デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第一〇二話『想いを伝う』

 兆死が初めて顕現したのは数年前のこと。

 それがどこの国でどんな場所だったのかは覚えていないが兆死は全てを見下ろすように座り込んでいた。

 どれもこれも小さく、初めて顕現した兆死は自分の体長が普通の人間のそれを遥かに超えていることにまるで気付いていなかった。

 兆死は精霊の『怨恨』や『渇愛』の想いから生まれたのだがまだ人間に対し敵対行動は取っておらず何をすればいいのか分からない様子で不安そうに街の風景を見ているがそこに現れたのは――

 (識別名<スルト>に一斉攻撃! 始めッ!!)

 (な、何……?)

 機械の鎧――CR―ユニットに身を包み込んだ対精霊部隊が編隊を組んで兆死の周りを浮遊し、様々な角度から一斉に対精霊用の機関銃で掃射し始める。

 何が何だかわからない兆死は庇うように身を丸めるがそんなことをせずともすでに展開されている霊装がそんな攻撃を全て防ぐ。

 (どうして、どうして攻撃してくるの……? キザシ何もしてないのに、どうして?)

 いくら防ごうともいきなり攻撃されたことに兆死は困惑し、声を出すもののその声は相手に届かない。

 銃撃は激しさを増す一方でその音が兆死の心に強い圧力をかけ、判断力を奪わせる。

 (う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)

 攻撃され続ければ兆死はもう我慢の限界だった。

 話も聞いてくれない、変わりに構えられるのは兆死を傷つけようとする武器。

 黄金の石版はそんな兆死を守るために目を開き、回転すれば光線を周りに撒き散らす。

 随意結界(テリトリー)など紙同然の如く切り裂き、襲ってきた魔術師(ウィザード)達を一掃していく。

 (化物め!!)

 (先に攻撃してきたのは、そっちのなのに!!)

 憎々しげに兆死のことを睨みつけてくる魔術師(ウィザード)に兆死は闇雲に力を振るった。

 見えない一撃が相手の身体を裂き、撃ち放たれる光線が街を焼き、戦場が更地になるにはそう時間はかからなかった。

 (う、うぅ……キザシは、悪いことしてないもん……。攻撃してきたのはあっちだもん)

 更地になった場所で咽び泣く兆死。

 兆死にはどうして敵意を向けられるのかわからなかった。ただ自分は何故かわからないがこの場所に顕現しただけなのに目の仇にされた。

 それがどうしようもなく悲しくて兆死はそっと横たわる。

 (はーい、嬢ちゃん! 泣いてんのか!)

 (ッ! だ、誰……?)

 横たわればちょうど兆死の顔近くに一人の人間が立っていた。

 その人間は兆死に向けて大きく手を振っており、見れば先ほどの人間のように武器は持っていない。

 (俺の名前は月明夕騎! 精霊大好きなただの人間さ!)

 (つきあかり、ゆうき……?)

 (おうそうとも、精霊ちゃん。それでそちらの名前は?)

 (キザシはキザシだよ)

 兆死は唯一敵対行動を取らない夕騎に少し興味が出たのか体勢を変えて向き合う。

 (ゆうきはキザシを攻撃しないの……?)

 (え、何で? まあ俺は精霊と戦える<精霊喰い>の牙を持ってるけど戦う意味ないじゃん)

 そう言って夕騎は口を大きく開けて歯を牙に変えて兆死に向けるがすぐに元の歯に戻し、兆死の頬に抱きつくように触れる。

 (兆死の声はしっかり聞こえたよ。戦いたくないのに攻撃してきたのは人間(こっち)だからな。悪かった)

 (ゆうきは攻撃して来なかったから謝らなくていいよ)

 夕騎が触れている部分は小さいながらにとても温かく兆死は夕騎の顔を寄せる。

 そうしてじゃれ合っているうちに兆死は夕騎の他に何やら倒れている人間とその傍に寄り添う一人のさらに小さな人間を見つける。

 (ママ、パパ……っ!)

 齢一○ほどの少女は倒れている両親の肩を懸命に揺らすものの反応は一切なく、夕騎が目をやればこの距離からでも絶命していることがはっきりわかった。

 (ゆうき、あれは何?)

 (あれは人間の親子さ。多分避難に遅れたんだろうよ、この地域はシェルターから遠いからな。あの子はこれから両親なしで過ごしていくんだろうな)

 (両親って何?)

 (両親ってのは父親と母親のことで自分を生んでくれた存在のことだよ。子を愛し、育ててくれる存在っつう感じ?)

 (キザシにはそんな存在いないよ……?)

