どうして守護者がアルバイトなんてやってるのさ 作:メイショウミテイ
上原による頭部へのクリーンヒットが直撃したおかげで、私はしっかりと気絶させられてしまっていた。のだが、さらにそこから弦巻と氷川に強制的に意識を覚醒させられて、本日3度目の起床。
今度は全員しっかりと衣服を纏っているのでなんの憂いも無いのだが……、とりあえず頭がグラグラして痛い。上原には「ご……、ごめんなさいっ! 居るとは思わなくって……!」と一応謝罪された。
それに加えて「さっきの事は全部忘れて下さいよ!」とも釘を刺されている。いや……そうはいっても、誰かにこの件を言いふらすような事をしても意味がないのでな。というか私が裁きを受けかねない。誰とは言わないが、あのパツキンの食王とか、紫フードの陰キャ叔母様から。
さて、Bチームの5人に状況を確認してみれば、どうやら白金が浴場内でのぼせてしまったというので、この五人の自室へと白金を連れていく事になったが、悲しい事に黒服の人が都合良く居なかったので、他に打つ手が無いので白金をおぶって部屋まで搬送。
……確かに体中が熱いな、これはそこそこ重症かもしれん……。
いやあの、それよりもですね。背中に当たっている二つの感覚とか、手に広がっている柔らかな感触の感想は無いのか、だって?
じゃあ一つだけ、熱いままで苦しそうにしている白金は、とても艶っぽかったです。
他の4人に布団を敷いてもらってそこに優しく寝かせる。次は濡れタオルと水分を持ってこなければいけないのだが、時間も惜しいし何より面倒臭いので、パパっと投影して用意する
「あら、いつの間に用意したのかしら?」
「さっき黒服の人に用意してもらった。それだけだよ」
弦巻は目ざといな、よく気づいた……、と言いたいところだがこのからくりを見られる訳にはいかないのでな。適当にはぐらかしておこう。この時、俺は弦巻を通して黒服の方々に作って欲しいものがあったので、それを頼んでみたところ、快く承諾してくれたよ。今日の夜までには作り上がるらしいので、楽しみにしておこう。
水分を程よく含むように絞った濡れタオルを白金のおでこにセットして、その傍らに水分を置いておいて、同室の4人にも指示を出してからその場を後にした。
そんなタイミングで携帯に連絡が入っている事に気が付いた。差出人は大和麻弥、珍しい人間からの連絡で驚いたな。これが初めてのやり取りなので、どのような内容なのかとても気になってしまうが……。
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「あー、エミヤさん! お待ちしてましたよ」
「少し待たせてしまったようだな……。それで」
「はい、こっちです」
大和が属しているCチーム、星がキラキラ蛮族の戸山がボーカルを務める少々やべーチーム。それに加えて運動神経がバツグンだが、頭が若干弱い戸山の親友である北沢も付いている。さらにやべー。
しかし戸山の保護者である市ヶ谷と、風紀委員のやべーやつこと氷川紗夜がしっかりとストッパーの役目を果たしてくれるだろう。全然やばくねーやん。
そしてそこに常識人である大和が加わり、広い目で見れば、バランスも取れていて非常にまともなチームだと思える。なので他のチームよりも安心した目で見ていられるという事で、心臓にとても優しい設計となっている。このチームが本番でどのような音を紡ぎ出すのかが、今から楽しみになってくるよ。
そんなチームの一員である大和に連れられてやって来たのは、そのCチームが使っているスタジオだった。中に入れば若干沈んだ雰囲気の氷川がすぐに気づいて、こちらを手招きして呼んでいる。そうしてから、氷川は「ご迷惑をおかけしてしまって、ごめんなさい……」と、いの一番で謝罪の言葉を伝えてくる。まぁ、こちらとしてもちょうど暇になってしまっていたところに、ちょうどよく仕事が舞い込んできたので感謝している──なんて言ってしまっては可哀想だろうと思い、心の奥底に閉まっておくことにした。
「替えの弦は持ってきてなかったのか? 氷川がそんなミスをするとは、珍しいものだ」
「お恥ずかしい話ですが、買うのを忘れてしまっていました……」
「そうか……。それで切れてしまっているのは……、ふむ、3弦か。確か替えは用意してあったはずだ。ちょっと待ってくれ」
「ありがとうございます、エミヤさんがいてくれて良かった……」
氷川からの感謝の言葉を背に受けて、私は持ってきていたショルダーバッグから替えの弦を取り出す振りをして、バレないように投影魔術で弦を生成する。作り出した弦をそのまま出すのは怪しすぎるので、適当なパッケージと共に1〜6弦までを含めた商品に見立てて、カバンから取り出す。
そう。大和に呼び出された理由といえば、これだ。
氷川の使っているギターの弦が断裂してしまって、張り替えようとはしたがそもそも替えの弦が用意されていなかった。だから、そこで俺の出番という訳だった。
「これを使ってみろ。恐らくこれでいける筈だ」
