ヒーローと魔法少女、或いは心理学カンストゴリラ 作:就鳥 ことり
お気に入り12件ありがとうございます。
act.6:進路選択
「誰か!! ひったくりよ!! そいつ捕まえて!!」
後方から響いた女人の声に、なんだなんだと振り向けばすぐ横を男が走り去っていく。尋常ではない速さである。それがあのひったくり犯人の個性なんだろう。まぁ、指先に火を灯すだけの個性の俺がどうこうできる問題では無い。そもそもただの会社員である俺が、個性を用いて奴をどうこうしたらそれこそ警察のご厄介になる。気の毒だが、俺にできることは無い。
そう眼下の出来事に結論を出し歩き出した時、
「ふんっ」
猛スピードで何かが俺の頬をかすめた。その直後、ドスっという重い音が前方で鳴る。右横に向けていた視線を前方へと戻せば、大きめのスクールバッグの下敷きになりひったくり男は転んでいた。えっ、今かすめていったのってあの鞄か?
……なんて威力だ。
思わず驚き固まっていると。その持ち主であろう少女が俺の横を駆け抜けた。少女は立ち上がり走り出した犯人に間一髪で追いつくと、素早く投げ倒す。そのまま慣れた手付きで腕を捻り上げそのまま地に組み敷いた。
「お願いします、抑えるのを手伝ってください。それと警察に連絡をおねがいします」
一瞬の出来事に呆然とする通行人達は少女の声にハッとして手を貸した。かく言う俺も自分のネクタイで犯人の脚を縛り、その身体の上にのしかかる。会社の時間が迫ってはいたが、自分の娘程に若い女の子が頑張ったのに素通りするのも忍びない。他の会社員達も俺を真似るようにネクタイで奴の手足を固定していく。周囲の協力により、無事にひったくり男を捉え鞄は女人の手に戻った。
お手柄少女はなんと今日が受験日だったらしく、中途半端にすみませんと頭を下げた。受験は今後の人生を左右する、満場一致で仕方ないと少女を送り出すことになった。
「嬢ちゃんはヒーロー科志望か?」
「はい、概ねそうです」
「そうか、頑張れよ!! 未来のヒーロー!!」
そう声を掛けられると少女は朗らかな笑顔浮かべ、もう一度頭を下げた後に走り去って行った。その後、間もなく到着した警察はネクタイで縛り上げられ、一般人達に押さえつけられるひったくり犯に目を見開いて驚いていた。まぁ、そうだよな。
被害者の女性にも感謝され、程なくして束の間のヒーロー達はまた会社員へと戻っていく。
あぁ、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。
**
「みゅみゅ!!」
「お手柄だって? ありがとう」
緑のチョーカーを巻いた、兎と狐とフェレット、狼を足して割ったような、なんとも珍妙な生物がこれまた珍妙な鳴き声を上げる。勿論何を言っているかはサッパリだが、適当に相槌を打ち、さらに脚の回転を上げた。急がねば。
「んー!! 今日も日本は元気に犯罪大国だね!! まったく、何処ぞの米花町といい勝負だよ」
余裕をもって家を出たはずが、一悶着あったおかげですっかり間に合うかどうかの怪しい時間になってしまった。
参った。せっかく先生から貰った緑のリボンで高く髪を括り、気合いを入れて来たのだ。遅れるなんて冗談じゃない。
なんせ本日、高校入試。
受験先はヒーロー養成の名門校、雄英高校のヒーロー科。
毎年の受験倍率300倍とかいう、巫山戯た数値を叩き出しているエリート校である。両親も担任も私なら受かると信じて疑わない様子だったが、送られてきた資料を見てつい2度見した記憶がある。300倍て何? 高校入試で倍率300とか初めて見たんだけど。普通に考えて可笑しい。
確かに。座学は前世で一応それなりに心理学極めた身だから、そこは自信はあるけれど。心理学科ゆえ理数は勿論、国語力なんてカウンセラーに必須だし、論文も読み漁る必要があったから死ぬ気で英語もできるようになった。あとドイツ語もいける。強いてあげるなら、社会科だ。社会は平凡だったし。数十年を経て様々な知識が抜け落ちまくっていたのでそこは頑張った。
それでも300倍にはビビってこっそり過去問解いてみたよね。座学は余裕で合格ラインでほっとした。しかし油断は禁物、ちゃんと改めて復習しておくことにした。