 兆死はここに顕現してからそんな存在を見たことがない。

 愛してくれるというなら兆死にも無償で愛をくれるのだろうかと考えていれば夕騎はケラケラ笑う。

 (ま、俺も両親いない施設暮らしだったし。詳しくはわからなかったけどな!)

 もしかしたら、と兆死の頭の中で何かが過ぎる。

 夕騎は兆死を見ても攻撃してこなかった。抱きしめてくれた。

 そう考えれば兆死の口は自然と動いていた。

 (ねえ、『パパ』って呼んでいい?)

 (おうおう、いいぞ)

 即答してくれた夕騎に対し、顕現して初めて兆死は笑みを浮かべた――

 

 ○

 

 「兆死、そこを退いてくださいまし! 消えてしまいますわよ!!」

 「……ダメ、キザシが退いたらママが死んじゃう」

 兆死は懸命に<霊喰竜(アウル・ソフ・ダァト)>の咆哮から狂三のことを守っていた。

 本来、精霊が庇おうとも容易く貫通するはずなのだが番外の精霊(エクストラ・スピリッツ)の中でも唯一誰の手も加えられずに生まれた兆死は他の精霊とは少しばかり異様なようだ。

 それでも消滅を避けられずに兆死の身体は徐々に光の粒子へと変化していく。

 「どうしてですの! わたくしはあなたをただ利用していただけですわ! それなのに――」

 「キザシも、利用されてたって知って初めはね。悲しくなっちゃったんだ……でも、キザシにとってママとパパと過ごした時間は短かったけど……幸せだったの。かけがえのない時間だったんだよ……?」

 腰が抜けて動けない狂三に兆死は言葉を続ける。

 「――そういえばママと、初めて出会ったのはパパと会ってからだったね……」

 兆死は夕騎と引き離されるように隣界に戻され、時が経ち再び顕現した場所で狂三と出会った。

 (あらあら、これは随分と大きな精霊さんですわね)

 二度目に顕現したのは薄暗い部屋だった。

 どこかの室内で本来の兆死のサイズであれば突き抜けてもおかしくなかったのだが兆死の身体には変化が起こっていた。

 顕現した兆死は夕騎という『パパ』の存在を得たおかげもあって体長は一気に縮み二メートルほどの大きさになっており、狂三とはそれでも身長差があるのだがようやく自分と同じくらいの身長の者に会えたことに兆死は非常に喜んだ。

 (やったぁ!! キザシとおんなじくらいだぁ!!)

 (わ、ちょ、ちょっと離してくださいまし)

 いきなり抱きつかれた狂三は兆死の重量を支えきれずに倒れ砂埃が舞う。

 (もしかしてあなた顕現したばかりですの?)

 (ううん、二回目だよ! だから色んなこと教えて!)

 (わたくしは忙しいですの。<精霊喰い>の所在を調べないといけませんし、他を当たってくださいまし)

 狂三は抱きつく兆死をどうにか退けると立ち上がり、ドレススカートや霊装についた砂埃を手で払っていく。

 何気なく兆死もそれに手伝うとふと<精霊喰い>というものをどんなものか思い浮かべる。

 数秒考えた兆死はやがて思い出すように手を合わせる。

 (キザシ知ってるよ<精霊喰い>!)

 (……それは本当のことですの?)

 ジト目で構って欲しいから嘘を吐いているのではないかと疑う狂三に兆死はブンブンと首を横に振るう。

 (ホントなの! だってキザシのパパだもん!)

 (……パパ?)

 兆死の発言に呆気に取られる狂三は不審げに首を傾げるが兆死はここで両人差し指でバツを作って自身の唇に当てて黙り出す。

 (何ですのそれは?)

 (ここからは『こーかんじょうけん』、パパの話が聞きたかったらキザシの条件を呑んで!)

 (考えましたわねェ……)

 単純そうに見えて意外に考えている兆死に狂三はやや感心すると近くにあった椅子に座る。

 (応えられる条件には限度がありますがまあ良いですわ。それで兆死の言う条件は何ですの?)

 先に<精霊喰い>の話をさせようと考えたがあの態度からして兆死は条件を呑まれる前に狂三が逃走することを警戒しているだろう。

 きっと言わないだろうと狂三は考え、相手に言いやすい状況を作り出すことにする。

 すると兆死はむふーと息を吐くと両腕を広げる。

 (キザシの『ママ』になって!)

 (……はい?)

 斜め上の方から飛んで来た条件に狂三も一瞬理解出来なくなるが兆死の目は本気だった。

 本気で狂三を自身の母親にしたいと思っている。

 (キザシは『パパ』も『ママ』も欲しいの! だからママになって!)

