読み切りSS(※遊戯王作品)   作:ウェットル

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 今回はBMG(ブラック・マジシャン・ガール)メインではありません。
 あくまで、「二次創作家から見た【榊遊矢】」についてがメインです。
 BMGの活躍が見たい人は、別の機会をお待ち下さい。


二次創作家が【遊戯王ARCーV】の世界に行ったら。②

 自分は、榊遊矢(主人公)を助けないと決めている。

 どうして助けないのかを語るには、「主人公とは、作家的になんぞや?」を語る必要がある。ほんの少しばかり、長めの解説にお付き合い頂きたい。

 

 

 主人公には、まず二種類いる。

 ひとつは「世界を食いつぶす」主人公。

 何かの問題が起きたり、宿敵が現れたり、宿命が立ちはだかったりすると、真っ先にそれらを消化することで物語を終えるタイプだ。

 一次創作であれば王道の一種だが、次から次へとアイデアを消化していくため、連載作品であれば作者自身のアイデア量に物を言わせる必要がある。

 二次創作であれば邪道の一種であり、次から次へと原作の展開を消化していくため、費やすネタを得るために原作の悪い点に焦点を当てることも視野に入る。

 

 「世界を食いつぶす」主人公の問題点は、主人公自身が何も生み出さなくていいことか。

 正確には、その主人公を原因とした次の展開を、生み出す必要性がまったくないこと。

 とりあえず敵を大量に用意すればいい、とりあえず片っ端から敵を作ればいい――――そういう考えに作家が陥りやすく、主人公自体が対立構造を消化するものであるため、結果としてアイデアを消化するという選択肢ばかりが優先される。

 とりあえず敵キャラを生かしておいて別の機会に再戦させる、という発想には繋がりにくくなるように、自然と作家自身を誘導してしまう。

 そう、「優先しやすい方針に従う」という、惰性を自業自得で植え付けてしまうのだ。

 こういったタイプの原作主人公ほど、二次創作では非常に扱いづらいし、二次創作のオリジナル主人公としては「扱いやすい」。そういったタイプに成り果てた作家ほど、物語が一辺倒で普遍的なものに、腕を未熟なものにさせてしまいやすい。

 

 もうひとつは、「世界を生み出す」主人公だ。

 主人公自身が問題を起こしたり、恨まれるだけの行いをしてしまったり、巡り巡って自分の行いが自分に返ってきたり、元々の性格の問題で物語を作り出すタイプ。

 または、他人との関係性の延長上に、新しい物語を、何気ない他者との交流を、あるいは誰かとの日常を。物語のネタそのものを、自分から創っていけるタイプの主人公だ。

 一次創作であれば王道の一種でもあり、次から次へとトラブルを招き寄せるため、場合によっては読者に嫌われやすい。俗にいう無能な主人公を作り出すこともある。

 二次創作であれば王道の一種であり、「原作の展開に沿わずとも、勝手にキャラを動かして物語を作れる」ため、まったく原作の展開を消化せずに話を作り出すことができる。

 

 このタイプの主人公の問題点は、主人公に何の正義も実力もなくていいこと。

 あくまでも問題を主人公自身が作ってしまうか、周りが主人公に巻き込まれる物語を描きやすく出来てしまうため、主人公が何をするまでもなく裏で事件が解決する、などという展開も容認せざるを得なくなる。

つまり主人公が活躍しなくても、周りの女の子が活躍しまくれば後片付けが終わる、というような事態に陥りやすくなるのである。

 主人公の成長を作者がさせるというような、典型的な意味での王道を守らなくてよくなる余裕を作者に与えてしまう。

こういったタイプの原作主人公ほど、二次創作では嫌われやすく、やはり無能という賞賛と共に「世界を食いつぶす」オリジナル主人公の攻撃の的になるか、オリジナル主人公のための踏み台、成果の横取りの対象となりやすい。

そういったタイプの作家ほど、引き出しは多いが話はまとまらない、という間の抜けた事態に陥りやすい。物語を完結させにくい主人公、といえば分かりやすいか?

