「あああぁっそっちじゃなーい!」
ばしゅーん。弓の音が虚しく高台に響く。オトモはハンターの悲しいミスを見ないふりをしてぶんどり刀を構えた。少しでも素材を狩る仕事に集中する方があのハンターに構うよりは賢いと思ったからだ。しかし、これでアステラでしばらく嘆いて騒ぐだろうと予想はついていたが、今気にしても仕方がないのだ。
もしかしたら、これから何か良いことが起きて、オツムがそこまでよろしくないハンターはそれまでのすべてを忘れて機嫌が良くなる可能性だってあるのだ。
希望がある限り絶望したりはしないのである。そして幸い、例のハンターの嘆きというものはオトモアイルーにだけはそこまで悪影響でもないのだ。決して彼はオトモに危害を加えない。どんなに取り乱していても。だからつまり、所詮は他人事である。
例のハンターの悲鳴とともに、見当違いの方向へ壁打ちの矢は吹っ飛んでいく。全身柔らかいから、というだけの理由でサンドバッグに選ばれた通常個体のバゼルギウスは、そこはかとなくこのハンターを鼻で笑ったようだ。
勿論、バゼルギウスに関しては人並みに沸点の低いハンターは不遜かつ、外道で、非道な上に秩序がないヤツを許しはしない。飛翔せし気高い外道に慈悲などないのだ。乱入で爆撃するのを許してはいない。上位上がりたての頃、見たこともない爆撃機に心が踊り、落ちてきた爆発する鱗に乙った恨みがあるのだ。
アイツが気高いかどうかは議論の余地があるが、とりあえず公式の見解は絶対である。
例のハンターは麻痺ビンを鼻息荒く弓に叩きつけると、壁打ち剛射を叩き込み始めた。しばらくしてめでたく麻痺したまな板の上の
もちろん、壁打ちの三割程度はあらぬ方向へすっ飛んでいくが、このハンターはもともと特に上手いわけではないので七割も当たれば特に不満もない。ほどほどで満足である。
適度な妥協があれば幸福のラインは下がり、故にこのハンターは毎日幸せなのである。なんかダメージがいっぱい出ている気持ち良いプレイしたら、多少ダサいことをしてももう幸せである。
しかしながら、彼は最強のガイラアロー・雷を持ち合わせていない上にそこそこ射撃を外すハンターであることから、瀕死のバゼルギウスはエリア移動で逃れた。それに必死の形相で追いつき、何回かのチャージステップからの剛射を叩き込み、彼は捕獲もせずに処した。
総評。自己評価で四十点。甘い採点である。初めての壁打ち剛射となればそんなものである。練習あるのみだが、まぁそんなものなのである。持ち込んだ秘薬を二つとも飲んだが乙ったりはしなかったし、落とし物はめざとく拾っておいたのでギリギリ赤点回避なのである。
初めてはなんでも許すのである。自分に激甘である。なにせ楽しまなければならないのでギチギチに締め上げたくないのである。漆黒のブリゲイドの帽子に、ギルドクロスのマントを風に揺らし、決めポーズを取りながら規定数すっかり剥ぎ取ったバゼルギウスの骸を黙って見下ろしながら、愛弓を撫でた。
トビカガチの弓なのでもふもふかつパチパチである。不思議な感触に夢中になって揉みしだいているハンターは一分が過ぎたのでさっさとアステラに戻された。もちろんシステムによって。
ハンターはしばらく顔を緩ませながらもふもふを揉んでいた。モンスターのふわふわに理性を奪われた中の人は、ゲームをやめた後にトレーディングフィギュアのパオウルムーが出るまで買うことを誓った。一つおよそ八百円のガチャを回す覚悟とはなかなかである。
「ほぼ確実に壁打ち剛射の練習ができる相手って? それはネルギガンテ! 初期位置に柱があるからね! よし行こ! はやくいこ!」
「ご飯食べるニャー」
「そうだね、今日も美味しい!」
定食の肉をオトモとガツガツ頬張る例のハンターは練習に明け暮れているため、あまり拠点に長居はしない。そのためアステラは非常に平和だった。食堂でいつまでも駄弁っているなんていう営業妨害もなく、むしろ手早く、そしてとても美味しそうに食べて、近くのアイテムボックスでアイテムの補充をして、受付嬢からクエストを受注するとすぐに飛び立つのみである。
しかし、アステラ的にはもう例のハンターは数日狩り眠りもせずに狩りに出ずっぱりに見えるのだ。そろそろ充電が切れてぶっ倒れる頃だろうと遠巻きに、しかし注意深く観察していた。例のハンターが寝ていないということは、彼のオトモだって寝ていないのである。例のハンターのオトモに同情心のあるアステラの人々は、マイハウスに運ぶぐらいはしてやりたいのだ。
オトモは例のハンターのオトモなので、ライトプレイヤーのプレイ時間という短い稼働時間で倒れるはずもなく、きちんとシステムに守られているため、別に疲労や眠気はリアル時間相応のみで、そんなに溜まっていないのだがそんなことがわかるはずもない。
楽しそうに、補充の強走薬を取りだそうとアイテムボックスに手を突っ込んだハンターはしばらくごそごそし、不思議そうな顔をすると体の半分を箱に突っ込んだ。
探し方がワイルドかつダイナミックである。個性的でもあるが、やめて欲しい。物資を傷つけるようなハンターではないことには信頼があるが、狩りから戻ってきたほかのハンターたちが例のハンターがアイテムボックスに突き刺さっているように見えて非常に心臓に悪いのである。
