超能力青年 ウ☆ホンフー   作:変わり身

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13話 何か、すごく聞きたくなった

――物心が付いた頃には既に。その少女は、清潔な檻の中に居た。

 

 

否、本当は過去の記憶を忘れているだけなのかもしれない。

しかし少女の記憶は確かに檻の内側より始まっており、それ以外の景色は見た覚えもない。

 

自由、という言葉の意味も知らなかった。

来る日も来る日も何事かの検査・調整を受け、時には薬品を打たれ。そして己の裡にある『よく分からないもの』を強引に外へと引っ張り出されるのだ。

 

それは光を集める力。

熱を集める力。

振動を、渦を、命を、感情を――この世の全てを操る力。

 

少女の周りに居た白衣を着た大人達はそれを『エントロピーの収束』と呼んでいたが、当然幼い彼女に理解できる筈もなく。

二度ほど癇癪を起こし、檻を破壊した事もあった。されど逃げる事は叶わず、すぐに捕らえられ次の檻へと移されるだけ。

 

――彼女の生は徹底的に管理され、計画的に消費されていた。

 

 

……だが、ある日。そんな少女の前に、一匹の白い獣が現れた。

自らをキュゥべえと名乗るその獣は、少女に対しある取引を持ちかけたのだ。

 

 

『僕と契約して、魔法少女になってよ!』

 

 

……それは、少女が心の奥底で望んでいた、自由な世界への誘いであった。

 

キュゥべえ――インキュベーターは、増大する宇宙のエントロピーを引き下げる為に活動する宇宙生命体である。

 

エントロピーとは、熱学的エネルギーの不可逆性。

決して元には戻らない、使い切った熱量の度合いを指す。

 

それが増大し極まった時、その宇宙では何をしようともエネルギーを得られない熱的死の状態に陥り、宇宙そのものが滅びてしまう。

 

そのような運命を回避すべく魔法少女というシステムすら生み出したインキュベーターにとって、エントロピーを収束させるという力を持っていたその少女は、正しく望外の至宝たる存在であった。

 

彼は理解した。この至宝の少女が、この清潔な檻に囚われている事を。

彼は察した。彼女が怯え、自由を望んでいる事を。

彼は決定した。彼女を魔法少女の契約によりこの施設から解き放ち、この宇宙の為にその力を研究利用する事を。

 

インキュベーターの技術として、生物の生命活動を止めぬままに保存し、その意識を精神世界に封じ込める装置がある。

それを用いて少女を囚え、彼女の求める自由を――望む世界を精神世界に構築させ続ければ、精神は安定しソウルジェムの濁る速度は非常に遅いものとなるだろう。

 

予測では、少女が『終わり』を迎えるまでは十年以上の猶予ができる。

それだけの期間があれば、彼女の身体と能力の全てを研究し尽くす事は可能である筈だった。

 

少なくとも、彼らにとって超能力の研究は、魔法に至るまでの道筋の上にあったのだから。

 

 

『キミがここから出たいと望めば、その願いは叶うだろう。さぁ、僕に身を委ねて――』

 

 

インキュベーターはそう囁き、腕部としても扱える耳を少女の下へと伸ばす。

 

彼は彼女が自らの提案を断る事など、微塵も想定していなかった。

何故なら、望む自由が手に入るのだ。多少『窮屈』ではあるかもしれないが、少女がそれを自覚する事はないのだから、何一つ問題は無い。

 

感情という揺らぎを排除した効率的な思考は、そう結論を出していたのだ。

 

 

『――――』

 

 

……だが。

 

だが、少女には分かっていた。

 

彼女の目には、白い毛皮は白衣と見え。

伸ばされる耳は、己に器具を装着させようと迫る腕と映り。

 

意味の分からない言葉も、無機質な瞳も、全てが同じ。

その獣は、今まで自分を管理し続けてきた白衣を着た大人達と、何一つとして違いは無かった。

 

