デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第二七話『綻び』

 「それでは行きますわ、はい零弥さんと見せかけて夕騎さん」

 「開幕から引っ掛けかよ! 零弥!」

 比較的浅い浜辺のようなプールでゲームは始まり、開幕で狂三が放ったボールは零弥に行くと見せかけて夕騎の方へと飛んでいく。

 それを夕騎は多少惑わされながらも回し蹴りで零弥に返す。

 三人が始めたゲームはボールに掴むのはなしで指名してからワンタッチで誰かにパスし(この際、指名した人がいる方向にパスしなければならない)、次の人に回せなくなったら負けというシンプルなルールで始まったこのゲームははじめから激戦だった。

 回し蹴りでパスされたボールはビニール製でありながら割と飛び上がる。もしボールが破裂した場合は破裂させた本人が負けになるので力加減は重要だ。

 「時崎狂三!」

 零弥はボールを追いかけつつ距離を計り、オーバーヘッドキックでボールを狂三にパスする。

 プロのサッカー選手でも不可能なほど正確無比に放たれたオーバーヘッドキックでパスされたボールはビニール製ではありえないほど回転がかかり、そのまま狂三に襲いかかる。霊力が封印されていたとしても身体能力のスペックは人間を上回っているのでこの程度は造作もない所業だ。

 「夕騎さんどうぞ」

 そのボールを現役で精霊である狂三はハイキックで夕騎にパスする。そのハイキック姿に見蕩れてしまった夕騎は一瞬反応が遅れ、気づけばボールが眼前に迫っていた。

 「零弥ッ!?」

 直撃。ボールに顔面を弾かれて仰け反る夕騎だが当たる直前に指名したのでそのボールはワンタッチしたとして有効(、、)とされる。

 つまり、夕騎から三〇センチ程度しか進んでいないボールでも零弥はその押し出された方向にいるので拾わなければならない。拾わなければ零弥の負けだ。

 これは勝った、夕騎は仰け反りながら勝利を確信した。

 夕騎の初手で離れていた零弥は普通なら拾うことができない位置にいる。だが零弥はその位置からクラウチングスタートの姿勢で地面を蹴る。

 「あらあら……」

 浅いプールでの蹴伸び。床すれすれを突き進んだ零弥はボールに追いつくとすぐに狂三を指名してパス。急いで放ったためにふわりと上がり、狂三にとっては絶好のチャンスとなった。

 どちらも体勢を崩していてどちらにしろ取れないだろう。

 ならば、

 「夕騎さんにした方が面白そうですわ」

 容赦がない渾身のスパイク。

 夕騎はまだ仰け反っていてとても取れる体勢ではないのだが、人類代表は諦めずに腹筋に力を入れる。

 「人・類・ナメんな!!」

 そのまま体勢を一気に戻してボールに頭突きを繰り出そうとしたが零弥の勢いはまだ死んでおらず、そのまま手が夕騎の足を払うように接触してしまう。

 「ちょ――」

 支点となっていた足を払われ片足が浮いた夕騎はそのまま水面にバッシャンと倒れこむ。

 結果的には夕騎の負け。

 「ふふ、夕騎さん負けてしまいましたわね」

 「だぁークソやられた……」

 思わぬ連携に夕騎は大の字で水面に浮かびながら額に手を当てる。泣くほど悔しいわけでもないが、狂三相手に負けたことが悔しまれる。主に後のことを考えて。

 「ごめんなさい夕騎」

 「勝負事で謝るなって、ゲームってのはルールに則っているなら何でもオーケーなのよ」

 「さて罰ゲームは何にしましょうかねえ」

 夕騎の心配をする零弥を尻目に狂三は勝者が決められる罰ゲームについて考えていた。

 「できれば甘めでお願いします……」

 狂三なら本当に際限なしに罰を与えてきそうなのであらかじめ手心を加えて欲しいと夕騎は頼むが狂三は満面の笑みを浮かべ、

 「駄目ですわ。何か賭け事をするのならば、当然代償が付き添うものです。罰を受ける覚悟がないなんて夕騎さんは言いませんわよね?」

 「ぐ……狂三この前の件絶対に引きずってるだろ」

 満面の笑みで言われてしまえば抗うこともできないので、夕騎は仕方ないと完全な降伏として水面に浮かびながら器用に両手をあげる。

 「勝者は二人ということになりましたし、零弥さんと私それぞれで夕騎さんに罰を与えましょう」

 「え、ええ……」

 「手キビシー」

 「では、零弥さんからどうぞ」

 狂三に促された零弥は眉をひそめどうしたら良いかわからずに困った表情をしている。罰ゲームなのだから何でも命令しても良いはずだが、普段から精霊に激甘な夕騎は零弥の些細な願いでも進んで叶えてくれるのでこれといって何も願うことはないのだ。

