ダーリン・イン・ザ・フランキス:Parallel 作:祈Sui
《イチゴ・monolog》
あの日、全てが終わった後。私たちを作り直された惑星に降ろした叫竜たちは、次々に地面の下に潜っていって、生き残っていたレーダーでもその反応を感知できなくなった。戦いに勝っても物語のように何もかもが解決したりはしなかった。この大地の遥か下に居る筈のヒロとゼロツーを助け出す方法も分からないままで、それでも私たちはトリノスを中心に生活をはじめた。人類の再出発地点として皆で力を合わせて、それはきっと、二人の願いでもあったはずだから、二人の事を諦めたわけじゃない。でも、二人が残してくれたこの惑星で自分たちの力だけで生きていけるようになる事。全てはそれから。だから、そこから私たちの新しい戦いが始まったんだ。
***
《イクノ・part》
白い廊下を歩く。トリノスは、今では惑星開拓の中心として、保管庫や病院として機能している。病室に転用された部屋のドアは開け放たれていたから、その横の壁をノックした。返事が返ってこないことは予想していたし期待もしていなかったけれど、一応礼儀として・・・。
此処には生き残ったナインズ、アルファとゼータがいる。叫竜が地上に九式を降ろした時。二人は意識を失っていた。最初は隔離病棟に収容していたのだが、目を覚ました後、特に危険な兆候が見られなかったため此処に移動させることになったのだ。あまり反応を示さないゼータは以前と変わらないように見えるが、アルファは別人のように無気力になっていて、それはまるで衰弱して死ぬのを持っているかのようだった。もしかしたらそれが、アルファの望みなのかもしれない。あの日、彼は自分が信じていたものと仲間のほとんどを失った。ナインズの事をあまり良く思っていない者もいる。私も好意的だとは言えない。それでも彼らを助けたのは、きっともう誰かを失うという事に皆うんざりしていたからで、今日此処を訪れたのは、彼らの力が必要だと思ったからだ。イチゴのように私は優しくない。私はただ、彼らを利用するために此処に来ている。
思っていた通り返事は無かったからそのまま踏み込む。部屋の奥、開けられた窓から吹き込む風に揺れるカーテンの向こう側で、アルファは可動式のベッドに上半身を持ち上げられていた。ベッドの横の椅子にはゼータが座っていて、アルファの為に用意された食事をスプーンですくってアルファの口元に差し出している。ゼータは何も言わないが、食事を食べるように促しているように見える。差し出されているスプーンをアルファの手が無造作に払った。金属製のスプーンがゼータの手から離れ、床に落ちて音を立てる。乗っていた食べ物が床を汚す。
「ちょっと」
思わず叫びながら近づくと、光を失ったような眼がこちらを見た。
「君も僕を笑いに来たのか」
興味も無さそうな冷たい声。ゼータは特に気にした様子も無く、落ちたスプーンを拾い綺麗な布で拭こうとしている。
「仲間でしょ?」
アルファは薄く笑う。
「仲間?イオタのすぐ後に作られた。ゼータ、エータ、テータに意思は無い。九式を動かすために必要だった道具だ。恥も外聞も無く、ただ生存し続けようとする生き物」
「この」
思わずアルファの簡易服の胸元を掴んでいた。アルファの身体は抵抗する事も無く引っ張られる。
「殴りたいなら、好きなだけ殴ればいい」
昔の自分ならゼータをアルファがどう扱おうが、此処まで苛立ちはしなかっただろう。胸元を掴む力を緩めることはせず、それでも殴る事はしなかった。アルファの望みに付き合ってやる必要はないし殴ったところで何の意味も無い。だから口を開く。
「あんたが、ゼータが生きようとすることを恥だと考えているのならどうしてあんたはまだ生きてるの?」
アルファは何も答えない。
「自分では死ねないから、そうして死ぬのを待ってるんでしょ?、もしくは誰かが終わりにしてくれるのを、それが一番楽だから」
罵倒にもアルファは表情を変えなかった。視線はこちらを向いていても何処も見ていない。
「じゃあ、ゼータがあんたの言う通りの存在なら、意思も無くただ生きようとするだけの生き物ならどうしてあんたに食事を食べさせようとしてたの?」
アルファの視線が初めて揺らいだ。アルファは視線を動かしてゼータを見た。ゼータはスプーンを丹念に拭いている。
「あんたがゼータを仲間だと思っていなくても、道具だと思っていたとしても、少なくともゼータはあんたを生かそうとしてる。誰かに指示されたわけでもなく、自分で思考してる」
アルファはゼータを眺め続けていた。
「・・・そうか、ゼータには意思があったのか・・・」
そう呟いて、アルファは興味を失くしたように視線を落とした。私は、アルファの服を引いた。アルファの身体が抵抗する事も無く揺れ、冷たい視線がもう一度向けられる。
「それが、どうしたっていうんだ。・・・どちらにしても同じ事だ。僕たちナインズはイオタのクローン。叫竜にも人間にもなれなかった失敗作。僕たちは君らにも劣る存在だった。僕たちにもう未来は無い。いや初めから無かった。・・・今は君たちが羨ましい。命を繋ぐ機能を持った君たちが・・・もういいだろう」
「よくない」
遮る様に否定した言葉にアルファが疲れ切ったような顔をした。
「命を残す事だけが未来をつくることじゃ無い。私がそれをいずれあんたに証明してみせる。その後で、まだ生きていたくなかったら、その時死んだらいい。あんたが、自分で価値を見出せないなら私が与えてあげる。だから手を貸して、親衛隊だったあんたは、私たちの知らないことも知っている筈」
冷めた目に呆れたような色が浮かぶ。
「それだけ、大口を叩いて協力を求めると?」
「そう、使えるのなら私はなんだって使う。どれだけみっともなくても、そう決めたから。それにあんたが未来を、自分たちを悲観しているのは、それをまだ完全には受け入れられていないからじゃないの?あんたにも思いがあるんだ。こうしてまだ生きてるんだから」
