ダーリン・イン・ザ・フランキス:Parallel   作:祈Sui

2 / 5
視点が分かりにくいとのご意見をいただきましたので、文の区切りごとに誰視点かを明記いたします。
が、完全な一人称部分と、三人称視点で状況に応じてキャラクターにカメラをフォーカスするような感じで書いている部分がありますので、三人称視点の場面の分かりにくさはあまり改善されないかもしれません。ご容赦願います。


第2話(Parallel21話)大切なあなたの為に

《叫竜の姫side》

 

 人間の記憶と自分の記憶が混濁している。目の前にある鏡を見れば、そこに映るのは二本の小さな角。薄桃色の長い髪をした人間の少女の姿。思わず手を伸ばす、それが鏡だと確かめるために、幻だと確かめるために

「大丈夫?」

呼びかけられて、鏡に触れる前に手を止める。振り返れば、浮かび上がるのは青くおぼろげな人影。いつか殺した誰かの姿。ノイズに塗れていた顔が、利用しようとした人間の少年の顔に変わる。少年は何かを口にしようとした。

「叫竜の姫」

今までの柔らかな声では無く鋭く固い音。現実の身体が揺さぶられた事で意識が引き戻される。目を開けば見覚えのある人間がこちらを覗き込んでいた。

「おお、死んでいるのかと思った」

あの時よりも老いた人間。

(-何故お前が此処にいる。それになんだその姿は・・・-)

いつか食いちぎった腕。今代わりにそこにある腕は青い肉腫のようになっていた。それはじわじわと老いた人間の首筋を侵食し頭部へ伸びようとしている。顔の半分を覆った機械の下でも似たような事が起きているのだろう。レンズの下で青い眼球は膨張し、角を模した鉄板を実際に青い角が突き破って飛び出している。この男が何をしようとしたのかが分かった。この男は、我々になろうとしたのだ。

「そんな状態になっても態度が変わらぬとは流石だ」

この身体が奴らの仕込んだコードによって、操縦席に縛り付けられていることを目の前の人間は知っているようだった。その後に発せられた笑い声は咳へと変わり、老いた人間は身を折るようにして血を吐く。何度か咳き込んだ後、右腕で口元を拭い老いた人間は笑った。

「装置で押さえていた、お前の細胞のリミッターを外した。それでこのザマだ」

何がおかしいのかが分からない。見るからに死に向かっている人間はそれでもなお愉快と言ったような表情をしている。

「私を喰え叫竜の姫よ。今の私ならばお前を解き放つための僅かな糧ぐらいには成れるだろう」

その言葉が思考の中で引っかかった。この人間はどうやら敵対していないようだという事にか?いや、もっと別の何か・・・。

(-何故妾を助けようとする?あれほど同胞を殺しておきながら-)

引っかかった何かに答えが出せないまま口を出たのは、単純な疑問だった。

「どちらにせよ、この身体はお前の細胞に食われる。それとなによりも、お前が美しいからだ」

老いた人間は恥じることも無く言った。老いた身体の中で未だ人間のものである片目だけが爛々と輝いて見える。

(-理解不能だ-)

「では何故お前は、コード016を取り込ませず守った?」

老いた人間の視線が、先ほど弾き飛ばして気を失っている人間へと向けられる。

(-そやつ無しでは、我らが子は動かせぬ-)

今言葉にすればそうだ、だが実際には考えるよりも前にそうしていた。

「ならば、今や我々の目的は、同一のものと言ってもいい」

(-同一の目的?-)

「奴らに利用される事の無いアパスの起動とそれによるヴィルムの排除。その為にお前たち叫竜人は自らを生体兵器へと変え、さらにこのアパスを創ろうとしたのだろう?」

(-アパス?この子の事か?ならば妾を助けたところでもはや無意味だ。取り込まれることは防げた。この子に仕込まれていたコードは書き替えた。だが、そこまでだ。多少力を取り戻したところで、妾の中に侵入し、閉じ込めたコードを完全に排除することはできず、妾とその人間では、そのコードの干渉を撥ね退けるだけの力は生まれない。接続すれば再び支配権が盗られる。それに檻は既に欠損してしまった-)