つまりゲーム画面的には何度も並び替えをし、一からすべてのアイテムにカーソルを合わせて狂走薬の捜索を行っているのである。
例のハンターはないことをようやく認めるとにゅっと出てきた。
「チッ……」
「にゃ」
「な、なんでもないよ、愛しのにゃんにゃんちゃん、なんでもない。舌打ちなんてしてねぇの。ちょっと……強走薬がなくなってて悲しかっただけなんだよ」
NPCにどう思われようがどうでもいい例のハンターではあるが、オトモにだけはガラが悪いなどと思われたくないのだ。
いつの間にかハンターは大剣を背負っていた。いくらスタミナ急速回復のスキルを組んでいようが、弓は強走薬がなければ始まらないのである。薬漬けこそハンターなのである。彼は弓の時は強走薬と硬化薬を浴びるほど飲むと決めているのである。
であるというのに、薬が切れていては気持ちよく練習することも出来ないのである。つまり、ディアブロスを沢山倒せば良い、という判断になった。銀三枠の調査クエストならば四つは狂走エキスが出るだろうな、と予想しつつ。
壁打ち剛射の練習は? 強走薬が出来次第出発である。ガンナーの時は確実に飲む硬化薬こそ栽培によって大量にストックしてあるが、それ以外は何でもかんでも資材はほぼ枯渇しているハンターなので、その都度取りに行くのである。
それによって、例のハンターとしては、つまり中の人的には十分ほど時間がかかったが、アステラ的にはもう少しかかった。それにしても早いことには違いがないので、なんにせよモンスターをそれくらいの時間で狩ってくるのは異常である。アステラの人々は、相変わらず無下にはできないが、アイツとは積極的に関わりたくもないという複雑な気持ちを抱えていた。
「よーし、行こ!」
そろそろ座りっぱなしで中の人はそろそろ尻が痛かったが気にするべきことではない。楽しいことをしているならば多少の犠牲はつきものである。もちろんハンターの体にはなんともないのだが、操作している中の人の問題はダイレクトにかかわってくる。だが祭りも近いのでその程度のことは気にしないのだ。
そしてきたるマム・タロトの延々とした連戦を思えばこの程度で音を上げていてはいけない。ガイラアロー・雷が欲しいのだ。どうせライトな彼はそんなに回ったりしないので手に入るかはかなり運が絡んでくるが、回さなければ始まらないのである。
重ね着、ハーベストに対して普段の重ね着装備として使うにはあんまりにもカボチャ推しがすぎるのでどうしようかと考えつつも、うっかり取り損ねていた歴戦王キリンの時の重ね着、ブロッサムの腕が欲しくてほしくてたまらないこのハンターは、壁打ち剛射というダメージの快感を体感しつつもまだ見ぬ組み合わせを夢見てにやにや頬を緩ませていた。
もちろん、にやにやしながらばしゅーんばしゅーんと手痛い壁打ち剛射を繰り出していればネルギガンテの怒りを買う。頼みの麻痺瓶だって一度くらいしか役に立たない。被弾が多く、そううまくもないただのライトなエンジョイハンターの行く末は、転身の装衣が切れるやいなや、踏み台の柱をへし折られて地面に叩きつけられ、キャンプ送りにされるというお約束であった。
アンジャナフの火属性の弓でパオウルムーを処したことがあるハンターは思い出す。バゼルギウスの時もそうだったが、通常のモンスターであれば罠で丁度いい位置に拘束して気持ちよく壁打ち剛射したのになあ、と。使った踏み台も破壊されないものであったのに。
しかしながら、相手は罠が効かない古龍種である。そしてハンターは柱がなければ力強くなれないのである。システムの力によってモンスターを蹂躙するハンターの鼻っ柱を折るのもまたシステムなのである。
ハンターは、エリア移動してしまったネルギガンテに逆襲することを誓って、そして結局大剣を担いでヤツを狩ることにしたのだった。
祭りがもうすぐで楽しみなハンターさん
彼の普段の狩り方だと配信バウンティだけで終わってしまうが、さすがにそれ以上の狩りをする期間。イベント装備、重ね着、オトモ装備、取り逃したいろいろを拾いつつマムタロトな普通のプレイヤー。
そんな彼を待っているのはほぼすべて金色の武器地獄である。今回も金色の武器地獄なのは変わっていない様子。
今更ハマった壁打ち剛射がしたくてしたくて周りを見れなくなって乙る、注意散漫な中の人の悲鳴がうるさい。
どういった話を期待していますか? 最も当てはまるものを選んでください。
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ゲームシステムによるもの
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クエスト頻度、難度、クリア時間
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イベント関連
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メタ戦法(確定行動、戻り玉回避等)
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アナザーストーリー