 「……特に思い浮かばない。時崎狂三、あなたに先手を譲るわ」

 「ふふ、欲が少ないのですね。それならお言葉に甘えて先に罰ゲーム……と言うより質問させていただきましょう。夕騎さん、覚悟はよろしくて?」

 「イ、イエッサー……」

 にこにことした笑顔の中に紛れた剣呑とした狂三のオーラに気圧されながらも夕騎は了承する。その返事を聞いた狂三は一度大仰しく頷くと夕騎にとっては死亡フラグというべき質問を口にした。

 

 「――わたくしの影の中にいた時、夕騎さんは何をなさっていたのでしょうか?」

 

 世界のどこかで誰かが時を止めたか。一〇秒ほど時が消し飛んだような気がした。

 「…………」

 流石の夕騎でもこの質問には絶句し、プールの水滴に合わせて異常な程冷や汗を全身から流していた。

 ――そこで聞いちゃいますぅ!?

 もうすでに半分以上忘れていたことだが夕騎は狂三に『浮気は極刑』で食べられ、影の中に捉えられていた際に彼は影の中にいた狂三たちと楽しく過ごしていたのだ。正確には狂三の分身体たちと楽しく遊びながらも士道たちと相対していた本体の狂三のパンツをガン見していたわけだが。

 だといって、事実をそのまま伝えて良いのだろうか。

 下手すれば零弥からの冷たい罵倒が待っているだろう。いやそれも夕騎にとってはご褒美かもしれないが後日にも響く可能性が予想されるので言うべきではない。

 ここは嘘を吐いて適当に誤魔化し、この場を流すことだってできるかもしれない。だがしかし、嘘をついてしまっては零弥はさらに怒ってしまう。

 零弥に一度嘘を吐いて聖剣で斬られたことがある夕騎は身にしみて嘘のリスクを知っている。

 そもそもの話。狂三は夕騎が影の中で何をしていたか把握しているのではないだろうか。

 あの後、分身体から話を聞いていてもおかしくはない。つまり、この罰ゲームは本当に罰ゲームらしく狂三からの嫌がらせ。

 ――性格悪いぜ狂三たん! でもそこも好きだけどな! HAHA!

 もう思案するのも無駄だと考えた夕騎はそのまま水面から立ち上がり跳躍したかと思えば一回転、そして頭を叩きつけるかのように水面に膝をつき、日本人が誇る廃刀令でも廃止されなかった伝家の宝刀が決まった。

 「すっみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 狂三たんの影の中で分身体の狂三たんとクンカクンカモフモフカリカリジュルジュルしながらオリジナルの狂三たんのスカートに隠された秘宝すなわちパンティーを覗きながらずっと待ってましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 つまり土下座したのである。