「まだ可能性はある。お前の複製を利用すればいい。あれは汚染されておらず、さらにお前よりも強くその少年と繋がれる」

(-そうしてどうするというのだ?あの複製が妾の目的を実行しようとするとどうして言い切れる?-)

「奴らが彼らを支配しようとしていて、彼らはオトナたちとは違いそれを受け入れられないからだ。もはや明確に敵対している。お前が何もせずとも彼らは戦う。お前たちがかつてそうしたように・・・」

(-我らと同じ?・・・生命の本能、あるいはそれに付随する意思があると?-)

「そうだ。人類のオトナたちが失ってしまったものを、まだ彼らは持っている」

老いた人間の言葉に嘘は無いように思えた。たとえそれが嘘であったとしても他の考えがあるわけでは無く、この人間がヴィルムの手先だとしても、今さらそれを差し向ける理由も思いつかない。そして状況はこれ以上悪くなりようが無い。ならば最後にこの老いた人間の言葉に乗ってみてもいい。少なくとも僅かな時間稼ぎにはなる。そうだ。私はそうせねばならない。最後まで足掻かなければならない。可能性が欠片でも残されているのなら・・・

(-あの時生かしておいた意味があったな-)

まだ辛うじて動く口をゆっくりと開けると、老いた人間がそっと近づく。

「最後に、ひとつ教えてくれ、あの時私を生かしたのは、お前の計画の一部だったのか?」

その問いに答える気になったのは気まぐれだ。最後の望みに答えてやるのも悪くは無い。

(-そうだ。妾は人材も設備も失っていたからな。この子を完全に起動させるためにはXY染色体を持つ同胞が必要だった。我々にはもはやXY染色体を持った個体は作り出せない。だがお前たちなら作り出せる可能性があった。奴らもそうしようとする事は解りきっていた。あの子を奪い自らを解き放つために、そして自らの肉体とするために。事実として妾が与えてやった毛髪から、お前は妾の複製を作り、そしてそこのXY染色体を持った同胞と同等の存在を作った。全ては可能性の一つだ。それは読まれ利用されたがな-)

「コード016の竜化は偶然だ。もしも016が覚醒しなければどうしていた?」

(-妾は一人で、この子を動かそうとしただろう-)

「スタンピードか」

(-お前たちはそう呼ぶのだな-)

「しかし、それでは完全な力は発揮できない」

(-そうだ。それでも他に手が無ければ妾はそうした。勝てぬだろうと分かっていても、やめられぬ戦いがある。もうこれ以上失うものなど無く、残された一人だからこそやらねばならぬことがある-)

「やはり、お前は美しい」

満足したように、老いた人間は微笑んだ。

「コード016・・・ヒロ。私はお前が羨ましかった」

操縦室の隅で倒れている人間を一瞬だけ見やってから老いた人間は変貌し続けている手を差し出し、促すように顔を上げた。

(-同胞を殺めたお前を許すことは無いが望み通り喰ってやろう。その青き血の一片に至るまで-)

口を完全に開く、差し出された腕にゆっくりと近づき、表面に歯を触れさせる。同時に尖った歯の先端が、易々と皮膚を裂き肉に突き立つ。頬張った腕からは熱い血液が溢れる。そのまま食いちぎった。人間は苦痛から叫び声を上げる。咀嚼している間に人間はのたうち、青い血をまき散らしながら笑っている。自由になった付属肢の一本で人間の身体を貫いて引き寄せる。付属脚をつかって血液を啜り、犬歯を人間の肩口に突き立てて、そのまま齧りとる。

「ああ、ああ、ああ」

人間は苦痛に呻きながらも恍惚としたような表情で呟く

「私はついに、人生の最後でついに、お前と同じものに・・・」

全て自由になった付属脚が男の身体に突き刺さり、摂食できる全てを喰らい尽した。

残ったのは、未だ人間だった僅かな肉片と、機械の部品。叫竜になろうとした人間の体を貪るその感覚が、忘れ去られていた記憶を引きずり出す。

 

***

 

《ensemble・十三部隊side》

 

