ダーリン・イン・ザ・フランキス:Parallel   作:祈Sui

1 / 5
第1話(Parallel20話)幼年期の終わり

◆空中移動要塞コスモス

 

 扉が開くと、白い円形の床が現れる。壁面は全面ガラス張りで青い空が見えた。時折雲がぶつかっては分断されるように流れていく、踏み出すと私を乗せてきた昇降機は、床に吸い込まれるように下っていった。部屋の中央には伸縮を繰り返す立体仮想グラフがあり、それを囲うように細いフレームが複数の椅子を持ち上げ支えている。そこに座すのは、似通った白い装束に、それぞれ固有の仮面をつけたAPE最高指導者であるじじい共だ。7賢人。いや、今はもう5賢人か・・・

どれだけ時代が進んでも膨大な空間の無駄遣いと、自らを権威付けるための高台というものから権力者は逃れられないらしい。ここへ来るといつもそう実感する。私が訪れた事により椅子を支えているフレーム群が左右へ移動し、椅子の並びが半円形へと変更された。仮面が声を出す前に言葉を投げかける。

「コード326とコード556の記憶を操作したそうだな、断りも無く勝手なことを」

仮面がこちらを見た。

「それのなにが問題だと言うのかね?」

さっぱり理解できないというような声。

「ナインズの報告によれば、彼らは我々が遠ざけた知識に触れていたらしい」

「コドモたちが我々の手を離れ一人歩きをするなどあってはならない」

淡々と続くじじい共の声に反論する。

「今回の出来事が、コドモたちに反感を抱かせたようだと報告を受けている」

「コドモ達?十三部隊に限っての事であろう?むしろ君の施した実験が彼らを不安定にさせたとは思わないかね?」

別の仮面が頷く。

「確かに、他の部隊にそのような兆候は無く、二十六部隊はプロトコル三十二を受け入れた」

「そうだ、それこそがコドモたちに求められる理想的な形」

賛同の声。思考が違いすぎて話にならない。

「十三部隊の戦闘成果曲線など、確かに面白い実験であった事は認めるが、この結末は君が招いたのだ」

それには返す言葉が無い。それは一つの事実だ。間違っていたかどうかでは無く、一線を超えればじじい共が行動に移ることを知りながら、その干渉を防ぐことができなかった。さらなる叱責の為に三つの仮面が喋り続けようとするのを副主席が制した。

「もういい。そんなことよりもスター・エンティティの改修は終わったかね?ヴェルナー君」

その言葉を待ちわびていたように、向けられている仮面たちからの視線が強くなったような気がした。茶番だ。その程度の報告など既に届いているだろうに、これもまた一つの様式美。あるいは儀式のようなものなのかもしれない。

「終わった」

答えを聞くと満足そうに主席が頷く

「そうか、では、計画を実行に移そう」

仮面たちの視線が私から離れる。

「だが、依然行方が知れぬ叫竜の姫についてはどうする?奴が存在する限り、叫竜たちの抵抗は収まらない」

その声には不安が滲んでいる。

「叫竜の姫か、問題ない。スター・エンティティが起動すれば、全ては終わるのだから」

それに別の仮面が疑問を挟む。

「スター・エンティティには操縦するための機能が存在しなかったと聞いたが?こんな短時間に作り上げたのか?」

それに答える仮面の声は無く、そこで初めてその疑問の回答が自分に求められている事を理解した。奇妙な会話だ。実際に会って肉声で話しているというのに誰が誰に向けて言葉を発しているのかが分かり辛い。

「足りない操作系にはストレリチアをインプラントし対応する。それで動く」

「なるほど、ストレリチアを使うのか、フランクス事体、元々はあちら側のもの、親和性に問題はあるまい」

納得したような声。それを聞き流しながら私は疑問を投げかけていた。

「・・・だが、あれを動かしてどうするというのだ?」

仮面たちが一斉にこちらを向く、数秒の沈黙の後一人の仮面が微かに笑った。

「改修作業を喜々として手掛け、名前まで付けた君が言うのかね?やはり科学者の業は深いな」

無表情の仮面たちの間に愉快そうな空気が満ちる。それも無視する。

「今までのデータから考えるに、叫竜の姫単体ではあれを満足には動かせない。つまりあれは人類が手を出さずとも叫竜たちにはまともに使用できなかった兵器だ。もしも叫竜たちがあれを自由に動かすことができたなら、人類はとうに敗北している」

再び戻った沈黙を、副主席が払う。

「だからこそ、我々が使ってやろうというのだ」

「何のために?」

小柄な仮面が理解できないというように割り込む。

「今更何を言っている?全ては人類の未来の為。叫竜との戦いに勝利する為だ」

それこそ理解不能だ。

「人類は多大な犠牲を払いグランクレバスを制圧。叫竜の姫は取り逃がしたが、戦いには勝利しつつある。スター・エンティティを改修したアパスもあの大層な槍(フリングホルニ)も、いまさら何に向けて使うというのだ」

改修した叫竜たちの兵器も、あれの為に叫竜たちが作り出したとされる槍も、強大すぎて向けるべき先が見当たらない。蟻一匹殺す為に核攻撃を実行する様なものだ。それで蟻は殺せるかもしれないが、それ以上の被害が出る。

「それは・・・」

解答を失った仮面の代わりを主席が継いだ。

「目的など直に分かる」

その声音から主席の感情を探る事は難しい。分かる事と言えば、APEという組織、こんな御大層な場所で常に集会を開いているじじい共も決して一枚岩では無く、目的や思想に僅かとはいえ違いが存在するだろうという事だけだ。研究者として迎え入れられたあの日から、私とAPEは相互に利用しあっているが、APEがなんであるのか未だに分からない。此処に至るまでさほど興味も持たなかった結果だという事実を除けば、APEは未だに謎の秘密組織であり続けている。

室内に警告音が響いた。中央の立体映像が地図へ変化。映し出されたグランクレバス周辺に膨大な数の青い点が浮かぶ。

「叫竜?まだこれほどの数が存在していたのか」

仮面の声には動揺。

「先にしかけられたか。どうやら残存戦力をかき集めてきたらしい。奪われたものを取り戻す為に・・・これが我々と叫竜たちとの最後の戦いになる。待機中の全フランクス部隊に出撃を指示。目標は、グランクレバス及びスター・エンティティの防衛。同時にスター・エンティティの起動計画を開始する」

主席の宣言に、残る仮面たちは同意を示した。

 

***

 

