デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第一八話『転校生』

 「士道、夕騎の顔が緩みきってる理由を知らない?」

 ホームルームが始まる前に零弥は士道にそんなことを問いかけていた。

 何せ普段の夕騎は寝起きが悪く起こしてもなかなか起きないというのに今日は自分で起きて朝から非常に上機嫌なのだ。何かあることは確実なのだが詮索しても答えてくれない。

 夕騎はいまクラスメートの男子と話をしていてどうしても教える気はないようだ。

 「夕騎が緩みきってる? 逆に真剣な姿を見る方が少ないけどな」

 「確かにそうなのだけど今日は余計に上機嫌というか……」

 と、零弥の考えがまとまる前に教室にあるスピーカーからチャイム音が響く。

 「ホームルームも始まるしいつかわかるだろ。夕騎なら自分から話してくれそうだし」

 「それもそうね」

 士道の言葉に納得し、周囲の生徒たちが次々に着席していくなかで零弥も着席する。

 すると教室の扉が開き、眼鏡をかけた癖毛の同じ年齢ほどの生徒くらいにしか見えない二九歳の岡峰珠恵(通称タマちゃん)先生が入ってくる。

 「みなさん、おはよぉございます。今日はみんなにまたお知らせがあるんですよ!」

 このパターンは零弥も体験したことがある。零弥が転校してきた際もタマちゃん先生はこんな感じの前振りをしていたのだ。

 つまり、

 「なんとねぇ、このクラスにまた転校生がやってくるんですよ!」

 ビシッとポーズを決めてタマちゃん先生がそう言うとクラスの主に男子が『おおおおおおおおおッ!?』と地鳴りのように騒ぎ出す。

 零弥はその様子を見ながら少し疑問に思う。十香、零弥と続けてこのクラスだったというのにどうして他のクラスに流れないのだろうかと、別に他のクラスに比べてこのクラスの人数が少ないわけでもないのに。

 「さ、入ってきてー」

 間延びしたタマちゃん先生の言葉のあとに入ってきた瞬間に教室が一気に静まり返る。

 姿を現したのは――零弥も知っている少女だった。

 暑くなってきたこの気候のなか冬服のブレザーをしっかり着込み、足には黒のタイツを履いている。

 影のような漆黒の長い前髪で右目が見えないようになっている。

 十香や零弥に勝るとも劣らない妖しい魅力を持った美少女。

 タマちゃん先生に自己紹介を促された少女は黒板に美しい字で『時崎狂三』と記す。

 「時崎狂三と申しますわ」

 そして教室によく響く声で狂三は言葉を続ける。

 

 「わたくし、精霊ですのよ」

 

 この瞬間、零弥の中で本能的に危険信号が鳴り響く。

 夕騎は時崎狂三と関わるべきではないと、自分の経験から警告される。

 零弥は一度だけ狂三と接触したことがある。その時からこの精霊は他の精霊とは違って危険そのものだと確信したのだ。

 何が狙いで来禅高校に訪れたかはわからないが、とにかく夕騎とは接触させない方が賢明な判断だ。

 「と、とっても個性的な自己紹介でしたね!」

 狂三がそれ以上言葉を発しなかったことを終了と見たのかタマちゃん先生は手を叩いて自己紹介を終わらせる。

 ――一体何が目的でこの学校に来たのかしら……?

 前の零弥だったら実力行使で確かめることができたかもしれないがいまの零弥は霊力を封印され一般人より少し強い程度の少女になっている。下手な行動をしても返り討ちに遭うだけだろう。

 だが夕騎が上機嫌だったのは狂三が転校してくるのを事前に知っていたからであったのならばますます危険だ。もしも夕騎がターゲットにされていたとすれば、

 ――私がどうにかして霊力を取り戻して戦うしかないわ。

 夕騎から聞いた話によれば封印と言っても精霊に霊力が逆流してしまうことがあるらしい。その条件が精霊の精神状態が不安定になること。

 それさえできれば霊力はまた使えるようになるらしい。あまり得策ではないが夕騎に何かあればやるしかない。

 零弥が狂三に対して警戒態勢でいると狂三が放課後に学校の案内をして欲しいと所望していた。

 もしこれで夕騎を指定したとしても断れる理由がある。夕騎の極度の方向音痴っぷりは零弥もよく知っている。

 「ねえ――お願いできませんこと、士道さん」

 零弥の予想とは裏腹に狂三は士道の席まで歩み寄り、士道に案内を頼んだのだ。

 零弥はほっと一息つく。夕騎なら「何で俺じゃねえんだってばよ!」と言いそうだったが騒がないところを見て零弥は安堵した。

 

