ダーリン・イン・ザ・フランキス:Parallel 作:祈Sui
《ensemble・13部隊&ナインズ》
デルフィニウムが、九式から距離をとる。脇を抜けた叫竜を九式の槍が斬り裂き、青い血飛沫が舞った。
「本当に攻撃をしかけてこない」
イチゴが戸惑いながら呟く、叫竜はもうこちらに攻撃をしかけてこなかった。一心にグランクレバスへ向かっている様に見える。九式の槍が叫竜達を突き、投げ飛ばし、叩きつけて爆散させる。圧倒的な破壊力。だがイチゴたちにとって好都合なことにナインズは叫竜の迎撃でもう此方に構う事もジェニスタを追う事もできなくなっている。
「イチゴ、アパスが」
イクノの声に、デルフィニウムが視線を上げる。グランクレバスの上にある巨体が再び身体を持ち上げ始めていた。その表面を光が奔り、全体が輝く。
「ゼロツー、ヒロ?」
アパスが身体を前傾させ、後方の二本の脚が地面から引き抜かれる。そのまま完全な二足歩行へと移行。蟻の腹部のようにのびていた後部が広がり後方二本の脚を収納。スカートのように形状を変化させた。合わせて無数のデバイスが放出され、機体の周囲に浮かび上がり展開。頭部からデバイスへ向かって光の膜がヴェールのように広がる。アパスの頭部が、こちらに向かって動き始めた時。グランクレバスの底から黒紫色の液体が噴出した。ドレスを纏ったようなアパスの姿が噴出する液体の中に消える。液体はそのまま巨大な柱を構築した。
「嘘」
イチゴが茫然と呟く、全員の脳裏にヒロとゼロツーの事が浮かぶ。地面が揺れた。グランクレバスを中心に地面が崩落。黒紫色の液体が噴き上がる。同時に周囲からも振動。至る所から地面を突き破って叫竜が現れる。突き出している前部が角錐のような今までに見た事の無い叫竜。グランクレバス攻略戦を遥かに超えるほどの数。その下から青い光が噴出する。現れた全ての叫竜が空を目指すように、推進装置から光を放ち地上から離れていく、グランクレバスを目指していた叫竜達も地下から現れた叫竜達に結合。形態を変えながら昇っていく。ナインズの九式が飛び立つ叫竜の群れを避けるようにブースターを作動させて地面から離れた。
「アパスのところへ行くよ」
号令と共に前進しようとしたデルフィニウムに向けて突き出された槍を双剣が受け流す。叫竜がグランクレバスを目指さなくなった事で九式が自由になっている。ナインズは地表が崩落しつつある現在でも空中に防衛線を敷くことにしたらしい。クロロフィッツが跳躍し、その滞空時間を利用しながら攻撃を繰り返すが、デルフィニウムとアルジェンティアでは、長時間の滞空ができない。グランクレバスを中心に溢れる黒紫の液体が叫竜の群れに到達。飛び立とうとしていた叫竜は飲みこまれるようにその中に消えた。
「あの液体はどう考えてもまずいよ」
浮かんでこない叫竜を見てフトシが警告する。デルフィニウムとアルジェンティアが後退。アルファの九式が叫竜の身体を斬り裂いて前進。青い血のカーテンを抜けてクロロフィッツを叩き落とす。九式が完全に上空を抑え、その細いレンズで三機を睥睨した。槍が静かに向けられる。
「上をとられた」
「なんとかするしかねぇだろうが」
ゴローの声にゾロメが返し、アルジェンティアが身を低くして爪を構える。
「ゴロー」
イチゴが注意を促し、デルフィニウムが後方へ跳ぶ。
叫竜に隠れるように接近していたデルタの九式が先ほどまでデルフィニウムがいた地面を粉砕した。そもそもの性能が高いうえに一機多い九式に真っ向から応戦するのは厳しい。
「散開して後退。まとまってたら一気に叩かれる」
「私たちが時間を稼ぐ」
クロロフィッツが後退しながら射撃を開始。