アルファは、黙ったままじっとこちらを見つめていて、私も黙って視線を合わせ続けた。暫くしてアルファはため息をついて根負けした様に笑った。
「あの時と同じ目だ」
「あの時?」
「僕の頬を打った時」
「あれは・・・」
自分の感情が抑えきれなくなった時の行動を思い出して恥ずかしくなる。アルファの胸元を掴んでいた手が緩む。その間にアルファの視線は動いていた。
「・・・いいよ。僕、いや僕たちにできる事なら協力しよう」
こちらを見ないままアルファは言った。そしてアルファが手を伸ばすと、その意図を汲んだゼータが無表情のまま綺麗になったスプーンを差し出す。アルファはスプーンを受け取ると、それを眺めた。
「ありがとう」
手を服から離してアルファに礼を言った。アルファはこちらを見ないまま。ゆっくりとスプーンを回していた。
***
《イチゴ・monolog》
ゴローは、よく旅に出るようになった。世界を周って使えそうな物や場所、そういったものを探す旅に、でも多分ゴローが本当に探しているのは別のものだ。口にはしないけれどそれは私の望みでもあって、それでも出掛けていくときはいつも不安になる。帰ってきた姿を見るまではずっと・・・
***
《アルファ・part》
「不思議だ。今まで気にもしなかったのに、今は君が何を考えているのかが知りたい」
ベッドに座りながら発した声に返事が返されることは無い。九式に乗っていたあの時に、もっと理解しようとしていたら分かったのかもしれないけれど、フランクス自体が放棄されてしまったから、それは不可能だ。
「もう君は僕のための道具じゃなくて、だから自由になってもいいのだけれど。何が君にとって良いことなのか、君が何を望むのか僕には分からない。それどころか自分がどうしたらいいのかもまだ僕にはわからない」
ゼータが話せたらよかったのにと思うのは自分勝手な考えだ。少なくともゼータに意思がある事に指摘されるまで気付かなかったのだから
「僕は彼女に協力しながらもっと彼らを学ぼうと思うよ。そうしたら何かわかるかもしれない。君も巻き込んでしまったけれど良かったかな?」
ゼータは相変わらず感情の読めない表情のまま微かに頷いた。
「そう」
夜風が開け放ったままだった窓を通して吹き込んでいた。空には満月が登っている。今までは特に何かを思ったことはなかったけれど、これが綺麗という感覚なのかもしれない。それから不意に体を洗いたいと思った。どれだけ洗ってないのか分からない。連絡事項の描かれた案内書類を引っ張り出してめくってみると浴場が設営されていると書いてあった。浴場は、現在のところ一つしかなく男湯と女湯の時間が分けられているらしい。
「・・・ところで僕たちは、男湯と女湯どちらに入ればいいのだろうね?」
ゼータはしばらくこちらを見つめて、それからゆっくりと首を傾げた。
***
《イチゴ・monolog》
叫竜たちの反応が無くなったのと引き換えるように、荒野に成っていた大地に少しずつ緑が広がり始めて、関係性は誰にも説明できないけれど、たぶん叫竜たちがこの惑星に力を与えてくれているんだと思う。あの日から数年が経って、私たちの生活は何とか軌道に乗り始めていた。
***
《ミツル・part》
店に入ろうとすると、顔を俯かせながら飛び出してきた女性にぶつかりそうになった。
「ご、ごめんなさい」
か細い声でそう言うと、その人は駆けるように去っていく。僅かに見えた頬は上気していて、表情はどこか悲しそうに見えた気がした。店のドアを開けると、括りつけられている鈴が鳴なって、こちらに気付いたフトシが顔を上げて笑みを浮かべた。
「やぁ、ココロちゃんとアイちゃんは元気?」
顔を見ると聞かれるのだから、それはもはや挨拶のようなものだ。
「元気ですよ。というか昨日会ったでしょう?」
「まぁ、そうなんだけど、ココロちゃんもアイちゃんも守るって決めたからね。ああ、ミツルもだよ」
「ついに僕まで含まれるようになったんですか」
呆れながら言うが、フトシは気にした様子も無く胸を張った。
「おれはみんな守るつもりだからね。この街の人、みんな」
まぁ、なんとなくそれは分かっていた。戦う必要のなくなった世界でフトシはその代わりとして食事で皆を守ろうとしているのだろう。
「ところで、あの人はどうかしたんですか」
ちょっと気になったから聞いて見ることにした。
「あの人?」
フトシは首をかしげる。名前を知らないからあの人というしか無くて、ただフトシの知り合いである事は確かだと思っていた。
「さっき店から飛び出してきましたけど・・・よく見かける人ですよね?」
「ああ」
フトシは分かったというように頷いた。
「特に何もなかったと思うけど・・・」
「そうですか?なんだか、悲しそうな顔をしていた気がして・・・」
聞いていて、自分らしくないなと思った。消されなかった記憶と取り戻せた限りの記憶の中にいる昔の自分なら。たぶん気に掛けたりはしなかった。
「彼女とはどういう関係なんですか?」
フトシが少し考えるように答え始める。
「えっとねぇ。この星の開拓が始まって、おれがパンを作り始めた時に、最初は配ってまわってたでしょ?その時にパンを気に入ってくれたみたいで、よく会いに来てくれるようになって、お店ができてからは、ほとんど毎日来てくれて色々話したりしてる。いつもとても美味しそうに食べてくれるし多分すごくパンが好きなんだね」
なぜだろう、とても嫌な予感がする。フトシはそのまま続けた。
「それで、確かにそう言われれば、今日は何だか少し様子が変で、突然えっと確か、私を、いや、私もだったかな、守ってくれますか?って聞かれたから」
「・・・まさか、さっき僕に言ったのと同じ事を?」
「良く分かったね。おれは皆を守るよって答えたんだ」
頭が痛くなってきた。