 

 どちらもいいところだけを語ると枚挙に暇がないが、今回は悪い側面だけを強調させて説明した。なぜ、そうする必要があるのかと言うと・・・・・・アンチ・ヘイトの側面だけで榊遊矢を語るには、まず「アンチ・ヘイトに繋がる榊遊矢の二側面」を知っていないと正確には語り尽くせないからだ。

 

 榊遊矢は、どちらかと言えば。

 九十九遊馬のような『世界を生み出す(かっとビングの)』才能はあったのに、『世界を食いつぶす(絆☆パワーの)』方向にだけ物語が傾向いた結果、

 

「仲間には守られ、過ちを正されるが、仲間から過ちを許される展開はない」

 

 という、中途半端な展開が相次ぐようになった主人公だとボクは思っている。

 ・・・・・・いや、不動遊星そのものを悪く言ったのではない。

 不動遊星にだって、キャラクター性に扱いにくさはある。

 そもそもの5D’sの『世界を生み出す』原因となる父親の息子であるがゆえの悩みを、あるいは普段からの悪癖を、「仲間が咎め理解する」からこその絆が、超展開を生み出す力といえる本来の絆☆パワーに繋がったのだ。

 もしも単なる完璧超人であったならば、父親の息子であるという悩みなど描かれずに、シグナーとしての使命をまっとうするだけに終わる。

 ただ問題を消化するだけで終わらず、さらに未来へ続くような答えを出すか、未来を相手に選ばせるという方向性での不動遊星の活躍というものは非常に少ない。

 精々がお説教、そう揶揄できなくもない戦いも相応に多い。

 どれも悪いお説教ではないし、未来を作るという意味での活躍もまた素晴らしいシーンが多いが。その悪い側面を指摘したのであって、不動遊星自体が悪いとは言っていない。

 問題があるとすれば、シグナーとしての使命と、未来にある宿命だろう。

 もちろん同じように、九十九遊馬にも手放しでいいと言える要素ばかりではない、とボクが思っている、暗に考察していることは留意していただきたい。

 

 閑話休題。

 

 とにかく、だ。

 榊遊矢は自ら超展開やトラブルを作るという『覇王』の側面を持っていながら、榊遊矢本人としては、物語やトラブルを作る才能を発揮してはいなかった。

 その上で、榊遊矢には『覇王』の側面そのものや、大会参加資格を得ることや、旅先の次元にまつわる問題という、とことん周りの問題を解決し消化する展開ばかりが立て続けに続いてしまっていた。

 

 遊戯王ARC-Vという物語自体が、榊遊矢に依存する試練ですらない『アカデミアを原因とする事件』を常に与えるものであったがために、歴代主人公であればあったはずの自業を正す余裕、自らの心の闇に向かい合う展開。

 

 特に、何気ない日常コメディを挟む展開が間に合わなかったのだろう。

 エンターテイナーを自称する彼にとっては、むしろこちらのほうが死活問題だったのかもしれない。エンタメデュエルの説得力のためにも。

 

 せっかく自分で物語やトラブルを作って、自分で消化するという『エンターテイナー、またはトリックスター』の側面を与えられているのに、序盤はともかく、次元を渡ってからはまったく活かされていなかったのである。

 

 

 

 そんな、ただただ忙しくなるだけの主人公に、自分ができることはあるか?