そして、だからこそ理解したのだ。

 

この手を取っても自由は無い。それどころか、更に碌でもない場所に囚われる。

子供の妄想――しかし、描く地獄はこれ以上無く真実を突いていて。

 

 

――その時。恐怖に震える少女は、三度目の癇癪を起こした。

 

 

 

『――ちかづくなあああああぁっ――!!』

 

 

 

……インキュベーターにとっての不幸は、少女が彼の研究者としての質を見抜いた事と、その叫びが心からの願いであった事だろう。

 

『近づくな』という願いは正しく叶えられ、インキュベーターは少女から離れるように吹き飛んだ。

当然それは少女が魔法少女となった事を意味しており、その耳には未だソウルジェムが――少女の命が握られていたままだった。

 

今彼女を死なせる事は、宇宙にとって多大なる損失である。

インキュベーターは強大な斥力に潰されながらも、必死にソウルジェムを少女の下へと届けようと身動ぎ、足掻き、そして――。

 

 

――次の瞬間、全てが溶けた。

 

 

エントロピーの収束。

その超能力の暴走により異常な程の熱量が生まれ、周囲一帯がマグマ溜まりと化したのだ。

 

檻、白衣の大人、キュゥべえ――そして、ソウルジェム。

そこに在ったあらゆる物が形を失い、蒸発する。

 

過去二回の暴走時、少女は生存本能による無意識の能力操作により生き残る事が出来た。

しかし今回は命たるソウルジェムを喪ったが為にそれも無く、ただ散った。

 

そうして暴走した超能力は、少女の身体が消滅した後も長時間に渡り発動し続け、甚大な被害を撒き散らし。

残った物は、これまでに少女から採取し別の場所にて保管されていた僅かな量の細胞片と、インキュベーターへの『願い』のみ。

 

そしてインキュベーターにとっては更に不幸な事に、その『願い』は少女のDNAの一片にすら適応されるものだった。

 

 

――この瞬間より。インキュベーターは少女のDNA情報を所有する者達に対し、一切の接触を禁止されたのだ。

 

 

少女――検体名、ピースメーカー。

彼女を研究・管理していた組織の名は、ジャジメント。

 

以降、彼らは残ったピースメーカーの細胞片を元に、彼女の超能力を再現する為長きに渡り研究を続ける事となる。

それが、インキュベーターに枷を嵌める行為であると知らぬまま。

 

 

……未だ、超能力の研究が前進し始めたばかりの時代。

人工的な超能力者が増加し始め、インキュベーターがジャジメントに利用価値と脅威を見出した直後の出来事であり。

 

様々な意味で非常に大きな損失として、彼らの記録に刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

話し合いも一通り終わり。廃教会から外に出ると、冷たい風が吹いていた。

それは軽く前髪を揺らす程度のものだったが、根こそぎ体温を奪われた錯覚を受け、さやかはぶるりと身を震わせる。

 

 

「おおぅ……風強っ、さっきまで吹いてなかったのに」

 

「……もう、『夜』が近いもの。その影響でしょうね……」

 

「ふーん……」

 

 

さやかの気のない返事を聞き流し、続くほむらが風に靡く黒髪を抑えて空を見上げた。

 

視線の先は風上に向き、まるでそこに座す何かを睨んでいるかのようだ。

そんな剣呑な雰囲気を纏う彼女に気付いたのか、後方に立つまどかが心配そうにその姿を見つめ――やがてほむらの方もそれに気付き、すぐに夜空の彼方より目を逸らす。

 

 

「にしても、『近づくな』って願いかぁ……やっぱ、殺し屋なんて雇ってるだけあって、いっぱい酷いことやってんだね」

 

 

ぽつりと、どこか固い声音でさやかが零す。

 

――それは、つい先程キュゥべえ自身から聞いた、彼がジャジメントへの接触を禁じられた原因となった事件の事だ。

 

