彼は、罪に問えないことをした。
彼は、あるべき世界では、罪に問われるはずの悪を成し遂げた。
彼を連れ帰り、受けるべき裁きを受けさせるべき。
そう訴えるものが現れても、おかしな話ではなかったのだが。
残念ながら、彼が罪を告白した場では、彼の生まれた世界そのものを憎む者、その世界の生まれでありながら帰りたいとも思わなかった者、そして「彼を連れ帰る」という手柄を得たところで、彼の罪を立証できないどころか、自らの特殊任務の内容すら証明できないことを気づいている者しかいなかった。
結局、彼の生まれた世界では、同じ故郷を持つ者達の薄情な理由と動機によって。
誰がアカデミアを爆発させたのか、という真相を知る機会はなくなった。
そう、誰も。
融合次元での彼に、罪を問える人間はいない。
スタンダード次元で暮らすようになった彼に向かっては、「カードに封印する」という手段で怒りをぶつけられたはずの男もいた。
それでも、その男は憎むべき相手も、愛する者も奪われたのだ。
がらんどうの復讐心のまま、機械仕掛けの神よろしく、「エクシーズ次元への侵攻は続かなくなる」可能性を示されれば、勝てる相手にも勝てなくなる。
それを信じるか、信じないかは自由だ。
アカデミアの戦士である紫雲院素良に頼み込み、二人で融合次元に転移するもよし。
あえてエクシーズ次元へと乗り込み、最前線で何が起きつつあるのかを知ってもよし。
少なくとも、今の黒咲隼には、鉄の意志も鋼の強さも、復讐心という鋼鉄を錆びつかせてしまい、慌てふためくばかりで見る影もない。
そもそも。
紫雲院素良に頭を下げてよいのか。
当分は、そこから悩むことになるわけだが。
彼らの結論は、自ら臨んだ未来での、決意ができた彼らだけの物語としよう。
とにかく、今の彼らには、外套の少年を責めるだけの余裕がない。
いいや、外套の少年などという盤外の駒を眼前にして、伝えられた真実を受け入れろと言われた側のなにがしでさえ、黙って帰って戻ってくる程度には。
外套の少年、彼個人に興味を持った「次元戦争の関係者」などいなかった。
・・・・・・当然だ。そのくらい、彼は予想だにしない結論を叩きつけたのだから。
いかに転生者なる存在が、特別な力を望むがままにふるったところで、それが評価される場所など、物語の本筋に関わる「イベント」の範疇でしか叶わない。
遊戯王の世界ならば、デュエルで語るべき物語であり。
これといった言葉がなく、ただの黒白だけが残ったとしても、それはそれで評価されるはずのものなのだ。彼の実行した行為など、デュエルと関係なく、突然、横からスタンガンを叩き込むようなもの。
彼の場合は、核燃料を搭載した空母の搭乗員として、内部から自爆するよう工作し、そのまま自分だけ生きて帰ってきたと異国で公言したも同然だ。
そんな意味不明な手段を実行し、生還しただのと言われても、どう冷静に考えても嘘八百としか思われない。真実だとしても、実行する動機がわからない。
動機を知ったとしても、それを偉業と捉えるような者など種類がしれている。
背後関係などないと聞かされれば、なおさら狂人としか思われまい。
だが、その狂人の凶行とて、この世界では確かな救いではあった。
四天の竜は支柱をひとつ失い、失われた世界と娘に狂った研究者など盤上から落とされ、覇王龍なるものを倒すための手段すら消失したが、覇王龍を脅かす娘の面影を持った少女たちすら、その存在を唯一に減らすことで――――統合という救いを齎さない。
アークエリア・プロジェクトは実現不可能となり。
リバイバル・ゼロ計画は、実行しようと思う者すらいなくなった。
ここから先の物語は、赤馬零王なる男がいない世界。
ユーリと呼ばれた男が凶行を続けることも、オベリスク・フォースの兵士たちが戦果を上げ続けることも、永遠にない。
罪を問う気力が誰にもなく、狂人への執着すら誰にもなく。
誰も知らぬ未来の物語から、誰もが背負わされるものを取り払いながらも。
誰からも受けいれられることのない作戦を実行し、誰からも評価されることのない大量殺戮を終わらせた外套の少年に向かって、誰が労ることもなく。
彼の物語は、彼自身の手によって、終わることができていれば。
まだ、彼らにとっての罪償いが終われたかもしれないだろうに。
目覚ましの音が鳴り響く。
彼にとっては死にも似た、許されてはならないはずの、甘いぬくもりの底から。
もう一度、まだ終わってはならないのだと。
誰かに、引き上げられていく。
「・・・・・・遊矢か。」
「そうだよ! ったく、本当に死んでるみたいに寝るんだな」
自らの身体を揺すった少年の手を払い、外套を着ていた少年は起き上がる。
「・・・・・・約束は、確かに果たすさ。
だとしてもだ、どうして衣食住を保証する気になった?」
かつては立体感を欠いた、立体感を描かれた絵としてしか認識しなかった姿。
それが、ふにゃりと曲がって頬を掻く。
「いや、だって、素良と同じなんだろ?