 兆死の言う『パパ』という人物を見ていない狂三は一体どんな相手かもわからないがここで呑まなければ<精霊喰い>の情報を手に入れるのにもっと時間を費やすことになるだろう。

 それに兆死は見るからに純粋だ。

 これは思わぬ収穫かもしれないと狂三は考えた結果、兆死の言葉に頷いた。

 (ええ、いいでしょう。今日からわたくしがあなたの『ママ』になって差し上げますわ)

 (ホント!? やーいっ!)

 (きゃっ、もう! いきなり抱きつかないでくださいまし!)

 こうして狂三は兆死から得た情報を元に夕騎と出会うことになる――

 「――『ださん』があったとしても、ママはキザシを必要としてくれた。色んなことを教えてくれた。それだけでキザシは満足だったんだ……」

 兆死の身体はすでに半分以上が消されていた。

 どれだけ堪えようとも兆死の死は避けられず、狂三もこのまま動かなければ死ぬことになる。

 「兆死……」

 倒れている夕騎も血塗れになりながらも顔を上げ、兆死に向けて手を伸ばす。

 兆死は夕騎の方に目をやり、笑顔を浮かべると最後に本心を、ありのままの言葉で伝える。

 「……夕弦お姉さんがキザシの思ってることをありのまま伝えればいいって言ってたから伝えるね。パパ、ママ――愛してるよ」

 微笑んだ兆死はもう消えるだけだと思っていたその時――不意に身体に温かさが伝わる。狂三が兆死を抱きしめていたのだ。

 「……ママ? どうして逃げないの……?」

 「これでいいのですわ。あなたはわたくしや夕騎さんの子、ですから『ママ』であるわたくしが『子』である兆死をただ一人で死なせるなんて出来ませんわ」

 その目に涙を浮かべ、狂三はそう言うと夕騎に向かって最期の笑みを浮かべる。

 「さようなら夕騎さん――また来世でお会いしましょう」

 精霊を殺す竜の咆哮は兆死と狂三の身体を飲み込み、後に残したのは二つの霊結晶(セフィラ)だけだった――

 

 ○

 

 狂三は初めから狂三ではなかった。

 時崎くるみ、それこそ全てが始まるまでの狂三の名だった。

 くるみは日本でも有数の豊かな家系に生まれ、何一つ不自由なく過ごしてきた。

 (くるみ、今夜は星が綺麗らしいわ。展望台まで見に行きましょ)

 (ええ、わかりましたわお姉様)

 そんなくるみには姉がいた。

 名は時崎花蓮(かれん)

 容姿端麗、品行方正、どこを取ってもまるで非がなく、くるみがどこまでも憧れた女性だった。

 何をするにも前に姉がいて、しかしくるみは花蓮のことを邪険することもなければむしろ姉妹仲はとても良かった。憧れているからこそ寄り添いたい、それこそくるみの願いだった。

 花蓮に連れられて向かった展望台。

 夜空にはすでに満面の星空が広がっていた。通常日本では星を見ることなど相当なことがない限り叶わないのだがこれにははっきりとした理由があった。

 <ユーラシア大空災>。

 およそ六ヶ月ほどまえにユーラシア大陸の中央(当時のソビエト社会主義共和国連邦、中華人民共和国、モンゴルを含む一帯)が一夜にして消失し数にして一億五○○○人もの死傷者を出した大災害以降地球上では様々な地域で小規模な空間震が巻き起こっており、それに合わせてなのか異常な気候がしばし訪れていた。

 その影響で日本でもこのような星空が広がることもあるようになっている。

 (綺麗ね)

 (そうですわね)

 花蓮が夜空を見上げ広がる星々の流れに見惚れ、くるみもまたそれに同意する。

 時崎姉妹は共に行動することが多く、周りからも仲が良い美人姉妹だとよく持て囃されていた。

 決して悪い気がしなかったし、比べられることもなかったくるみだが一つだけ姉の花蓮に黙っていることがあった。

 (よっお二人さん。相変わらず仲の良いことだな)

 手を軽く挙げながらやってきたのはスーツ姿の青年だった。その青年の容貌は夕騎と瓜二つと言っても過言ではないほどに似ていてその顔を見れば花蓮も軽く手を振るう。

 (夕耶さん、来ていたの?)

 (ああ、何か式の段取りを考えろってそっちのご両親に呼ばれてよ。そんで花蓮も呼んでこいって探しに来たわけだ)

 名は夕耶。彼もまた豊かな家系に恵まれ、その中でも非凡な才能を持った御曹司だった。

 近々夕耶と花蓮は結婚式を挙げる。提携のための言わば政略結婚なのだが会っていくうちに意気が投合した夕耶と花蓮は二人共望んで婚約したのだ。

 (よぉくるみ、相変わらず可愛いなぁお前は)

 (もう、からかわないでくださいまし! あなたにはお姉様がいるのですから軽はずみな行動は謹んで貰いたいですわ!)

