「アイスボーンのベータテストをやってると聞いてとりあえずワールドログインしました。カムバックボーナスください。はい……三角ボタン押しました。恐れ入ります。しまった、激運チケット使い果たしてから受け取るべきだった」
「んにゃっ! ご主人が起きたニャ! にゃあああみんな聞くニャ! ボクのご主人が!」
「!! にゃんにゃんちゃんは可愛いねぇ、今日も可愛いね! ほんと、すっごくすっごく久しぶりだね!」
「久しぶりニャ? ボクは毎日ご主人の顔を……あ……」
「久しぶりに起きたからさぁ、わたしはずっとほら、いなかったでしょ」
「いなかったニャ……(意識が)」
「いなかったよね(ゲーム機の前に)」
例のハンターは自慢の顔に憂いを帯びた表情を浮かべた。すぐさまスクリーンショットを撮ってきゃあきゃあ年頃の娘のように騒いだりしないところが、本当に久しぶりの起床でいろいろ鈍っているんだろうな、とオトモアイルーは思った。
以前の彼なら憂いをうかべた自分のカッコイイハンターさんとかもうヨダレを垂らさんばかりに喜んでいたものなのだから。
ハマっていたゲームにログインしなくなるのはいろいろ、人によって事情が違う。
ある人は生活の変化の中に飲まれて曖昧になり、ある人はリアル多忙につき、ある人は課金切れを補充忘れてフェードアウト、ある人は飽きて別ゲーに移行、ある人は歴戦王ネルギガンテが来るまでイマイチやることがなくてぼーっと別のゲームでもしてたら気づいたら時間が経っていた……。
例のハンターがどれであったかは想像に任せるとして、とりあえず久しぶりの起床であった例のハンターは最愛の相棒をもふもふした。
相変わらず彼の愛したふわふわで、愛くるしい。少し、少しだけ彼のオトモはやつれていたのだけど、外なる魂を持つ例のハンターは気づくことが出来ない。
だが今オトモを撫で回している青年は、普段より手つきを優しくした。
「アイスボーンくるじゃん、カムバックボーナスやってんじゃん、ログインするじゃん、そういや別ゲーに染まりすぎて肉質という概念を忘れるほどやってないじゃん、操作もはやほぼ初心者と言ってもいいなぁ。今弓引いたら全部クソ肉質の部分にヒットさせる自信あるし、ガンスのフルバーストのコンボは忘れたし、なんかもう……これがゲームの記憶をなくして一からやるってやつか!」
鬱々としていた青年は、突如少年のように目を輝かせた。常々好きなゲームの記憶を消して一からやりたいと公言してきた彼にとってはそれの疑似体験ごとく、大変久しぶりであった。
どんな状況だとしても楽しみに変えてしまう頭の中がお花畑で幸せな例のハンターは機嫌よくベッドから立ち上がった。
彼は外なる世界の魂を持つ、プレイヤーであるから、数ヶ月寝たきりでも肉体に衰えはない。久しぶりにゲームをプレイしたら自分のキャラクターの体がやせ衰えているとか、ステータスが下がっているとか、そういうシステムがない限りは「そういうもの」であり、彼女はその事に違和感はない。
だが、彼の相棒たるオトモアイルーにとってはそこまで簡単な話ではない。最初はよくある、長くても一週間ほどの休息なのかと思っていた。だが、彼は目覚めない。ニ週間経っても、三週間経っても。
穏やかな表情で寝息を立てる主人の健康には問題なさそうだが、時折打つ寝返り……すらも、僅かに残された「肉体だけはこの世界のもの」であるという仮初の人間性、あるいは生物性……以外は身動きをとることもなく。
我慢できずにかなり強硬手段で起こそうとしたことも、主人に許可を取らずに医者を呼んだことも、そこそこ親しかった推薦組のハンターを呼んでみたり、例のハンターが大好きなソードマスターに頭を下げて来てもらったことすらあった。
だが彼は目覚めなかった。ソードマスターが自分のマイハウスに来たとかは知りさえすれば発狂する勢いで喜ぶので知らなくていいのだが、ともあれ彼は何をしても目覚めなかったのだ。
「わたしの可愛いヒメちゃん、ヒメジョオンちゃん、すごくふわふわ。だけどちょっとしょぼりしてるね。どうしたの?」
「ご主人が……起きなくて……」
「あぁ!」