「ゾロメ」
ミクの声にゾロメは渋々用意していた攻撃を中止。高機動を活かして、九式の注意を引こうとする。地面から湧き続ける叫竜達が、地表から奔る流れ星のように視界に満ちている。デルフィニウムがアルファの乗った九式の槍を受け止めて抑え込まれる。
「やるぞミク!」
それを見たゾロメが叫ぶ。アルファの九式に向けて跳び出そうとしたアルジェンティアの足元が割れた。態勢を崩したアルジェンティアを下から現れた叫竜の先端が開き咥え込む。
「叫竜は攻撃してこないんじゃ無かったのかよ」
ゾロメの叫び、ミクの悲鳴と共にアルジェンティアが上空へ持ち上げられていく
「アルジェンティア」
叫竜に咥えられたアルジェンティアを助けようとクロロフィッツが銃口を向ける。
「イクノ、下」
イチゴは焦るが九式の槍を受け止めていて動けない。クロロフィッツが下から現れた叫竜に飲みこまれる。アルファが嗤う。
「叫竜に食われて死ぬのか、君達にはふさわしい最後かもしれないね」
槍を押し返そうとしているデルフィニウムの足元が崩れる。周囲に開かれた叫竜の先端が現れる。九式は、デルフォニウムを押し付けてから後退した。そして光に誘われる虫のように九式に近づいてきた別の叫竜を切り捨てる。デルフィニウムを飲みこんだ叫竜が飛び去っていくのを尻目に、ナインズたちは九式に向かってくる叫竜を迎撃し続けていた。叫竜の噴出は止まらない。グランクレバスから湧き続ける黒い液体の正体も不明だ。
「トリノスが・・・」
デルタが驚いている。遠くでトリノスが超レーマン級に類推されるだろう大型角錐叫竜に飲みこまれていた。トリノスを飲みこんだ叫竜も、そのまま地表をから離れようとしている。救援に向かうべきかアルファは考えた。もう手遅れのようにも思える。
「パパたちの命令にない」
結局アルファは、自分にも言い聞かせるように号令した。
「防衛線を優先し内側に向かう叫竜を殺しつくす」
ナインズたちがあくまで命令の順守を選択した時。トリノスを飲みこんだ超大型叫竜の表面が輝き爆散した。叫竜の身体を突き破って飛び出したのは大きな槍のような物体。
「フリングホルニ?」
アルファは自分の記憶からその名称を引き出す。穴の開いた大型叫竜へ向かって叫竜が殺到。傷口を埋めていく、フリングホルニは加速すると、進行線上の叫竜たちを斬り裂きながらグランクレバス中央にそびえる黒紫色の柱へと向かう。近づくフリングホルニに合わせるように柱の表面が蠢き、数え切れないほどの触手のようなものが発生。フリングホルニへ向かって伸び始める。柱に接近したフリングホルニが減速。伸びあがった触手がそれを掴み柱の中へ取り込もうとする直前。柱の表面が弾け飛んだ。飛散する黒紫の液体と共に多量の触手がのたうちながら落ちていく、飛び散った柱の表面から白い腕が伸びていた。柱から突き出された腕を再び抑え込もうとする触手を押し切って白い手がフリングホルニの柄を握る。
「これは、お前たちのものじゃない」
ゼロツーの声と共にフリングホルニが青白く発光。触手を引き千切りながら振るわれる。黒い柱が周囲の液体と共に爆散。降り注ぐ黒紫の雨の中からアパスが再び姿を見せた。
***
《ensemble・ヒロ&13部隊side》
黒一色に覆われていた視界が一気に開けた。ヒロは、現れた光景に目を見張る。叫竜達が湧き続けている大地。この世の終わりの様な光景。
「心配しないで、ダーリン」
ゼロツーが安心させるように言い、同時に回線を開く。
「皆ごめん、ちょっと遅れた」
「ゼロツー」
回線の向こうから、皆の声が聞こえる。
「ヒロは?」
「大丈夫だよ。イチゴ」
ヒロの声に、イチゴが胸をなでおろした。