 出撃命令が下され、トリノス格納庫内からフランクス部隊が次々に出撃していく。十三部隊もすでに全フランクスが起動し、射出口が開かれるのを待っていた。与えられた任務はグランクレバスへ向かうストレリチアの目標地点到達までの護衛。詳しくは知らされていないが、グランクレバスにある改修した叫竜の兵器を起動させるための作戦であるらしい。目標地点からグランクレバスまではナインズが引き継ぐ事になっている。ストレリチアの護衛をナインズに託した後は叫竜の迎撃だ。パパたちがココロとミツルにした事には納得できていない。けれど、誰もどうしたらいいのかが分からない。誰もがパパたちに生かされていて、フランクスに乗る以外に何ができるのかを知らない。パパたちは今回の作戦が最後の戦いになると通告していた。改修した兵器が起動すれば戦いは終わると、もうそれを心から信じることができなくなっていても迷ったままフランクスに乗り込んだ。これで終わらせられると言い聞かせる事しかできなかった。

「十三部隊出撃します」

リーダーであるイチゴが告げる。いつもは軽口を叩くゾロメも黙っていた。フランクスを固定していた最後の器具が外れ、射出口への道が開かれる。全機が足を踏み出す。瞬間、地面から衝撃、格納庫内が揺れた。

「地震?」

「いや」

クロロフィッツのバランスを取りながら言ったフトシの言葉をゴローが否定する。地震にしては揺れ方がおかしい。震源が近づいてきているような感覚。それに全員がかつて見た超レーマン級の巨竜を思い出し身構える。地下から持ち上げられれば、トリノスと言えど無事では済まない。けれど、グランクレバスを制圧してから周囲は徹底的に探査されたはずだ。今グランクレバスに近づいてきている叫竜は別として、こんな位置に超レーマン級が潜んでいたとは考えにくい。振動が大きくなり、床面が割れ、持ち上がる。超高度の厚い床面を突き破って何かが飛び出す。咄嗟に防御姿勢をとったストレリチアが壁面へと押し付けられる。ストレリチアの胴が大きく開いた蛇のような叫竜の口に咥えられて固定されていた。サイズから類推するにモホロビチッチ級。ストレリチアが押し返そうとするが態勢が悪く押し戻される。だが奇襲されたとはいえ、すでにフランクスは起動している。モホロビチッチ級一体であれば十分対応できる。デルフィニウムが双剣を、アルジェンティアが爪を、クロロフィッツが銃を構える。砲を持ち上げようとしたジェニスタが、砲に寄り掛かる様に動きを止めた。

「どうしました?」

ミツルの声が響く。

「・・・こんな時、に」

ココロは急な嘔吐感に襲われて身を折っていた。トリノスに来てから時々起こるようになった身体の不調。

「ココロちゃん!」

「ココロ!」

フトシやミクが叫んでいる。

「クソッ」

ゴローは毒づく、最悪の事態だ。下手をすると全滅する。

「イチゴ!」

イチゴは頷く。目の前の叫竜をいちはやく倒すことが、仲間たちの安全に繋がる。デルフィニウムは、その蛇のような頭部へ向かって双剣を突き立てようとし、そして固まった。いつのまにか叫竜の蛇のような頭部から、人影が浮かび上がっている。

(-控えよ-)

頭の中に直接響いてくるような声。小さな人影が腕を軽く振っただけで、デルフィニウムが後ずさりする。

「ゴロー?」

戸惑ったイチゴの声に答えたゴローの声も困惑している。

「デルフィニウムが、動かない」

それは他の機体も同じだった。全ての機体がまるでその人影を畏れるように硬直していた。小さな人影は、何も気にしていないかのように悠然とストレリチアへ向かって移動する。何かを使っているようには見えないのに浮遊していた。身体からは尾のようなものが伸び、揺れている。

「叫竜なのか?」

ゴローの呟きに答えられる者はいない。コンラッド級よりも小さな、しかも完全な人型のように見える叫竜など聞いたことも無い。誰もが茫然としている中。小さな人影はストレリチアの頭部。操縦室近くまで到達し青く細い腕を伸ばした。ただそれだけで、ストレリチアの接続が強制的に解除され、操縦室の扉が開いていく。

「なっ」

接続が解除され照明の落ちた操縦席に光が差し込む。起こっている出来事が理解できないヒロの目に、額から角を生やし青い肌をした童女のような姿が映った。それが色こそ違えど、いつか見たゼロツーの姿に重なった。

ゼロツーは息を荒げて震えていた。体中の細胞が何かに反応しているように身動きがとれない。童女の背から伸びていた尾が左右四対、八つに割れる。まるで蜘蛛が付属肢を広げるように、そのうちの二本が動く。ゼロツーの身体に絡みつき強引に操縦席から引き剥がす。童女の青い眼が、締められた苦痛によってもがくゼロツーの顔を覗く。

(-人間が作った妾の複製か・・・不出来-)

言葉が響くや否やゼロツーの身体が操縦席の外へ投げ出される。

「ゼロツー!」

手を伸ばしたヒロの身体を、別の二本の肢が操縦席に押し戻し叩きつける。ヒロの肺から酸素が押し出され、咳のような音が洩れた。童女はそのままヒロへと近づき、その額を撫でるように探る。ヒロの額から僅かに覗く角を小さな指が探り当てると、童女は薄く笑った。

(-なるほど、これは興味深い-)

拘束を解こうとしたヒロが完全に身動きできないように二本の肢が押さえつけた。青い童女の顔がヒロの顔に迫る。逸らそうとした顔が追加された肢で固定される。そして小さな唇が押しあてられ、童女は軽くヒロの下唇を咥えると自らの鋭い歯を突き立てた。唇を噛まれた痛みにヒロの表情が歪む。痛みと共に血が滲む、それを舐めとるように動きながら唇はさらに強く押しつけられ、首を固定していた付属肢が軌道を締める。酸素を求めて喘いだヒロの口内へと柔らかく湿った舌が強引に侵入。喉の奥にまで差し込まれる。窒息しそうなほど、深く長い口づけ。

(-悪くない味だ-)

離れていく唇からは粘り気を増した唾液と混ざり合った血の糸が伸びた。

「ダーリンから離れろ!」

開かれた操縦室の扉の端に辛うじて掴まっていたゼロツーが身体を持ち上げて殴りかかる。二本の付属肢がたわむ。

「やめろ」

ヒロの言葉を無視して、付属肢は動いた。童女はゼロツーの方を見もしなかった。足元から付属肢に掬い上げられたゼロツーは宙を舞い落下していく。

「ゼロ、ツー」

ゼロツーの姿を追おうとした視線を青く未発達な身体が遮る。

(-お前の意思など興味もない。だから発言権もない。自身に価値があるからと言って優遇されるとは考えるな。お前は道具だ。お前達が同胞にそうしたように-)