ジャジメントの施設に囚われていた、ピースメーカーという少女。

キュゥべえは彼女を助けようとしたものの、錯乱してしまい失敗。

『近づくな』という願いだけを残し、能力を暴走させて消え去った――そのような、不幸な悲劇。

 

キュゥべえはその出来事により、ピースメーカーの細胞を研究するジャジメントに関わる行動が出来なくなった、との事だが――。

 

 

「……あなた、あの話を全て信じているの?」

 

「え? まぁそりゃそうでしょ、キュゥべえの言う事だし……ねぇ?」

 

「うん、キュゥべえが嘘つくとは思えないし……」

 

「…………」

 

 

……これがさやか一人だけであったら、馬鹿にする言葉の一言でも吐いていただろう。

だが愛しのまどかも同意したとなればそうはいかず、溜息一つに押し留めておく。

 

――ほむらは、今回キュゥべえが語った出来事をまるで信じていなかった。

 

否、ジャジメントに接触できなくなった理由としては、確かに事実ではあるのだろう。

されど、その裏には碌でもない思惑と真実が幾つも隠されている筈だ。

 

まどかを通じての言葉である為、表立っての詰問は出来なかったが、そう確信していた。

 

 

「……あなた達は、もう少しあの獣を疑った方が身の為よ。でないと何時か今以上に取り返しの付かないことになる」

 

「何それ。少なくとも、あんたよりは信用できるわよ」

 

「あの佐倉杏子もあまり信じていない様子だったでしょう。奴との付き合いはかなり長いにも関わらず」

 

 

マミに次ぐベテランである杏子。

キュゥべえが話す間、終始胡乱げな半眼であった彼女の反応を引き合いに出せば、さやかはむぅと黙り込む。

しかしすぐに納得出来ないと口を尖らせた。

 

 

「や、アイツは何かほら……ひん曲がってるじゃん。跳ねっ返るのが当然みたいな感じだし、参考になんないでしょ」

 

「さやかちゃん、流石にそれは……」

 

 

その言い草にまどかが諌めに入るものの、つい昨夜にさやかは杏子から手酷く攻撃を受けているのだ。

強く当たる理由も分かるのか、その言葉尻は紡がれる事無く立ち消えていく。

 

ちなみに当の杏子と言えば、ピースメーカーの話よりもバッドエンドの情報を求めたものの、やはり詳細な情報を持っていない事が分かると舌打ち一つ。

粗方の情報共有が済んでいた事もあり、現状これ以上つるんでいる理由もないと一人何処かへと立ち去った。

 

今後はバッドエンドにダメージを与える方法を考えつつ、定期的にほむらと連絡を取り合う心算であるらしい。

……無論、さやかとまどかは抜きにして。

これはこれで頭が痛むほむらであるが、それはさておき。

 

 

「……とにかく、あまり奴に心を許さないで。特に、提案に乗ってまどかを魔法少女にするだなんて事は……」

 

「それは分かってる。……あたしが、頑張る」

 

「……そう。なら、いいわ」

 

 

力強く睨むさやかにそう返すと、ほむらは身を翻して別方向へと歩き出す。

 

 

「あ、あのっ。良かったら、ほむらちゃんも一緒に帰ったり――」

 

「悪いけど、私も用事があるの。帰りは二人で行きなさい」

 

 

その取り付く島もない言葉にまどかも口を噤み、去っていく黒い髪を見送るしか無く。

おずおずと伸ばしかけかけた腕が、静かに垂れた。

 

 

 

 

 

 

「――んじゃ。また明日ね、まどか」

 

「うん……ごめんね、送って貰っちゃって……」

 

 

二人で家路を辿る最中、会話はあまり無かった。

 

ピースメーカーの話、バッドエンドや杏子、ほむらの事。そして、これからの展望――。

それぞれの中で考える事が幾つもあり、雑談に興じる気にもなれなかったのだ。

 

一言、二言。小さな相づちのようなものを交わすだけに終わり、気付けばまどかの自宅の前に居た。

 