「ヒロ、お前が無事で良かったけど、こっちは大変な事になってる」
ゴローの声に、ゾロメ達も続く
「そうだ今、叫竜に食われて」
「前にデルフィニウムが取り込まれたみたいに、すぐどうかなってしまうような事はなさそうだけど、内側からは何もできそうにない」
「トリノスのココロちゃんたちも飲みこまれたみたいなんだ」
次々と浴びせられる声に、ゼロツーは少し困ったような顔をした。
「あー、大丈夫。全部心配いらないよ。叫竜達は今アパスの、ボクの指揮下にある。奴らに通信を阻害されていて説明する方法が無かったんだ。地表は危険だったから」
「ゼロツーが叫竜を使ってココロちゃんたちを助けたって事?」
「そう言う事」
「それならはやくなんとかして」
ミクが叫んだ後でアルジェンティアが吐き出される。デルフィニウムもクロロフィッツも同じように放り出される。見えた景色は地表からはるか上空。雲は遥か下方を流れ、惑星が丸いのも分かる。同時に叫竜の一部が三機へ付着。形態を変える。
「なんだこれ」
「叫竜を使ったフランクスの強化ユニット。それで宇宙でも活動できるよ」
ゾロメの声にゼロツーが答える。
「なんか変な感じ」
イクノが呟き、ゴローがデルフィニウムの動きを確認する。
「ほんとだすげー、オレ飛んでる」
「何でそんなすぐに受け入れられるのよ」
戸惑う二機をよそにゾロメが歓声を上げ。ミクの呆れたような声を無視して、アルジェンティアが叫竜でできた推進装置を使い飛びまわる。
「ボクたちも行くよ」
ゼロツーの声にヒロが頷き、アパスの推進装置が点火される。吐き出されるエネルギーで地表から巨体が浮き上がった。
「弾が回復してる」
フトシが表示された数値を見て驚く。
「地表は危険だったって、どうするの?」
イクノが聞いた。
「とりあえず宇宙まで逃げる。叫竜達はできる限りの生物を収容して宇宙まで行くようにプログラムされてる」
「グランクレバスから湧き出てきたあの黒い液体は?」
イチゴはここからは遠い地表に蠢く液体を見ていた。
「あれはヴィルム本体。本来の意味でのスター・エンティティ。ボクたちの本当の敵だ」
「ヴィルム?」
聞きなれない言葉にイチゴは聞き返した。
「宇宙を旅し膨大な文明と精神を喰らい膨張した精神生命体。パパたちの正体だよ」
「パパたちって」
ゾロメが戸惑う。
「人間のフリをしてボク達を騙していたんだ」
「そんな」
誰もが絶句する。
「どういう事なんだ。詳しく説明してくれ」
数秒の沈黙の後ゴローがようやく声を上げる。ゼロツーと深くつながっているヒロでさえ、感覚としては理解していても上手く説明できない。だから説明はゼロツーが担う。
「アパスが全部記録していた。はるか昔。奴らはこの惑星に現れ、今はボクたちが叫竜と呼んでいる兵器に成ってしまった種族。人間がこの地上で繁栄する前に文明を築いていた叫竜人たちと戦争状態に陥った。ダーリンを連れ去ったのは叫竜人の最後の生き残りだったんだ。彼女はボクを複製と呼んでいたから。たぶんボクは博士が彼女を元に作ったんだと思う」
「叫竜人?」
「叫竜はもともと私達みたいな生命体だったって事?」
「そういう事」
大半が説明についていけなかった。
「それで?」
イチゴが続きを促す。
「叫竜人達はヴィルムと戦ったけれど押し込まれた。多大な犠牲を払って建造したのがグランクレバス。あれはヴィルムを封印するための装置でそれを使って奴らをこの惑星の核に押し込んだんだ。殺すことはできなかったけどエネルギー体となった叫竜人達で構築した檻によって封印することはできた」
「それって」