童女が四本の付属肢を操縦席に差し込むと操縦室の扉が当然のように閉まった。

 

***

 

 落下するゼロツーを、自由を取り戻したデルフィニウムの手が辛うじて受け止めた。ゼロツーは動かない。付属肢の一撃による衝撃で意識を失っている。左腕からは出血。起動と同時に黒く変色したストレリチアは、強引に壁面を破って飛び出していった。咄嗟に追おうとするアルジェンティアの前に、蛇のような叫竜が立ちふさがる。爪を振るう前に肉薄した叫竜とそれを撥ね退けようとするアルジェンティアが拮抗する。

「こいつ」

いくら機動性重視の軽量級機体であるアルジェンティアであってもモホロビチッチ級でもそれほど大きくない個体との単純な力比べで負けるなどありえない。

「普通の叫竜じゃねぇぞ」

アルジェンティアが次第に押されていく

「クロロフィッツの全力を叩き込む。アルジェンティア、合図したら退避して、フトシやるよ」

イクノの言葉と共にクロロフィッツの腰部を取り巻いていた多連レーザー砲が展開。

「そんな事したらイクノが」

フトシが叫ぶ。確かにクロロフィッツのレーザー砲は強力だが、イクノにかかる負担が大きすぎる。

「今この中で、あいつを吹き飛ばせるほどの火力を出せるのはクロロフィッツだけ。他に選択肢なんてない」

デルフィニウムの全開の推進力なら押し出せたかもしれない。けれどゼロツーを守っている今、そんなことはできない。ジェニスタの巨砲を使えば弾きだせたかもしれない。けれど今ジェニスタは動けない。だからこの状況を何とかできるのはクロロフィッツの全力のレーザー砲だけだった。フトシが覚悟を決めて操縦桿を握りしめる。レーザーの射出部にエネルギーが充填される。

「アルジェンティア!」

イクノの合図を聞いたアルジェンティアが、叫竜を蹴りながら強引に後退。アルジェンティアの蹴りを受けても僅かに揺れただけの叫竜に向かってクロロフィッツの放った多連レーザーの閃光が突き刺さる。爆音。ストレリチアが壊していった穴から、叫竜が弾きだされる。だが、手ごたえは無い。クロロフィッツが膝をつく。息を荒げるイクノの髪は白く染まっていた。

「イクノ!」

フトシが叫ぶ。アルジェンティアがクロロフィッツの前に出て構える。ゾロメは睨むように前方を見つめ。ミクは不安げにデルフィニウムの方を窺った。今動けるのは、デルフィニウムとアルジェンティアだけだ。追撃か防衛か、デルフォニウムが見つめる先には真っすぐにグランクレバスへ向かう黒いストレリチアの姿があった。迷う二機の操縦席に通信回線が開く。

「現れた叫竜に対する追撃は他の部隊に任せ十三部隊の出撃は一時中止、態勢を整える」

ハチが淡々と告げた。

 

***

 

 表示された映像からはトリノスから黒煙が上がっているのが見える。

黒く変色したストレリチアが移動している。進行方向には、グランクレバス。

「馬鹿な」

仮面たちがざわつく。私の内心も穏やかでは無い。アパスを叫竜の姫が起動させれば、人類は滅ぶ。

「どうするのだ?ストレリチアが強奪された」

「あれはスター・エンティティを動かすための鍵だ。奴が二つとも手に入れてしまった」

「だから探し出して討伐すべきだと言ったではないか、早くフランクス部隊を追撃に回せ」

「間に合わん、急ぎナインズにストレリチアの破壊を」

それぞれが対応策を叫び合う議場を、主席が落ち着き払った声で沈黙させる。

「不要だ。手は打ってある。起動さえすればスター・エンティティは我々のものとなる。その鍵となるものが、叫竜の姫でも、コード002でもどちらでも構わない」

その余裕に妙なものを感じる。全てが想定通りなのだとしたら私の知らない何か、じじい共も知らされていない何かが進行している。

「・・・しかし」

反論をしようとした仮面を無視し主席が通信を開いた。

「ナインズ、命令の変更だ。ストレリチアには構うな。ストレリチア以外の叫竜及びフランクスのグランクレバス到達を阻止しろ」

「フランクスも?」

応答したアルファの声にも僅かに戸惑いが滲む。

「そうだ鍵がそろった今。不確定要素は排除しておきたい」

「分かったよパパ」

主席は未だ不安そうな仮面たちに告げた。

「まぁ、見ていたまえ。勝利は目前だ」

 

***

 

 ストレリチアはグランクレバスへ向かって前進を続けていた。強引に力が引き出されているのを感じる。

(-これが、同胞が感じている感覚。奇妙だ。妾の意識の端にお前の意識が触れているのが分かる。だが、立ち入る事は許さぬ-)

目の前で付属肢をつかって座している童女はこちらと意識が繋がらないようにしているようだった。ストレリチアの操作権を少しでも奪おうとする抵抗は撥ね退けられ続けている。ストレリチアは、グランクレバスの内部へと侵入。そのまま深部へ向かって落ちていく、奥底に巨大すぎる頭部が見えた。

(-人間によって姿を変えられたか、それでも我らが愛し子よ‐)

巨大な頭部が大きく口を開けるように展開。内部へ飲みこむようにしてストレリチアを招き入れる。

(-目覚めよ。我らが悲願の為に-)

降り立ったストレリチアが、巨大な何かと接続したのが分かる。感じるのは膨大な力。それは、童女の意思のままにその巨躯を緩慢に動かし始めた。

 

***

 

 トリノスに設けられた管制室にゼロツーとココロ、二人に付き添ったイチゴを除いた十三部隊の全員が集まっている。壁面を覆い尽くすモニターには、グランクレバス周辺の地図が表示され、叫竜を示す青点。展開しているフランクス部隊を示す黄点が動いている。ナインズを示す黄点はグランクレバスの周囲に展開し、動く様子は無い。ストレリチアを示す点はグランクレバスの真上にあった。幾つかのカメラがその横に表示している映像画面の一つには底の無い闇への入り口のようなグランクレバスが映し出されている。黙ったままモニターを見ているイクノをミクが気にしていた。イクノの髪はさっきの戦闘で白く変わってしまっている。

