どうして守護者がアルバイトなんてやってるのさ 作:メイショウミテイ
春。
それは多くの人間にとって重要な時期であろうと思う。
進学もしくは進級、逆に卒業。また就職だとか異動。そういった外面的な面から、新しいことにチャレンジがしたくなったり、恋人探しに必死になったりと。まぁ、いろいろあるのだろう。出会いと別れの季節とはよく言ったものだ、今の世の中に生きる人類は皆出会いが無いだとか喚いているのだから、この世も終わりが近いのだろう。
誰も自分から動かないから出会いが無いという、隠された真実に辿り着くことは無いのだ。まぁそれが、この日本の国民性である――と、言ってしまうのは簡単だが。
その他には、ただその季節に楽しめる行事を楽しみたいと思う人間だっているだろうさ。仲の良い友人達と花見然り、今のうちにGWの予定を詰めておくなど、そちらの面でも人それぞれである。
じゃあそんな事を延々と、キリのない内容について考え続けている私はどうなのか、と言われれば。
「こんにちは、エミヤ」
「ああ。今日も早いな」
「まあね。今日は一杯飲んでから練習しようって決めてたから」
「それは結構な事で…。いつものでいいか?」
「うん、いつものお願い」
「フッ…、畏まりました」
結局のところ、何も変わることは無かったのだ。いや本当に、申し訳ない。あんな事をほざいておきながら、私には就職なんかは勿論のこと、出会いも別れも、何一つ無かったのだ。ここのバイトの時給が上がることすら無いのだから当然なのかもしれんが。
相も変わらずこのCiRCLEでバイトとして、社畜生活を送っている。変わった事と言えば、ここのオーナーが正式に月島さんに託されたといったところ。前からそんな物だったので、特筆する内容ではないな。
「調子はどうだ、新学期になって何か変わりはあったか?」
「…特にはないかな。いつも通りだったよ」
少し考える素振りをしてから、蘭はそう言いきった。いつも通り、ねぇ…。
春だからといって、こういう感じに全く変わらない人間だって多少はいるモノさ。この世界に不変のものは無い、それは断定であり決められた
だからこそ人はやがて来るその変化を恐れて、そしてその流れに逆らおうと必死にもがく。心に決めた仲間と共に生きていける時間というのは、その膨大な時間の中では極僅かなものだ。
それを彼女は、蘭は理解しているのだろう。彼女も自分の家柄と真正面から向き合うようになっている。偶にここのカフェにやって来ては、華道の集まりの時の事を愚痴るようになった事は、私にとっても美竹にとってもまた、変化なのだ。
「クラスはどうだった。去年は他のメンバーと一緒になれなかったと、暫くは嘆いていたじゃないか」
「そうだった。今年はみんな一緒になれたんだ、ホント良かった…」
「それは嬉しい変化だな」
「違うよ。これまでが変化してて、やっと元通りになれたの」
「ああ、そうだな。お前達は5人で居なければな」
「うん、Afterglowじゃないし、いつも通りじゃない」
5人での日常を大切にしている蘭にとっては、これまでの時間がいつも通りとはかけ離れたものだと捉えているようだ。しかしいつかは、一人でいる時間が自然と長くなる。やがて必ず来る、さよならの時には必ず孤独になるものだ。
「当然だけど…、アンタもその中に含まれてるから…」
「……、それは嬉しい事だな。肝に銘じておくよ」
「!き、聞こえて…!?」
「さ、いつもの…だ。どうぞ召し上がれ?」
「…っ!………!」
いつものメニュー、オリジナルのブラックを差し出す。コーヒーを作る人間としては、漂ってくる出来たての匂いが堪らなく心地良いのだ。差し出された方もそれを分かっているのか、受け取りながらも薫りを楽しんでいる。
そういう所で普通に言ってくれない所が、また彼女らしい。聞かれてしまって、恥ずかしさでなんとも言えない顔をしてしまうくらいなら、心の中
で留めておけばよかったのに。しかし、その言葉は私にとって、相当心にくるものではあったがね。
「…はぁ、やっぱり美味しい…」
「お褒めに預かり、光栄であります。蘭お嬢様」
「やめてよ…、そんな柄じゃないんだから…!」
華道の家元ならばお嬢様のようなモノだろう、と私は勝手に思っている。詳しくは知らない。そもそも華道とは何かすら、あまりピンと来ていないのだからな。ただ一つ言えることは、蘭はとても晴れ着が似合いそうだという事だけだな。」
「はぁ!?何言ってんの!?」
次の瞬間、蘭が原因不明のバグを引き起こした。何をそんなに大声で怒鳴るような事があったのだ…
「いきなり声を張り上げるな。何を言ってるとはどういうことだ?」
「それは!いや…、あたしの晴れ着がどうとか…」
「……、そんな事言ってたか?」
「え、うん…。晴れ着が似合いそうだって…」
どうやらバグっていたのは私だったようだ…。意識外で心の声が外に漏れ出てしまっているとは。これは迂闊だったな。カウンター越しに座っている蘭の顔は、今にも蒸気が吹き出てしまいそうな程に紅潮している。いつも素直じゃない蘭の、こういう照れてる顔を見れるのはなかなかに珍しい事――じゃない!どうにか言い訳しないと…!
「あ、あぁ、蘭!別に嘘なんかじゃ無いんだぞ。それは俺のほんし――「じゃあ今見せてあげましょうか?」んで…、ってはぁ?」
必死に弁解しようとしている途中に、予想外の場所から第三者の介入を受けた。声のした方向へと意識を向けて見れば…。
「ひ…、ひまり…」
「モカに巴も、それにつぐまで…。みんな来てたの…?」
「あぁ!ついさっきな」
「い、いつから…、居たの…?」
今にも消えてしまいそうな、か細く透き通るような声で、蘭がカフェの入口で棒立ちしている蘭以外のアフロメンバーに疑問を投げ掛けた。彼女たちは直ぐに答えることはせずに、少し四人で顔を見合わせる。
その間は当然俺と蘭、そして彼女達との会話は無くなる。嫌な予感はガンガンしている。し、しかしだ。有名な人は言っていた、まずは観察するのだと。だんだんと彼女たちの顔がいつか見たような、俺の人生でベスト10以内に入る程嫌悪していた男が、良くしていたような顔に歪んでいく。唯一の救いはつぐみだけは苦笑のままという事だけだ。
そうして歪んだ顔のまま、判決は下る。
「「「「最初から、だよ!」」」」
「あああああああああああああああっ!!!」
「……、はぁ…」
そこからしばらくの間は、年頃の女性の金切り声がカフェ全体を支配したのだった。
モチベ向上につき連日更新やぞ。
短いけどな。