ジェニスタがナインズの防衛線に触れる。その動きを補足したアルファが九式の超高速機動によって進行線上。跳躍であるがために回避不能な場所へ向けて持っている槍を繰り出す。ジェニスタが強引に身をよじるが、進路が変わるほどの影響は生まれない。穂先がジェニスタの装甲に突き刺さる寸前に爆音。背中の砲が火を噴き、ジェニスタが跳ね上がる。身をよじったのは砲を地面に向けるためだった事に気付いたアルファが即座に斬り上げた穂先の上をジェニスタが超える。同時にシリンダーが回転し三発目を射出。ジェニスタは直角に折れ曲がる様に強引に進行方向を修正した。アルファが舌打ちする。常人では耐えられないほどの重力の変動に、ゼロツーは辛うじて耐えていた。怒りと焦燥感が彼女を駆り立てている。ジェニスタの動きに合わせ攻撃しようとしていたベータの九式にアルジェンティアが躍りかかる。ベータは側方へステップしアルジェンティアの爪を躱す。槍を引き戻したアルファの九式へ、デルフィニウムが到達。双剣と槍がぶつかり合って火花を散らす。残った九式に向かい。クロロフィッツが牽制射撃。双剣を撥ね退けようとする九式の槍をデルフィニウムが強引に抑え込む。

「行かせないよ」

イチゴの言葉にアルファは苛立ちを顕わにする。

「たかだか末端の、一部隊ごときがパパの意思に逆らうな」

叫び声と共に放たれた蹴りを、デルフィニウムが後方跳躍で躱し瞬時に再突撃。離れた槍と双剣が再びぶつかり拮抗する。

 

***

 

《叫竜の姫side・past》

 

内側へ引きずり込まれるような激痛。寒さに震える体の中で背中だけが焼けるように熱い。まるで肋骨が蠢いて飛び出そうとしているかのような感覚。身を縮めて転げ回るとその瞬間がやってきた。中心に向かってひたすら動いていた力が、一気に反転する。耐えがたい苦痛に叫ぶ。どれだけ経ったのか、目を開けて身を起こすと室内は災害が通り過ぎた後のようになっていた。隣に寝ていたはずの彼のベッドは跡形もなく破壊され、ボロボロになった彼が床に転がっている。辺りには彼と繋がっていたチューブが散乱していた。手を伸ばそうとすると、手とも足とも違う感覚がして、前方の壁に何かが突き刺さり穴を開けた。ひび割れた鏡に映りこちらを見ている像は童女のような姿をしていて、背中から生えた蜘蛛の附属肢のようなものが、迷うように揺れている。視線を動かして見た右手は子供のように小さくなっていて、持ち上げると鏡の中の童女が同じように小さな手を上げた。なんだか良く分からない感覚に意識を向けると、鏡に映る附属肢が揺れた。数秒それを見つめてから鏡に映っている姿が今の自分の姿なのだと理解する。驚きはあったが取り乱すことは無かった。肢が動いてしまわないように時間をかけて彼の元までたどり着く。小さくなってしまった手でその頬に触れると彼は目を開けた。その視線は迷うように揺れてからこちらを眺めた。

「ああ、良かった。成功したようだ。若干の兵器化が見られるが人としての形を保っている」

死に向かっている瞬間すら、彼は平静にこちらを分析しようとしていた。

「さぁ、僕を食べてくれ。どうせもう保たない。残ったこの肉を君の安定化と糧に使おう」

彼の足は円形に抉られて失われている。私の背から生える肢が削り取ったのだろう。私は迷い、ただ彼を見ていた。彼はまだ生きていて、言葉を紡いでいる。

「どうした?君は死の上に立つんだ。死んでいった同胞たちの願いを叶えるために、それを選んだじゃないか、その中に僕も入れてくれ、君の糧になるためには生きているうちが最も効果的なんだ。僕の命を無駄にしないでくれ」

彼は穏やかな声で言い聞かせるように言った。私は手を伸ばしてその身体を抱き上げる。彼の言葉は正しい。私はそうあらねばならない。その為に生きている。今や私よりも大きくなり、それでも頼りなく軽い身体。差し出された右腕を震えながらそっと突き立てた私の歯が驚くほど容易くちぎった。同胞を食っているという嫌悪感を義務感で押さえつけ咀嚼する。