「イクノ本当に出るの?」

ミクは小声で聞いた。

「体調も悪くないし、あれを使わなければ問題ない」

「でも・・・」

「フランクスに乗っている以上は避けられない。それに・・・後悔したくないから」

イクノの顔を見てミクはそれ以上何か言う事をやめた。入室したハチが、全員を見わたして口を開く

「コード002も556も命に別状はない。だがジェニスタは出撃不能だ」

「何故ですか?」

ミツルが質問する。

「コード556は、・・・妊娠している」

ハチの返事には若干の間があった。

「妊娠?」

ミツルが聞いた事の無い響きを確かめるように口に出した。

「妊娠ってなんだよ?」

ゾロメは隣に居るミクに聞いた。ミクは答えを求めてイクノを見た。イクノは首を横に振る。ゾロメがハチに聞こうとしたとき、ドアが開いた。

「待ってゼロツー、まだ無理しちゃ」

ゼロツーと、それを追うようにイチゴが入ってくる。イチゴはゼロツーの右腕につながった点滴が下がる車輪付きスタンドを、ゼロツーの動きに合わせて移動させていた。

「・・・何、あれ・・・あれが、改修した叫竜の兵器なの?」

モニターに視線を移したイクノの言葉に、全員の目がモニターに向けられる。グランクレバスを映している画面。先の見えない穴の奥から巨大な頭部が姿を見せていた。頭部は上昇を続け、首、胸、腕と、その身体が順番に現れる。グランクレバスの内壁に突き立てられ、よじ登る為に使われていた胴体から伸びる四本の足はグランクレバスを完全に抜けると大きく広げられ、地面を踏みしめる。グランクレバスをも覆い隠すような圧倒的な巨体。誰もがあそこから巨大な手が伸びて超レーマン級のコアを引きずり込んでいったのを覚えている。多大な犠牲を払ってでも手に入れたグランクレバスの重要性が今画面に映し出されているそれにあるように思えた。

「うそだろ」

その冗談のような姿に、ゾロメが呟く。低い姿勢をとっていたそれが、ゆっくりとその巨体を持ち上げていく。誰もが言葉を失う中、ゼロツーは足を進めハチに詰め寄った。

「ダーリンを助けに行く、ボク一人でいい。認めろ」

ハチなど無視して乗り込んでしまえばいい。だが燃料や装備は?格納庫で機体を固定している器具は?命令違反として他部隊に邪魔される可能性もある。気持ちは焦っているが、それだけではヒロを救えない事も今のゼロツーは理解している。ハチがゼロツーを見た。

「十三部隊の新しい任務は、グランクレバスに向かう叫竜の迎撃だ」

「ふざけるな」

激高し、点滴を強引に引き千切りながらハチにつかみかかろうとしたゼロツーの前にゴローが立ち塞がり、イチゴがゼロツーを背後から引き止める。イチゴ達にゼロツーを止められたのは、ゼロツーがイチゴ達を傷つけまいと加減したからだ。

「どうしてですか?」

ゼロツーを抱きしめるように止めながらイチゴがハチに問う。

「ヒロを連れ去ったのは見た事も無い叫竜でした。そして奪われたストレリチアの現在位置はグランクレバス。あれと無関係だとは思えません。ヒロとゼロツーがストレリチアを使って起動させる予定だった改修した叫竜の兵器があれで、それを今あの叫竜が動かしているなら。それを放置してこれからグランクレバスに向かう叫竜を迎撃する意味が分かりません。それにナインズは何をしているんですか?」

ハチはイチゴの言葉を全て聞き終わってから口を開いた。

「これは、パパたちの意思だ」

「納得できません。じゃあ、ヒロはどうなるんですか?」

その問いにもハチは答えなかった。

「私たちはヒロを助けに行きます」

イチゴが訴える。その場にいる全員がハチを見ていた。仲間たちの顔を見て強張っていたゼロツーの拳が緩む。

「イチゴ、皆・・・」

「許可できない。ストレリチアは奪われ、コード556が搭乗出来ないジェニスタは起動不能。現在十三部隊で投入可能なのはデルフィニウム、アルジェンティア、クロロフィッツの三機のみだ」

ハチの言葉に、ゼロツーは向き直る。今度は怒りでは無く冷静さを持って。

「ジェニスタはボクが貰う」

「スタンピードか」

「ボクならできる」

「それなら僕がステイメンとして搭乗します」

ハチとゼロツーの会話に割り込んだミツルは微かに震えていた。恐怖の記憶がミツルを支配しようとして、それにどうにか抵抗している。ゼロツーがスタンピードモードでフランクスを操れると言っても、負荷が無いわけではない。できるならば、正しく起動させるべきだった。ゼロツーはミツルを横目で見て、少しだけ目を細める。

「ありがとうミツル。でもたどり着ければそれでいいんだ。ミツルに動かしてもらっても、たどり着いたらボクはあれの内部にあるストレリチアまで行ってダーリンを助けなくちゃならない。ボクが降りたらミツル一人じゃジェニスタは動かせない」

ゼロツーがハチに視線を戻す。

「ハチ」

「ハチさん」

ゼロツーに続いてイチゴやゴローも呼びかける。ハチは平然とした態度を崩さないまま浅く息を吐いた。

「任務は叫竜の迎撃。だが、出撃した後の行動は、リーダーである015の判断に任せる」

「それって」

イチゴが聞き返そうとするのをハチは遮った。

「全ての責任は私がとる。行け」

力の緩んだ拘束から抜け出したゼロツーは踵を返していた。

「ありがとう」

歩みを早めながらゼロツーは呟いた。皆が出撃の為に出ていく中で、役目の無いミツルは立ち尽くしていた。

「ミツルはココロちゃんの側に居てあげてよ」

フトシが肩を軽く叩き歩いていく。勢いに押されるようにそれに頷く、失われた記憶の事は未だに良く分からない。それでも、ミツルは言われたようにココロの側に居ようと思っていた。それは好きだとかそう言う良く分からない感情では無くて、まだあまり実感は無いけれど。たぶん同じ十三部隊であるという仲間意識のような物だ。

「良かったんですか?」

気が付くとミツルはハチに聞いていた。さっきの指示は、優しいかもしれないが正しくは無い。戦いの為の組織と言う事を考えれば・・・

ハチは、少し考えるような素振りを見せた。

「・・・わからない」

その何処か途方に暮れたような声に、ミツルは返す言葉を見つけられなかった。迷う事などないと思っていたハチが自分と同じように迷っている気がした。失われた記憶。仲間たちから教えられた出来事。それをどう扱っていいのか分からなくて、どうしたらいいのか分からない。そのまま無視することができないのは、コード556を皆が呼んでいる名前で呼んだ時に痛みだす頭の所為だ。何かが、それを手放すべきではないと訴えている気がする。