 狂三はそれを見てクスクスと心底面白そうに上品に笑っていて、零弥は小刻みに肩を揺らしていた。

 怒られる! と、糾弾を覚悟した夕騎だったがいつまでも罵声は飛んでこない。

 「あ、あれ……? れ、零弥ぁぁぁぁぁぁ!?」

 これならまだ罵声が飛んでくる方がはるかにマシだった。

 「――――ッ」

 声ならぬ叫び声を押し殺すように零弥は下唇を噛み締めながら懸命に涙を堪えていたのだ。

 「あらあら……」

 これには狂三も驚いた様子で少しやりすぎてしまったかと反省するほどだった。

 現行犯である夕騎は今にも泣き出しそうな零弥に何をしていいのやら対処方法がわからずにあたふたしてしまう。

 「……わ、私は。本当に心配して、もしかしたら帰ってこないと思って……どうしようかって……」

 とうとう泣き始めてしまった零弥。思わぬ展開に夕騎は心中でこの上なくテンパりながら宥めようとどうにか言葉を紡ぐ。

 一番恐れるべきなのは精神状態が不安定になったことでの霊力の逆流。それだけは阻止しなければならない。

 「れ、零弥さん。あの、ア、アイス買って来ましょうか……?」

 こういう時の女性の扱い方を微塵も知らない夕騎はまるで小さな子供をあやすように物で釣ろうとするが、精霊である零弥にそんなものが通じるわけがない。

 もうすでに霊力が逆流し始めているのか水面には零弥を中心にして波紋が描かれている。

 さっきまで楽しく遊んでいた空気はどこへやら、狂三が見事にぶち壊し、夕騎が火に油を注いでしまった結果がこれだ。

 「もう知らないからッ!!」

 夕騎の視界がぐるりと反転した。

 殴られた、と気づいた時にはすでに夕騎の身体はプールからかけ離れ、空を舞っていた。

 そしてそこからやってくるのは激痛の数々。殴られた夕騎からは視認できない速度で身体は回転しながら吹き飛び、プールに置かれていた様々なオブジェクトに全身を打ち付けられながら吹き飛んでいく。

 勢いは留まるところを知らずにどんどん突き進む。幸いなのは事前に危険を察知した客たちは皆行く道を空けていて激突することはないだけだ。

 声をあげる暇もなく世界は回転し続けており、不完全であろうが霊力を取り戻した精霊に殴られればひとたまりもないはずだがそこは〈精霊喰い〉。容赦ない軍人に育てられてきたせいもあって不意打ちでも焦らずに地面に着弾するたびに受身を取って地面に勢いを逃がしている。

 ――マズったな、こりゃあ。零弥に霊力逆流してるみたいだし、かといって今の状況で俺がどうこうしようとしても逆効果だろうしなあ……。

 床を抉りながら突き進んでいたが最終的には脚が天に向かうようにピンと張った姿勢のまま床にめり込む形で静止する。

 常人なら良くても全身複雑骨折。長期入院は避けられない威力だった。命を落としている可能性だってある。

 突然飛来してきた物体にその場にいた客人たちはざわざわと騒ぎながら床から脚部だけを突き出している夕騎を中心にして野次馬となり始める。

 その中にいた係員は客人たちを押しのけながら中心の夕騎に対して近づき、恐る恐る手でトントンと軽めに叩く。

 「あ、あの、大丈夫ですか……?」

 「ぐぐぐ……、ちょいと抜けないから両脚持って引っこ抜いて……」

 床に埋まっているので声が少し曇ったものになってはいるが係員は何とか夕騎の声を聞き取り、言われた通りに夕騎の両脚を手で掴んで持ち上げようとするが思いの外綺麗にめり込んでいるようで全く抜ける気配がしない。

 対応に困った係員が困った様子でいると、野次馬となっていたブロンズヘアーの女性がその場に近寄る。

 「少し退いてくれる? こういう場合の処置は心得ているから」

 「は、はぁ……」

 現れた女性に係員は何も出来ないので交代し、脚だけ出ている夕騎の前に女性が毅然と立つ。

 「アンタ、あのときと全然変わってないじゃない。どこか気が抜けているというか」

 「……誰?」

 気配を察したのか夕騎が問いかけるが、女性はその問いには答えずに夕騎の足首を掴めばまるで大根を収穫するようにあれだけ係員が奮闘しても抜けなかった夕騎をあっさりと床から引き抜き、逆さまのまま夕騎はその女性と顔を合わせる。

 そこにいたのは周りの人間とは違い一際目立つ異国人だった。ブロンズヘアーは肩よりも少し上の位置まで伸ばしており、首にはタオルをかけている。

 容貌は美人としか言いようがなく、豊満でそれでも腰はスラリとくびれがあってスタイルもいい。

 間違いない。

 「シルヴィ……?」

 「ああ、そうだよ。ジャパニーズボーイ、訓練終えたあとからぬるま湯に浸かっていたようだねえ」

 現在DEM社から始末対象とされているシルヴィア・アルティーだった。

 

 

 

 「かはは! そうか、DEM社は私がユウキに接触することを見破られていたか!」

 「いや、笑い事じゃねえでしょ」

 時刻は昼を少し過ぎた頃、ちょうど士道たちも食事を摂っていることだろう。

 零弥はあれから行方不明、狂三も行方不明。急いで探すべきなのだが、いまは幼き頃の師との遭遇によってその場合ではない。逃せば次いつ現れるかわからないシルヴィに夕騎はこのときばかりは精霊よりも人間を優先したのだ。