ハンター名、「ハルジオン」は久しぶりのログインである。ゆえに、肉体と魂のリンクは曖昧だった。……曖昧だったのだ。オトモアイルーはどれだけハンターがログインしなかったとしてもそれを気にする事はないし、しょんぼりなんてしない。
ハンターとて、ログインしていなかった期間のオトモが心配していなかったかな? とかは普通考えたりしない。
考えたとしても、それが表に出るなんてことは無い。せいぜいボイスチャットの相手に冗談めかして言うくらいだろう。
だが、それでも「ハルジオン」はこの世界の人間である。操作している中の人がハルジオンなのではない。中の人に限りなく近い性格の、魂を外に持つ、操作の出力者であり、そして中の人は人並み程度の優しさと、人並み以上のオトモアイルー好きな青年こそがハルジオン。
「わたしのかわいいにゃんにゃんちゃん、ごめんね、心配かけたね。これからもそういうときがあるかもしれない。でも私はそういうものなんだよ、そういう人間なんだよ」
「……わかったニャ」
強靱すぎる肉体を持つプレイヤーはある意味人間では無いかもしれないが、獣人族でも竜人族でもないので彼は自分を人間だと言った。
ヒメジョオンは返事をし、しばし考え、悲しいことに、残念ながら、この世界の住人は同じプレイヤー以外はすべからくプレイヤーに逆らうことが出来ないので頷くのだ。
憂いはなくなった。主人がこう言っているのだ。彼は眠る。時々かもしれない、ずっとかもしれない、彼は何ヶ月だって眠るかもしれないし、30分しか寝ないかもしれない。永遠に目覚めないかもしれない。だけど、「そういうものなのだ」、と。
もうオトモは憂うことはないだろう。
彼はそして、外へ出た。ログインした。
変わらない日差しと、変わらないアステラが彼を迎える。彼はアイスボーンを買うかもしれないし、買わないかもしれない。だけど何はともあれ、彼にとってのアステラは変わらない。
その世界なりの魂をもちあわせた住民たちが驚きに染まる。だが、外なる世界の魂を持つ例のハンターが気づくことはない。彼の認識は己の目ではなく、神の視点だ。俯瞰して、己を背から見ているのだ。画面の中の自分を。
久しぶりじゃねぇか、と思わず話しかけられて応える。だが、魂の元はそれには届かない。長い時間による剥離は時間でしか治せない。
彼は日当たりがよく見通しが最高な場所を見つけ、そこで決めポーズをとってスクリーンショットを撮ると……以前からの彼のお気に入りの場所である……おもむろにマイセットに登録してある弓装備をするとネルギガンテを討伐しに行った。もちろん、最初は普通の個体である。
だが本人が察していたように、通常個体だろうがもはや記憶の彼方、操作は別ゲーに上書きされている。遠距離武器なら大丈夫だろ! という甘い見通しは「チキりすぎてダメージが出ない」「そもそもチャージステップのやり方を忘れた」「ガンナーは耐久が脆い」という三拍子に打ちのめされる。
それでも二乙でなんとか仕留めた彼女は、アステラにほうほうの体で戻るとぐいっと口元の血を拭い……そんなもの最初からCERO-Cのこのゲームでは表示されないのでカッコつけただけの仕草をして……嬉しそうににぃっと笑ったのだ。
思わずぼろぼろの彼を介抱しようとしたアステラの善良な誰かは激しく後悔した。近寄るんじゃなかったと。
そうだ、こいつは例のハンター。気狂い、人外、ナルシストの三拍子。古龍ごときが殺しても死ぬわけがない。天災で世界が滅んでもこいつだけは立っているだろう。しかもその精神もめげることもない。古龍に引き裂かれ、炎で焼かれ、凍てつかせられ、毒を浴びても裂傷を負っても何がなんでも五体満足でケロッと帰ってくる。
秘薬でも飲んでウチケシの実やらなんやらで状態異常を何とかしさえすれば完全に! 本当に完全に負う前の完璧な状態に戻るハンターなのだ。
こいつのせいでハンターという人種すべてが人外ごとき耐久と古龍も泣いて逃げ出すとかいう、訳の分からないが例のハンターがやったといえばあまり否定できない気もする噂が流れるので一般的なアステラのハンターは……推薦組ですらもだ……勘弁してくれと思っている。