ミツルが部屋を出ていった後もハチは一人で考えていた。ナナならどうするかを考えていた。ずっとそれを考えていて、気が付けばあのような言葉を口にしていた。間違った答え。けれど取り消す気にはならなかった。それに、止めたとしてもゼロツーは、恐らくはイチゴやミク、ゾロメにフトシ、イクノも命令を無視しようとしただろう。彼らが特殊な部隊だからなのか、そう考えながらふと、彼らの事を考える時。コードでは無く彼らが呼び合う名前で思い浮かべている事に気づいた。その奇妙な感覚の中でハチは、この戦いが終わったら自らも再教育の対象になるだろうと思った。

 

***

 

 巨大な上体が完全に持ち上げられた。映し出される視点は地表から遥か上方にある。

(-さて、まずは我らの槍を返してもらおう-)

視界が動き中央にトリノスが映った。

「駄目だ」

制止させようとするヒロの意志は簡単に撥ね退けられる。

(-逆らうな-)

身体に巻き付いていた肢が、吸い上げる力を上げた。嗤うようにヒロを見ていた童女の身体が跳ねあがる。トリノスを見ていた頭部がぎこちなく上空へと向けられていく。

(-なん、だ、これ、は、我らが子に何を、何をしたヴィルム!-)

操縦席に差し込まれた付属肢の中を、黒紫色の線が蠢きながら這いあがっていく。

(-童の肉体を奪い、支配権を得るつもりか、舐めるな-)

童女の腕が黒紫色の線を引き千切る。その糸のようなものは幾筋も伸び童女が引き千切る速度よりも早く増し、その身体を拘束していく。

(-あああぁぁあああ!-)

叫ぶように口を開いた童女の顔が苦痛に歪む。

 

***

 

 グランクレバスを囲うように展開していた脚が一本ずつ地面に深く突き立てられていく。上を向いた頭部の先、大剣のような角が天へと向けられる。アパスが全ての動作を終えるのと同時にその角の先端に膨大なエネルギーが凝縮。そのままは閃光となって放たれる。光は上空へ向かい、接触した雲が瞬時に掻き消され青空がのぞく、神々しいまでの圧倒的な力。光はそのまま向きを変えることも無く放出され続けている。

「何だあの威力は」

「まさか、こちらを狙っているというのか?」

仮面が怯えたように言う。

「いいや違う、全ては我々がコントロールしている。当初の目的通りの結果だ」

主席が落ち着き払って答えた。

「どういうことだ?」

「コード002、あるいは叫竜の姫がスター・エンティティに接続した時点で、その操作権を奪うコードを仕込んでおいた。いまスター・エンティティは我々の支配下にある」

「なんだと?そんな話は聞いていない」

私が発した言葉は無視された。僅かに落ち着きを取り戻した仮面が発言する。

「では今は何を?」

「地中に眠るマグマ燃料を引き上げて、空へ向かって打ち上げている」

「マグマ燃料を?何の為に?」

主席と副主席以外の仮面が所作に疑問を表す。

「我々の軛を断ち切るため」

何処を見ているかもわからないままに告げられた副主席の声に議場は静まり返った。

「・・・軛?いったい何を言っている?」

「扉は開かれた。永遠の凪の世界へ、君たちを迎えよう」

主席が大仰に手を広げると椅子に座していた仮面達の身体が痙攣し始める。

「なんだ、こ、れは・・・」

「人類を不死たらしめたのは、マグマ燃料へと侵食した我々由来の物質なのだよ。故に君達は既に我々と酷く近しい存在となっている」

主席と副主席の声が混ざりあったかのように同質の物に変わっていく。

「知的生命体が構築する文明の限界は、エネルギー供給線の限界である。文明は発展すると同時に必要とするエネルギー量を増大させていく、惑星の資源を喰い尽した文明は惑星の外へと手を伸ばすが、資源の供給線が伸び切ればエネルギーの供給が滞り文明は衰退、崩壊を迎える。その後には何も残らない」

「有限のエネルギーを有効に活用するため、我々は進化すべきなのだ。この宇宙が終わる前に文明を統合、資源を集約し、この宇宙から抜け出し次の段階へと進まなければならない。真の永遠を手に入れるために、生命の未来の為に、我々ヴィルムこそが唯一の希望なのだ」

その宣言をまともに聞いているのは、もはや私一人しかいなかった。仮面が床に落ちて、中にあった人影が、黒紫色をした液体のようになって床に広がっていく。

「ヴィルム?ヴィルムだと?」

聞いたことも無い響きを口に出しながら、黒紫色に染まっていく白い部屋で平然と座している二つの仮面を見る。ヴィルムと名乗った二つの仮面の言葉で叫竜人が、何故人類が誕生する前に自らを生体兵器と化し、アパスの生成を始めたのかが理解できた気がした。叫竜は、それを統治するあの姫は、初めから人類と戦ってなどいなかったのだ。

「そうか人類は既に乗っ取られていたのか」

淡々と呟いた言葉に、二人だけ椅子の上に残った主席と副主席の仮面がこちらを見る。

「お前は不老施術を受けず。身体を機械化していたのだったな。我々の下にこないか?お前は見所がある。自我を残したいのならば我々の統治者の列に加わる事を許そう」

あの時の事を数に入れれば、二度目の勧誘だった。だが・・・。

「断る。それは・・・美しく無い」

私の返答に二つの仮面は身動き一つしなかった。

「残念だヴェルナー。ならば死して我らの内へ加われ」

副主席が立ち上がり外套の下から短剣を取り出す。取り出した短剣は一瞬で伸び上がり剣へと変わる。跳びかかる副主席がオレンジ色にかがやくその刀身を振るうのを見ながら私は左腕を伸ばす。複数の安全装置を解除。機械の装甲が弾け飛び五指が爆ぜる。首筋に向かって熱が這い上がる。副主席の身体を貫いて空中で固定した五指を引き戻す。身体を半ば裂かれた副主席が剣と共に落下。五指は絡まり合うようにまとまり、尾のような形に変わる。前進と共に斜めへ振り上げられた尾が伸長。未だ座していた主席の首を飛ばした。首が飛び身体が床に落下してなお、主席の声が響く。

〈‐憧れからくる愚かな模倣だと思っていた。単純に機械化していただけでは無かったのだな。叫竜の姫の細胞、いやそれどころか兵器化した叫竜の細胞をも移植したのか、狂気。いや愚かでそして哀れだ。そこまでして、あれになりたかったのかね‐〉

「笑いたければ笑え。拒絶反応で機械化せざる負えなくなったが、今こうして役に立っている」

引き戻した尾を人の五指としての形を取り戻そうとしたが完全には元には戻らなかった。腫瘍のように膨れ上がった腕は、残る人間の肉体を喰い尽そうと侵攻を開始する。再び起動した制御装置も、もはやその侵攻を緩める程度の力しか持ち得ない。