学校での受験勉強時間に、数学滅べと数学を呪いながら、必死に参考書に齧り付く友人に前世の自分を重ねた。その気持ち超分かる。その当時は私も数学の問題にキレまくったもの。
特に意味なく動き出す点Pや、何故か同じ目的地に自転車と徒歩で別々に向う兄弟。私も定期テストの度に呪ってた。
だがしかし。大学でデータ分析のために3次関数やら微積やらと殴り合いの死闘を繰り広げてきた後だと、あら不思議。中学生の数学が本当に可愛らしく思える。悲しいかな、心理学は数学への勝利、そして和睦なしには紐解けないのだ。
話しが逸れたので戻すが、そう。受験とは人生で訪れるうちの大勝負の1つである。
いやほんと。そんな日に他人の世話してる場合かよってレベルの大イベントなんだけれど、ひったくりを放って置く訳にもいかない。その結果の猛ダッシュだ。ヒーロー科じゃなければもっと時間があったんだけどなぁ。実技がある分集合時間が早いのだ。
そもそも何故ヒーロー科? 花屋はどうした? と思うだろう。私も最初、花屋を継ぎつつ、カウンセラーとしても活動しようと考えていた。むしろそれしかないと思っていた。
それが何故こうなったか。始まりは両親からの猛プッシュだ。
中学生になり、そろそろ将来の進路について考える時期に差し掛かると、両親からそれとなく聞かれた。何になりたいのか。と。
私は幼少の頃から決めていたので、花屋とカウンセラーの2足のわらじを履こうとしている。そう迷うことなく即答したのだが。
両親は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。そして焦ったように。
「花屋は俺がしたくてやってるだけなんだから気にするな!!」
「花恵が変身ヒロインに憧れていることも知ってるんだから!! そんなことを言わなくていいのよ!!」
なんとも度し難い。
私がヒーローになりたいと思ってると信じて疑わない両親VS花屋を繁栄させたい私の図式が完成した。
さらに私の格闘技大会での功績や魔法少女“モドキ”の個性に期待し、この中学から有名ヒーローを排出したい進路指導教員と担任が加わり、この構図はややこしい事になっていく。
そう。プリキュア完コピ大作戦のために習った格闘技により武術の基本を学んでいたのだが。意外や意外。両親の希望により習い始めたチアダンスと新体操。その過程でアクロバッティングな動きができるようになり、プリキュアごっこの完成度が高まったのだ。舞うような美しい戦い方を格闘技の師匠と共に追求し始めたら、プリキュアごっこが楽しくて仕方なくなってしまった。
私の我儘に付き合いお世話になった師匠に何か返したくて、最初にして中学最後の格闘技大会に参加することを決意。そこで大暴れした結果、見事全国大会まで上り詰め準優勝。
師匠は喜んでくれたが、学校や周囲に将来有望なヒーローの卵だと思われてしまった。
この問題を解決すべく、私は手始めに両親が本当に花屋を継がなくていい。と思っているのか探ることにした。私が花屋を継ごうとしてるのは主に親孝行のためだ。早い話、両親が望んでいないなら継ぐ必要はない。
いや。そうであってもどの道、父の愛している店を失くしたくはないのだけれど。
「いいか、花恵。花恵の花屋になりたいという気持ちも分かったし、嬉しくない訳では無いんだ。でもな、花恵。ヒーローになってからでも花屋にはなれる!! だが逆は難しいんだ」
しかし、探りを入れる前に父からそう諭され、私は頷いた。成程。その通りである。だがしかし、私はヒーローよりかはカウンセラーになりたいのだ。そこを強く主張させて頂きたい。
両親は私の“可能性”を潰してしまうのではないかと危惧している。私の生きていた前世とは違い、この現代はヒーローが芸能人達を凌ぐ程の花形職業だ。多くの人が憧れ、諦めてきた道ではある。確かに、いい歳してプリキュアに憧れる気持ちはあるが、その1点だけを見つめる程私は子供ではない。私はカウンセラーという仕事にそれ以上のものを感じているのだ。しかしまぁ、大昔夢見た憧れに手が届くというのは大変甘い囁きである。
