どうして守護者がアルバイトなんてやってるのさ 作:メイショウミテイ
私がCiRCLEを見つけた話が聞きたい、だと?
余り面白いものでは無いぞ、何か代わりの話にした方がいいと思うが……。
む……、そうだな……。
よし、なら一ついい話があったぞ。それでよければ、時間潰しにでもいてくれたまえ。何か注文したまえ、話の料金代わりに1杯飲んでいけ。
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CiRCLEでバイトを初めて半年が過ぎた頃。
最近結構細かい頻度でやって来る客が現れた。
利用者の名前は、湊友希那。誰も寄せ付けないようなオーラを放つ、銀髪の紛れもない美少女。街に繰り出したのなら、見る人全てが釘付けになるであろうというレベルの、だ。
見ていて思ったのだが、やはり黒と白がよく似合うのだ。大体その二色の服で身を包んでいる──まぁ、私がそれしか知らないだけだろうがね。
しかし、ライブハウスというのは基本バンドを組んでいる者に向けたものである。一概にそう言える訳では無いが、バンド単位での利用者の方が圧倒的に多い。
その中でも、一人で、何の楽器も持たずに、ここへと足を運んでくる彼女に少し興味が湧いてくるのは仕方の無い事だと理解して欲しい。
ある時、その彼女がカウンターへとやって来た事があった。目的はもちろん、小休止のためだろう。
「……すみません。このオリジナルコーヒーを頂けますか?」
今よりも、大分硬い感じで話しかけられた。彼女は客で、私は店員。断る事など以ての外だ。
「承った。砂糖とミルクは必要か?」
私としてはコーヒーを頼むからには、基本ブラックで飲んでほしいという願いがある。前面に押し出される苦味の中に、その中に秘められた旨みを感じて欲しいからだ。
「ミルクはいりません。砂糖だけ貰えますか」
「了解した。スティックと角砂糖が選べる様になっているが、どうする?」
「角砂糖でお願いします」
「よし、少々時間を頂くぞ」
注文を受けてから、ミルに豆を投入して挽いていく。この豆が砕けていく感覚は堪らないものだな。
っと、そうでは無かった。今日の私はこの少女に少し聞きたい事があったのだったな。
機を見てから、質問を繰り出す。
「君は、バンドは組まないのかね?」
なかなかに踏み込んだ質問だが、所詮は店員と客の関係だ。余り気にするような事でも無いだろう。
「……、私も、本当はバンドが組みたいわ。けれど……」
「けれど……?」
「私に付いてくる人が見つからない……、というより、私の『夢』に共感してくれる人が居ない、と言った方が正しいわね」
どういう夢だ、それは? 想像も付かないな。
「私はそもそも人付き合いが余り得意じゃないわ。学校で孤立しているわけではないけれど。単純に同じ趣味を持つ人が居ないってだけかもしれない」
なかなか近寄り難い雰囲気に加えて、そういう点もあるとすればバンドを結成させるのは相当苦労するだろうな。いや、そもそもだ。
「では、君がバンドを組んでまで叶えたい夢とは何かね?」
「それは……、私の父の音楽を認めさせる事。一番近い目標としては、同じ目標を持つ者同士でバンドを組んで、FW.Fesに出る事」
名前ぐらいは私も聞いたことはある。バイトの一環で名前を聞くこともあるが、巨大な音楽の祭典……、のような物だと私は認識している。そこに出るという事は、自分達の名前が知れ渡っている証明になる、とまで言われている程のだ。
だが、私の意識はそんな些細な事よりも別の方に向いてしまっていた。いまこの目の前の少女は、『私の父の音楽』を認めさせると、『自分の音楽』では無く。
たとえ彼女が、『私の音楽は父の音楽と同じ』だと言おうが、それこそ何故音楽などやっているのかという話になる。自分の伝えたい事を表現するのが音楽なのに、彼女はそこに『父の音楽』という、自分とは関係の無いもの詰め込もうとしている。
ならば、そこに湊友希那の自我は果たしてあるのだろうか。己を伝えられずに、半ば親に縛られてしまっている状態の彼女に。