 

「……あの、気をつけてね、魔女だけじゃなくて……」

 

「殺し屋にもでしょ? そこら辺はダイジョーブ博士だって、今は……転校生の『印』ってのもあるんだからさ。イザってなったら知らせが来るよ」

 

 

まどかの心配を吹き飛ばすように胸を叩く。

何となく、ほむらの名前を呼ぶ気にはなれなかった。

 

 

「それよりまどかも、あんまり思いつめないようにしなよ。あたしは頼りにしてるし、こうなるとキュゥべえとの連絡も大切なんだから」

 

「……うん、ありがと。さやかちゃん」

 

 

その言葉に若干ながら救われたのか、まどかは小さく、しかし柔らかく笑い。

さやかもそれに力強く笑い返し、彼女の家を後にした。

 

 

「…………」

 

 

隣にあった体温が消え、一層冷たくなった風を我慢する。

 

そうして一人歩いていると、やはり色々な事を考えてしまう。

今はその時間を共有できる者も無く、どうにも心がざわついた。

 

……少し遠回りして、人通りの多い道を通ろうか。

そう思い立ち、明かりの多い方向へと足を向け。

 

 

「……ん?」

 

 

遠くの景色。住宅街の上空に、舞い踊る何かが小さく見えた。

 

虫か鳥か。或いは風に飛ばされたゴミかとも思ったが、その動きは明らかに意思を持ったものであり、すぐに違うと確信する。

それはどうやら民家の屋根と屋根の間を跳ね渡り、何処かを目指し進んでいるようだ。

 

 

「まーた使い魔かぁ……?」

 

 

だとしたら、放ってはおけない。

さやかはソウルジェムの指輪を胸に握りしめ、魔法で視力を強化し目を眇め――。

 

 

(…………杏子?)

 

 

赤みの強い長髪に、同じく赤を基調とした装束。

その姿は見間違えよう筈もない、先に一人姿を消した佐倉杏子のものだった。

 

彼女がああして魔法少女となっているという事は、やはり使い魔か魔女でも現れたのだろうか。

しかし見た限りでは槍を担いでいる訳でもなく、急いでいる様子でもない。

 

 

(魔女……ってワケじゃなさそうだけど……ああもう!)

 

 

少し迷ったが、杏子は使い魔に人を喰わせて育てるような「悪」であった事を思い出し。

見ない振りして放置しておく事も憚られ、彼女の姿を見失わない内に地を蹴った。

 

 

 

これまでの態度から、下手に追跡を察知されれば面倒くさげに振り切られるであろう事は容易く想像がついた。

 

故にテレパシーや目立つ魔法の使用を避け、気づかれにくい地上から空を見上げて全力疾走。

さやかは建物の合間に見える彼女の姿を常に視界へ留めつつ、通行人の間を縫い走り。必死にその背を追いかけた。

 

そうして何度も見失いそうになりつつ、何とか杏子の降り立った場所に辿り着けば、そこは――。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……ま、マミさん家……?」

 

 

――高層タワーマンションが立ち並ぶ一角。

その内、巴マミの住居がある一棟の屋上に降り立ったようだ。

 

一体こんな場所で何をするつもりなのか。

さやかは疑問に思いながらも物陰で魔法少女へ変身し、杏子に続き屋上へと登るが――しかしそこには誰も居らず、内部へと繋がる扉が風に吹かれて揺れていた。

 

 

(偶然……なのかな。アイツとマミさんに何か関係あったとか、思いづらいんだけど)

 

 

片や憧れる正義の魔法少女。片やとっちめるべき悪の魔法少女。

 

どうみても敵同士であり、友好があるとは思えない。首を捻るも答えは出ず、一先ず変身を解きつつ扉を潜り。

そうして飛び降りるように階段を下れば、すぐに目的の階層へと到着。そのままの勢いで廊下へ飛び出し、マミの部屋の前を見た。

 