「うん、マグマ燃料ってボクたちが呼んでいるものだよ。残った叫竜人達は、自らを兵器へと強制進化させた。封印がいずれ解けることは予測されていたから、稼いだ時間でヴィルムを倒すための準備を始めたんだ。博士が手を加えてアパスと名付けたこの兵器も、この槍も本来は奴らを倒すためのものなんだ」
「だから、アパスはグランクレバスの奥にあったのか」
ゴローが腑に落ちたというように呟く。
「そう。問題はこの時にはもう一人になっていたあの叫竜人が地中で準備を進めている間に、地上に人類が現れて、よりによってマグマ燃料を採掘し始めてしまった事だ。叫竜人達の予測よりも早く奴らは活動を再開し、人類の中に混ざって影響力を発揮し始めた。それがAPE」
「人類は操られていたと言う事か」
トリノスの管制室からハチの声も混ざる。
「そうだね」
「だとしたら奴らの目的は何?」
イチゴが聞く。
「全ての文明と資源の統合。奴らは、この惑星もボクらも全部飲みこもうとしてる。それが嫌なら戦うしかない」
「戦う?あれと?」
ゾロメは、今も地表で蠢いている黒紫色の液体に背筋が寒くなるのを感じた。
「そもそも精神体って言ってたけど倒せるの?」
イクノが冷静に問いかける。
「大丈夫、奴らは不死でも不滅でもない。こちらに干渉でき、こちらから観測できるってことは、この世界に存在しているってことなんだ。さっき言ったみたいにこの槍とアパスは叫竜人が作り上げてきた奴らを倒す唯一の手段。肉体をマグマ燃料とした叫竜たちの精神は、叫竜の槍へと焼きつけられた。アパスを叫竜たちの肉体の集合体とするなら、この槍(フリングホルニ)は精神の集合体。例えどれだけの文明、生物を模倣できたとしても、その心までは作れない。奴らが統一された安定的な個であるなら、叫竜たちは揺らぎ続ける不安定な個の共同体。単純な意思に統一された奴らの思念にとって雑多で複雑な感情の残滓は毒になる」
「それなら安心していいの?」
フトシが期待を込めて口にした。
「いや奴らの手に渡ればもう奴らに勝つ手段がなくなる諸刃の剣でもある。奴らがアパスの存在を知っても壊そうとしなかったのは。アパスを完成させて手に入れようとしたからだ。勝機はある。でも絶対じゃない」
「それでも私たちが生き残るにはやるしかない。そうでしょ?ゼロツー」
イチゴは、全てを理解して考えつくして答えを出しているわけじゃない、けれど誰よりも前を見ていた。
「うん。それにこれは本当に最後の戦いになる。奴らを倒せれば、もう戦う必要は無くなる」
「戦う必要がなくなる?」
ゴローの声には戸惑い。
「叫竜たちは、ヴィルムが出てこないように封印を守ろうとしていたに過ぎない。ヴィルムを倒せれば、叫竜たちには戦う理由がなくなるし、ボクたちにも戦う相手がいなくなる」
「それってココロちゃんを、・・・皆を守る事になるって事だよね」
「だったらやろうぜ」
「ええ」
仲間たちが頷き、続々と応じる。
「おい、ミクどうしたんだよ?」
ただ一人黙っているミクにゾロメが呼びかけた。
「ああ、その、なんていうか・・・ミク達はフランクスに乗って、いつか死ぬだけの存在だと思ってた。それを忘れようとしてた。でもココロは別の道を探そうとしてて、この戦いの後にその先が有るのかな?フランクスに乗って戦うだけじゃないミクたちの未来が・・・」
「未来、未来か、考えた事も無かったな」
ゴローが微かに笑う。
「やろう俺達の未来のために」
ヒロが力強く告げる。宙へと上昇を続けるアパスの中でゼロツーは微笑んだ。
「どうかした?」
ヒロの問いかけにゼロツーは答える。
「不思議だと思って」
「不思議?」