 夕耶は花蓮と同じでくるみよりも三つ年上でいつもこうしてくるみの頭を撫でてからかってくるのだ。

 まるで本当の妹のように可愛がってくれるのだがくるみの心境は複雑なものだった。

 何故ならくるみは夕耶に、好意を寄せていたからだ。これが唯一くるみが花蓮に黙っていたこと。

 すでに結婚式を挙げる日取りまで決めているというのにも関わらず初めて出会った時からくるみは夕耶に好意を寄せていた。決して実らぬ恋を抱いていたのだ。

 (もう厳しいなくるみはー)

 けらけら笑う夕耶はくるみの好意など気付きもしない。

 それでいいのだ。そのまま結婚して二人共幸せに暮らしてくれればいいとくるみは思っていた。

 それなのに現実は非情だった――

 

 ○

 

 結婚式の当日、くるみの目の前に広がる光景は地獄絵図だった。

 (きひ、きひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!)

 狂気を浴びたかのように短銃と歩兵銃を振り回し、返り血を浴びた容貌を歪めながら奇妙な声を上げながら笑っていたのは姉――花蓮だった。

 純白のウエディングドレスを血に染め、花蓮は腰が抜けて動けないくるみに目を向ける。

 それはとても正気の目とは思えなかった。

 どうしてこうなったのか、考えられるのは数分前のことだった。

 結婚式の最中、どこからか現れた黒い宝石のようなものが花蓮の身体に溶け込んだかと思えばあの銃を構え一斉に参列者を撃ち出したのだ。

 両親も親戚も婚約者であるはずの夕耶まで撃ち殺してしまった。

 (お姉様……どうして……)

 (きひひひひひひひ!! にィげちゃだァめよ、くるみィ……)

 逃げることも出来ずにくるみの額に短銃の銃口が押し付けられる。

 何が起こったかもわからず、このまま撃ち殺される。そう思った刹那、花蓮は頭を押さえ銃を手放す。

 (ぐ……はぁ……はぁ……く、くるみ……)

 (お姉様! 正気に戻っ――)

 (――私を、その銃で撃ち、殺して……)

 正気に戻ったかと思われた花蓮がくるみに懇願した内容にくるみは困惑する。

 しかし、時間が残されていない。手放した銃をくるみに握らせ、その上から自身の手で覆う。

 (もう、抑えられない。誰かを殺したくて……仕方ないの。お願い、私を止めて……くるみ)

 (お、ねえさま……?)

 どれだけ他の者を撃ち殺しても、殺人衝動に駆られようとも、花蓮は愛する妹だけは撃てなかった。

 例え姉を殺したとしても生きて欲しいと心から花蓮は願ったのだ。

 花蓮は誘導するようにくるみの手を自身の顔に近づければ銃口が花蓮の額に触れる。

 (い、嫌ですわ! わたくしがお姉様を殺すなんて!)

 このままでは花蓮がくるみを殺してしまう。くるみはそれでも良かった。

 姉である花蓮はそれを拒絶する。

 (くるみ、これだけは覚えていて。どれだけ世界があなたを否定しても、あなたが誰を殺してでも――)

 花蓮はいつものようにくるみを導いていく。くるみの細い指に触れて、引き金を徐々に引いていく。

 

 (――あなたは幸せになっていいのよ)

 

 響く一発の銃声。

 倒れゆく花蓮の身体。

 その全てが遅く見えた。

 (あ、あぁ……)

 倒れた花蓮だったものから出てきたのは黒い霊結晶(セフィラ)

 一体誰がこれを創り出したのか、理由はどうであれ許せなかった。これは世界を不幸にするためだけのものだとくるみは確信した。

 見えたのはノイズに塗れた『何か』。

 おそらく『あれ』が花蓮にあの宝石を与えた張本人。

 許してはならない、くるみの中で殺意が渦となって芽生え狂う。

 (きひ、ひひひひひひひ!! 絶対に殺してみせますわ!! どれだけ時間をかけようともどんな手を使おうとも何を殺そうともお姉様から全てを奪った者を、絶対に許しませんわ!!)

 黒い霊結晶(セフィラ)を手に取ったくるみは、狂三となった。

 そして巻き起こったのは東京都の南部から神奈川県北部にかけて一帯を消失させた<南関東大空災>だった――

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