「それで?」
「そうですよね。安心です。って言って喜んでくれたんだけど、急に今日は用事があるからって、帰っていったんだ」
途中から想像していた通りで頭を抱えたくなる。
「・・・馬鹿なんですかあなたは」
「え?なんか駄目なところがあった?」
フトシは必至に考えているようだが、分かるはずが無い。
「フトシの優しさが、その人を傷つけたんですよ」
「優しさが?ちょっと良く分から・・・」
更に考えようとするフトシに言葉を投げかける。待っていてもフトシは答えを見つけられない。
「あの人は多分、パンじゃなくフトシの事が好きなんです。きっとフトシにとって特別な存在として、君を守るよって言ってもらいたかったんですよ。それをフトシは・・・」
フトシは顔を上げて、驚いた様な表情をした。
「おれのことが・・・好き?・・・何言ってるのミツル?」
ああ駄目だ。欠片も伝わってない。記憶を揺り起こす。
「散々ココロさんに好意を伝えてたじゃないですか」
それが元でフトシに殴られた様な気がする。
「いや、でも誰かに好きだって言われたことなんかないし」
「フトシはあの人の事が嫌いですか?」
「そんな事ないよ。一緒にいると楽しいし、パンを食べてる時の幸せそうな顔を見ているとなんだかおれも幸せな気持ちになるんだ」
「なら追いかけるべきです」
「でも、どうしたらいい?追いついても何言ったらいいかわかんないし、それに本当にそうなのかな?ミツルが間違ってるんじゃ」
「それも本人に聞いたらいいんですよ」
フトシが慌てて手を振った。
「いやいや、そんなこと聞けないよ」
少し考えながら代替案を提案する。
「だったら、また来てほしいとでもいえばいいんですよ」
「それから?」
フトシが答えの続きを求めて真っすぐにこちらを見ている。
「ああ、もう、内容なんて何だっていいんですよ。僕たちに試食させようと思った試作品があるんでしょう?それを持っていってください。店番は僕がしてますから」
「う、うん」
フトシはまだ若干戸惑ったまま、試作品の入った紙袋を持って店を出ていった。鈴の音が遅れて響く。
***
《イチゴ・monolog》
フトシはパンを作り始めた。私たちが始めた生活はどうしても食事の種類が乏しくなっていたから、フトシが作るパンや、時々追加される新しい味に皆は喜んで、大変な環境で生きていく為の原動力になっている。
***
《フトシ・part》
まだ完全には整備されていない道を走っているとすぐに息が上がり始める。こんなことならゾロメの言うようにもっと運動して痩せておけばよかったかもしれないと思う。今となっては遅いけど・・・。飛び跳ねる心臓を強引に抑え込むような気持ちで、無理やり呼吸する。道の先に、歩いている彼女の後ろ姿を見つけた。心に湧きあがるのは、もうそんなに走らなくてもいいという安堵。
「待って」
後姿に呼びかけると彼女は振り向き、一瞬こちらを見てから駆け出した。
「なんでっ?」
疑問を抱きつつも追いかける。落とそうとしていた速度を、もう一度上げる。きつい。
「ねぇ、ちよっと、ちょっと待って・・・」
息を切らしながら呼びかけた時、何かにつま先が当たった。身体が傾いていく。
「あっ」
口からもれた意味の無い音と共に嫌な予感が駆け巡る。なんとか崩れたバランスを取り戻そうと踏み出した足が、前にあった自分の足に当たった。それはないでしょ、と思うも、もうどうしようもない。視界が揺れる。咄嗟に持っていた紙袋を前に差し出すように掲げる。左肩と腹部に衝撃そのまま地面を僅かに滑った。
「痛っ」
痛みを口にしながら慌てて紙袋を見る。破れているところは無い。中身も無事みたいだ。良かった。大きなおなかがクッションの役割を果たしてくれたのだ。今度ゾロメに教えてあげよう。もっとも、痩せてたり運動していたらそもそも転ばなかったかもしれないけど。その事は置いておく、現に今転んで、それを救ったのが痩せていなかった所為だからだ。それから彼女を探そうと視線を上げると彼女がこちらに向かって走ってきているのが見えた。
「だ、大丈夫ですか?」
慌てたように彼女が言う。カッコ悪いところを見られて少し恥ずかしいけれど、できる限り何事もなかったかのように立ち上がって、守ることができた紙袋を掲げた。
「大丈夫」
「何処がですか、大丈夫じゃないじゃないですか」
彼女の視線は紙袋では無くさっき地面に打ちつ付けた左腕を見ていた。つられて視線を動かすと、擦り傷を負ってしまったのだろう、白い服にうっすらと血が滲んでいる。彼女は持っていたカバンからハンカチを取り出し、血の滲む左腕の袖をそっとまくり上げてから、ハンカチを巻いて軽く縛ってくれた。
「私が走っちゃったからですよね。・・・ごめんなさい」
彼女が申し訳なさそうに目を伏せる。それがなんだか悲しくて、いつもみたいに笑って欲しくて否定した。
「そんなことないよ。それより戻ってきてくれて良かった。嫌われちゃったのかと思った」
彼女の顔が勢い良く上げられる。
「そんな、フトシさんを嫌うなんてこと絶対にないです」
彼女の言葉は早口で、ちょっと気圧されてしまう。
「じゃあ、なんで?」
強い眼差しでこっちを見ていた彼女の目がもう一度伏せられる。
「それは・・・その・・・」
彼女は躊躇った後、それには答えてくれなかった。
「じゃあフトシさんは、何で私を追いかけてきてくれたんですか?」
変わりに投げかけられたのは問いかけ。
「なんでって、それは・・・」
ミツルに言われたからという答えは安直で、たぶん良くない。ミツルの言った言葉が正しいのならだけど・・・
「あの人に言われたからですか?店の前でぶつかりそうになった人。あなたと同じ部隊だった。あなたと親しい人」
言葉を失っていると彼女が囁く様に言った。驚きを隠せない。思わず聞き返す。
「え?なんでわかるの?」
彼女はため息をついた。