黒紫色の液体と化した人間を見る。恐らくは此処から遥か下方。プランテーションにいるオトナ達にも同じことが起きている筈だ。永遠の命。だが人類がたどり着いたそれは至高ではなく怠惰だった。不老だけでは足りない。もはやただ独りとなった叫竜の姫。収斂進化の賜物であろう我々と近似の形を未だ有する人類誕生以前の知的生命体。不老の肉体と、そしてそれに磨耗されぬ強固な意志。生命の到達点。私はあれに焦がれた。

 

***

 

 苦痛にのたうつ童女のその姿が苦しむゼロツーの姿に重なる。恐れるべき敵である筈なのに、気が付けば手を伸ばしていた。目の前の彼女を助けてあげたくて・・・他方からの侵攻を受けて、そちらへと全力を注いでいた童女の精神防壁は穴だらけになっている。そこから流れ込む。同時に向こう側からも流れ込んでくる。異なる二つの精神は、混ざり合うように繋がった。感じたのは膨大な時間と孤独。嘆きと使命感。

 

***

 

(-なんだこれは?-)

今まさに自分を侵食しようとしているモノに抵抗を続けている最中。別の感覚が流れ込んできていた。温かい何か、何故だか懐かしいような感覚。防壁が次々に陥落していく中で、ただ一点に向けて反攻を試みている。それに気付いたのかどうかは分からないが敵は侵攻を加速させた。付属肢を通して接続している人間へと侵入しようとしている。即座に拘束を解き弾き飛ばす。起動状態が解除され、意識のつながりが強引に解かれる。向かう先が無くなった敵は反転。攻勢を続けると共に自己の中に檻を形成する。圧倒できないのなら、せめてこの身の内に閉じ込める。根源のコードを書き換えるのと引き換えに力のほとんどを使い切っていた。意識が乗っ取られる前に辛うじて踏み留まり、侵攻を妨げているような状態。そして、もう動けない。大元は停止させたが、既に自らの内側へと入り込んだコードを排除するだけの力は無い。あとどれだけ耐えられるか分からないが、自らの意識が敗北した時。この身体に閉じ込めているコードは逆流し完全に支配権を奪うだろう。微睡むような意識の中で、幻のような記憶が揺り起こされる。膨大な時間の中で意識の奥底へと沈み込んでしまった記憶。それを引き起こしたのは弾き飛ばす前まで流れ込んできていた人間の意識だ。

「眠っていた?」

誰かが問う。いや違う、今眠りかけているのだ。これは夢だ。視線を動かせば、おぼろげな影が見える。忘却の彼方、欠落しすぎた記憶では再現できていない人影。それが言葉を紡いでいる。顔は影のようになっていて分からない。耐えようとしていても意識がそちらへ引きずり込まれていく。一つの記憶をきっかけに始まる出来の悪い、いつかの再演。無機質な部屋。苛立ち。

「正直に言えばどうでも良かったんだ」

目の前の人影がそう言った時、思わず襟を掴んでひねり上げていた。

「死んでいった人々の願いを踏みにじるのか?誰もが私たちを信じて死んでいったんだぞ」

身長の低いその体は半ば吊り下げられるようになっている。

「そう、だ。そんなことは、どう、でもいいんだ」

誰かは喘ぐように言う。その頬を殴りつける。掴んでいた襟が外れてそのままバランスを崩しながら床に倒れた。口内を切ったのだろう。吐き捨てられた唾には血が混ざっている。冷淡な眼差しがこちらに向けられた。

「人の姿を保ったまま不老である生体兵器と化すことはできなかった。人の姿では耐えられないからだ。生体兵器への進化を促す一種のウィルスに対応するために遺伝子操作が必要になった」

目の前の誰かが語っているのは経緯だ。肉体のエネルギー化と、生体兵器化という二つの進化を選んだ私たちの・・・

「でも、僕はかろうじて方法を見つけたよ。ウィルスの毒性を抑えることに成功した」

「なんだと?」

自己の意思と肉体を保ったままの不老化。膨大な失敗で、もう不可能だと思われていた事だ。

「けれど、こんなもの見つけるべきじゃ無かったのかもしれない」

後悔する意味が分からない。本当に見つけたのならそれは私たちが求め続けた希望だ。建造の初期段階にあるあれがいつか完成した時の為にも、兵器へとその姿を変えた同胞たちを束ねる者としても人の形質を保ったまま不老となった存在がどうしても必要なのだ。

「もう二人きりになってしまった」

「それが、なんだというのだ。我々はまだ滅んではいない」

「たとえ一人きりになってしまっても?」

「一人でも残っているのなら、まだ負けてはいない」

僅かな沈黙。私が口を開く前に誰かは言った。

「変質させたウィルスを使えば兵器となった者達と違い、人としての形質を保ったまま不老化ができるはずだ」

「何処にある?」

「此処に」

細い指がその喉元を指した。

「最後の調整に、どうしても純粋な人の身体が必要だった。これで死ぬのは僕が最後だ。本当は僕がなるつもりだったんだ。君に嘘をついて、最後の一人に・・・そしたら終わりにできただろう。けれどそれはできなかった。僕の弱さが、甘ったれた願いが君に全てを押し付ける結果になった」

口にされた言葉の途中からは独り言のようになり、意味も分からない。

「お前の中で変質したウィルスを摂取すればいいのだろう?ならば一部よこせ。お前の身体は私が治してやる」

「時間が足りないんだ。調節に使った僕の身体はもはや回復不能で残された時間は多くない。そして、変質したウィルスは強い毒性を除去できたことと引き換えに感染力も衰えてしまった。僅かな量では、君が変質するまでにかなりの時間を要するだろう。君が諦めると言うのならそれでもいいのだけれど。そんなことは君にはできないだろう?」

頷こうとして目が覚めた。呼吸が荒い。危うい均衡はまだ辛うじて保たれている。

見ていた夢を思い出す。あの誰かを知っている。彼の名前はもう思い浮かばない。あの時、彼はどんな顔をしていただろうか?思い出せない・・・。

 

***

 

 「ゼロツー、本当に体は大丈夫なの?」

「大丈夫」

フランクス格納庫へ続く廊下を歩きながら聞いたイチゴの問いかけにゼロツーが答えた。

「その腕は」

包帯のまかれた左腕に伸ばされたイチゴの手をゼロツーは躱す。ゼロツーの左腕を掴めなかったイチゴの手が宙で迷う。

「本当に大丈夫なんだ」

重苦しくなった空気を払いのけようとするように、ゼロツーは明るく言った。それは嘘かもしれない。けれどそう言うしかない事をイチゴは分かっている。逆の立場なら自分もそう言う。だから別の言葉を続けた。