ハンターというのはそのモンスターについて入念にしらべ、下準備をし、万全に準備を整え、何日もかけてハンターするものなのだ。もちろんどれだけ頑張っても成功率が百パーセントに近くなるなんてことはない。
どんなに気をつけたとしても大怪我を負うことも、命を落とすこともあるし、危険が伴う浪漫の塊。命と体を賭けにして、名誉や金、戦闘欲やらを満たすのだ。
そう考えてみると、例のハンターが持ち合わせていないのは金でも名誉でもなく、おつむの出来なのだろう。だが、とてつもなく頑強な肉体がそれをカバーして余りあるのだ。
「あはは!」
例のハンターは高らかに笑った。彼女が創り上げた魅惑の面構えをほころばせ、確かに顔はカッコよかったが、ただただ周りを恐怖のどん底に突き落とす笑顔で。
人々は久しぶりに訓練された動きで例のハンターから後ずさり、なに食わぬ顔を取り繕い、何事も無かったかのように日常の作業に戻った。決して彼がこちらに絡んでくることがないように、彼の歩みの背景に徹するために。
ヒメジョオンだけは嬉しそうに笑顔のハルジオンを見上げていたが、彼の憔悴ぶりを知っている人々は微笑ましく思わなくもなかった。だが嬉しそうなのは心底理解できなかった。
「おーい、相棒!」
「久しぶりすぎる相棒呼びだな、受付嬢。今度は太刀でネルギガンってくるわ、依頼くれ」
「ネルギガンッテクル……?」
なんだその新しいモンスターは。そんな顔で、だが感性が人とはズレている受付嬢は業務を全うした。
すぐさま飛び立っていくハンターから、激運チケット使うの忘れたぁぁぁという悲鳴が空から降ってくる中、受付嬢はぽつり。
「また日常が帰ってきますね」
その言葉を聞いて、アステラの罪なき人々は思う。もう少し平穏な時間がながければよかったのに、と。
だが、もう退屈することは無い。
新大陸にいる人々は刺激と探究が大好きである。だから新大陸にいるのだ。
新しいモンスター、新しい発見、やばいハンターの観察は他ではできまい。いや、例のハンター並みかもっと凄まじいハンターには他の場所でも会おうと思えば会えるのだが。
ということでアステラには日常が戻り、復帰したハンターがしばらく勘を取り戻すまで笑いながらボロボロになるのをまざまざと目撃することになったのだった。
ハルジオン
SS厨、うちの子可愛い、ネナベ、被弾多し。エンジョイライトなハンター。プロハンとは口が裂けても言えない程度の並な腕前だが、モンハン世界基準では十分化け物である。殺しても死なない。
赤っぽい茶髪のポニーテール、色白、角度によっては女に見間違える美人(自称)で、実際に黙っていれば性別不詳な麗人だがプレイヤーは踊ってるハンターやポーズをつけるハンターがみたくてしょっちゅうジェスチャーさせるため、奇人にしか見えない。
花言葉の「追想の愛」よりもどちらかというと学名が「アステラセージ」だからハルジオンにしたとかいう命名に凝りがちな中の人を持つ。
得意武器は片手剣、弓、ガンランス、太刀。苦手なのは操虫棍。人間は空を飛べないらしい。
アバター(重ね着)に凝りがち。着もしない防具をたくさんマイハウスに持っている。コレクターでもある。レアアイテムを使えないタイプの人間で、キレアジのヒレをケチるが秘薬は菓子のようにかっ食らう。
性別不詳なのが好きなので体の線を隠し、体格が分からないように尽力する。だがそれ以上にブリゲイドが好きなので今日は真っ赤なカラーリングでキメていた。
ヒメジョオン
ハルジオンのオトモ。ハルジオンとヒメジョオンは似ている、それだけの命名理由。
心底ハルジオンのことを慕ういい子。白い毛並みはふわふわ、黒い瞳の縁取りの赤がハルジオンの髪の色とおそろい。
いつも毒武器を持ってダメージ貢献する。笛を泣かせる笛の達人。
これにて「ワールド編」の更新を停止致します。
もしアイスボーン版で短編を書きたくなったらまたここに……
愛読してくださった方、
ありがとうございました。
どういった話を期待していますか? 最も当てはまるものを選んでください。
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