「人類の所為で叫竜人達の手ではアパスを完成させられなかったけど、でも人類の所為でボクが作られてダーリンと出会った。それに完成させられていても彼女以外の全てが兵器化してしまった叫竜人にはこの機体を動かすために最も適した操縦者を用意することができなかった。世界を危機に陥れた人類が、偶然とはいえ世界を救うカギを作った」
「ああ」
そう言ってからヒロはアパスの通信を外部に漏れないように操作した。少しだけ不安だったのだ。そしてそれを仲間たちには伝えたくなかった。
「救えるかな?世界を」
「ダーリンとならきっと」
ゼロツーの言葉を聞いてヒロは深く呼吸した。操縦桿を握り直し、その目を前に向ける。
***
《ensemble・13部隊&ナインズside》
地表からは黒紫の液体が急激に引き始めていた。
「液体が引いていく、逃げてるのか?」
異様な液体が地表から消えていくのを見て、僅かな安堵とそれ以上の不安が広がる。
「いや、違う、ここから始まるんだ」
ゼロツーは冷たく言い切った。グランクレバスが大きく陥没し、その深い渓谷は一直線に伸び始める。それは球体に見える惑星の端まで到達し、そして惑星自体が裂けるように割れた。その奥底で黒紫の奔流が形を構築し始める。まるで卵を破り現れる雛鳥のような誕生。身体を伸ばすのは甲殻類や昆虫、哺乳類や爬虫類に鳥類、見た事も無い生物群。機械のようなものが混ざり合った醜悪な何か。奴らが取り込んだ知的生命体や、その惑星の生物、文明や技術が混ざり合って形成された身体。それはあらゆる進化を再現するように変化し、やがて一つの形を成す。無理やり例えるなら、それは胎児に似ていた。表面に生まれた口が裂けるように広がり、声を上げる。大気が存在する空間に絶叫が響いた。惑星から金色の光が弾かれるように頭上を通り越して遥か彼方まで散る。裂けた口はそのまま広がり、裏返る様に自らを覆い尽くし、そしてその中から押しのけるように数え切れないほどの仮面が、表面に浮かび上がった。
〈‐我々はこの世界の進化の先端。真の永遠を願う存在。我々を受け入れよ。叫竜達がその命を使って作り出したそれは我々の目に敵った。それを我々の外殻、精神の方舟とする‐〉
パパたちと呼んでいた声が、大気の振動を通さずに響き渡る。
「嫌だね」
ゼロツーは敵意をむき出しにした。
「戦うって言ったって、あの液体にどう対抗したらいいの?」
フトシの抱いた不安は誰もが抱いている。叫竜は一瞬で飲みこまれて消えた。
「ああ、あの液体は、もうそれほど脅威にはならないよ。あれは完全に覚醒した今のアパスには効かない。マグマ燃料の封印も六千年かかっても壊せなかったんだ。それに対抗するために、ヴィルムは肉体を構築した。今は惑星を全て肉体にして操作する事に手一杯で、もうフランクスの脅威になるほどの純度は保てない。それよりも問題は惑星全土に広がってしまったあの液体の中のどこに奴らの中枢があるか分からないって事だ」
「中枢?」
「精神体であってもそれを統合する為の場所は存在する。脳や心臓のようなものだと思ってくれればいい。倒すには奴らの中心をこの槍で貫かなきゃならない。本当はさっき倒そうとしたんだけど惑星の奥に逃げ込まれてしまったから、一度態勢を整えるしかなかった」
さらに形態を変え、こちら側に伸びようとするヴィルムを見ながら、アパスが槍を持っていない左腕を広げる。さっき飛び散った光が遥か頭上で広がり渦を巻く。それは黄金色のほとんど透明な膜のようなものになり、ヴィルム本体となった惑星を中心に球形に展開された。
「あれは?」