「痛くは無いのか?」

「傷みか、もはや感覚は麻痺していて何も感じない」

気を紛らわせるための問いは、彼の声を聞いたことでむしろ嫌悪感を増加させた。

「だから、気にする必要はない、ほら」

そう言って持ち上げられた左腕に齧り付く、一塊をそのまま嚥下する。頬を伝うのは涙。吐きだしそうになるのを堪える。

「お前はおかしい。狂っている」

同じように狂っている筈の自分を棚に上げる。彼を罵倒し怒りを生じさせることで、自らの倫理観を麻痺させようとしている。

「僕は、馬鹿だからね」

彼は笑った。それから寂しそうな顔をした。

「本当は君に頼ってもらいたかった。何でも一人で抱え込もうとする君に、そう言う存在に僕は成りたかった・・・」

首筋を食いちぎる直前に彼はそう言った。そして私の歯が食い破るのと同時に息絶えた。もう返事の返ってこない彼の腹部から溢れる臓物を啜り、滲み出る血を舐めとった。臼歯を砕き、眼球は舌と口蓋の間で潰した。毛髪の一本に至るまで、何度も吐き戻しそうになりながら食道へ送り込んだ。私が殺した彼の名前はもう思い出せない。膨大な時の中で、自分の名前すら忘れてしまったのだから、あの日から私は一人になった。あの少年の意識の中に私の複製、ゼロツーと呼ばれる少女に対する想いを強く感じた。彼はその感情を何と言うのか知らなかったようだが、私たちは、それを愛と呼んでいた気がする。彼は私のことをどう思っていたのだろう。私は彼のことをどう思っていたのだろう、今となってはもうわからない。

 

***

 

《ゼロツーside》

 

九式の防衛線を超えたジェニスタは、砲撃をくり返し加速。その勢いを殺しきれぬままアパスの巨大な腰部に突き立つように接触する。衝撃。跳ね返る前に腕を強引にへばりつかせ固定。操縦室の扉を開き飛び出す。送信して貰ったアパスの図面をもとに侵入口に向かう。機能停止に陥ったジェニスタが落下していく、手には混乱に陥っていたトリノスから拝借してきた突撃小銃。遥か下では、グランクレバスに向かって流れ込んでいる黒い液体が蠢き始めていた。嫌な予感を振り切る。アパスへの侵入口を抜け、廊下を走る。生身であれに勝てるとは思っていない。手に持った突撃小銃ですら頼りなく感じる。それでも万全の用意を整える時間もなかった。走り続けてもなお延々と延びる廊下の奥に突然青白い童女の姿が浮かび上がった。急停止と共に突撃小銃の銃口を向ける。頭の中に童女の声が響く。

(-あの人間を助けに来たのか?-)

廊下の幅は、広いとは言えない。状況は最悪で、それでも目の前の童女を倒さなきゃいけない。どうしてこいつがこんな所にいるのかはどうでもいい。

「ダーリンはどうした?」

(-操縦室で倒れている-)

平然と答える童女に怒りが沸きあがる。

「殺す」

(-気の早い事だ-)

突撃と同時に、突き出された附属肢を、体勢を低くしてからの跳躍で躱す。壁を蹴りながら、逆側面へ、二本目の附属肢が壁に突き立つ。何故だか童女の付属肢の速度が先ほどよりも遅い。それでも通路一杯に八本の附属肢を展開され、刺突されれば、全ては躱せない。残る六本の附属肢が引き絞られる。持ってきた突撃小銃を童女に向け連射。

(-そんなオモチャが効くと?-)