「絶対に、ヒロと二人で戻ってくるって約束して」

ゼロツーは頷く。

「約束する」

どちらもそれが、確実だとは思っていない。ただの願望と言ってもいい。けれどそれでも、その約束は特別だった。

「これもあるし、今度は負けない」

ゼロツーが掲げて見せたそれが役に立つのかは分からない。それでもイチゴは頷いた。

格納庫にたどり着き、全員がフランクスに搭乗する。未だ大穴の開いた格納庫から見える巨大な兵器。あの中にきっとストレリチアとヒロがいる。先ほどまで上空を穿っていた閃光は途絶えている。もしもまた動き出し、あの閃光がこちらに向けられたのならフランクス、いやトリノスさえ簡単に消し飛ぶだろう。けれど今は沈黙している。あれをさっきの叫竜がストレリチアとヒロをつかって動かしているなら基本はフランクスと同じはずだ。そう考えれば今の状態は操縦時の同調に問題があって接続が解除された時に似ている。けれど、それだけに現在のヒロの状況を楽観視できない。一瞬だったがスタンピードモードのようなものに移行しようとする様子すら見えた気がする。

「早く」

最後に地上に射出されたジェニスタにゼロツーが接続を開始。独り言のように呟かれたゼロツーの声には焦りが浮かぶ。ジェニスタの頭部が裂け、口のようなものが現れる。姿勢は直立二足歩行から傾斜していき完全な四足歩行に、コートのような外装が襟状の膜のように広がり震えた。内部のフレームは伸長するように可変し、腹部を覆っていた装甲が尾のように展開される。足が真下では無く横から伸びた両生類と爬虫類が混ざり合ったような姿。持っていた巨大な回転式弾倉の重砲が、背と襟の隙間に接続される。伸びあがった身体の尾よりもなお銃身は長く伸びていた。荒く息を吐きながら喉を小刻みに開閉させたような耳障りな咆哮。

「行くよ」

ゼロツーの言葉と共に、姿勢はさらに低く、足がたわめられる。跳躍。同時に背中の重砲から爆音とともに閃光。回転式弾倉が回転。反動で急加速。跳躍と言うよりも、もはや飛ぶように移動していく。

「早っ」

駿足を誇るアルジェンティアをもってしても、その動きに追随できない。

 

***

 

 コスモスに備え付けられていた緊急避難用の脱出ポッドに乗り、射出させる。動かしたことはないが緊急時用だけはあって、簡単に動かせるようになっていた。向かう先には改修したアパス。叫竜たちの命の集積物。撃ち落とされる可能性もあるが、他に方法が無い。ヴィルムと名乗った存在が、アパスを支配しようとしているならそれを阻止しなければならない。そしてそこには叫竜の姫も居る。トリノスへ向かって回線を開く。

「ハチ、そちらの状況はどうなっている?」

「博士?」

僅かに驚いたハチはすぐに平静さを取り戻し、報告を開始する。

「パパたちからの指示が失われ指揮系統は意味を失っています。全プランテーション内で大人たちは黒紫色をした液状の何かに変わってしまったと報告が」

表示された映像でプランテーションからグランクレバスに向かって黒紫色した液体が川のように流れ込んでいるのが確認できる。

「どうすればいいか」

「気にするな。じじい共、正確に言えば一部のじじいが裏切り者で、不老施術を受けた者が全て死んだだけだ」

言葉にすると、その馬鹿馬鹿しさに笑いそうになる。ほとんど人類が滅んでいる。

「それはどういう」

「説明している時間は無い。ゼロツーと十三部隊はどうしている?」

「出撃しました。ヒロ、いえ、コード016を助けるために・・・私がそれに許可を」

「お前が?・・・そうか」

珍しい。ハチが独自の判断を下していた。誰に指示されたわけでもないそれは意思、ひいては感情の萌芽だ。ナナが影響を受けたようにハチも変わっている。

「やはり問題が?」

「いや、それでいい」

ハチは、自らの行動を疑問視しているようだが、それも今となっては正しい。残された人類はもはや彼らだけで、今や人類とは彼らの事だ。その行く末がどうなるかは彼らにかかっている。ここで滅び無ければの話だが・・・

「アパスの図面を送信する。ゼロツーに転送してやれ、アパスを止められなければ人類は滅ぶ。もう遅いかもしれんが、それでもあやつならやろうとするだろう」

通信回線を通じ図面を送信する。

「叫竜はもはやこちらから手を出さぬ限り敵とはならん筈だ。全部隊の生きている指示系統にグランクレバスから退避するように伝えよ」

「しかし、信じるかどうか」

「信じぬなら捨て置け」

「それから十三部隊があやつと行動を共にするというなら覚悟しろと、恐らくナインズは敵に回るぞ」

それだけ言って通信を切った。APEの秘密主義。掲げられた彼らの理想。嫌な予感はあった。あったが無視した。正直に言えばどうでもよかったからだ。私は魅せられていた。叫竜と言う存在に、あとの事はどうでもよかった。もしも魂と言う存在があったとしたら彼女に、ミルザに謝らなければならないと思う。私のこれまでの、そしてこれからの彼女の愛に対する背信行為を考えれば、彼女は決して許してはくれないだろうが・・・。それに私は彼女を本当に愛していたのだろうか?どれほど愛していたと言ったところで、私は理想とする存在を知れば全てを投げ出してでも手を伸ばしてしまう。至高の存在に対する憧れは、容易に愛を上回る。私は彼女が死んだことを本当に後悔していたのだろうか?彼女の犠牲の後も私は実験を続けた。彼女の死を無駄にしないためにと誓ったのは耳あたりの良い言いわけでは無かったか?どこかで一定の成果があったことに喜びすら感じてはいなかったか?今となってはもう全てが遅く、そしてあの時に戻れたとしても、私はきっと手を伸ばしてしまうのだろう。私は本当にどうしようもない最低の人間だ。成れの果てとなってなお、満たされない欲求を持て余している。

 

***

 