「分かりますよ。あなたはそう言う事に気が付かないから・・・じゃあ、バレちゃってますよね?」
その言葉の意味を考える。連想することはある。それもミツルに言われた事だけど・・・
「それは、その、君が、あー、えっと」
確認しようとして口から出た言葉は、躊躇いから全く核心に迫れなかった。曖昧に笑うと、彼女も曖昧に笑った。お互いの間に微妙な空気が流れた後、意を決したように彼女口を開いた。
「その、・・・あの、全部説明しますから、黙って、聞いてもらえますか?」
それに何度か頷く、彼女の視線が何かを思い出そうとするように動き、唇が何度か揺れた後。言葉を紡ぎ始める。
「私はフランクスに乗って戦うために生きているって教わって、それが全部だと思っていました。だからグランクレバスを守るために戦って、叫竜に飲みこまれた時、もう終わったんだと思って・・・でも気がついたら地上にいたんです。そして世界は変わっていて。もうどうしたらいいのかわからなくて・・・そんな時にあなたがパンをくれました。口にしたパンは温かくて、柔らかくて、そしたらなんか嬉しくなって、変わってしまった世界でも生きていけるような気がしました。そんな気持ちを私にくれたあなたをもっと知りたくなって、でもあなたの周りにはいつも沢山の人の笑顔があって、私なんか全然駄目で・・・一人で勝手に熱くなって・・・早く伝えなきゃって焦っちゃって・・・私が望んだ答えなんて言ってくれるわけがないって分かってたのに・・・今のままでも良かったのに・・・気が付いたら聞いちゃってて、すごく恥ずかしくなっちゃってて、もう会いに行けないなって悲しくなって・・・」
「なんでもう会いに来れないの?」
黙って聞いていて欲しいと言われていたけれど彼女の言葉の意味が分からなくて思わず口にしていた。
「なんでってその・・・」
彼女は自分で口にしながらその理由を探しているみたいだった。
「おれは君が来てくれるのをいつも楽しみにしてる。それじゃダメなのかな?」
「それは・・・ダメ、じゃない、ですけど・・・」
「君はおれにとってとっても大切な人で守りたい人なんだ。でも皆も大切で。だからその・・・」
大切さに優劣なんてつけられない。彼女がそれを望んでいたのだとしても、そう言ってあげることができない。言葉を探している間に、こっちを見ていた彼女は少しだけ笑ってくれた。
「分かってます。あなたはそう言う人で、あなたのそう言うところを好きになって、だから、私だけを守るって言ってくれたらきっと嬉しいけれど、そしたらそれは私の好きになったあなたじゃなくて・・・」
彼女は一度言葉を切って困ったような顔をして、それから何かを考えるような素振りをしながら口を開いた。
「・・・でも、本当はそんな難しく考える事じゃないのかもしれません。あなたと話していたらなんかそんな気がしてきました。・・・私はただ、あなたの側に居たいんです」
その答えに安堵して、そう言ってもらえた喜びを感じる。
「おれも君に側に居て欲しいよ」
返した言葉に彼女の顔がほんのりと赤く染まる。それをみて自分の頬も熱ってしまったような気がした。沈黙に耐えかねて声を上げた。
「そうだ、これまだ試作品なんだけど。良かったら食べて感想を聞かせてくれないかな?」
彼女は躊躇うように此方に視線を合わせてまだ照れているように小さく頷いた。
「はい」
小さな返事の後で彼女はいつもそうしてくれるように笑ってくれた。それから少しだけ考えるそぶりをして、こちらを窺うように口を開く
「それなら・・・、もしよかったら、その、試食のついでに、この後、私と一緒に食事をしてくれますか?その・・・私だけのために」
「うん、よろこんで」
力強く頷く。彼女の言葉には断る理由も躊躇う理由も無かった。
***
《イチゴ・monolog》
ココロとミツルの記憶は少しずつ戻っていった。全部が戻ったわけじゃなくて、もう取り戻せないものもあるのかもしれないけど、それでも、二人はその上に新しい記憶を積み上げている。二人の間に生まれた女の子と三人で・・・
***
《ココロ・part》
絵本を読んでいる。その絵本は未完成で、王子様と、ツノの生えた女の子を乗せた白い大きな鳥が、惑星にむかって飛んでいくところでお話は止まっている。
「二人は、この後どうなるの?いつか戻ってくる?」
こちらを見つめる目はしっかりと開かれていて、それは彼女がまだ眠る気が無い事を示している。
「それは・・・ママにも分からないの」
少しだけ迷ったけれど優しい嘘をつくことはしなかった。私の答えに彼女の顔が陰る事も無かった。
「もし戻ってくるなら明日かな?それとも明後日?」
「そうかもしれないし、もっとずっと先かもしれない」
本当にそうだったらいいと思いながら、その可能性はかぎりなく低い気がしていた。
だから、私たちはこの絵本を作った。二人の事を記録に残す為に、彼女が作った本物に幾つかのページを足して、本物は、この街の中心、叫竜たちが守ってくれたトリノスの最奥に保管されている。周りには記録保管庫が作られて、これから生まれてくる子供達と、それから、いつか帰ってくるかもしれない二人に伝えるために写真や手紙、日記とか、今もたくさんの物が保管され続けている。もしも二人が戻ってこれたとしても、その時にはもう目を通しきれないほどの数になっちゃうんじゃないかと思う。この子の事も沢山記録されている。そんなに要らないんじゃないかな?と言ったら、記録しておくべきです。と真剣な顔をして言われたから、つい頷いてしまった。
「ママ?」
少し考えに浸ってしまっていたみたいで、首をかしげながら呼ばれた。
「ああ、ごめんね」
そう返すと、彼女の手が掛布団の下から伸びてくる。
「写真見たい。写真」
絵本を前に差し出すと、小さな手が白紙のページを何枚もめくって最後のページを開いた。印刷されているのは、いつかの集合写真。小さな唇が笑みを作る。彼女にとっては知っている人たちの昔の姿が、絵本に印刷されているという事が面白いのだと思う。細い指が紙の上を移動する。