 

「――やっぱ居たっ!」

 

「あん? ……うっげ」

 

 

すると予想通り、そこには杏子の姿があった。

今まさに部屋のドアノブに手をかけようとしていた彼女は、突然現れたさやかに『面倒くせぇのが出た』とそれはもう苦い表情を浮かべている。

 

 

「何でこんなとこに居んだよ……」

 

「それはこっちのセリフだっての! あんたこそマミさん家の前で何してんのよ!」

 

「うるせーな。別に何でも良いだろ……ほら」

 

 

しっしと手を振りながら、さやかの釣り上がった眦の前に何かの鍵を掲げた。

……何を言いたいのか分からず、疑問に眉を顰めたが――すぐにマミの部屋のものだと気付き、目を丸くする。

 

 

「なっ……!? なんであんたが鍵なんて――」

 

「マミのじゃない、合鍵さ。とにかく、あたしはここに入る権利があるんだ、分かったらとっとと消えな」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 

驚いている間にドアが開かれ、杏子が部屋の中へと滑り込む。

しかしさやかもそうはさせぬと後を追い、素早くその手を掴み引き止める。杏子の額に青筋が走った。

 

 

「……しつこいね。またぶちのめすよ」

 

「か、鍵はともかく! どうせマミさんが居なくなったからって、お金とか色々持ち出す気なんじゃないの!? そんなの許せる訳無いでしょうが!」

 

「はぁ!? 何であたしがそんな――……、……」

 

 

咄嗟に反論しかけたものの、途中でこれまでの己の所業を振り返ったようだ。

疑われても言い返せないと悟り、顔を歪め。大きく舌打ちと共に掴まれた腕を振り払い、さやかへと向き直った。

 

そうして互いに睨み合い、一触即発じみた空気が漂い始め――やがて、忌々しげな溜息が杏子から漏れる。

 

 

「……しゃーねーな、ならあんたも来な」

 

「は? あ、ちょっと!」

 

 

一言だけそう残し、さやかを置いて部屋の奥へと歩き出し。

そして首を傾け目線だけを背後に向けると、つまらなそうな表情で呟いた。

 

 

「――墓、作るの。油断しておっ死んだ、どっかのマヌケのね」

 

 

 

 

 

 

杏子がマミの部屋から持ち出したものは、彼女が生前に愛用していた髪留めのリボン一つだけだった

 

それ以上は何一つとして手を触れず、警戒するさやかが拍子抜けする程にあっさりと部屋を後にしたのだ。

まるで、部屋の残るマミの気配の残滓から逃げ出すかのような――少なくとも、さやかにはそう見えた。

 

 

「……ねぇ、あんたとマミさんってどんな関係だったのよ」

 

 

マンションを訪れた際と同じく、屋上から空に飛び出した杏子を追いかけながら、さやかがそう問いかける。

 

 

「合鍵とか、お墓とか、さっきの感じとか。何か知り合いっぽいけど」

 

「……別に、大したコトじゃない。一時期、アイツと組んでたってだけさ」

 

「は? あんたみたいのとマミさんが――っとぉ!?」

 

 

驚きにバランスを崩し、足場とした高層ビルの上から滑り落ち。しかし咄嗟に縁を掴み、そのまま空へと舞い戻る。

街には未だそれなりに人通りがあったが、その危なっかしい姿に気づいた者は居ないようだった。変化のない眼下の様子に安堵の息を吐き、再び杏子の背中を見た。

 

 

「い、いやいやいや……あり得ないでしょ。宿敵とか、ライバルとかなら分かるけど……ああでも合鍵……」

 

「ハ。別に信じなくても構いやしないよ。どんな関係だろうが、もう意味なんて無いんだ」

 

「――……」

 

 

吐き捨てるようなその言葉に何を言うべきか。迷ったものの、見つからず。

どこか沈んだ気のする空気を敢えて無視し、話を変える。

 

