どうして守護者がアルバイトなんてやってるのさ 作:メイショウミテイ
エミヤっていうと料理って考えはおかしくないはず。
でも、それでバンドメンバーとの絡みがなくなるのも違うよなぁ。
ちょっと考えとかなきゃね…
パスパレ来訪の翌日、珍しく昼時から出勤する予定だった私だが、家に居てもやる事が無いので暇を潰しに街を当てもなく歩き回っていた。
朝飯を食べていない事を忘れてしまっていたので、商店街の人気店であるやまぶきベーカリーにて食事を取ることにした。
そう大きい店ではないのだが、朝は多くの学生がこの店を訪れ、昼から夜にかけては仕事帰りの労働者やら夜食を求めて来る客もいると言う。
つまりは、繁盛店というやつだろう。
「あ、エミヤさん! おはようございまーす!」
「あぁ、おはよう」
そんなやまぶきベーカリーで働いている──というよりかは、手伝いをしている──この少女は山吹沙綾。このパン屋の家庭の長女なんだと。
「朝から手伝いとは、感心じゃないか」
「ふふ、ありがとうございます!」
などと柄にもなく言ってみると、彼女は笑ってそう返してくる。
邪魔するのも悪いので、さっさと選んだものをトレーに載せて、レジへと運ぶ。それを彼女がテキパキと慣れた手つきで会計していく。
「合計で324円です」
「了解した」
財布を取り出し330円を支払う。
「330円のお預かりなので、6円のお返しですね」
「ああ、ありがとう」
お釣りを受け取り店を後にする直前、珍しくひとつの事を思い出した。
「そうだ、今日はお前達は予約していたよな?」
「えっと……はい。今日は1時からの予定ですね。それがどうかしたんですか?」
「いや、唐突に思い出してしまったから少し確認しておこうと思ってね。深い意味は無いから安心してくれ」
「はい、分かりました。あ、またのお越しをお待ちしてまーす!」
さて、これからどうしようか……?
先程買ってきたパンを齧りながら考える。ん、美味しいじゃないか……、このチョココロネ。深みのある味わいのクセして、さほどしつこさを感じない。
これは人気が出るわけだよ。何も考えずに3つ程パンを掴んできてしまったが、コロネがこれ程美味なのに他がダメなんて事は無いだろう。そう安心しながら、これからの行き先を決定させた。
──────────────
20分程歩いた後到着したのは、海がすぐそこに見える波止場だった。
ここならば静かなひと時を過ごす事が出来ると同時に、パンも美味しく頂けるだろうしな。
──だが残念な事に、私の思い通りにはならないようだ。
そこには先客が一人。そいつは季節外れのアロハを何故か上手く着こなし、半袖の先から大幅にはみ出した腕は余分な贅肉を感じない程に鍛え上げられている。
男の手に握られているのは、文字通り何の変哲もない釣竿。人間の知恵を結集して作られた文明の機器たるリールや計測器の着いていない、己の直感のみを頼りにした釣竿。
やはり、奴は野蛮な獣だな……。
奴とは長い付き合いだ。別々の、自らが仕える主のために互いに多くの血を流した。別の機会では、同じ主の為に肩を並べて戦うことだってあった。そんな古くからの付き合い、という言葉だけでは言い尽くせない程の複雑怪奇な関係。
「ランサー」
「んあ? ──っとと……」
そこの自販機で買っておいた缶コーヒーを高速で投げつける。奴も何の危なげも無しにそれをキャッチする。しかめっ面をこちらに向けながらも、吹き飛ばされてきた物の正体を確かめている。
「どういう風の吹き回しだ、こりゃ」
「ふん、ただの気まぐれだ。気にするな」
「そーかよ」
クー・フーリン。ケルト神話の光の御子。コノートの軍勢から、アルスターという国をたった一人で守ろうとした男。結局は敵国の女王の奸計にはまり、無残に命を落とした大英雄だ。
そんな男が何故ここに? というのは野暮な話だろう。何者か、もしくは何らかの原因があり、受肉という形でこの世に再び生まれ落ちた、いわばイレギュラーだ。その事に関しては私も同じ事だからな。
「しかし、君も飽きないな。またここで釣りを楽しんでいるとはな」
「ふん、俺が何しようが勝手じゃねぇか。第一、てめぇこそ訳の分からんバイトしてるじゃねぇかよ」
「あれはあれで割と楽しいものでな。結構気に入っているよ」
「はっ! テメェの口からそんな感想が聞きてぇわけじゃねぇよ」
奴の傍らに置かれているポリバケツの中を確認する。
「む……、何故このような近海でサバはともかく鯛が釣れる……!」
「んな事俺が知るかよ。何にせよ釣れてるんだから、ここら辺はそういう場所なんだろうよ」
なるほど……。なら、今度の休日は釣りでもしてみようか。
そんな事を考えていると、奴がなにか呻き出した。
「やっぱ受肉はめんどくせえもんだな」
「それは何故かね?」
「腹が減っちまうんだよ、この体は。おかげで気分が悪いことこの上ねぇんだよ」
「ふむ、なるほど。なら飯を食えばいいだろう。簡単な話だ」
「そう思ってよ、コンビニで弁当だかなんだかを食ってみたんだが、これが存外美味くねぇんだ。だから飯も食いたくなくなるんだよ」