「ママ」
指はそのままずらされる。
「パパ」
さらにずらされながら、名前が次々に呼ばれていく
「イチゴちゃん、ゾロメくん・・・」
そして最後の一人を小さな指が示す。
「フトシ」
彼女は勝ち誇る様に言った。
「フトシくん、でしょ?」
訂正に彼女が頷くことは無く、悪い笑みを浮かべた。怒った方が良いのかもしれないけれど、正しい怒り方が分からない。一番懐いているけれど、それは一番甘やかしてくれるからで、良くないかなと思うんだけど、本人がそれでいいよって喜んでしまうから直りそうにない。まだ、楽しげに写真を見ている彼女に呼びかける。
「ねぇ、いつかあなたが大きくなって、ママになったらこの絵本を読んであげて」
「ママみたいに?」
丸い目がこっちを見つめる。
「そう、ママみたいに」
「うん、わかった」
そう言って彼女は満面の笑みを見せてくれた。
***
《イチゴ・monolog》
イクノが始めたパラサイトの老化を抑える研究は成果を上げつつあって、いずれ不老化する以前の人類と同程度にはできるのではないかとアルファも言っていた。それはパラサイトたちにとっての希望になっている。同時期にガーデンから消えたコドモたちが睡眠状態で保管されている事をナナさんから知らされた。その施設の存在は以前からハチさんが知っていたらしいけれど睡眠装置の稼働を維持することができたから食料の生産が追いつくまで黙っていたらしい。目覚めたコドモ達の中にはナオミも居て、街の人口は一気に倍増した。
***
《ゾロメ・part》
「オレ、イクノみたいに頭良くないだろ」
「うん」
一瞬も迷う事のない同意に釈然としないものを感じる。
「いや、ちょっとぐらいは否定しろよ」
「はぁ?いまさらな事実をどう否定しろって?」
倍ぐらいの勢いで反論が返ってきた。言い返したくなる気持ちをぐっとこらえる。
此処で言い返してしまったらいつもと同じだ。喧嘩になる。大人な対応と言うやつを見せてやらなくてはならない。
「フトシはパンを作り始めたけど。食うのはともかくオレ作るのは得意じゃないし」
「うん」
「ミツルもココロも忙しそうだし、ゴローなんか一回出てくといつ戻ってくるか分かんねぇし、イチゴは街を管理するので忙しそうだし」
「うん」
正直に言えば、何をしたらいいのか分からないのだ。自分だけ置いていかれてしまったようなそんな気がしていた。
「オレ遊ぶの得意だろ?だからもっと小さい子供たちお世話をするっていうのか、お手本になるっていうのか、先生っていうらしいんだけど、それをやろうかなって、子供達も増えてきたし必要なんだってよ。それでさ、その、良かったら一緒に・・・」
そう誘ったのは、今でも一番一緒にいるミクも自分と同じような気持ちでいるんじゃないかと思ったからと、少しだけ自信が無かったからだ。
「はっはーん、自信がないんでしょ?」
「そ、そんなわけ」
「いいわやってあげる」
小ぶりな胸に手を当てて、偉そうに宣言される。その態度はちょっと気に障るが、ひとつ目の目的は果たせたから良しとしよう。
「あ、あと、それから、その」
もっと重要な事を伝えようとする前に指が付きつけられていた。
「ハチとナナと私が先生で、あんたは助手ね」
「・・・は?ふっざけんなよ。なんで俺が助手なんだよ」
「はい、駄目ー。そんなすぐに怒っているようじゃ、子供達のお手本にはなれませーん」
「人の事言えねぇだろうがー」
もう駄目だ。結局いつもと同じだ。
***
《イチゴ・monolog》
ゾロメとミクは、子供達にいろいろなことを教える先生になった。ゾロメはちょっと心配だったんだけど案外うまく行っているらしい、ミク曰く本人がまだ子どもだから。そうなのかもしれないけど一度見に言った時、ゾロメといる子供達は楽しそうだったから適任だったんだと思う。
***
《イクノ・part》
心地い風が、軽く羽織っただけの上着をゆらしていた。
「フトシね最近好きな子ができたみたい。意外だよね」
手すりにもたれながら流れていく雲を見ている。あまり外には出ないけれど、こうしてイチゴが近況報告をしてくれるし、十三部隊の皆も頻繁に訪れてくれるから、いろんな情報が入ってくる。
「そう?記憶を消されてどうなっちゃうかと思ってたココロとミツルがうまくやっていけるようになったのを一番喜んでたのはフトシだったよ」
「そういわれると、そうかも」
「私からすればイチゴの方が意外だった」
「アタシ?」
「イチゴはヒロを待つんじゃないかと思ってた」
「ああ、ヒロにはゼロツーがいる。悔しかったけどヒロとフランクスに乗った時、敵わないなって思ったんだ。フトシもこんな気持ちだったのかな?」
「たぶんね。私も今そんな気持ちだから」
冗談のつもりでそう言うと、イチゴは本当に申し訳なさそうな顔をした。
「あ、・・・えっと、ごめん。イクノに話すことじゃなかった」
なんだか、自分が悪い事をしてしまったような気持ちになる。イチゴはそんな顔をする必要はないのに、それでもそんな顔をしてくれることが何故だか嬉しくて、少し笑ってしまう。
「冗談。なんでも話してよ。ゴローに言えないこととかも。悪いと思ってるならむしろそうして、それがイチゴの罪滅ぼし」
そう言うとイチゴが笑ってくれた。
「なんかそれ狡い感じがする」
「私はめんどくさくて、悪い奴だからね」
私がそう言うとイチゴはもう一度笑って、そして躊躇いながら口を開いてくれた。
「今でもね。時々考えるんだ。これでいいのかなって、あっ、ゴローがいけないとかそう言うんじゃなくて」
頷いて先を促す。
「ゴローいい奴だからさ、本当はもっと相応しい誰かがいるんじゃないかとか、ゴローはいつまでも待つって言ってくれたし側にいてくれた。そんなゴローを私はヒロの隣にいられなかったから選んだみたいで、なんか悪い気がして・・・」
