どうして守護者がアルバイトなんてやってるのさ 作:メイショウミテイ
「シロウ! 是非とも私を、この店で働かせて欲しい!」
──その日突然、出逢いたくもなかった運命と邂逅した。
きっと何かしら考えあっての事だろう……。いや、彼女の事だからもしかしたら思いつきかもしれないが、とりあえずこの提案は受けるべきではないと判断した。
理由は聡明なる皆様であればもちろん、お分かりだろう?
だが、それを私から言ってはさすがに彼女にも可哀想だから、まりなさんに適当に擦り付けて断ってもらおう。
「──却下だ。理由はともかくとして、それを頼むなら私ではない。このライブハウスそのものを運営しているまりなさんに頼むのが筋であって──」
「まりなさん! 私をこの店で働かせて欲しい!」
「いいですよー、細かい仕事は彼に教わってくださいね〜」
「ありがとうございます! お世話になります!」
???????
理解出来ないぞ? なぜここまで早く採用の流れが出来上がってしまっている?
いやそれよりもだ! このままでは確実にまずい……。こいつを雇った暁には店の経営が崩壊してしまうではないか!
「待って! 考え直してくれませんか!? それではここの経費がいくらあっても足りはしない!」
「そこはエミヤ君が上手く纏めあげてねー。それに最近は人手が足りないー、って言ってたでしょ? 知り合いみたいだし仲良くしてね〜」
「バカな……、自分の首を絞めているとも知らずに……」
崩壊の暴風がすぐそこまで迫っていた事に、私は全く気づかなかったのだ……
と、これが少し前にあった幕間である。
結果はと言えば大成功も大成功、客足が遠のくどころか逆に経営繁盛してしまうという大誤算だった。心配していたセイバーの食い意地だったが、ちゃんと弁えているようで仕事中には泣き言ひとつ漏らさず少女らしい笑顔を振りまいている。
それはもう歳相応の可愛らしいモノで……
──っていうのが口コミで広がったらしく、セイバーを一目見ようとする男性のお客様もぽつりぽつりではあるが増えてきている。
おかげで私の新商品の作成時間、つまるところ暇潰しに充てていた時間はとうに消え失せて、馬車馬のように働いている始末であった。
「シロウ! 2番テーブルに『しっとりふわふわパンケーキ』を2つ! セットの飲み物はアイスティーと抹茶ラテです!」
「了解した! ……あ、待て! これを4番テーブルに持って行ってくれ」
「これは……、『フレンチトースト』と『ブレンドコーヒー』ですね。4番テーブル、行ってきます!」
平日の昼間からずっとこの忙しなさでは気が滅入ってしまう……。
一体この時間帯に来るお客様は何者だ、仕事はどうしたというのだ。そりゃ休みだから来てるんだろうが、愚痴の1つでも言いたくなるものだ。
──あー……、これはバイトでも募集した方がいいんじゃないか……?
つい考えてしまったが、よくよく考えてみればバイトを新しく雇ったおかげで、新たにバイトが必要な程に忙しくなってしまい、結局またバイトを雇う……。
というアホな結果には意地でもしてやるものか、と踏みとどまる事を決意した。
ようやく客足が落ち着いてきた3時過ぎではあるが、ここからはまた別のお客様がやってくる時頃となる。
「エミヤさーん! ポッピンパ!」
「……は?」
「香澄……、エミヤさんにその挨拶は通らないぞ。ってか、その挨拶も流行らない」
「えー!? かわいい挨拶だと思ったんだけどなぁ〜」
という訳で、別のお客様である団体様──『Poppin'Party』のご来店でございます。
何やら挨拶のような事を口にしながら入店した戸山の後ろには、たった今ツッコミを入れた市ヶ谷を含め、4人の姿があった。
「あっ、セイバーさんだ! ポッピンパ!」
「おや、カスミではありませんか。それにアリサに、リミ、サーヤにオタエも。こんにちは」
「オタエのオはひらがなでいいんだよー」
「おたえちゃん何言ってるの……?」
「こんにちはーセイバーさん、エミヤさんもね」
ピークが過ぎてからは空調の音がよく聞こえるほど静かだった店内が、彼女達の話し声によっていつものような雰囲気に戻っていくのが分かる。
他に客も居ないわけだし静か過ぎて退屈になるよりかは、多少うるさくてもBGM代わりにになってくれる方がいいのだ。というのも少しの雑音がある所で本を読むのが最近のブームだったりしているのも、まぁ関係しているのだろうが。
「んー、あれ?」
「? どうしたの、おたえ」
いつもならもう少し暴れん坊している花園は、セイバーの方をじっと見つめて何やら不思議そうな目線を向けている。アホ毛でも付いてるのだろうか。
山吹が心配そうな声色で花園にどうしたのかと聞いたのだが。
