どうして守護者がアルバイトなんてやってるのさ 作:メイショウミテイ
今日は合宿最終日という事でだが基本やる事は変わらず、飯を作って、食器を洗ってから洗濯をして、空いた時間は練習を見に行く方針で、今日一日の──飛行機の予約時間まではそうやって過ごすつもりだったのだが。
弦巻家所属の黒服にもいろいろ事情があるようで、別荘の最終清掃とやらのおかげで私の仕事は全て没収。
朝から暇な時間を持て余してしまうのかと思っていたが……、朝食後まだ食堂に残っていた今井から「それなら、アタシ達の練習見に来ない?」という、なんとも有難いお誘いを受けたのでその言葉に甘えさせて貰った。
「あぁ〜! また音外しちゃったよ〜!!」
「彩先輩、もしかして調子悪い?」
「いや、多分違うと思うな〜……」
「ですよね……、さすがに分かっちゃうよなぁ……」
「あ、彩さん……! きっと次は上手くできますよ!」
「ふぇ〜ん! つぐみちゃ〜ん!」
しかし、どういう訳か丸山がガッチガチに緊張してしまっていて、若干リズムより先走ってしまっていたり、キーが外れてしまったりというミスが多発してしまっている。今日の朝ごはんの時には体調の悪さなどは見受けられなかったし、むしろいつも以上に食物を口に入れていたはずだが……。やはり緊張等では無く、どこか調子が悪いのだろうか。
「大丈夫か、丸山。花園の言う通り、どこか調子が悪いのか?」
「へ? いえいえ! 全くそんな事は……!」
「本当か? 確かに朝ごはんはあれだけの量を平らげていたが……」
「も〜! そういう事は言わなくていいんですぅっ!」
「やっぱり元気そうだな。ならただ緊張していただけなのか……?」
原因を究明しようと丸山に問い掛ける。すると彼女の顔がたちまち真っ赤に燃え上がっていくのが分かる。そして、「し、知りませんっ!」って何を怒っているのかが全くわからないまま、彼女は大股で歩き去っていってしまった。
「エミヤさんも悪い人だね〜♪」
「……どういうことだそれは」
「いいえー、なんでも無いですよ〜」
「…………」
「エミヤさんに練習見てもらう機会とか無いから照れてるんですよ多分」
「おたえちゃん!? 言わなくていいの!!」
「あれ? 当たってたんですか?」
「もぉ〜!!」
どうも俺が原因らしいな。それならば邪魔者はさっさと退散するにかぎ──
「もう、行っちゃうんですか……? もう少しだけ、見ていって欲しいです……!」
羽沢に服の裾をちょこっと掴まれて、無意識の上目遣いでそうお願いされてしまう。いや、待って? 話聞いて? 丸山が全く使い物にならない今、練習を見るも何も……
「ほ〜ら彩! そろそろ再開するよー」
「そうですよ彩さん。今こそエミヤさんにいい所見せるところですよ! ソイソイ頑張っていきましょうよ!」
「ソ、ソイソイ……? う、うん。みんな、もう1回通してみよっ!」
「はーい、がんばっていきましょー」
「ほらつぐちゃんも! もう1回頑張ろ!」
「はい、一緒に頑張りしょう!」
……ふむ、とても即興で作られたバンドとは思えない程の結束力だな……。他の4つのバンドも繋がりが強いところもあったが、ここ程の結び付きは無かったからな。ドジを踏むことが多い丸山を、今井や宇田川が上手いことフォローしている。花園はアホで、羽沢は可愛い。
ほらな、完璧にバランスが取れたバンドだろう。バンドの空気も他の4バンドよりも格段に柔らかいモノが生まれている、これならば喧嘩などのトラブルに陥る事も考えられん。
「じゃあエミヤさん! もうちょっとだけ付き合ってください!」
「フッ……、いいだろう。とことん付き合うとしようじゃないか。どうせこれ以外にやることなんかないしな……」
「じゃあ巴ちゃん、『しゅわりん☆どりーみん』行くよっ」
「任せてください! カウント行きますよ!」
宇田川がその手に携えたスティックを力強く4回、今にもその真ん中から綺麗に裂けてしまいそうな程の力でカウントを始めた。そして、そこから彼女達が万全な状態に調律した旋律が紡がれ始める。