困った、両親は私が後で後悔しないかをひたすらに心配している。まったく揺れてないといえば嘘になるのであまり強く否定出来ないのが痛いところだ。
そんなことがあり、私の中ではダークホースだったヒーロー科という道が出来た。
確かに、ヒーローになり名をあげることが出来れば両親に楽をさせてやれる。その上、私が有名になれば『ヒーロー御用達の工房』として、良くして貰った研究チームの皆さんのいい宣伝になれるし、恩を返せる。
そこは惹かれるなぁ。などと考えながら、少し両親ゴリ押しのヒーローの資格について調べるようになった。
それから三者面談にて、私はカウンセラーになりたいのだと力説し、前世で磨いてきた言いくるめ技術をフル活用して先生方を説き伏せた。
だが、その直後私は気付く、『ヒーロー資格の有効性』に。
簡単な話。行動可能範囲、行動選択が増えるのだ。犯罪者の心に手を伸ばせるという面において、カウンセラーとしてこの資格、相当使えるのではないか。と気付いたのである。
というのも、調べたところヒーロー免許を持ちながら医者や教職に着く人もいるという。いざと言う時のためだけに副職としてヒーローになったというのだ。ヒーローは起源が警察と違い公職ではなく、自営業なところがあったからこそできることである。
最も、そもそもとしてヒーローへの道というのは、本気でヒーローになりたい人でも挫折するような険しく厳しいものである。そんな道をべつの目標を持ちながら態々歩む人は早々いないのだが。幸いにも私にはその道を歩むに足りる条件が揃っている。
まず第1に、私が真に学びたい心理学は大学からしか学べない。つまり高校はどの勉学に励もうが、なにに打ち込もうが問題ないのだ。
第2に、大学受験についてだが前世とこちらの高校までの学習内容や出題範囲はほぼほぼ変わらない。前世で死ぬ程勉強していたおかげで、学習面において穴という穴は私にはなければ、センター入試の過去問を書店で立ち読みしたところ現時点で8割り理解出来た(立ち読みなので解いてはいない)。このまま学習を続けていれば困ることはないだろう。
第3に、私の個性は簡単に言うと身体強化であり、恐らくワンパンで家屋を破壊できる程度には強い。見た目も性能もヒーローを目指すに不足はない。目的は違えどこれまで培ってきた格闘術もある。
さらに確か、両親の言われるまま目を通した雄英という高校は高卒でプロヒーロー免許取得を目指すカリキュラムを敷いていたと記憶している。
以上のことから、私は思い至る。高卒と同時にヒーロー免許を取得後、大学、大学院にて心理学を学びカウンセラー兼ヒーローになったら最強なのでは……? と。
前世にて犯罪心理学も学んだ私は知っている、心に傷を負うのは被害者だけではないということを。犯罪行為そのものが救難信号になっているケースがあることも。
調べたところ、このヒーロー側を圧倒的正義に掲げる現代社会は犯罪者となった者へのアフターケアが笊だ。収容所に入れられ、メンタルケアどころか社会復帰が望まれるのはごく僅かだという。この事実を知った私の心は動いた。
いや、私がそうなろう。
様々な社会環境に苦しむ、より多くの人が私という1つの逃げ込み口に気付いて貰えるように。
これにより、雄英高校のヒーロー科を受験することに決めた。
若いうちにヒーロー活動を活発に行い、ヒーロー達の間にコネを作り、そして現場で顔がきき動き易くなったところで全線をさがり、花屋とカウンセラーに重きを移すつもりだ。
万が一、私がヒーローへの道を甘く見すぎていたとしても、最終目標に届かなくなることはない。雄英はヒーロー界においての超名門校である。将来有望なヒーローの卵達とコネが作ることができれば、ヒーローになる目的は概ね達成できるのだ。
「もきゅぴ!!」
「うん、見えてきたね。間に合いそうだ」
腕時計に目をやれば思いの他時間に余裕がある。そのまま校門を潜ろうと駆けてゆこうとすると、足がもつれた。何故だ、受験前に転ぶとはなんとも縁起が悪い。ここはそのままハンドスプリングを決めて意地でも、僕転んでないよぉ!! ってするしかないな。
しかし判断したはいいものの、待てども待てども中々近づかない地面……ふむ。我、浮いてね?