「残ったマグマ燃料で再展開した封印、鳥籠だよ。活動を停止させるだけの強度はもう再現できない。出来るのはヴィルム本体をしばらく此処にとどめておくことだけ、それでも鳥籠が壊されれば、奴らは周囲の星を取り込み、膨張を続けてしまう。そうなったらもう手が付けられない。ヴィルム本体が手を伸ばす前に展開しなきゃいけなかったから、範囲を拡大するしかなかった。その結果トリノスを含む叫竜の避難船もまだ鳥籠の中だ。叫竜やフランクスは鳥籠を通り抜けられるけど、鳥籠を抜けるまでヴィルムの攻撃に晒されてしまう」
「ヴィルム本体は俺達が引き受ける。だからイチゴ達は、避難船を守ってくれ」
ヒロの指示と共にアパスの周囲を取り巻いていた自律兵装が二機ずつイチゴたちの機体にまわされる。
「分かった」
デルフィニウム、アルジェンティア、クロロフィッツが頷き後退。叫竜の避難船群とアパスの間に防衛線を引く。避難船の周りを取り巻いていた叫竜たちも反転、防衛線に加わる。高速で伸びてきたヴィルムの腕の一本をアパスがフリングホルニで斬り裂き、その後ろに隠されるように伸びていたもう一本を片手で強引に引き千切った。さらに伸ばされる腕をフリングホルニで受け止めながら角をヴィルム本体へ向ける。閃光。惑星から生えているヴィルム本体の腕の付け根が爆散。ヴィルムは再攻撃の為に、さらに身体を変形させ再び腕を形成し始める。同時に響き渡る声。
〈‐ナインズよ。我々の未来を拒もうとする叫竜とそれに組した裏切り者を排除しろ‐〉
ヴィルム本体近くから推進装置の放つ輝き。阻止しようと動くアパスに向けヴィルム本体からの攻撃。対応に追われるアパスの側面を、叫竜の群れを切り裂きながら四機の九式が抜ける。目の前に現れた九式が槍を振りかざす。デルフィニウムは九式の前進を防ぐも反撃に転じようとはしない。イチゴは迷っていた。こんな状況になってもナインズが自分たちに向かってくる理由が分からない。
「なんで?アタシたちの惑星があんな事になってるのにまだパパたちを信じるの?アタシたちを騙してきたんだよ?アタシたちを利用して、未来を閉ざそうとしてる」
イチゴは言葉を重ねる。もうナインズと戦う必要も意味も無い。
「なぜ?叫竜は敵で、パパたちの望む未来だけが正しい未来だ。お前たちの言う未来なんて存在しない!」
アルファの返答に合わせた九式の槍による連撃をデルフィニウムは受けきった。
「説得しようとしたって無駄だろ。仕切り直しだ。さっきとは違うってところを見せてやるよ!」
ゾロメの声と共にアルジェンティアが最大加速。爪を受け止めた槍を押し込む。九式は、身体をひねりアルジェンティアを受け流し、同時に槍を叩き込もうと回す。しかし穂先は空を切る。叫竜によって運動性能を引き上げられたアルジェンティアは既に九式の背後に周っていた。ミクが叫ぶのと同時にアルジェンティアが再加速、アルジェンティアの推進装置から放出された光が線となって奔る。振り返ろうとした九式を交差された爪が刻んで抜けた。九式の右腕が切断され、持っていた槍が弾き飛ばされる。ベータが苦痛に呻くが死んではいない。アルジェンティアが加減した結果だ。アルジェンティアが攻撃を終えたところをガンマの九式が強襲。降り注いだ銃撃が九式の前方を塞ぐ。
「油断しないでゾロメ」
ガンマの強襲を防いだクロロフィッツから通信。クロロフィッツはその場で回転し、迫っていたデルタの九式を蹴り飛ばす。
「イクノ、大丈夫?」
フトシがイクノを気遣う声。
「うん、身体が軽い。叫竜達が負担を軽減してくれてる?これなら」
クロロフィッツが腰部多連レーザー砲を展開。そこへ流れ込んだ叫竜のエネルギーがレーザーとなって放たれる。出力を絞られたレーザーが態勢を整えつつあったデルタの九式。その推進装置を射抜く。
「形勢逆転だな」
