船から降りる俺を暑苦しい日差しが出迎える。
ホウエンの砂漠とはとはまた違った南国特有のじめじめした暑さが頭上から俺の体力を削る。
海にはそんなアローラの陽光が反射して美しいが、長い船旅と慣れない気候で既に実家に帰りたい俺にとってはただただうっとおしい。
「あぁ、カロスが良かったなぁ。ミアレガット食べたかったなぁ。アローラ勤務とか嫌だなぁ」
そんな俺の弱々しくも切実な愚痴は、容赦なく俺の気力を奪い続けるアローラの太陽に吸い込まれるように消えていった。
俺がアローラ勤務が嫌なひとつ目の理由である。
国際警察。
この世界にはそう呼ばれる組織がある。
世界を揺るがしかねない犯罪組織の調査、殲滅を主な仕事とするエリート中のエリート。
ほぼ全ての構成員が非情に高水準のポケモントレーナーとしての腕前を持つとされる警察組織。
しかしアローラには現在スカル団という半グレグループがあるくらいで主だった犯罪組織は国際警察でも確認されていない。
そんなアローラに何故俺が派遣されたかというとーー
「ギルガルドですか………」
「そうです。あのギルガルドが私共の畑をみーんな駄目にして回っちまうんです。お願いです。このまま荒らされ続けたら私は首を括らなきゃならなくなっちまうんです。どうか、どうかお助けください」
そう言ってそのまま土下座でもしそうな勢いで頼まれる。
こんな厳ついおじさんが俺みたいな十五の若造に頭を下げるのだから余程切羽詰まった状況らしい。
「大丈夫です。その為にアローラに来ましたから」
そう現地の人間では太刀打ちできない野生ポケモンの排除及び捕獲。
当然だがアローラのそれもメレメレ島に野生のギルガルドはいない。
いないのが普通だ。
「はぁーでもギルガルドかー」
思わず溜め息が零れるがこれくらいは許してほしい。
ギルガルドは本当に嫌いなのだ。
固いし。
「な、何か問題でもあるんですか!?」
「アローラではギルガルドは外来ポケモンです。これはアローラの外来種リストにも乗っていることから明らかなんですが、それがヒトツキやニダンギルではなくギルガルドであることが問題です」
「どういう意味でしょうか?」
「ヒトツキならば恐らく孵化余りを遺棄した迷惑トレーナーでしょう。ポケモンの遺棄も、過度な繁殖も法律違反ですがジュンサーさん達で対処できるレベルでしょう。ニダンギルもまあそれらが野生化し、進化したのでしょうから充分対処できる範囲でしょう。でもギルガルドだけは駄目なんです」
「?」
「貴方は知らないかも知れませんがギルガルドはニダンギルからの進化に闇の石を使うんです。それがトレーナーの制御下にないということは、そのギルガルドは十中八九トレーナーが逃がしたものが野生化したものです」
「はぁ」
「だから単純に通常の外来種よりも強いです。何しろトレーナーが闘う為に成長させた個体ですから。孵化余りや野生で産まれたポケモンよりも圧倒的に強いです」
「な、なるほど………でも貴方なら勝てるんですよね?」
一瞬納得しかけたおじさんだが畑の惨状を思い出したのか慌てて質問してくる。
「ええ。まあそりゃあ一般トレーナーよりは強いでしょうが負けることはありません。俺だって国際警察の一員ですし5V持ちです」
ここであまり好きではない肩書きを晒す。
確かにこの呼び名を俺は好きではないが仕事の役に立つならば捨てられる程度のこだわりだ。
「おぉ5V持ち!!それは心強い。本当にありがとうございます」
現に彼らの安心や信頼を買えた。
嫌いな肩書きひとつ晒すだけであれだけのものが買えるのなら安いものだった。
「ああ、大丈夫です。こちらもそれが仕事なので。では早速作業に取り掛からせていただきます。ギルガルドを目撃した方はご連絡下さい。ではさようなら。ああーー」
挨拶を言い終え、最後に思い出したことを告げる。
「島キングは今どちらに?」
「えっと…………」
「私は国際警察の一員なので流布するようなことはしませんよ」
「アローラ相撲の審査会に……」
「ああ、そうですか。では挨拶は又の機会にさせていただきます」
まあギルガルドが彼の手持ちに相性最悪なのは分かる。
しかもギルガルドも相当な腕前で無傷の勝利や圧倒的勝利などできないのも理解できる。
しかしそんなものはプライド云々を考慮しなかったら他の島キングに協力を要請するなんて手もあるだろうに。
島キングと称えられ、名乗っているのだからそんなことをしてる場合ではないだろうと思わずにはいられない。
独特の感性と村を牛耳る為政者。
これも俺がアローラ勤務が嫌な理由のひとつである。
