どうして守護者がアルバイトなんてやってるのさ 作:メイショウミテイ
「あなたは今、心から笑えているのかしら?」
俺はその質問に対して、答える術がないという意味を込めて無言を貫く事で答とした。
──否、答える術が無いというのは嘘だ。俺はお前のその溢れんばかりの光から逃げたかっただけなんだろう。
「こんにちは! エミヤ!」
「……はぁ。朝から元気なのはいいが、はしゃぎ過ぎて怪我でもしなければいいが……」
朝からうるさい奴らが来ている……
弦巻こころが主宰する、主に子供を対象にしたようなバンド。
──ハロー・ハッピーワールド!
ここによく来る5バンドの中で最も個性が飛び抜けて強く、かつ騒がしいバンドだ。ポピパもうるさい時はうるさいが、こいつらほどではない。
はっきり言って、俺はこいつらを苦手としている。
特に弦巻こころだ。
こいつは、白鷺千聖とはまた違うベクトルで、俺の心を覗いてこようとする奴だ。この弦巻こころの願い──世界を笑顔にしたい──は到底叶えられるものでは無い。
まぁ、俺が言えたことではないがな。
正義の味方って存在も中々に胡散臭く、実現しがたい夢だった。
だから、弦巻こころは1人で実行するのではなく、それを叶える為の集まりを作った。
それがこの『ハロー・ハッピーワールド!』というバンドなのだ。
そこが、俺とは違う点。
同じ点と言えば、現実を上手く直視できていない事。もしくは、本当に自分にはその力があると思っているのか……。
「あー……、今日もごめんなさいエミヤさん」
「ん、あぁ。もう慣れつつある、気にしないでも大丈夫だ」
「──あー……っ。とうとうエミヤさんまでも慣れ始めてしまった……。どうしよう花音さん」
「もう、仕方ないんじゃないかな……? あ、エミヤさん。カプチーノをお願いします」
「じゃああたしは……、そうだなー、このꫛꫀꪝ! って出てる抹茶ラテをお願いします」
「承った、少々待っていたまえ」
ここでバイトを初めてからそれなりに時間は経っているので、手こずること無く仕上げていく。抹茶ラテもたかだか五日前に発表した新商品だが、試作品を相当数作っているおかげで慣れているしな。
「お待たせ、召し上がれ」
「エミヤさん、その抹茶ラテって千聖ちゃんが言っていたのと同じものですか?」
ん、そうだったろうか……? そもそも白鷺千聖にこれを飲ませ……、確かに試作品を飲ませていたな……。
「ああ、あれからさらに改良を加えたものだ」
「そうなんですね、千聖ちゃんがとっても美味しかった、って言ってたので」
「そうなの? 千聖さんが美味しいって言ったなら、何も心配いらないじゃん」
「……そうか」
あの女、もし今日までにロールアウトしていなかったらどうしてやろうかと思ったが……。ふん、まぁいい。
ふと、ロビーが随分と静かな事に気がついた。あの弦巻こころ達が静かに出来るとは思えん。何かしらの問題でも発生したか?
「おい奥沢、松原。弦巻こころ達はどうした?」
何かしらの情報を持っているだろうから、それを引き出そうとする。化粧直しなら一言くらいなにか言ってるはずだろう。いや、そもそも弦巻こころが化粧など──あぁ。あの普段から周りに取り付いている黒服がやるのだろう。
「あれ、いつの間に! ちょっとこころー! はぐみー! 薫さん! どこいっちゃったかな〜!」
前言撤回、ヤツはつくづく勝手な行動ばかりするお嬢様気質らしい。こんなのに振り回されるのは相当疲労が溜まりそうだな。それに周りも周り……、うん。この二人以外の連中の話だ。
ヤツらもなかなかに手がかかっているらしい、見ていれば自然と分かる。その上、松原に関しても条件が重なれば問題児に早変わりするというのだから、この集団が何故集団として活動できるのか。
「あはは……、やっぱり美咲ちゃん大変そうだなぁ……」
「それはそうだろう。あの問題児たちを一手に引き受けているのだからな」
「それもそうですね……」
などと話していれば、全く予期せぬ方向からこれまた予期せぬ人物の声が聞こえた。カウンターの内側から覗く輝く金色の髪で、誰なのかが分かってしまうのが悲しい。
「エミヤ! 美咲は行ったかしら?」
「……弦巻こころ、お前は……」
「こころちゃん、何してるの?」
怒りを抑えて、とりあえずは松原が放った質問への回答を待つ。それ次第では、きっと俺の堪忍袋の緒が切れる事になるだろう。
──どうも、最近キレっぽくなっている気がするのだが……
「かくれんぼよ! 最高に楽しいでしょう?」
「…………」
「こ、こころちゃん……」
そういえば。アホ三人衆の内、アホパープルとアホオレンジが居ないことに気付く。
ロビーを注意深く観察してみると、所々違和感がある事に気付く。
貸し出しライブ衣装のマネキンの横に、違和感を感じさせずに瀬田がポージングしながら直立していた。
また、入口の鉢植えには己の小ささを活かして北沢が上手く隠れていた。
こいつらは……、本当に高校生なのか?