だったら、ほんのちょっとの間でもさ・・・・・・ダメだった?」
「あっちは忠義者で、こっちは裏切り者だろうに。
ああ、だから紫雲院素良からは都合よく見えたんだろうが、なるほどな。」
榊遊矢を避けて布団から立ち上がり、布団をたたみ始める。
「悪意と敵意に晒されてきた側にとっては、甘すぎる毒にも見える。
君のそういう態度が、恐ろしいほどに紫雲院素良を迷わせたらしい。
こっちも毒気が薄れるというか、約束を違えないにせよ、罪の意識を持っていかれそうになるというか・・・・・・さも、許されていいかのように思えるな・・・・・・」
「なあ、アカデミアにも、こういう布団ってあったのか?」
畳む手が止まる。
「なんか、すごい手慣れてるし。実は、けっこう家事が好きとか――――」
「気のせいだ。なんとなく、そういうものに見えただけさ。」
誤魔化しながらも、結局、折り目よく畳み終える。
見る者が見れば、彼の育ちに違和感を覚える者もいただろう。
しかし、紫雲院素良は彼に近寄らなかった。元より榊洋子がこしらえたパンケーキに夢中になる少年であり、そうであることに必至になっていた。
牢獄のような場所であれ、自分が長年過ごしていた居場所では、裏で上層部どころか生徒もろとも海の藻屑にしようと思いついて、実行に移した馬鹿がいた。
そんな現実から目を背けるように。そんなやつが、よりにもよって気に入った友人の家で、共に同じ屋根の下で暮らしている恐怖感。それを思い出したくもないからだ。
だから、彼がアカデミア育ちの兵士にしては。
あまりにも育ちがいい、スタンダード次元への理解がある、ということは。
誰も気づけなかった。
「しかし、本当に乗り込む気なのか?
アカデミアを爆破したのは、あの大会があった数日前とはいえだ。
君と同じ顔の少年がどうの、こうのという話が事実なら、確かに融合次元ではありえないどころか、エクシーズ次元でもありえないのだろうが。」
「ああ。それさえ終われば、もう、次元戦争なんてなくなるんだろ?」
だとしても、榊遊矢は目をそらさない。
その双眸に呑まれ、一瞬、息をつまらせながらも。
鼻で深呼吸をすると、少年は続けるように首を振る。
「保証はできない。
次にどこの次元が、どのような動機で思い至るか。
それにかぎって言えば、今回ほどの一方的な戦争になりえないだろうが、確実に起こらないなどとは言えない。だが、シンクロ次元が火種になりえることは、ボクは認める。」
「簡単に言えば、そこに追放されたはずの、アカデミアの技術者がいるからだ。
異次元で同じ技術体系で、同じ規格の道具が存在していること、それはありえない。
だとすれば、その原因は間違いなく、こちら側の世界がやらかしたことだろう。事実、そちら側の世界にあったリアル・ソリッド・ビジョンと同じものが、赤馬零王という技術者を介して、こちら側にも存在していたのだからね。」
「だから、赤馬零児にも言ったんだな。
融合次元のスパイが、独断でなにをやらかすかは読めない。
ランサーズを結成することは、やめるべきじゃない・・・・・・って」
嘘をつけ。
本当は原作知識なるもので、おおまかな事情は把握しているくせに。
「ああ。」
だとしても、自らの所業を正確に把握しているからこそ。
その愚行がシンクロ次元に何をもたらすのかなど、理解していた。
自分の罪の告白を正しく聞いていれば、なおさら、「柊柚子だけは無事である」という事実を、自分というイレギュラーがなくとも誰かが導き出せる。
そこからシンクロ次元へと旅立った結果、アカデミアの伏兵など想定する必要もなく、結果的にアカデミアから追放された男によって全滅しうることなど、想定は難しくもない。
すべてのきっかけは、目の前の榊遊矢だ。
彼が、少年に語りかけなければ。彼はランサーズの結成を勧めることなく、ただ、適当な人員で捜索隊を組んだほうがいいとだけ告げて、選ばれた者達が毒牙にかかることをよしとしながら。
彼の守ろうと思ったものだけは傷つかぬままに。
最善手を掴み取った彼自らの手で、彼の命は終わっていたのだから。
「しかし、何度も聞いて悪いんだがね。
・・・・・・本当に、どうして世話になっていいのか、わからないんだが。」
「困った時には、お互い様だろ?」
そうだったのだから。
いまさらになって、荷物が増えたことだけは。
「慣れないな。君のそういう目は。」
どうしようもない屑だな、としか、自らを思えないままに。
最善の犠牲者になることなどなくなった、一人の少年の頭を軽くなでた。
どのくらい弩級の屑なのかは。
四天の竜なるものを、誰と誰と誰と誰が持っていて、その四人が合体したらどうなるかは明白で、そのうちの二人が合体しただけでエグいものが呼び出された経緯を思い返したうえで。
どうすれば「覇王もどき」が生まれないのか。
・・・・・・を、考えていただければ、手っ取り早いかなぁと。
続きは「書けたらいいな。」です。