「イチゴにとって、ゴローはヒロの代わりなの?」
「そんな事ないよ。どっちも大切で、それでも、それだと・・・」
イチゴは考えを纏めようとして纏められなかった。真面目すぎてイチゴの思う正しさと気持ちがぶつかって雁字搦めになっている。
「なら、いいんじゃないの?別にそれでも」
思考を遮られたイチゴは驚いたようにこっちを見た。
「ゴローはそれもひっくるめて、それでもイチゴの側にいることを選んだんだと思う。ヒロがイチゴにとって英雄であるみたいに、ゴローや私にとってイチゴは英雄で、だからたぶんゴローにとってイチゴ以上の誰かなんていないよ」
「そう、なのかな?」
「そう。だからイチゴが負い目を感じる必要なんかない。むしろそのほうがゴローに悪いよ」
「そうか、そう、かもね。・・・少し気が楽になった気がする。ありがとう」
「いいよ」
私にできるのは、ただこうして話を聞くだけで、解決なんて出来ない。もしかしたらずっと、でもそれでも良い気がしている。多分生きているっていうのはそう言う事だから・・・
「それよりそろそろ時間なんじゃないの?」
「ああ、本当だ。何かごめんね。私の話だけ聞いてもらっちゃって」
「気にしないで」
「次はイクノの話も聞くから、あたしじゃそんなに力になれないかもしれないけどさ」
「そんな事ない。その時はきっと相談に乗ってもらうから」
「うん、それじゃあ、そろそろ行くね」
「ありがとう」
見送るために姿勢を直す。名残惜しいけれど、忙しい中でもこうして会いに来てくれることには感謝しかない。少し進んでからイチゴは振り返った。
「イクノ」
大きな声で名前を呼ばれる。イチゴが付けてくれた名前。
「イクノもいい奴で、皆にとっての英雄だよ」
そう言って大きく振られる手に、手を振りかえした。イチゴの言葉と向けられた笑顔に、今でも心臓が高鳴ってしまう。ずっと見てきた彼女を独占することはできなかったけれど、追い続けていたあの頃と違って、今は隣に並ぶことぐらいなら出来ているのかもしれない。一抹の寂しさを感じながら、それでも満足感もあって、いつか求めた夢のようなものでなかったとしても、それでいいと今は思える。
***
《イチゴ・monolog》
久しぶりにゴローが戻ってきた。少し前の連絡での声はそれほど弾んでいなかったから、今回もまた大した収穫は無かったんだろうけど、元気に戻ってきてくれたからそれでいい。まだまだ大変なことはたくさんあるけれど、アタシたちは生きていく、たとえ二人にはもう会えなかったとしても、二人が残してくれたこの惑星で、精一杯生きて、やりとげたよって伝えたいから・・・
A:Ending fin
***
《ヒロ・part》
瞼の奥に光を感じた。頬に触れる穏やかな風は土と草の匂いがする。同時に鳥たちの囀りが聞こえた。瞼を開けようとすると、痛いほどの光。慌てて掲げた手が光を減衰させても眩しくて目を開けていられない。
「やっと起きた」
随分と懐かしい声と共に光が遮られる。その影の中で、ようやく慣れてきた目が世界を捉え始めた。
「・・・ここは?」
「地球だよ。ボクたちが作り直した」
夢を見ているみたいで、まだ戸惑ったままの僕に懐かしい声は、先回りするように答える。
「アパスを核にこの惑星を再構築した時の最終段階で、ストレリチアは射出されるようになっていたみたいだ。凄く古いコードで、起動するまでボクにもわからなかった。元々はアパスが完全な機能停止状態に陥った時に操縦席を脱出させる機能だったみたいだけど、ストレリチアにもどうにか働いたみたい。残念ながら地表までは届かなかったんだけどね。それでストレリチアは最低限のエネルギーに守られながら休眠状態に入ったんだ。同時にボクたちも強制的に睡眠状態にされた。それから多分凄く長い時間が経って移動を続けるプレートが偶然ストレリチアを押し上げて、それで・・・」
早口で続けられる説明になんだか良く分からないままに頷いた僕に逆光の中の彼女が微笑む。
「まぁ、いいや」
まだ、輪郭のぼやけているその人影が僕に向かって手を伸ばした。
ずっと前にそうしたみたいに
「おはようダーリン」
差し出されている手を握った。指が伝える感触に夢じゃないことを実感する。彼女にむかって笑い返す。
「おはようゼロツー」
引き上げられるようにして、光の中へと踏み出す。僕たちは比翼の鳥だ。二人でならどこへだって行ける。
B:Ending fin
***
《ゾロメ・part》
騒ぎ声に目を動かすと子どもたちが集まっていた。中心には、森の中から一本だけ長くのびた大木のように見える人影。揺れている灰色の髪に向かって跳んでいる男の子がいて、手を引っ張っている女の子がいる。人影はゼータだった。いつもアルファと一緒に行動をしているゼータが一人で、しかもこんなところにまで来るのは珍しい。見慣れない大人がやってきたから子供たちが好奇心で集まっている。
「なにやってんだ?あいつ」
もはや子どもたちの玩具になりつつあるゼータをぼんやりと眺めていると視線を動かしていたゼータがこっちを見た。ゼータはこちらに向かって足を進めようとするが、子供たちに囲まれているからか、一歩踏み出そうとしては戻す。相変わらずの無表情だが、子供たちに配慮しているのかもしれない。待っていると、日が暮れそうだったから子供達をかき分けながら近づいてみる。目の前まで行くと、ゼータはポケットからアルファに作ってもらった意思疎通用の端末を取り出して、幾つかの単語を撃ち込み表示させて此方に見せた。
(緊急、連絡、集合、トリノス、イチゴ)
アルファのようにそこから細部を汲み取ることまではできないが要点は分かる。ある程度の通信網は街中に存在しているが、数台の特別端末を除き、個人用の携帯端末まではまだ手が回っていない。今日は野外学習で連絡が取れなかったから、ゼータが派遣されてきたのだろう。子ども達に遊ばれているゼータは取りあえずそのままにして、ミクに伝えに行くことにした。