四本の附属肢が銃弾を弾く。確かに叫竜には効かない。それでも、この童女になら通用する可能性があった。そして、それは正しかった。附属肢で銃弾を弾いたからだ。本体に効果がないのなら防ぐ必要もない。残った二本の附属肢による攻撃を回避する。銃弾が切れた突撃小銃を全力で投げつける。予備のマガジンなど持ってきていない。童女は薄く嗤ったが、威力など求めていない。回転する銃身がその視界を妨げる。最初に打ち出してから引き戻されていた肢で童女は銃を弾いた。視界が塞がれるのを嫌った行為。そして、銃の失われたこちらがもはや脅威ではないという認識が生まれている筈だ。それを利用して飛び込む。突き出した拳は童女が跳びすさって空を切る。追撃の蹴りを童女は上方へと跳び上がって回避。着地を狙う追い打ちは中断。童女は物理法則を無視して空中に静止している。確かに驚異だ。だがそこからの移動速度は速くない。引き戻していた手を構え跳躍する。自らを傷つけないために引っ込んでいる爪を最大限に伸ばし童女の首筋を狙う手刀へと変える。二本目の肢が手刀を受け止めようと童女との間に差し込まれる。瞬間的に五指を広げ肢の表面に爪を突き立てて無理やり体を持ち上げた。弾き飛ばされる前に一気に肢の上へ、そこから間髪をおかずに跳ぶ。繰り出された附属肢が僅かに掠り左腕の包帯を千切る。それを無視して引き絞っていた左腕を叩きつける。勢いを追加できない空中からの一撃では決められないかもしれないが、頭部を揺らし一瞬稼げればいい。一方的に攻撃するための起点。トリノスで襲撃を受けた時に傷を負った左腕は赤黒く変色している。人の皮が剥がれた本来の姿。だから、いまの左腕の力も爪も人の比ではない。頭部を直撃するはずの腕は空を切っていた。伸び切った腕に触感。

(-悪くない。当たっていたのならな-)

体勢を半身に構え直した童女の腕に、左腕を掴まれていた。そのまま強引に投げ飛ばされる。空中では成す術がない。回転しながら衝撃を弱め着地、同時に追撃を警戒しながら後退する。ほとんど詰んでいる。それでも諦めるわけにはいかない。態勢を整え構え直した時。何故か童女はこちらを向いていなかった。童女の向こう廊下の奥に浮かび上がる仮面の群れ。・・・パパと呼んでいた存在の一人の仮面。だが異様だ。一人しかいなかった筈の同じ面が数え切れないほど存在している。

(-たどり着いたらお前の血を飲ませろ。それが気付けとなる-)

走って来たフクロウのような面の人影を童女の附属肢が壁面に叩きつけた。仮面が歪み落ちる。中身は空っぽだった。理解が追いつかない。別のフクロウ面を附属肢が串刺しにし、そのまま下に裂く。下をくぐり抜けようとしていたフクロウ面が潰される。分かたれていた附属肢がひとまとめになり、巨大な尾が廊下を薙ぐ。フクロウ面がまとめて押しつぶされる。中身は全て空。尾が再分割。左右から暴風となって荒れ狂う。フクロウ面達が翻弄される。先ほどとは比べ物にならない速度で肢が動き回っている。手加減されていたのか、でもなぜ?

(-早く行け、妾の気が変わらぬうちに-)

湧きあがる疑問で止まっている事を責めるように童女の声が届く。未だ状況は理解できず童女に従うのは気に入らないが、優先すべきはダーリンだった。警戒を続けながら走りだす。背後から響き続ける戦闘音。それでも、何かが追いかけてくることは無かった。

 

***

 

《叫竜の姫side》

 

地面に倒れそれでも立ち上がろうとする仮面を踏みつける。仮面は悲鳴をあげるような音を立てながら潰れた。中身は黒紫の液体となって通路の先へと退いていく、その間も付属肢が駆けまわり。仮面の山を築く、廊下中が黒紫に染まる。狭い通路内では、数の優位性は無いに等しい。とめどなく押し寄せる奴らの傀儡を、串刺しにし、引き千切り、跳ね飛ばす。床に落ちた傀儡の面が音を立て、鈴の音のように響き渡る。壁や天井を蹴って前進。傀儡どもを押し返していく、新たに現れた傀儡が差し出した短剣が、付属肢の上で火花を散らし、その隙間を掻い潜った刃は首を傾けて躱す。僅かに触れた頬に裂傷が生まれた。青い血が流れるのには構わず、引き戻されようとする短剣を噛み砕く。十の刃は百となり、その先には千の傀儡。身体にはいくつもの裂傷が刻まれ、青い血に塗れながら踊る。闘争に次ぐ闘争に次ぐ闘争。私の人生の終局が、此処にある。

 

***

 

《ゼロツーside》

 