いわば、今の『湊友希那』という器の中には自分のものでは無い『異物』が注がれているのだ。
■宮士■も似たような物だったな。己を殺してきた結果として、器の中には『借り物の理想』だけが残ってしまっていたのだから。
「君は、父の理想を継ぐことが、父の為になると思っているのか?」
「もちろんよ。父は私の理想だった、けど無念を残して音楽を辞めさせられた……。だから、私がそれを引き継いで形にするの。それが私の……」
「ならば、君にとって音楽とは復讐の道具でしかないのか?」
「…………」
「確かに、君の父親は優秀だったのだろう、強い信念もあっただろうさ。──残念だが私は音楽に疎くて殆ど知らないがね」
最早経験談のようなものをそのまま垂れ流しているだけだが、境遇が似ている以上そうしてやるのがベストだろう。
最終的にアイツも他人の受け売りでは無く、自分自身の答えを出したのだから、彼女もきっと何かを見いだせるはずさ。
「──だが、その人物から教えを受ければその信念が継げるというのは思い違いも甚だしい。信念や理想というのは、生きる中で見出す事が出来るものだ。他人に与えられるものでは無い」
「私には、父の音楽を認めさせるという信念がある!」
湊はカウンターを叩き、感情を露にして激昴する。
まるで昔の自分を見ているようだ。その先の結末を知らないで、がむしゃらに理想を追い続ける。それが正しいのかを考えようとせずに。
──奴の場合は、それが間違いであったとしても、最後まで貫き通す意思があったわけだが。
「なら、君の父はそれを望んでいるのか? 無念を果たしてくれなどと頼み込まれたのか?」
「そ、それは……」
「己の無念を果たさせるためにこれまで技術を教わってきたのか、君は。だとしたら、君の父親がとてもとても憐れで何も言えないな」
「…………」
「技術を有していても信念が欠けてしまっていては、それは錆びた剣にも勝ることは無い。問題なのは、君が、君自身がどうしたいかだろう?」
「私……、自身が……?」
一人悩み始める彼女の前に、ドリッピングの終わったコーヒーを差し出す。それと、皿に乗せた角砂糖も。
「代金は要らない、よく考えてみるといい。時間はたっぷりとあるのだからな」
「…………」
それからの会話は無い。私も話す事は話したし、彼女も深く考えを巡らせているのだろう。
ん……、いや待て……! 角砂糖を何個入れるつもりだこの女は! 16……個だって……!? それではコーヒーの持つ風味が──。
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時は過ぎて、一週間後。
私の目の前のカウンター席には、先週と同じように湊が座っている。
またあのショッキングな光景──角砂糖16個の悲劇──を見たくはないので、今日は紅茶をすかさず目の前に出して置く。
「サービスだ、受け取ってくれ」
「……ありがとう」
何ですかこれは、という顔で見られはしたが、無事に受け取ってくれた。コーヒー豆の未来は明るいものになる事だろう。
「あれから……、少し考えてみたわ」
「……ふむ」
「今の私に自分の音楽なんて物は無い。父の無念を果たす事ばかりを考えてしまっていたから」
「…………」
「でも、一つやりたい事が見つかったわ。自分の音楽を見つけてから、私の父も出場したFW.Fesに出たい。もちろんバンドで、だけれど」
「……それなら、それを貫いてみせろ。君ならきっと出来るさ」
「ええ、きっとやり遂げてみせる……!」
これにて、この騒動は一件落着という事だな。どうも、深く関わりすぎたな、とっくに店員と客の関係を超えてしまっているな。今後は自重しなければ、な。
「ありがとう、エミヤさん」
「礼を言われる事はしていないさ。……ん、何故私の名前を……?」
「名札に書いてあるじゃない」
「む、確かに……」
「貴方にとっては些事であっても、私にとっては感謝できる事なのよ」
「……、そうかい」
やはり女性という生き物は理解に苦しむよ。どの時代でも、ね。
あの時からね、あの人の事を心から信頼出来るようになって、私の中で大きな存在に変わっていったのは……。