***
《イチゴ・monolog》
きっかけは、トリノスのレーダーが叫竜の反応を示した事。今までそんなことは無かったし、まだレーダーが生きていた事にも驚いたのだけど。もっと奇妙だったのは叫竜を示す点が、街からは少し離れた場所で小さな円を描いてとどまっている事だった。今更、叫竜がこの街を攻撃してくるとも思えなかったし、まぁ、攻撃が目的だったとしても今のアタシたちにできる事は避難することぐらいだったけど・・・あの時ゼロツーは、叫竜達はアパスの指揮下に入ったと言ってた。だから、この叫竜の行動は何かのメッセージじゃないかとアタシたちは結論付けた。確証は無かったけれど、そう思いたかったというのが本音だ。だから、確かめに行く事に決めた。最後の細かい準備はこういう事に慣れているゴローに任せて特にする事の無くなったアタシは、イクノの部屋に居る。
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《イクノ・part》
「ミク、男の子から人気あるんだよ。でも全部断っちゃうの。男の子の事がまだ嫌いなのかな?ゾロメとも喧嘩ばっかしてるし」
出発の前に訪れてくれたイチゴはいつものように皆の事を話してくれる。
「ああ、あれは・・・」
私が言いかけた時、少しだけ焦ったような呼び声が聞こえた。
「イチゴ、そろそろ出発するぞ」
「あっ、うん」
ゴローの声に返事をしてから、イチゴが私を見る。
「イクノは本当にいかないの?ナオミも?」
ナオミが頷く、私も返事をする。
「無理に行ってみんなに迷惑かけたくないから」
研究は実を結んだけれど、戦闘で老化が進んだ身体を元に戻すことまではできなかった。
「迷惑なんて、そんなこと誰も思わないよ」
イチゴはそう言うし、たぶんみんなもそう言うだろうけれど、少しでも枷になりたくなかった。誰よりも行きたいと思っているのは、きっとイチゴだから。
「私のことはいいから早く行って、やっと見つけた手がかりなんでしょ?」
そう言うとイチゴは躊躇いながら立ち上がる。
「ナオミにアルファとゼータもいるからこっちは心配いらない」
笑顔で告げる私にイチゴは頷く。
「わかった。じゃあ、行ってくるね。詳しいことがわかったらすぐ連絡するから」
イチゴが駆けて行ったドアを見てひとりごちる
「・・・本当に何かあるといいんだけど」
それから、ベッドの横にある椅子に座っていたナオミを見て聞く
「ところでナオミは行かなくてよかったの?、私に遠慮してるならそんな必要は・・・」
「そんなことないよ」
彼女は少し困ったような顔で続けた。
「イクノの所為じゃないんだ本当に・・・問題は私の方。ヒロとはあんまりいい別れ方しなかったし、ゼロツーって子のことも私は知らないし。皆が戦ってる間ずっと眠ってたから、その、なんていうんだろう距離感がよく分からなくて・・・ああ、ごめんねこんな話」
ナオミは少し陰った表情を振り払おうとしていた。そんな彼女に私は手を差し出す。
「ナオミ、これからも私のそばにいてよ」
突然そんな事を言われて驚いた様子のナオミは、ゆっくりと確かめるように私の手を握った。
「・・・ありがとうイクノ」
私が何かを言う前に、彼女にお礼を言われてしまった。いつか、そうしてもらったように、私もそうなれたらいいと思う。
***
《ゼロツー・part》
光の下に出たダーリンは、まだ目を瞬かせている。無理も無い。ボクも目を覚ました時はそうだった。すぐにダーリンを起こさなかったのは、生きていることは分かっていたから。それともう少し寝かせてあげようかなと思ったんだ。時間はもて余すぐらいにあるから、暫らくダーリンの寝顔を見ているのも悪くなかった。ダーリンの額には今も青い角が生えていて、少しだけ心が痛んで、それ以上に嬉しかった。今も横にあるその角にちょっとだけ触れようと手を伸ばしてみる。
「ゼロツー、あれ」
ダーリンが突然声を上げて、何かを指し示したから、ボクは伸ばしていた手を引っ込めた。
「なんだろう」
ダーリンが指さした先にあるのは、何かの移動手段の機械のように思えた。昔使っていた輸送機によく似ている。違うのは、あれよりは小さくて飛んでるんじゃなくて、地面を走っているところだ。
「あれからどれだけ経ってるか分からないけれどたぶん人がいるんだ。もしかしたら乗っているのはイチゴたちの子孫たちかもしれない」
「子孫?」
「イチゴたちの子供の子供の子供とか、そういうの」
「コドモのコドモのコドモ?」
ダーリンが首をかしげる。
「まぁボクたちが、イチゴたちを守れたって事」
「そっか、良かった」
そう言って微笑んだけどダーリンは何処まで理解しているんだろう。悲しむかもしれないけれど少しずつ話していかなくちゃならない。
「こっちにむかってくる」
確かにそれを捉え続けていると、真っすぐこっちに向かっている事が分かる。何故だろう。ストレリチアが露出したのを見つけたのかもしれない。何が変わっているだろう?言語や思想。考えられることはたくさんある。突然攻撃されることは無いと思うし、仮に攻撃されても今のボクたちにはそれほど脅威になるとは思えないけど、それでも、イチゴたちの子孫と敵対したくなかった。
「ダーリン。その」
此方に向かってくる機械に近づいていくダーリンを呼び止めて注意しようとした。
「ヒロ!、ゼロツー!」