「ダーリン!」

アパスの深部。たどり着いたストレリチアの操縦室の中でダーリンは倒れていた。抱き上げると微かに胸が上下していて、呼吸している事が分かる。

「良かった。生きてる」

そう呟きながら唇を噛んだ。あの童女の言葉を信じた訳ではないけれど、可能性があるなら何でもするつもりだった。そこから垂れる青い血をそのままにして、唇を重ねる。急いでアパスを動かすか、ストレリチアで脱出しなければいけない。あの仮面達もどう考えても危険だ。唇を濡らしていた血を口づけとともに押し込むように舌で喉の奥へ流し込む。ダーリンの喉が動いて、それを飲みこんだ。吐息のような声と共に、閉じていた目が開き、視線がこちらを捉えた。

「ゼロツー?」

戸惑ったような声。

「ダーリン」

思わず抱きしめていた。また会う事が出来た。生きて言葉を交わすことができた。それだけの事で、身体の内側から熱が沸き立つように感じる。

「痛い、痛いよゼロツー」

叫竜化した腕が余りに強く抱きしめてしまっていたらしい。

「ああ、ごめん」

「助けに来てくれたんだね」

状況を理解したダーリンが嬉しそうに言った。

「そうだよ。ダーリンがいるのなら何処へだって行く、ガーデンからボクを連れ出してくれた時みたいに、フランクスの中のボクを助けに来てくれた時みたいに、ボクだってそうする」

「ゼロツー、血が出てる」

ダーリンが僕の唇を見ながらそう言った。

「ああ、これはたいしたことじゃないんだ。眠りについてしまった王子様はね。バケモノの血に塗れたキスで目を覚ますんだよ」

冗談のように笑って見せる。

「そうなんだ。僕の知ってるのとはちょっと違う」

ダーリンはボクの傷の具合を確かめようとしながら言った。左腕を見られないようにそっと隠す。これ以上心配させたくなかったから。

「だって、これはボク達の物語だからね。あの絵本の続き。ダーリンは悲しい物語だって言ってた。それなら絵本の結末はボクが書き換える。ダーリンが描いてくれた大切な絵を加えて、いいでしょ?」

ダーリンは自分の描いた絵を思い出して、少しだけ照れくさそうにした後。頷いてくれる。

「いいよ」

それを聞いてボクは手を差し出す。

「帰ろう。皆のところへ」

ダーリンがボクの手を取る。ストレリチアが起動し、同時につながっているアパスが起動する。その中にあった膨大な記録が、ダーリンの意識と共にボクの中に流れ込んだ。

 

***

 

《叫竜の姫side》

 

光が通路を駆け巡った時。壁に寄り掛かかるようにして膝をついた。もう立ち上がる力も無い。身体にはいくつもの短剣が突き刺さり、付属肢もボロボロになっている。我らが子の覚醒によって傀儡達が完全に排除され、崩壊していく傀儡たちの面が音を立て続けている。ふいに笑いが込み上げていた。無意識に助けていた少年も、自らの複製も、どちらも利用する為だけの存在だと考えていたがそれは違った。いつからかは分からない。あの少年の意識に触れた時からだろうか、自分でも意識しないうちに何かが変わっていた。誰かに託すという事。自分が今まで拒み続けてきた選択。僅かにもどかしいが、悪くは無い。

(-後はもう知らぬ-)

薄れゆく意識の中で、何故か自らの複製である、少女に向けて言葉を発していた。眠りにつこうとする頬を、冷たく湿り気を帯びた何かが撫でている。薄っすらと目を開けると、見えたのは縦に開いた瞳孔。顔中血だらけで、体の後ろ半分は結晶化してひび割れつつある。意識を奮い立たせる。

(-こんなところまできたのか、馬鹿な奴め-)

必死で紡いだ言葉にしては最低だった。だがそれを気にした様子も無く、巨大な蛇のような頭部が頬にそっとあてられる。手を伸ばし、喉をさすると満足したようにクルクルと鳴らして大きな目から光が失われていった。そしてその身体は完全に結晶化して、ゆっくりと崩れ落ちる。手のひらに僅かに残った欠片を握った。冷たい硬質な感触に、思い出す温もり。彼とこの子は違うのだろう。それでも重なって見えていた。もう顔も名前も忘れてしまった彼と忘れてしまった感情に、視界が薄れ意識が消える寸前、確かに触れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。