「はい、では早速」
彼女の美しい手がギターのポストに弦を差し込む。そこからペグを使って弦を張っていく。その一連の作業の流れは洗練されていて、私がやるよりも遥かに迅速に終わった。やはり自分で頻繁にメンテナンスをしている奴は違うようだ。私のはメンテナンスとは似て異なるものだからな、見る奴が見れば一種の侮辱行為として捉えられかねない。ひとつひとつ丁寧に作業して修復されるモノが、私の手に掛かってしまえばちょっと物体に触れて、造られた経緯、どのような信念をもって作ったか、誰がこの物体の材質を作ったか等。そこらへんの事を適当に追跡トレースして、想像上のモノを現実に写しあげる。それが、俺の持ちネタであり、たった一つの武器さ。
さて、その後にあった事と言えば、練習終了後に飯を作って全員で食べた。いろいろ話をしたりして楽しかったですまる
あ、ちなみに。ランサーはいろいろなバンドを覗いていたらしいが、奇跡的に1度も出会う事が無かった。ホントに良かった。
キャスターに関して言えば、白金に頼まれた新しいRoseliaの衣装のアイデアを一人悶々と考えていたらしい。暗い部屋で。なんか独り言いいながら。こわ。
ライダーは知らん、アサシンとセイバーは今日あんなだったから、きっと鍛錬ばかりやっているのだろう。
いやほんと、こいつらは一体何しに来たのか?
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今日も彼女達に使用されていたスタジオの清掃は終わらせた、明日の朝ごはんの仕込みも今しがた終わったところだ。いつもの私ならば、ここらで明日に備えていい夢を見ようと努力しているだろうが、今日はどうもそんな気分では無かった。
そう言えば、と。
弦巻に頼んであった例のアレが既に出来上がっているという連絡を受けていた私は、どうせ今日と明日しか使えないのだし、折角作って貰ったからには使ってみようかと考えた。
誰も見ていない事を確認してから私は魔法の言葉を唱える。
「
これまでに何度も繰り返して、作成を重ねてきた逸品。幾度もの修羅場を共にくぐり抜けてきた、相棒と言って差し支えのない程の究極の一品──と言えるほど対した物じゃないかも知れないが、
それを創り出した私は戸締りを確認してから玄関を通って、昼間とは違って若干肌寒さを感じるような風が吹いている砂浜へとその足を進めて行った。
──しかし、その姿を見つけ後をつけた人物がいた事をこの時の私はまだ知らなかった。
そこには突貫工事ながらも安全性をしっかりと備えた、伝統的な日本家屋に見立てた──
弓道場が出来上がっていた。引き戸をガラリ、と開いて内装はどうかと、視線を至る所へと巡らせる。
ふむ……、えっと確か、生前の私が通っていた──。
チィ……、その学園に良く似ている造りだな。まぁ、狙ってできるものでは無いだろうからたまたま、というより私が弓道場というものに勝手にデジャヴュを感じているだけだと考えを纏めあげてから、私は次の瞬間には、全ての思考を打ち切っていた。
ここには己の肉体と精神、そして60m先に打ち立てられたちっぽけな目標しか無い。微かに耳に届くさざ波の音が自然の精神安定剤となり、その狙いを完全なものへと近づけていく。
ッヒュッ! カッ!
それ迄の静寂を破壊へと導く一閃が唸る。
強烈な力によって弓から射ち放たれた矢は、当初の狙い通りに的のド真ん中を甲高い音を響かせながらぶち抜いた。
「我が腕前は、未だ劣る事を知らないようだ……」
「見事な腕前ですね……。真ん中を射抜くなんて……」
「なっ! 誰だ……! ってその声は、何故ここにいる氷川」
なんと、そこには就寝時間を必ず守るような、そして同室の者達には無理やりにでもそれを守らせるような鉄の女、またの名を氷川紗夜がそこにいらっしゃったのだ。
しかも、その手には弓が握られているのだ。
「たまたまエミヤさんの姿が見えたもので、後をつけてみました」
「何故だ。お前のようなルールに厳しい女が、就寝時間を破ってまで私の後をつけた?」
「興味があったんですよ、こんな時間から何をするのかと。それに規則を破っているのはエミヤさんも同じでしょう?」
「む……、それを言われるのは痛いな……。いや待て、それは良いとしてもだ。なぜ弓を持っている」
「何故かと言われても、それは弓を射るほかに用途なんて無いでしょう?」
違う、俺が言っているのはそこじゃない。何故射掛けようとしているのかと、そういう意味で聞いたはずだったのだが……。そんな俺の内心を知らないであろう彼女は、おもむろに弓を構え始める。その動作はゆっくりであるものの、何か洗練された動きの様に感じる。そして彼女が纏っているのは、必中の意気込み。
それを見せられた──いや、その姿に魅せられた私は、黙ってその行方を見守る事にした。
先程と同じような波が押し寄せては引いて行く、そのかすかな音。
私と彼女の、互いの呼吸の吐息。
弓道場を満たしている、冷たく緊迫した雰囲気。
ヒュッ! カッ!