そうか、それなら……。
「よし、ならばランサー。お前この後暇か?」
「ん、ああ。今日はずっとこのまま釣りだ。他はやることが無ぇ」
「分かった。ならうちの職場で試作品でもご馳走しようじゃないか」
「……はぁ?」
「なんだ、聞こえなかったか?」
「ちげぇよアホ! 第一てめぇ料理出来るのかよ?」
「ああ、当たり前だ。だから試作品を作ると言っているのだ」
「……」
「疑うくらいなら一度食ってみるといい」
「わーったよ、ご馳走になってやろうじゃねぇか」
というわけで、此奴に飯を作ってやる事にした訳だ。
そんな訳で、ところ変わってCiRCLEに来たのだが……。
「今日も早いねー、エミヤ君!」
「こんにちは、まりなさん」
「うんうん、感心感心。えっと、隣の方は……」
「こいつは私の知り合いでね」
名前を教えようとしたのだが、その必要は無かったらしい。
「あ、思い出した! 魚屋のランサーさんですよね?」
「おう、よく思い出したな、まりなちゃん!」
「なんだよ、知り合いだったのか……」
まりなさんは魚屋のランサーと知り合いだったらしい。常連なのだろうな。心底どうでもいいから、それは今は置いておくとしよう。
「知っているなら話が早い。そいつに飯を作ることになったから、カウンターキッチンを使わせてもらいます」
「うん、それはいいけど……、そろそろポピパの子達来ちゃうからそれには間に合わせてね」
「了解した、では作るとしよう」
許しは得た、なら後は何を作るかだけだが……。
「おい、ランサー。釣った魚の中に鮭はあるか?」
「おう、あるぞ。鮭を使うのか?」
「そうだ」
ランサーから活きのいい鮭を受け取り、店で売っているようなサイズにまで小さく切り落とす。
それから、その鮭に軽く塩を振って下味を付けておく。
その間に、(何故かあった)えのきとしめじの石づき部分を切り落としておく。
それが出来たら、アルミホイルにそれらを包んでフライパンで熱していく。
──そう、鮭のホイル焼きだ。
──────────────
おお、美味そうな匂いがしてきたじゃねえか!
鮭を使うって言うからどんなものが出て来るかと思ったが、なんて料理だこれは……?
「これは、鮭のホイル焼きですね。美味しそうな匂いです」
「なんで、ここで料理してるんだろう?」
「ん、誰だ! って、パン屋の沙綾ちゃんじゃねぇか! それと、チョコの嬢ちゃん!」
「はい、ご無沙汰してます」
「こ、こんにちは」
何故ここに、ってここはライブハウスだ。バンドでも組んでるんだろうな。是非とも一度、演奏でも聞かせてもらいたいもんだな。
「嬢ちゃん達はバンドの練習か?」
「そうなんですけど……、どうして私達がバンドだって──」
「バンドやってなきゃここには普通こねぇだろ?」
「あ、確かにそうですね」
だが、2人ってことは無いだろうな。それともまだ始めたてでメンバーでも居ないのか、まぁそこまで首を突っ込むつもりは無ぇしな。
「お前達2人だけか?」
「いえ、あと3人いるんですけど……」
「……ん、どうした?」
「あはは……、そのうち2人が遅れてしまって、それを連れてくるために1人が戻っちゃって……」
「そろそろ着く頃だと思うんですけど……」
ほう、もうすぐか。割とどんな奴かは楽しみだな。だが、今は……
「さぁ、出来たぞ」
「鮭のホイル焼きねぇ……」
「君たちの分もあるが、食うか?」
「「頂いてもいいですか……?」」
「ああ、存分に味わうといい」
3人の前に皿と橋を差し出し、鮭が口に放り込まれるのを待つ。
鮭が口に入った瞬間、やはりというかなんと言うか、口元が緩くなっているのをしっかりと見届けた。
「おぉ! うめぇじゃねぇか!」
「はい! 美味しいです!」
「あぁ〜、口が蕩けちゃうぅ〜」
「お気に召したようで何よりだよ」
そうして、食事がある程度進んだ頃。
「やっと着いたぁ〜!」
「ほんとにやっとだね。有咲が遅いから」
「お前らが遅れなければこんな事にはなってねぇー!」
「あ、何か食べてる! いいなー! 私にもちょーだい!」
「私も走ったらお腹すいちゃった。エミヤさん、私たちの分もあったりする?」
「ああ、あるとも。手を洗ってから食べるといい」
「話を聞けーっ!!」
「有咲! 早くしないと有咲の分無くなっちゃうよー?」
「あー、もう! うぜぇ!」
あー、えっと、なんだっけ名前……。あー、そうだ。
「市ヶ谷」
「あ、はい。なんですか?」
「君の分もあるから、落ち着いたら食べるといい」
「あ、ありがとうございます……」
そう言って、私は使った調理器具などを片付け始める。そんな時に、こいつは空気を読まずに話しかけてくる。
「正直、舐めてたわ」
「……、美味かっただろう?」
「あぁ、文句のつけようが無い、完璧だ」
「お褒めに預かり光栄だね」
「また気が向いたら飯食いに行くから、用意しておけよ!」
「ふん、了解した」
結局、ポピパは練習時間を大幅にオーバーしながら、料理を楽しんでいた。
うむ、やはり料理というのは良い文明だな。
期待に応えられるよう、頑張って執筆してまいります!
今後ともどうかよろしくお願いします!