 

「っていうか、どこに行くつもりなのよ。墓地もう過ぎちゃってんだけど」

 

「……誰が土地代持つんだよ。いいから黙ってな、すぐそこだ」

 

 

その後もあれこれと言い合いを続ける内、やがて杏子は街外れにある山の中腹辺りへと降り立った。

さやかには何の変哲もない森にしか見えなかったが、よく見れば草木の合間に道のようなものがあり、奥へと続いているようだ。

 

魔法少女の装いを解いた杏子は慣れた様子でその道へと進み、さやかも慌ててその背を追った。

 

 

「……お?」

 

 

そうして暫く歩き続けていると、開けた場所に辿り着く。

 

木々の隙間より見滝原の街が見渡せる、小奇麗な丘だ。

ふと視線を落とせば、地面には所々傷跡のようなものが刻まれている。

 

明らかな人の気配ではあったが、全て雑草で覆い隠されており、最近は誰も訪れていないらしい事が窺えた。

 

 

「広場……っぽいけど、何ここ」

 

「新人時代の魔法練習場。あんたも似たような場所、作ってんだろ」

 

「…………」

 

「ねーのかよ。そら弱い訳だ」

 

 

杏子は首を明後日の方向へ捻じ曲げるさやかに呆れた目を向けつつ、街の景色がよく見える場所を幾つか回る。

そして、特に見晴らしの良い場所に生えている一本の木に近づき――その一番太い枝に、マミのリボンを巻き付けた。

 

 

「ま、こんなもんだろ」

 

 

しっかりと、外れないように。きつくきつく締め上げ、杏子は満足げに頷きを一つ。

軽く幹を叩きつつ、風に揺れるリボンを見上げた。

 

 

「……もしかして、それがお墓のつもり? 冗談でしょ」

 

「まともに死ねない魔法少女に、まともな墓が建つかっての。いいんだ、これで」

 

「いいって、そんな――……」

 

 

納得行かない様子を見せるさやかだったが、杏子の浮かべる表情に思わず目を奪われる。

 

――それは過去を懐かしむような、幽かな笑み。

しかし同時に、寂しさや哀しみといった感情も含んでいるようにも見え、一目では底を読み取れそうに無かった。

 

……口にしかけた文句が立ち消え、代わりに疑問が胸に湧く。

 

 

(……こいつ。もしかして、あたしが思ってる以上にマミさんの事……?)

 

 

そんな筈はない、と心に住まう「正義」は言う。

 

美樹さやかにとって佐倉杏子は、決して迎合できない「悪」である。

手慣れた様子で人を傷つけられる事からも、多様な犯罪をしている可能性が極めて高い。マミを偲び、そして想う優しさなど持ち合わせている訳がない。

 

……ない、と。

そう思っている、筈なのだが。

 

 

「…………」

 

 

もう一度、マミのリボンを見上げる。

 

濃い橙色のそれは空の群青によく映え、風に吹かれて棚引き、揺れて。

……それを眺める内、さやかは自然と杏子に話しかけていた。

 

 

「……ねぇ」

 

「あん?」

 

「ここ、後でまどかも連れてきて良い?」

 

 

その言葉に杏子は片眉を上げたが、特に反対する事はなく。

「勝手にしな」と呟き、「ありがと」と返った。

 

それきり会話は途絶え、暫く無言の時が過ぎ。

 

 

「……ねぇ」

 

「んだよ、うっさいな」

 

「ここ、練習場って言ってたけど……もしかして、マミさんに魔法教えて貰ってたの?」

 

「…………」

 

 

舌打ちが一つ鳴った。どうやら図星であるらしい。

 

 

「やっぱそうなんだ。思い出がなきゃ、こんなとこにお墓作ろうと思わないもんね」

 

「オイ。信じてねーってのはどうした」

 

「いやまぁ、ぶっちゃけまだ疑わしくはあるけどさ……」

 

 