 二人はベンチに一定の間隔を空けて座っている。

 夕騎はDEM社のエレンから伝えられた指令を何も隠すことなくシルヴィに説明したのだが、当の本人であるシルヴィは腹を抱えながら笑っていた。

 それを見て夕騎は両肩を落とし、

 「なーんか心配して損したべ。何この元気っぷり、久しぶりに会っても全然変わってないぷりー」

 「ははは、アンタだって変わってないじゃないか。そのまま育った感じ? てか何の語尾よそれ」

 「別に気にすることじゃないぷり」

 本当に久しぶりにあったという割には二人共会話にぎこちなさを感じさせずに遠慮もなく話している。二人の性格が似ていることもあるかもしれないが。

 「相変わらず変な子だわ。ていうか聞かないの? 私がどうしてDEM社を裏切ったのかとかどうして夕騎に会いにきたのかーとかとか」

 「何、聞いて欲しいぷりか? 仕方ないなーシルヴィちゃんは、そこまで聞いて欲しいなら聞いてやんよ。一旦どうちたんでちゅかー? もしかして僕ちんに会いたくて会いたくて震えたからわざわざDEM社裏切ってまで会いに来ちゃったんでちゅかー?」

 「んー、とりあえず二回死のうか」

 しなやかな動きで夕騎の腕を持ったシルヴィはそのまま身を返して床に場所を変えながら『腕十字固め』を決める。ギリギリと夕騎の腕が悲鳴を上げ、ギブアップと言わんばかりに床を手でバシバシ叩く。

 「あいだだだだだだだだだだ! バカバカ、冗談だってばシルヴィさん!」

 「冗談だろうが腹立ったから腕一本貰うわ」

 「ちょ、マジでもげるもげる!」

 本当に腕をもぎ取る勢いで関節技を決めるシルヴィに夕騎は抵抗するが何せ体勢が悪く抵抗するにも抵抗できない状態だ。

 そんな夕騎に見かねたのかシルヴィははぁ……とため息を吐けば、

 「『ごめんなさい』は?」

 「へ?」

 「……『ごめんなさい』は?」

 「ぎぁあああああああっ! ごめんなさいごめんなさいシルヴィさん! 調子に乗ってごめんなさい!」

 「うむ、よろしい」

 夕騎がきちんと謝ればシルヴィはうんうんと納得したように頷き、関節技を解除すれば夕騎の身体をベンチに戻して頭を撫でる。

 「アンタは素直でいれば可愛いんだ。小生意気な口利くからそうなる」

 「……はい、肝に銘じておきまスルメ」

 この一連の流れで訓練時の力量差を思い出した夕騎はまるで他人の家から借りてきた猫のようにおとなしくなる。

 おとなしくなった夕騎を優しく撫でながらシルヴィは口元を緩めると少しずつ語り始める。

 「まあ勝手に話すけどDEM社を裏切ったのはおとなしく働くどころじゃないことが起きたの。ユウキには訓練のときにアタシに弟がいたって話したでしょ?」

 「…………」

 その話は覚えている。

 確か故郷で父親の手伝いとして漁をしているだとか。

 黙ってしまった夕騎の様子を肯定として受け取ったシルヴィは話を進める。

 「簡潔に言えば死んだの」

 「だろうな、大体察してた」

 弟がいた、とシルヴィが過去形で話していたことで夕騎は何となく察していた。

 そしておそらく原因になったのは――

 「それは勘が良いようで」

 だったら、とシルヴィは付け足す。

 

 「それが精霊のせいだってことも勘づいた?」

 

 「……それも大体」

 夕騎は小さく頷く。

 今時の死亡原因など大体が限られてくる。

 エレンから聞いた新型のCR――ユニットを盗んだのは、シルヴィの目的達成にはそれが必要だったということ。

 「そう、だったら私が〈精霊喰い〉の力を必要としているのもわかった?」

 「……ああ」

 そう、ともう一度肯けばシルヴィはベンチから立ち上がると夕騎に手を差し伸べる。

 「アタシは昔アンタに問いかけたよね。『殺す気もないのにどうして訓練を受けているんだ』って。今もその答えのままいる(、、、、、、、、、、、)ならアンタはアタシに手を貸すはずよ(、、、、、、、、、、、、、、、)

 「……は?」

 それはシルヴィとの思い出の中でも思い出せない部分。

 不審そうな顔をする夕騎の前には師――シルヴィア・アルティーの手がそっと差し出されていた。

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