『種族値』『個体値』『V』『U』『逆V』『夢特性』という言葉が世間に知られるようになったのはいつだっただろうか。
百年前は疎か五十年もない新しい概念でありながら世界中のポケモントレーナーを惹き付け絶望させた存在だ。
世間一般でこそ知るものはあまりいないが、ジムリーダ等のある一定以上のポケモントレーナーには最早当たり前の概念。
これはあるアローラのポケモントレーナーであり、俺の祖父が提唱したポケモンの戦術、育成論で初めて使用された言葉である。
この概念はあらゆる意味で世界を揺さぶった。
祖父はその革新的な概念を手にホウエンやジョウト、カントーなどの名だたるリーグを制しその名を轟かせた。
あらゆるタイプのトレーナーに連戦連勝。
公式戦で敗北はなく、世界最強の名をほしいままにした男。
その強さは単純明快。
相手より優れた個体をぶつける。
ただただ強く、戦闘に特化した優秀な個体を厳選する。
それだけだった。
確かにポケモントレーナーとしてもそこそこの腕前を持っていたが、一番の強みはそれだった。
『種族値』
ポケモンの種族ごとに厳然たる事実として存在する
能力値の基準。
これによってポケモンに数値としての強さの指針が与えられた。
それは強くなれるポケモンとなれないポケモンという種族間で格差を生んだ。
『個体値』
同じ種族のポケモン1匹1匹の各能力に存在する数値。
同じように経験を積んでも生まれる個体毎差異。
ポケモンの天性的な能力を示すもので、経験を積んでも、進化しても変わらない生まれながらの才能。
彼はこれを能力ごとに0~31の段階で区切り、最高の才能を『V』それに次ぐ能力値を『U』最低ランクの底辺を『逆V』と名付けた。
これによってより強いポケモンを求める者達はこぞって才能のある個体を探し、才能のない個体を軽んじた。
また高水準の個体値を誇るポケモン同士を交配させ、高個体値のポケモンが孵化するまで子供を作り続けさせたりする者が現れた。
『夢特性』
同種のポケモンでも珍しい特性で驚異的な戦闘能力を誇るものも多い。
存在自体が珍しくこれもポケモンの格差を広げた。
祖父は一部のポケモントレーナーからは尊敬されていたが軽蔑、嫌悪の対象になることも少なくなかった。
至極当然のことだがポケモンは生き物である。
トップクラスの戦闘能力を誇ってもそれは変わらない。その為ポケモンを家族のように扱うのは珍しくない。
生まれた時点でできることには限界がある。
低個体値のポケモンは何をやっても駄目。
ポケモンバトルは高個体値のポケモンだけができるという風潮が高まったのだ。
才能至上主義が蔓延し、戦闘能力を突き詰めた兵器としてのポケモンが厳選された。
だからこそ祖父は非難され始めた。
主義を主張を人格を。
暴言、誹謗中傷は当たり前。
剃刀レターなんかの嫌がらせは日常茶飯。
酷い時にはリンチ紛いの襲撃なんかもあった。
その悉くを無傷で返り討ちにするだけの実力もあったが、それでも精神は無傷とはいかず祖父は精神を病んでしまった。
そして遂に五十五歳という年齢でこの世を去った。
伝説ポケモンにも匹敵する戦力を保持していた彼はポケモンともバトルとも関係ないところで死んだ。
人間の悪意に殺された。
ギルガルドを捜索して三日目。
ギルガルドはあっさりと見つかった。
ハウオリシティの外れ、二番道路のきのみ畑一帯を荒らしている。
主に夜に活動し、朝になったら霊園に戻る。
それを週に三日。
月、水、金とやっているらしい。
捜査して三日しか経てないので直にこそ見ていないが各農家に聞き込みをして得た情報だ。
信憑性は高いだろう。
妙に律儀な奴である。
だが張り込むのには便利だ。
水曜の夕方辺りに霊園の前ででも待ち構えれば良いのである。
草むらでマラサダを片手にロズレイティーを飲みながらひたすら待つ。
ただただ暇ではあるが、別に暇は嫌いじゃないのでたっぷり堪能する。
願わくばこれからの仕事全てが暇であったら良いと思うくらいだ。
暇だからか面白いものが目にはいる。
ロズレイティーのパッケージにある『ロズレイドが好む甘く刺激的な葉っぱを発酵させて茶葉にしたやさしいお茶。ロズレイドと奪いあって手に入れた茶葉の数々を使っている』という文言だ。
この優しいとは何だ?
これは購入者に優しいのか?
胃に優しいのか、財布に優しいのか、地球に優しいのか全く分からない。
少なくともロズレイドではないのだろうがそれしか分からない。
そんなくだらないことを頭の中で巡らせていればギルガルドが墓地から出てくる。
「そろそろやるか。いけバグーダ」
モンスターボールを投げる。