だから、と繋ぎ、さやかは杏子を正面から見据えた。

そこにはマミの部屋での時とは違い、険悪な雰囲気は無く。

 

 

「――あんたが知ってるマミさんの事、教えてくんない? 何か、すごく聞きたくなった」

 

 

まっすぐに、言い切った。

 

それを受けた杏子は一瞬きょとんと呆けた後、胡乱げな半眼となり。

しかしさやかの目に嘘やおためごかしの類が無いと分かると、乱暴に後頭部を掻き毟る。

 

 

「……付き合ってらんねー……って、言いたいとこだけど」

 

 

ちら、と。彼女もまたマミのリボンを見上げ、溜息を吐き。

観念したかのように、その木の幹に体重を預けた。

 

 

「ま、今日だけだ。腹が鳴るまでなら、無駄話してやんなくもないよ」

 

「……食いしんぼキャラかっての」

 

 

そうしてさやかも木の反対側にもたれ掛かり、幹を挟んで言葉を交わす。

 

それは決して和やかな物ではなかったが、昨夜の出来事を思えば驚く程に険の取れたものであり。

会話の端に小さな笑みが交じり始めるまで、あまり時間はかからなかった。

 

 

――見滝原の街を見下ろす、山の中腹。

 

はためくリボンのすぐ下で、二人の少女の声が静かに響き続けていた。

 

 

 




『暁美ほむら』
みんな大好きクールなほむほむ。そろそろそわそわしてきた。
インキュベーターの言葉なんて信じる訳無いでしょう派。
とはいえ、ピースメーカーなる少女には多少憐れみを感じている。


『鹿目まどか』
みんな大好きまどかちゃん。何やら不穏を感じている。
キュゥべえが嘘なんてつくはずないよね……派。
自分だけ戦えないことに引け目を感じているが、キュゥべえへの連絡役となったため若干気が楽になった。


『美樹さやか』
みんな大好きさやかちゃん。ふーんの一言で不穏をスルー。
ま、キュゥべえだし信用できるっしょ派。
杏子と語り合った後、門限までに間に合わず家族からげんこつを喰らったようだ。


『佐倉杏子』
みんな大好きあんこちゃん。何となく嫌な気配は感じている。
うっさんくせーなキュゥべえのヤロー派。
冷静になり、マミの墓を作ろうとしていた事を思い出した。
マミの話を通し、さやかとそこそこ噛み合い始めたようだ。槍の女の子の練習場は森の中の広場だって決まってんだ!


『ピースメーカー』
エントロピーの収束というトンデモ能力を持った女の子。パワポケ14における彼女候補の一人。
強力な超能力者であると同時に強大な魔法少女の素質も秘めていたらしく、ジャジメントとキュゥべえ両方に目をつけられてしまった。
生き残ってもまどマギ劇場版のアレみたいになる事が決定されていた。ひでぇや。
とはいえその死はソウルジェムの破壊による物なので、今頃はマミやかなえと一緒にお茶しつつ、のんびり現世の観察をしているかもしれない。


『巴マミ』
みんな大好きマミ先輩。どうしようもなく故人。
彼女が居れば基本的に見滝原チームは纏まるが、偶に致命的にギスる展開にもなるっぽい。
原作10話とか皆の仲が劣悪だったが故にああなったらしい。あの場面に至るまでに何があったんだ……。
今頃変なカフェに居て、先輩面する逆立った髪の少女にお茶を注いでいるかもしれない。


『キュゥべえ』
みんな大好きド畜生。うっかり宇宙の宝を失ってしまった。
もし感情があったら、嘆きのあまり憤死していたかもしれない。
ピースメーカーの願いがなかった場合、ジャジメントと手を組みろくでもない事をやっていた。
素質ある女の子を攫ってジャジメントの利益に繋がる願いを叶えさせたり、クローンを使って魔法少女と魔女を量産したり。夢が広がりんぐ。


ちょうどよい。

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