「アルファ、コスモスから何かがスター・エンティティに向かってる」

デルタの通信を受けて、九式の視線を上げる。とらえた映像を拡大処理。

「脱出ポッド?」

映像に移っているのは、コスモスから射出されたとおぼしき脱出ポッドだった。

「排除するか?」

攻撃に移ろうかと身構えるガンマをアルファが止める。

「いや、パパ達と通信がとれない」

後を継ぐ様にベータが思考する。

「もしあれにパパが乗っていたら?」

「パパ達に何かあったのだとしたら確認に」

イプシロンが焦ったように言うが、それもアルファが止める。

「いや、コスモスに異変があったようには見えない。脱出ポッドは一人乗りで、装置の誤作動という可能性も考えられる。それにもしあれにパパが乗っているなら、この場所の防衛線を守ることがパパを守ることにつながる」

「それはそうかもしれないけど」

「念のため上空への注意を強化。脱出ポッドが続けて射出されるようであれば行動を変更する。パパたちから追加の指示がない限り、防衛線の維持を優先する」

「わかった」

「了解」

それぞれが賛同する。アルファの言った事は正しいように思え、全員が前方に向き直る。初めにそれを捉えたのはベータだ。

「十三部隊がまっすぐこっちに向かってくる」

アルファは薄く笑った。

「先頭のスタンピード。あれはイオタだ」

九式が迎撃の為に槍を構える。脱出ポッドは放置された。

 

***

 

「賭けには勝ったな」

九式が、十三部隊のフランクスに向かって行くのを見て呟く。アパスのスカートのように広がった部分に逆噴射でスピードを緩めながら接近。着地と同時に不要となった衝撃吸収装甲がパージされる。折りたたまれていた複数の足が展開され、多脚形態へと移行。蜘蛛のような足でアパスの腰部を登る。アパス内部への入り口は解放された状態になっていた。恐らく、叫竜の姫と奴らが仕込んだコードによる支配権争いでここまで制御されていないのだろう。好都合だ。開いていた出入り口から、内部へと侵入する。ストレリチアがある中心部まではほぼ一本道で、他に注意を向ける必要も無い。  

単調さに思考がまわり始める。問題は、コード016とコード001(叫竜の姫)が接続可能で、アパスさえも起動できた事だ。叫竜がそうであるように、そこから作り出されたアパスもフランクスと同様に雌雄一対の操縦者がいなければ完全には動かない。つまり、コード016はコード001と対を成せたという事になる。コード002の生成とそれに続く実験の結果から、002の生成に用いた001の毛髪に何かしらの要素があるということはわかっていた。おそらくそれは付着していたウィルスのようなもので、それがコード001と002の中には共生するかのように存在しているのだ。そして001はその作用により本来の叫竜人とはかけ離れた存在になっている。複製体である002が生殖能力を持つことがなかったことからもそれは推測できる。生殖能力が無ければ叫竜人が文明を築くまで繁栄する事は難しい。我々人類がそうであったように生殖能力と引き換えに001は不老性を得たのだ。恐らくはあの附属肢も・・・それを成したのが、001と共生するようになったウィルスのようなものだった筈だ。だが、それを定着させることは不可能だった。002の成功は奇跡的な物で、ひどく性質の変化しやすいものだったのかもしれない。事実として001のDNAから作った002は001の完全な複製とはならなかった。赤い皮膚は、何らかの変異の証と思われる。繰り返された実験で要因と考えられたウィルスのようなものは、定着しないかあるいは逆に恐ろしいほどの毒性を示し実験体を死に追いやった。生き残った実験体。現在ナインズと呼ばれている個体群も、使用した人間のXY染色体を含む遺伝子と001、002の中で共生しているウィルスが反発しあい。それによる影響で生殖機能が十分に発達せず男性でも女性でもない存在になった。それは結果として、ピスティルにもステイメンにも流用可能という副産物を生みはしたが、XY染色体を持った叫竜人には成れず、002にも及ばない失敗作だった。廃棄処分を検討していたところそれはジジイどもが欲しがって持って行った。計画は頓挫した。人類の遺伝子を利用してXY染色体を持つ叫竜人を作れないならXY染色体を持つ叫竜人が確認されていない今、それを作ることはできない。叫竜の死体から、叫竜人のXX染色体個体が兵器化し、XY染色体個体がコアとなったことはわかっていたが、手に入れたコアから、XY染色体を持つ叫竜人を作ることはできず、叫竜の体細胞からXX染色体を持つ叫竜人を作ることもできなかった。彼らが兵器となるまでに、もう取り戻しがつかないほど遺伝子は変化してしまっていた。だが、現在のコード016はXY染色体を持った叫竜人と同等の性質を示している。XY染色体を持った叫竜人に成れたと言ってもいい。そもそもコード016はコード002の血液を摂取したことにより通常のステイメンとしての能力が著しく減少した。だからこそ016は703とフランクスを動かすことはできず。001の複製体である002とは同調が可能だと分かった後も、やはり015との起動には失敗した。だが、グランクレバスをめぐる戦いで、016は015とフランクスを動かすことに成功している。これは意識やタイミング、慣れの問題では無い。015は何も変わっていない。考えられるのは竜化。016は、002とストレリチアに三度以上乗った。通常であれば三度目には死亡する筈が、その後016は安定した。そして竜化が起こっている。・・・いや、違う。あれを境に竜化が始まったように見えたのだろう。そう考えれば、全ての説明がつく。竜化そのものは、血液を摂取した時点で始まっていたのだ。私は誕生した時点でコード001と同等の性質を示さなければ失敗だと考えていたが、成長過程にある幼少期に、001に等しい血液。001と002だけが有する特異なウィルスの存在する血を摂取すれば、ウィルスとそのまま共生状態になれたのだ。人の細胞に隠れるようにそれは増殖を続け、そして人の細胞を変異させ取って代わった。何故か?三度目の002との搭乗で016は死を迎えたからだ。016は乗り越えてなどいなかった。人として死に叫竜として生き返った。まだ人のように見え、その後急速に竜化が進んだように見えたのは、残った人の細胞が叫竜の細胞に寄生するように存在していたからだ。そう考えれば、もはや叫竜人と化した016が015との同調に成功したこともなんら不思議では無い。人として死ぬ前の016は、体内に人と叫竜、二つの回線を持つような存在だった。それは、フランクスを三人で動かそうとするようなものだ。妊娠したピスティルではフランクスを動かせない事は分かっている。それと非常に似通った状態が016の中では生じていたのだ。002との接続時点では、002が二つの回線があっても強引に接続していたのだろうが、人としての回線が無くなり一本化された事で、016は002と同様に人間の異性のパラサイトとも同調する事が可能になった。条件は誕生後、幼少期のウィルス摂取と、その後の成長。それが016を001と対をなせる叫竜人に変えた。何と言う事だ。ただ、それだけの事だったのだ。たったそれだけの事に、今まで気付けなかった。そしてそれは絶望だ。私にはどう足掻いても、その道は無かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。