 

 

 ――やっぱりおかしいわ。

 朝のホームルームを終えてタマちゃん先生が教室から立ち去ったあとで零弥は夕騎の態度を見て違和感を感じる。

 先ほど安堵したのだがやはりいまの夕騎はいつもよりも変だ。

 新たな精霊が現れたのに騒ぎもしない。夕騎なら絶対に「今回の精霊は清楚そうで何かエロそうだぞ狂三たんハスハス」などと言いそうなのだが狂三のことを言うどころか近づこうともしていない。

 まるで何か脅迫されているように狂三を避けているようにも見える。

 狂三はというと席の周りに人だかりができていて質問責めをされている。一般生徒が聞けば精霊発言はイタイものなのだが持ち前の容姿が他者を魅了していた。

 「そういえばさ――」

 零弥が授業の準備をしていると仲良し女子三人組の亜衣(あい)麻衣(まい)美衣(みい)が話している声が聞こえてくる。

 「月明くんが転校してきた時の自己紹介でさ。『好きなタイプは精霊』って言ってなかったっけ?」

 「言ってた言ってた。『固有名詞を出すなら時崎狂三、一目惚れだぜ?』的なことも」

 「マジ引くわー」

 その言葉を聞いて零弥の身体は硬直する。

 一目惚れ云々は置いておき、問題なのは夕騎が狂三とすでに接触してしまっていたことだ。

 ――琴里に連絡するべきかしら……。

 零弥から見て狂三は間違いなく敵となるような精霊、何を仕出かすかわからない。

 零弥はすぐさま席から立ち上がると男子と話している夕騎に近づき、両肩を力強く掴む。

 「夕騎、今日はすぐ家に帰りましょう」

 「うぉッ!? いきなりどうした零弥!」

 他の男子の視線など気にもせずに零弥は夕騎を机の上に押し倒して顔を真近まで近づける。

 「最近この辺りで人間の失踪事件が頻繁に起こってるらしいわ。暗くなる前に、具体的に時間を示すなら五時までに帰りましょ、ね?」

 「いやいや零弥さん待ってけろ! 意味わからんぞ急に!」

 「あなたは意味なんてわからなくていいの。絶対に早く帰るわ、わかった?」

 「わ、わかりやした……」

 物凄い剣幕で迫られた夕騎はとりあえず頷くことしかできず、零弥は夕騎が承諾するのを見て再び席に戻って座る。狂三の周りにいた生徒も一時絶句するような状況だった。

 「明月さんって結構大胆な人だったんだね……」

 「意外……」

 「マジ引くわー……」

 亜衣麻衣美衣の三人の言葉はスルーして零弥は十香の方を向く。

 「……十香も時崎狂三に気をつけなさい。士道に嫌なことが起きるかもしれないわ」

 「そ、それは本当なのか?」

 「ええ。彼女がここへ来たということはほぼ間違いなく何か狙ってる」

 「わかった。シドーのことは私に任せろ!」

 力強く言う十香に士道のことは任せ、零弥は夕騎に専念することにする。夕騎は士道と違って目を離した好きに何をやらかすかわかったものじゃない無邪気な子供そのものだ。いつ失踪していてもおかしくない。

 過保護だと思うだろうが零弥的にはまだ甘い方である。本来ならば授業など関係なく〈フラクシナス〉に収容しておきたいと思っているほどだ。

 こうして狂三の転入によって不安要素ができてしまった零弥の一秒たりとも気が抜けない日が始まった。

 

 

 

 「最近、俺の零弥の様子がちょっとおかしいんだが……」

 まるで漫画のタイトルのように言って夕騎は深いため息を吐いていた。

 昼休憩に夕騎はあまりの過保護っぷりを見せる零弥からひっそりと逃げ、普段は立ち入り禁止になっている屋上で昼食を食べている。

 「零弥さんは一度わたくしの本体と会ったことがありますし警戒されるのは当然かもしれませんわ」

 「マジか」

 二人きりになれば当然のように現れる狂三にようやく慣れてきたのか夕騎は鶏の唐揚げを箸で突き刺しながら問いかける。

 「ええ、わたくしは遠くから監視してただけで会話の内容は知りませんけども。とにかく無関係な人間から寿命を戴く行為を反対されたらしいですわ。あと突き刺すのはお行儀が悪いですわよ?」