──────────────
「エミヤさん、えっと……、どうでしたか……?」
「…………」
率直な感想としては、非の打ち所のないほど良い演奏だったと言えよう。丸山の特徴的な甘ったるい声──通称アイドル声というのだろうか? 聞く人の心を溶かしていくような魅惑の音色。それをまるでジェットコースターのような力強く強烈なドラムと、そのドラムをも纏めて包み込んでしまうような包容力を感じるベースの土台。
その拵えられた土台の上で、自由人花園の正確さと遊び心を兼ね備えたギターと、羽沢の常日頃からの弛まぬ努力によって磨き上げられてきたキーボードが煌めく。
文面で聞いてもバラバラじゃないかと思うだろうが、これが不思議とピッタリマッチングしているのだ。重ねがさね言わせてもらうが、個々の技術
はまだまだかも知れない。だが、その足りない部分をメンバー全員で支え合う事で、発揮できる能力は大幅に上乗せされる。バンドは一人で行うものではない、その事実を、より良く実感する事が出来た。
「はぁ……、これが最初から出来ていれば私としては何も文句の無い、最高のライブだったと感想を述べていたよ」
「うっ、そ……、それはそうなんですけど……」
「──ただ、もう一度言うが、さっきの音は完璧な物だったよ。それは事実だし、お前達のチームワークの良さが齎した結果だ。そこは誇るべき点だよ。本番でこれが……。いや、これ以上のモノを生み出せるよう、まだまだ努力していってくれ」
「「「「「…………」」」」」
うん? なんで五人とも固まっているんだ、私としては普通にいい事を言ったつもりだったのだが……。まさかいつもの如く、知らないうちに地雷を踏み抜いていたりしていたのだろうか。
「ぷっ、あはははは!」
「なっ、何故笑う! 今井!」
「いやぁ〜ほら……、エミヤさんからそんなガチの感想が飛んでくるとは思わなくってさ!」
「どういうことだそれは……、私がいつも不真面目だとでも言うのか」
「そういうことじゃないと思いますよ。私も少しくらい驚きましたし……」
「アタシ達の事をすごく評価してくれてるのはすごく嬉しいんですよ!」
「うん、ただ……。似合わないなって思った」
「…………」
こ、こいつらは……。この私が真面目にお前らの演奏を聞いて、有難い感想を考えて伝えてやったというのに……。いや、確かに似合わない事をしたという意識は少なからずある。だが、こんな仕打ちで返されるとは思わなんだ。
あー……、今井が俺を小馬鹿にしたような顔をしている……。その顔面、1発だけでいいから殴らせて欲しいものだ。
「でも!」
そんな時、丸山が声を上げる。
「確かに似合わなかったけど……、私たちの演奏を最後までちゃんと聞いててくれたから、ああいう感想が言えたと思うし、それだけ期待してくれてるって事も分かったから……」
「うんうん」
「えっと……、だから……。私たちの演奏を聞いてくれてありがとうございました!」
『ありがとうございましたー!』
「……、ふっ……」
まぁ、礼を言われて悪い気なんかはしないよな。……昔は、俺にもそうやって礼を言ってくれような奴が沢山いたんだろうな……。こいつらのそういった顔を見ていると、どうも忘れている記憶が蘇ってきそうで正直、恐ろしい。けど──
「さ、感傷に浸るのはそこまでにしろ。さっさと片付けてしまわないと、帰りの飛行機の発着時間が遅れてしまう。それは避けなければならないからな」
彼女達にそう指示を出して、私も彼女達の片付けの手伝いをする。
ライブイベントまでの残り時間は余りない。秋に突入してしまえばあっという間だ。
私も、もう少しくらい気を引き締めなければな……。
今回で合宿編は終了。
次回からは一気に時間を飛ばして、2nd season時空まで、つまりは新学期までスキップします。その間の期間は、気が向いたらぷちぷち埋め潰していきます。