「それで、花音とエミヤは何の話をしていたのかしら?」
「……。なに、ちょっとした世間話さ」
「あら、そうなの? それならちょっとあたしの話を聞いてくれるかしら?」
「別に勤務時間内なら構わないが……」
「それは良かったわ! じゃあ花音は私の代わりに何処かに隠れていてちょうだい!」
「ふぇぇぇ……、そんなぁ……。私、もう少しエミヤさんと……」
残念そうにしながら、松原は席を離れてとぼとぼと歩いていく。
「それで、どんな話かね?」
こいつは未知だ。どんな話題が飛んでくるかまるで見当がつかない。だからこそ、一刻も早く話題の内容を知ろうとするのは、別に不思議なことでは無いだろう。
「あなたは今、心から笑えているのかしら?」
「…………」
案の定というか、なんと言うか。随分と踏み込んだ質問じゃないか……。こいつに取っては何のことない、普通の会話のつもりだろうが、俺にしてみれば早くもついて行けなさそうな予感が。
やはりそうなると答える義務を感じないので無視で通す。
「質問を変えましょう! あなたが最後に心から笑ったのはいつかしら?」
「ふん、簡単な話だ。さっきだって笑っていただろう?」
「いいえ、私が見ているのは顔じゃないわ。あなたの心よ」
「…………」
「私たちはハロー・ハッピーワールド! なの。世界を笑顔にするために集まったのに、あなた1人笑顔に出来なきゃ意味なんてないでしょ?」
この時、俺は確信した。本質的には、こいつは俺と同類だ。
自分の理想を信じ、可能性を手に何にでも噛み付いていく狂犬。
だが、その行為には犠牲が付きものだ、という事に弦巻こころはまだ気づいていない。
──あるいは、目を背けているのか……
昔、誰かがよく言っていた言葉がある。
『士郎、いいかい。誰かを救いたいということはね他の誰かを救わない、ということなんだよ。人はね、生きている限り全員同じ価値を持っているんだ。全員が救えないって分かってるなら、少しでも多くの命を救う方がいいだろう?』
私は最初、その考えを信じなかった。
──というより、信じたくなかった、と言った方が正しいだろう。これこそ見えていながら、見えていないふりをしていたという事だ。
たが、時が経つにつれて段々と現実を突き付けられていったのだ。
どんなに信念があっても、どんなに必死になっても、出来ないことは出来ない。一代で魔術を究める事が出来ないのと同じように。
理想を打ち破られた失意のまま、俺は命を失った。
だから、俺と同じ道を歩もうとしている奴を止めようとするのも、これまた不思議なことで無いだろう。
「やめておけ、ろくな事にならない。俺は……、それと似た夢を抱いていた奴の末路を見てきた。お前もいずれは、そうなる」
「やってみなければ分からないでしょ? それに、その人だって後悔はしていないと思うわ!」
あぁ……、とことん腹が立つ。昔の俺を見ているみたいで苛立ちが止まらない。
「……まぁ、お前の勝手にしろ。ただ、俺にはあまり踏み込んでこない方がいい。これは忠告だ。人の忠告は素直に聞き入れた方がいい」
「……どうしてなの……?」
「はぁ……、何がだね?」
「どうして、あなたは……」
「あ、やっと見つけた! こころー!」
「え、美咲……?」
「あれ、こころ。どうして、泣いてるの……?」
「……弦巻に何か話をして欲しいと頼まれてね。引越しの際に捨てられてしまった飼い犬と、その飼い主の感動のエピソードでも話していたら、いつの間にか泣いてしまっていてね」
「っ! ……そうなのよ! これは飼い犬と飼い主の愛が感じ取れたわ……!」
「あ、そうなの。割とそういうのこころ泣いたりしなさそうだったから、ちょっと驚いちゃった」
「あら、失礼ね!」
「あー、待って! そろそろ練習時間だから、スタジオ入ろうよ」
「スタジオ3番だ。セッティングは済んでいる。もちろん、奥沢の
「あ! 何から何まで、ありがとうございます! ほらこころ、行こう」
「え、ええ、行きましょう!」
──俺はそれと似た夢を抱いていた奴の末路を見てきた
──これは忠告だ
エミヤ……。どうして貴方は、あんなにも冷たい目が出来るの……?