 「箸で摘まみにくかったんだって。……てか狂三ってば人間から寿命取ってたのか。え、俺知らないうちに寿命削られてる?」

 「わたくしの天使には膨大な寿命を必要としますの。夕騎さんからはいただいておりませんわ」

 「なるほど……良かったぁ…………」

 夕騎は狂三の言葉に納得すると昼食を進めていく。するとふと疑問が浮かぶ。

 「そういえば分身体の狂三は食事とか睡眠とか必要ねえの?」

 夕騎の疑問に狂三は人差し指を頬に当てながら少し考え、

 「たまに眠りますけど食事はあまり必要ありませ――」

 「はいあーん」

 自分で聞いておきながら狂三の言葉の途中で箸で摘んだもう一つの鶏の唐揚げを狂三の口の中に突っ込む。狂三から僅かに声が漏れるがやがて口元を片手で押さえながらゆっくりと上品に咀嚼し始める。

 「あら、美味しいですわね」

 「零弥が料理本見ながら頑張って作ってたからな」

 「零弥さんは努力家ですわね。でもあまり零弥さんばかりにかまけていたら……本体に殺されますわよ?」

 「怖いわ! 初めて会っていきなり殺されるのかよ!」

 狂三の発言でお茶を吹き出しそうになった夕騎は何とか堪える。

 「あながち冗談ではありませんわ。こう見えてわたくしたちは嫉妬深いところがありますし」

 「な、長生きできるように善処するデース」

 

 

 