「ごめんね、勝手に個性使って。でも受験前に転んじゃうのは縁起悪いもんね」
どこか訛りの混じったイントネーションが特徴的な可愛らしい声が聞こえ、顔をそちらへ向ける。ほっぺたが可愛い、ボブショートの少女が私に触れていた。成程、浮かせる個性。
「いいや、むしろ助かったよ。ありがとう」
「みゅきゅ!!」
「ええんよ、その可愛い子は君の個性?」
「そうなの、常時発動する系統でね。イズクっていうんだ」
「みゅやや!」
「ふふっ、可愛いなぁ。ってごめんな、足止めしてしまって。お互い頑張ろうね!!」
「あぁ。ありがとう」
ボブショートな彼女はパタパタと行ってしまった。くるくる変わる表情がなんとも愛いらしい。優しい、麗らか朗らか少女だった。その背をじっと見つめるイズクに気になって声を掛けると、何事も無かったように擦り寄って来たので気にすることをやめた。不可解な言動は今に始まった事じゃないからね。
**
筆記試験については特に語ることは無い。強いて言うならカンニング防止のためにイズクが締め出されて、寂しそうにしてたことぐらいだ。
次は実技試験とのことで、現在は説明を受け終えそれぞれの会場へと足を進めている最中だ。ここからは未知の領域。一応過去の課題を見て師匠と共に対策は立ててきたが、やはり緊張はする。イズクも興奮するように私の周囲を飛び回っていた。
いや、イズクの場合は大好きなラジオのMCたるヒーロー、プレゼント・マイクに会えて大興奮なのだろう。
イズクは私の個性であり、いわば私の1部である筈なのだが、ほぼ1個体として独立していると言って過言ではない。思考だけではなく、趣味趣向まで私とはまったく異なり、私はさして興味が無かったヒーロー達にどハマりしている。テレビや雑誌によくかじり付いては、なにやらブツブツと唸っている様子をよく見かけるし、出かけている最中にヴィランとヒーローの戦闘に出くわすと、野次馬して行こうとばかりに私の袖を咥えて引っ張っていくのだ(イズクのヒーローへの関心の高さが私の深層心理の表れだと両親に思い込まれていたことも、両親によるヒーローゴリ推し事案の原因の一つである)。
無邪気で大変可愛らしいのだけど、以前思っていた“知能も私と同等”というのは少し考え直す必要があるかもしれない。
今回の試験監督であるプロヒーロー、プレゼント・マイクもイズクの好きなヒーローの1人である。彼のラジオ番組は、私が勉強やら筋トレやらしてる傍らで毎週10分前から正座待機し放送中は微動だにしない。
「ほらほら、イズク。落ち着いて。試験会場Bはあれかな」
実技試験の内容とは雄英高校内にある模擬市街地にて
制限時間は10分、持ち込み自由。
私の個性と相性がいい試験で助かった。が、格闘家としては個性を使用せずにどれ程私の実力が通じるのかというのも確認しておきたいので、できる限りは変身せず生身で挑もうとしている。
持ち込み自由らしいので、高カロリー且つ吸収されるのが早いゼリーが大量に入ったウエストバックを身につけている。
ふむ。ざっと見て40人程か。となるとイズクには空中から状況判断をしてもらって、ある程度点を稼いだ上で力試しという方が確実か。ロボットならば無生物だから大きさによっては花吹雪に変えてしまえばい……
「はい、スタート!!!!」
……? これは開始の合図でいいのだろうか? そう思い声のした方を伺おうとすると、背中をバシッと叩かれる。イズクだ。あ、イズクも行っていいと思う? よし行こうか。
「どうしたァー!! 実践にカウントダウンなんかねぇんだよ!!」
成程、その通りだ。ナイスジャッチ、イズク。おかげでまずは1歩、周囲より早く会場内へと踏み込むことが出来た。さて、入ったらまずは地形把握からか。
「イズク、頼んだよ」
「もきゅ!!」
さぁ、ゴリラ育成プログラムを経て立派な格闘家となった私の本領発揮といこう。