機械の窓が開いて、青い髪のイチゴによく似た人が手を振った。声もそっくりだ。ダーリンは喜んで手を振り返す。ボクたちの名前を知っていて、見る限りでは行動様式もそんなに変わっているようには思えない。有性生殖による子供の誕生の積み重ねは知識として知っていても、あんなに似るんだろうかと疑問が生まれる。近くまで来て機械は止まる。そこから降りてきた人たちは、記憶と少しづつ違っていたけれどイクノの姿がないだけで、あとは全員揃っている。妙だ。おかしすぎる。振り返ってストレリチアの辺りを見渡すと、地層が隆起したような形跡はなかった。むしろあたりは窪んでいて土が山のように散らばっている。これは・・・掘り起こされたのかな?だとしたら、ボクが思っているほどの時間は経過していないかもしれない。視線を戻すと、ダーリンは皆に取り囲まれて普通に喋っている。何だそう言う事かと思いながらボクは立ち止まった。視線を下げれば、真っ赤になった両足が地面から伸びている。ダーリンの体までボクみたいにならなくてよかった。角は生えちゃったけど、体まで変わっちゃってたら、イチゴ達にはすぐに分からなかったかもしれないし、きっと戸惑ったと思う。駆け寄ってくるような足音に視線を上げると身体に軽い衝撃。身体を強く抱きしめられていた。青い髪が、ボクの胸のあたりで揺れている。
「良かった。ちゃんと帰ってきた」
震えるような声でイチゴはそう言った。
「約束、したからね」
戸惑ったまま咄嗟に口にしたその言葉は、偶然が可能にした結末でほとんど嘘だったのだけれど。
「そうだね」
とイチゴは笑った。
「怖くないの?こんな姿になっちゃったし」
ボクはイチゴを抱きしめるべきか迷っている赤い両手を見る。
「角だけだった出会ったばかりの時の方が、よっぽど怖かったよ。あと、ガーデンに行った後とか」
「確かに」
イチゴの言葉に、ゴローが笑って同意する。ゾロメも頷く。
「今のゼロツーが怖いってんなら、ミクの方がよっぽど暴力的で怖いって」
「は?」
ミクの手刀が届く前にゾロメは駆け出していた。フトシを中心にして、ぐるぐると逃げ始める。
「ちょっ、なんでおれの周りでやるのさ」
「他にちょうどいい盾がないからな」
「車は?車」
フトシの抗議は無視されている。そう言えば、フトシにはひげが生えている。なんだかおかしい。
「ミク、そんなに怒らなくても」
ココロが躊躇いがちに二人を止めようようとしたのを、ミツルが制止した。
「ココロさん、あれは、愛情表現のひとつです」
「え?」
「そうなの?」
ココロとフトシが驚いて声を上げる。
「ミクがゾロメ以外にあんなにムキになって追いかけているのを見たことがありますか?」
「そういえばないな」
ゴローの賛同はどこか棒読み臭い。
「でしょう?ミクは子供達を指導する先生をしてます。本当にミクが暴力的だったら、いつも子供達が追いかけ回されていたり泣いていたりするはずです」
「どっちかっていうと慕われてるよね」
イチゴが頷く。
「ちょっとミツル何言ってんの」
「なんだよミク、俺のことが好きなのかよ。だったらそういえばいいのに」
慌てて振り返ったミクをゾロメが茶化した。
「ちがーう」
ミクが追跡を再開するが心なしかその動作には躊躇いがある。
「ゾロメだってそうです。確かに子供っぽいところはありますが、ミク以外の誰かをあんなにからかったりしていますか?」
「そう言われるとミクに追いかけられてるのしか見てない」
フトシが同意する。
「なっ」
指摘されたゾロメが何かを言おうとしたままバランスを崩して、ミクが追いついてしまう。捕まえたゾロメに向けられたミクの手刀は迷うようにそのままの位置でとどまっている。
「ゾ、ゾロメあんたもなんか言いなさいよ」
居た堪れなくなったミクが、ゾロメを引き寄せて喚く、むしろそれは逆効果になってしまったようだ。
「あ、そ、そんなんじゃねぇ、し」
近距離でミクに見つめられたゾロメはいつもと違う周囲の視線に、か細い声で否定しようとして頬を染めながら視線を逸らした。
「なっ」
つられてミクの頬まで上気する。助けを求めるように周囲を見渡したミクの目には満足そうに頷くフトシ、優しそうに笑うココロ、呆れ顔のミツルに、ニヤつくゴローとイチゴ、楽しそうなダーリンとボクの顔が映ったはずだ。ミクは適切な表情を考えられなくなってなんとも言えない顔になった。
「みんな変わらないな」
ダーリンが懐かしそうに言った。フトシにひげが生えていたり、ボク達が知らない間に変わっていることも多いだろうけど。きっと変わらないこともあるんだ。それはひと時の輝きに過ぎないのかもしれないけれどボクたちはそれを選んだ。ボクとダーリンを膨大な時間がそこからはじき出してしまうとしても、これで良かったんだと思う。遥かな時が流れるその前に、こうして同じひと時を過ごせることをボクは嬉しいと感じている。ダーリンがボクに近づいてきて手を差し出した。
「行こうゼロツー、皆で街を作ったんだって、イクノもナオミも皆いるって、ああ、ナオミには会った事が無かったよね。ゼロツーに会う前のパートナーだった子。紹介するよ」
「前のパートナー?それは気になるなぁ」
意味ありげに聞くとダーリンが焦った。
「別にナオミとは何も無かったから。あの時はキスも知らなかったし」
必死に説明しようとする顔が可愛い。
「知ってるよ」
ボクが笑うと、揶揄われたのだと気づいたダーリンが苦笑する。ダーリンが差し出してくれていた手を握り返して歩き出す。この先もずっとこの手を握っていてくれると、そう信じられるダーリンがいてくれて良かった。それを伝えたくて握る手に軽く力を込める。それに気付いたダーリンが同じように握り返してくれる。ダーリンと一緒にボクは皆の輪の中に踏み込んだ。
***
《ゼロツー・monolog》
絵本の最後のページには化け物とちょっと下手な絵の王子様とその仲間たち。王子様には角が描き足されているし、周りにいるのが家来じゃなくて仲間たちだなんておかしいけれど、それでいいんだ。化け物になってしまった二人を仲間たちは変わらずに迎え入れてくれた。独りだと思っていた化け物は、化け物のままで受け入れてもらえたんだ。
ダーリン・イン・ザ・フランキス:parallel・fin