 夕騎が昼休みに姿を消していたことは零弥にみっちり怒られた。

 何せ本気で心配してくれていたらしく、夕騎は零弥に会った瞬間に鳩尾に拳が加えられてダウンしてしまったほどだ。

 すでに士道が狂三と放課後に学校内を案内する約束を果たしている最中で〈フラクシアス〉に行くとすでに作戦が開始されていた。

 艦橋にあるメインモニタにはすでに選択肢ウィンドウが表示されていてクルーたちは真剣な面持ちでそれを眺めている。

 「どれどれ……」

 夕騎もその選択肢に目を向けてみると、

 ①「朝言ってた精霊って、一体何なんだ?」

 ②「狂三は、前はどこの高校にいたんだ?」

 ③「狂三はいま、どんなパンツを穿いてるんだ?」

 「総員、選択!」

 琴里の号令と同時に艦橋下段にいるクルーたちが一斉に選択していく。

 夕騎も迷うことなく選択肢を選び、もはやボタンを連打している。

 「……夕騎、どれだけ連打しても一人一票よ」

 「……必死ね」

 琴里と零弥は呆れたような視線を向けてくるが夕騎はそちらには視線を向けずに神無月に言う。

 「神無月くんも③にしたろ?」

 「ええ。黒タイツ越しのパンツは人類の至宝。些かの疑問を抱く余地すらありません」

 「な」

 夕騎と神無月は満面の笑みを浮かべながら拳を合わせているのを見て琴里はパチンと指を鳴らす。

 すると筋骨隆々のマッスルとしか言いようがない大男が二人現れて神無月をガッチリホールドしてどこかへと連れ去っていく。

 「夕騎、次はあなたになるけどいいかしら?」

 「ゴメンナサイ」

 だが、謝ったところで夕騎は反省する男ではない。

 神無月が言った通り黒タイツ越しのパンツは人類の至宝。しかも分身体とはいえ狂三のパンツだ。

 「お願いことりん! 俺の給料から二万くらい差し引いてもいいから今回だけはどうか③にしてくださいッ!」

 先に旅立ってしまった神無月のためにも至宝を確かめなければならない。願わくば白で! などと思いながら夕騎は両手を合わせて必死に土下座を超える寝下座を繰り出す。

 「あのねえ、そういうものじゃないのよ。……『狂三はいま、どんなパンツを穿いてるんだ?』って何なのこの選択肢」

 『な、なあ……狂三はいま、どんなパンツを穿いてるんだ?』

 琴里がマイクのスイッチをオンにしていたようで画面内の士道は馬鹿正直にそれを復唱していた。

 「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! パ・ン・ツ! パ・ン・ツ! パ・ン・ツ!」

 まるでボクシングのチャンピオンになったような勢いでガッツポーズをする夕騎。そんなにも嬉しかったのか女性クルーからは若干引かれている。

 『いい……ですわよ、士道さんなら』

 画面内の士道は慌てて誤魔化そうとしたが狂三は恥じらいながら上目遣いで士道を見ながらスカートの裾を摘んでいた。その仕草だけで鼻血ものだが夕騎は耐える。

 困惑する士道を置いて狂三は徐々にスカートを捲くり上げていく。禁断の至宝。パンドラの箱が開かれていく。

 黒タイツに覆われた艶かしい脚が露わになっていき、夕騎の姿勢はいつの間にか下から覗き込むような体勢になっていた。

 あと少し、白の生地が一瞬見えた。もう少しでパンドラの箱が――

 『――ッ!!』

 士道は咄嗟に目を瞑ると狂三のスカートの裾を掴んで下に押さえた。

 パンドラの箱が静かに閉じてしまったのである。

 「ァァァァァァァァァァァァァッ!? 何しやがんだバカ野郎ッ!! せっかく狂三のパンツがご開帳なされようとしていたのにぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!! 俺の夢と二万が露と消えたァァァァァァァァァァァァいぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 士道が邪魔をしたことで結局夕騎は狂三のパンツを拝めることはできずに絶叫とともに艦橋をのたうち回る。かなり荒ぶっていて目が血走っている。そこまで見たかったのだろうか。

 「お、落ち着いて夕騎。下着ぐらいなら私が見せてあげるから……」

 「チクショウ……俺は狂三のパンツが見たかったんだ……零弥はそのまま隠し続けていてくれ、その方が萌える…………」

 すっかり意気消沈してしまった夕騎は零弥に励まされながらもそのあとは床に伏せたままで見事に減給された。ちなみに狂三のパンツで騒ぎまくっていたが夕騎の影にはいまでも狂三の分身体が入り込んでいて会話はバッチリ聞かれていた。

 

 

 

 時計は夕方の六時を過ぎた頃、夕騎はすっかりテンションを下げながら帰路についていた。その前にASTからの定期的な召集があったので零弥には先に帰ってもらい、現在は一人だ。

 『ふふふ、随分と気を落とされておりますわね』

 「……あと少しだったのに士道っちがチキるから見れなかったんだよ」

 影の中から狂三が愉快そうに話しかけてくる。周りから見れば完全に大きな独り言なのだが、いまの時間帯では人通りが皆無に等しい。

 「なあ狂三……」

 『どうしたのですか夕騎さん』

 「――狂三はいま、どんなパンツを穿いてるんだ?」

 試しにこちらの狂三で選択肢を試してみる。冗談半分だったのだが狂三はこう答える。

 『夕騎さんのご想像におまかせしますわ』

 「じゃあ白か」

 他愛のないというかただの変態的会話なのだが、夕騎は少し異変を感じる。

 いつもと違う道を選んで帰っていたのだが漂ってくる(にお)いが妙に鉄臭い。

 「これ、血の臭いだよな」

 すんすんと鼻で臭いを確認してみるとやはり血に近いものが鼻孔をくすぐる。

 『行ってみたらどうでしょう?』

 「そだな、確認してみる価値はありそうだ」

 狂三に言われるがまま夕騎は血の臭いと思われるものを辿ってその源まで歩いていく。

 近づくたびに吐き気がしそうなほどに臭いが強くなっていき、来てみればそこは路地裏の袋小路だった。

 そこにいたのは一人の少女と少女だった(、、、)もの。

 周りは夥しい血に彩られ、見慣れていなければ吐いていたかもしれない。夕騎も見慣れたものではないが見たことはあるものだった。

 「〈精霊喰い〉でいやがりますか、何ともまあタイミングのわりーことですね」

 一人の少女――髪を一つ括りにしていて機械の鎧を身に纏っている崇宮真那が冷静に話しかけてくる。

 そして。

 この路地裏を赤黒く染めていたのは先ほどまで士道に学校内を案内されていたはずの狂三。

 「死んでるなこりゃあ」

 靴が汚れることなど気にせずに死体の前にしゃがみこんで見ると体にはいくつもの傷痕があり、どれも致命傷になり得るものだ。

 「精霊が現れたらぶっ殺すだけ、あなたも知っていやがるでしょう」

 「ああ、お前ならそうするだろうな」

 真那が見つめる中、夕騎は目を閉じてしばらく狂三の死体に向けて黙祷し、口を開く。

 「……まさかまた食べやがるんですか?」

 「わかってるなら言わなくていいって。俺だってあんまりしたくねーんだからよ」

 他のASTが到着する前に夕騎は真那の目の前で狂三だったものの白い肌に〈精霊喰い〉の牙を突き立てていった。

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