ゾロメがガンマの九式を追う。次々に繰り出される爪の攻撃にガンマの九式は押され、ヴィルム本体へ向けて叩き落とされる。繰り出される槍を躱しながら、デルフィニウムの双剣が舞う。傷だらけになった九式の中でアルファが呼吸を早めている。
「もういいでしょ?アタシ達には勝てない」
「まだだっ」
デルフィニウムは突き出された槍を躱しながら宙返りをするように距離をとった。自分たちより劣る存在だと思っていた機体が、今や太刀打ちできないほどの存在感を持ってアルファの目の前に在る。
「僕らは選ばれた存在。容易くパパたちを裏切ったお前らなんかに・・・」
九式を三機が圧倒している間も、アパスはヴィルム本体の侵攻を留めようとしていた。変化を続けるヴィルム本体。惑星から伸びあがっているのは巨大すぎる上に歪な角柱。頭部も腕も無い人型の上半身。そこから、触手のような腕が伸ばされ続けている。アパスが破壊するよりも早く、枝を広げる樹木のように分岐し拡大を続ける触手は今やその一部がナインズたちと戦っている宙域にまで届きつつあった。アパスを避けるように四方に伸びあがった触手から、さらに触手が生まれ、無秩序に分岐。叫竜たちが攻撃をしかけ、クロロフィッツが銃撃で触手を弾く、触手を斬り裂いたアルジェンティアが、混乱に乗じ槍を回収したのだろう。残った左手に持ち向かってくる九式の姿を捉える。身構えたアルジェンティアへ槍が届く前に九式は急速後退。違和感と共に見つめた九式には背後から触手が絡みついていた。それは、ほとんど動けなくなっていたデルタの九式や地表付近から再度上昇しようとしていたガンマの九式も同じだった。触手が九式を引っ張っていく、その先には触手の途中に生じた巨大な腫瘍のような何か・・・それが裂ける。現れたのは口腔、上下にひらいた黒紫色のその中に、乱杭歯のようなものが並び、唾液のような粘着質の液体が垂れる。その奥から舌の代わりに腕が伸びる。触手に捉えられた九式を、触手ごと掴むと腕が口の中へと引きずり込む。
「えっ?」
アルファの下に届いたデルタの戸惑ったような声は、口が閉じられるのと共に苦鳴へと変わり、何かを噛み砕いたような音と共に途絶えた。口を閉じた腫瘍は、本体である惑星へと向かって引き戻されていく、アルファの九式にも触手が触れ、捉えられ動きを制限されたアルファの九式が、視線だけを動かす。アルファの目には、巨大な口腔から伸び、広げられた異様な五指が映っていた。
「パパ?」
アルファは呟いた。まるで救いを待つかのように迫る腕を見つめていたアルファの乗った九式、それを掴んでいる触手をデルフィニウムが斬り飛ばし同時に九式を蹴り飛ばした。口腔から伸びた腕をデルフィニウムに追随していたアパスの自律兵装が斬り飛ばす、切り離された腕は制御を失って蠢き悶えるようにのたうった後、動きを止めた。デルフィニウムを掴もうと動いた別の触手を双剣が斬り裂きながら後退。大きく弾き飛ばされた九式を叫竜が飲みこんで飛んでいく。デルタの九式を飲みこんだ腫瘍が惑星の付近で開かれる。中から飛び出すのは黒紫色になった九式。
「デルタ?」
その姿を拡大し、確認したイチゴが問う。取り込まれた九式が解放されたなら、まだ助けられるかもしれない。
「いや、ちがう。取り込んで再現したんだ。あれにはもう誰も乗ってない」
黒紫色の九式が、ヴィルムの身体から次々と現れる。ヴィルムは攻撃を変更し始めていた。圧倒的な巨体による質量の攻撃から、フランクスサイズの傀儡の大量投入へ。それは余りに数が多すぎて、アパスの攻撃を持ってしても撃ち漏らす。叫竜とヴィルムの兵器群がぶつかり合う前線が、生まれた無数の、黒紫色の九式によって崩壊しつつあった。