覚はあるけれど些か心配し過ぎである。安心させるため、姉貴分、兄貴分達の目の前で5枚瓦をかかと落としで割った後、瓦だった残骸を花吹雪に変えて消して見せた。小学5年生のクリスマスの話だ。
閲覧ありがとうございます。