 

 

 

 決まっている。

 『そんなものはある』に決まっているだろう。

 ただし、そんなものを()()必要がないだけだ。

 義理のある絆もなければ恩義もない、そもそも放って置いても物語は完結する。

 もちろん必ずしもそうはならない可能性こそあるが、どんな形であれ復活しうるであろう《覇王龍ズァーク》なるラスボスを倒せるのは、結局は赤馬レイの分身である少女たちが全員アカデミアに捕まってから。

 どう転ぼうが、彼女たちの器になる赤馬零羅さえ生きていれば、全部解決するのである。

 ほんの少しのボタンの掛け違いで、赤馬零羅が死ぬ可能性もあることはある。

 あることはあるのだが、それは榊遊矢も同じだ。

 ズァークの分身たる榊遊矢を助けることができない、なんて展開が偶然でも起きれば、それだけでズァークの復活が永遠に叶わない世界だって生まれうる。

 冗談みたいな奇跡的な偶然の連続で赤馬零羅か榊遊矢のうち、榊遊矢だけが生き残り、赤馬零羅が死ぬという展開にさえならなければ、自然と解決してしまう。

 とりあえず榊遊矢が死ぬか、同じズァークの分身が死ねば早々に解決する。

 あとは戦後処理だけ。主人公の重要性など、大筋の上では命だけしかない。

 

 それが、遊戯王ARC-Vの物語なのだから。

 

 できることはあるが、その行動自体が自らの生死に関わりうるだけでなく、放って置いても解決するがゆえに、やるかやらないかで言えば、『やらなくてもよい』のである。

 最悪を引き当てる可能性など、最善の罷り通る未来(原作通りのハッピーエンド)は起こらないという予想が当たる可能性と、ここまでくれば大差などない。

 机上の現実主義で不安になるくらいなら、机上の空論に希望を抱いたほうがいいに決まっているだろう。夢を叶える馬鹿というものは、総じて机上の空論に自信が持てるのだから。

 そういう馬鹿を見習ったほうが、人生は楽しいものである。

 大層な夢を抱くか、ちっぽけな日常(ユメ)を重んじるかなど関係ない、夢は夢だ。

 中途半端に賢しいものほど、特にかくあるほうが良い。絵の中の絶望的な世界を見て、幸せになれると思える阿呆はいまい。

 つまるところ、絵に餅を描いてしまうべきなのだ、どうせならば。

 自分は、「放って置いても解決する」という夢を見ているだけなのだ。

 だからこそ、何もしない。死ぬよりはマシだから。

 

【・・・・・・なーんて卑怯に、卑屈に言いつつ、ただ面倒くさいだけだったりしません?】

 

「他人を助けない人間なんて、実際はボクと違いがない屁理屈を考えてるもんだぞ。

 本気でアイツに()が描けるなら、最初から人助けをするに決まってるだろ?

 そんなことも肯定しないから大概の人間はつまらない人生に飽きて遊び呆けるし、夢を見ることを無意識に馬鹿にしがちになるし、自分を成長させようともしなくなるんだ。

 だとしても僕は、まずはキミに肉体を与える方法を探さなきゃ、でしょ」

 

【いや、まあ、そ~ですけどぉ・・・・・・】

 

 どうせなら、餅を描いているマスターも見たいなぁ、とボヤく彼女を見上げる。

 あんな面倒くさい主人公とボクを、そんなに付き合わせたいのだろうか?

 

 あの、「パパのデュエルが最高なんだ、エンタメデュエル以外はみんな死ね」くらいの暴言を、少しでも発狂(劣化)させれば普通に言いそうなファザコンな主人公に?

 何をどうすれば仲良くなれるのかを、是非教えてもらいたいものだ。

 

 あ、おい、そっぽ向いて黙るな。口笛吹くな。

 




 文句を直接本人に言って、デュエルで勝ってしまうのもアリでしょう。
 ですが、「関わること自体が、ある意味でカード化フラグ」と言えるのであれば、命大事に生きる上では「関わらない、関わりたくない」を貫いてもいいのです。


 自分や誰かの正義観で死にたいなら、ともかく。


 どうせなら納得できる正義感を持って、自分の意志で戦うほうがいいでしょう。
 主人公が助けないと決めた理由は、それです。助ける義理もない相手に、大口叩いて助けに行って死んで、今あるチャンスを捨てるくらいならBMGを取るってだけです。



 けっきょくはBMGじゃねーか!
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