「セイバーさん、エプロンしてるー。なんでだろ」
とまぁ、そんな小さな事だった。
頻繁に店に通ってくれる常連客であればもう知っていることだが、彼女達がセイバーがバイトをし始めた事を知らないもの無理は無いだろう。
セイバーはほんの1週間前に働き始めたばかり、そして彼女達も最後にCiRCLEで練習したのは1週間前のいつかだった。
「私は1週間前からここでアルバイトをしているのですよ」
「へぇ〜! すっごくエプロン似合ってます!」
「ふふっ、ありがとうございます」
セイバーは正式な制服が届くまで、黄色の生地で出来たエプロンを身に付けて仕事をしている。ワンポイントでライオンがあしらわれた、実に可愛らしいモノだった。
──正味、これをまりなさんが着ているとなると……。あまり想像がつかない……とだけ言っておこう。
まりなさんが家から持ってきたお古だと言うが、状態がとても良くこれを使って料理などした事は無いのではないか、と思う程だ。
「その話は置いておいてくれ。今日は確か3時間の予定だったな?」
「はい、その予定であってます。今日はよろしくお願いします」
というわけで、保護者兼ツッコミの市ヶ谷と事務的な話を済ませてから、今日のスタジオに案内する。
その僅かな道中で、少し気になる事を彼女達は話していた。
「文化祭まで2週間切ったから、今日の練習で新曲の方も追い込みかけなきゃねー!」
「そーだよー? いつまでも蔵でうちのパンばっかり食べてる訳には行かないんだからね〜」
「い、いっつもパンばっかり食べてる訳じゃ無いでしょ〜!」
「昨日は香澄ちゃん、休憩の時にパン食べてたらいつの間にか寝ちゃってたね〜……」
「そーだぞー。それで昨日はお開きになったんだからな〜? ちゃんと夜には休んでるのか?」
「も〜、心配症だなーありさは〜」
文化祭……。確か前のライブからそう時間は経ってないはずだが、もう次のライブの予定を建てているのか。なかなかにハードスケジュールじゃないのか?
「お前達、文化祭でもライブをするのか? いやそれよりも……文化祭の噂など全く聞かなかったな」
「そうなんです! 文化祭で披露する予定の新曲も練習してて〜……。あっ、そうだ! エミヤさん達も私たちの文化祭来ませんか!?」
「物凄く唐突だな……」
「今年の文化祭は羽丘と合同でやる事になって、去年よりも規模が大きくなってるんですよ。──え、エミヤさんももしその日が暇だったら来て欲しいんですけど……」
「へぇ……?」
「シロウシロウ。ブンカサイ? とは、一体なんです?」
「──セイバーは少し黙っててくれ、後で説明してやるから」
人が話をしている時に割り込んでくるなバカタレ。
それに市ヶ谷。何故人を文化祭に誘うだけでこんなにも赤面する事があるのだろうかと、私はものすごく訝しんだぞ。
まぁ、それはともかくだ。せっかくお誘いを受けたのだから、行く努力くらいはしてみようじゃないか。
「……仕事がなかったら、行くよ」
「ほ、ホントです──」
「やったーっ! じゃあ絶対私達のライブ見に来てくださいねー!!」
──やっぱり戸山って、すごくうるさい。耳キーンってなったわ。
「はいはい分かったから、さっさと練習してこい」
「はーい! いってきまーす!」
溢れんばかりの笑顔を浮かべながら、彼女達はスタジオへと入っていく……。
──ん?
「おい花園」
「…………」
「花園……?」
「…………」
1人だけ立ち尽くしたままの花園。その表情は、先程の彼女達のノリとは全く異なり、とても暗いものになっている。
「花園!」
「っ! ……え?」
「──他のメンバーはみんなスタジオに入ったぞ。君も早く入ったらどうかね?」
「あ……。は、はい」
ようやく意識を取り戻した彼女だったが、依然としてその表情には陰りが見える。やはり何か事情があるのだろうが……
「苦しいのなら、仲間に話してみろ。そうすれば気も晴れる、君にはそれが出来る仲間がいるんだからな」
「──え?」
「さぁ、さっさと行け。彼女達が待ってる」
花園の肩を押してスタジオに入るように促し、彼女もそれに抗うこと無くスタジオに吸い込まれて行った。
閉じていく扉の向こうからは、花園を待っていたのだろう。他のメンバーの話し声が聞こえてくる。──願わくば、彼女達が作り出す空気で花園が救われて欲しいものだが……
「シロウシロウ、ブンカサイとは一体なんなのですか?」
「……はぁ、セイバー。一足先に食器を洗っておこうとかは思わなかったのか?」
セイバーが店内でエプロンを付けて働いている姿は、やはりどこか抜けていて。
だが、最近はそれも不思議とは思わなくなってきた。
これが慣れ、と言うやつだろうか?