その矢もまた、狙い通りに中心の──私の射掛けた矢を半分に割いて、さらにその中心を射抜いていた。
「……ほう、やるな氷川」
「ええ、ありがとうございます。エミヤさんも素晴らしい腕前ですね」
「伊達に何年も続けていない、という事さ」
二人してそこそこ良い感じの汗をかいてしまったところで時間を確認してみれば、もうすぐで12時を回ってしまう程だった。ざっと1時間半くらいはここに居たという事か。
なので、そのままの流れで弓道場を出て、歩いて宿舎へと戻る帰り道。
「氷川、もしかして弓道を習っていたのか?」
「はい、私は弓道部に所属しています。ライブに必要な集中力を高める事が出来ますので」
「なるほど……。まぁ氷川のイメージとも不思議なぐらいに合っているな……」
「そうでしょうか?」
「ああ、和服というか……、振袖とかがよく似合いそうだと思うよ。なんというか、人間で『和』というものを表してみたという感じだろうか」
「ふふ、なんですかそれ。褒めてくれているんですか?」
まぁ、私の勝手なイメージの話なので皆様に伝わるかどうかは別の話だ。そのイメージを裏切って意外と似合わないなんてこともありそうだが……、いや、それは無いか。
「恐らくお正月とかになれば、振袖を着てRoseliaで初詣に行くと思うのでその時であればお見せできますよ?」
「……、氷川がそんな話を持ちかけてくるとは……。人はやはり変わるものだな」
「ええ、私は変わりました。Roseliaの皆さんと出逢えて、CiRCLEというライブハウスに巡り会えて、そして。エミヤさん、あなたと出会えた事で、私は大きく変わることが出来ました」
そう言って、先を歩いていた彼女はゆっくりと振り返った。煌々と光る月明かりを背に受け、彼女のライトグリーンの長い髪が輝きを放つその姿に、私は思わず見蕩れてしまいそうになる。そうして彼女は整った動作で、ペコりとその頭を下げた。
「──本当にありがとうございます、エミヤさん。私は貴方に出逢えた事で、音楽とも、そして日菜とも正面から向き合えました」
「その事に関して言えば私はほとんど何もしていないだろう。関係を修復できたのは君の努力の証だ」
「それは分かっています。でもエミヤさんは私の背中を優しく押してくれた。それが大きかったんですよ?」
「……、そうか。ああ、その事はどういたしまして、と言っておくよ」
「えっと、それであの……、全く関係の無い話なのですが」
唐突に話を変え始めた彼女の顔は、月明かりの逆光でうまく読み取る事が出来なかったが、その頬がうっすらと赤みを帯びていた事だけは分かった。
「わ、私の事は下の名前で、『紗夜』と、呼んでくれませんか……?」
「……? はぁ、別に構わないが」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、氷川姉妹の呼び名はどうしようかと思っていたところだったんだ。下の名前で呼ばせてくれるならば願ってもないことだからな」
「……はぁ、なんだかとても複雑です……」
「、何か言ったか……?」
「いいえ! なんでもありません!」
「何故怒っているのだ、私は何もしていないだろう?」
「胸に手を当ててよく考えてみてください! それでは、えっと、お、おやすみなさい!」
そう言って彼女は逃げるように宿舎へと戻って行った。私が彼女に何かをしたらしいが、結局私はその失態についての事を解明することは、暫くの間考えても出来なかった。
紗夜と日菜の話は作者の心に余裕があれば、補足として一話作ることにします。
合宿編は最後残りの1バンドを終わらせて、終了って事で。なお、シャッフルライブの結果とかは話にするつもりはありません。そんなことやってたら地の文だらけになっちゃいそうですし。
あー、連絡は以上です。