『剣聖』という言葉をご存知だろうか。
それは数多くの剣才を輩出してきたアストレア家の中でも精霊からある加護を授かった人間に与えられる称号である。
その加護の名は『剣聖の加護』
この加護を持つ者の剣技はあらゆる者のそれを軽々と凌駕する。
代々『剣聖』は国の切り札のような扱いであり、戦場に『剣聖』が現れればたとえどんなに劣勢に立たされていようとも勝ちを確信することが出来る。
過去に嫉妬の魔女を封印するのに大きく貢献したのも初代『剣聖』レイド・アストレアであり、現在ではそのあまりの強さに国法で他国との出入りを禁じられている。
このように他の追随を許さない恐るべき武力を持つアストレア家であるが、実はアストレア家に匹敵する、もしくはアストレア家を凌駕する武力を持った家系が存在する。
「おっかしいなぁ。ここで待ち合わせの筈なんだが……」
俺の名前はルイス・フォン・ゾルダート。
一端の騎士をやらせてもらっているが、今は訳あって人々が行き交い竜車が走る広場の噴水の前に佇んでいる。
何をしているのかと言うと聞いての通り人と待ち合わせをしているにも関わらずその人物が時間になっても現れないのでその場で待機を余儀なくされているのだ。
「まさか仕事初日にすっぽかされるとは思ってもみなかったぜ」
仕事以外の日は家でぐうたらしていると親父から「いい加減誰かに仕えてくるぐらいしろ」と無慈悲な宣告を受けた俺は今日から騎士は騎士でもある人物の従者の騎士となる予定だった。だが結果はこの様だ。この先が思いやられる。
因みに仕える予定の人物は王選候補の一人ハーフエルフのエミリア様だ。親父と個人的に繋がりがあって話を聞いたエミリア様が是非うちにと言ってくれたらしい。
俺自身はそんなに頻繁に会う訳ではないが、見ず知らずの人間よりも面識のある人間の方が良いに決まってる。まあ、今はその面識のある人間が現れないから苦労しているんだがな。
その場で待っていても埒が明かないと考えた俺は近くで果物の店をやっている中年の男に聞いてみることにした。
「すまないそこの店主、この辺りでエミリア様……銀髪のハーフエルフの娘を見なかったか?」
「銀髪のハーフエルフですかい?見かけてねぇですね」
残念ながらそう簡単には見つからないらしい。
目的の情報は得られなかったが、このまま去るのも申し訳ないので俺は懐から銅貨一枚を取り出した。
「そうか、ありがとう。それとそこのリンガを一つ貰ってもいいか?」
「ええ、どうぞ!ありがとうございました!」
この店主、何ヵ月か前に来た時とは対応がまるで違うな。あれか、近衛騎士団の制服を着てるからか。前はローブ纏ってたから「邪魔だ、どっか行け」とか言われたのか。近衛騎士団の凄さがひしひしと伝わってくるね。あの堅苦しいのはあまり好きじゃないけどな。
「仕方ないな、お転婆お嬢様って……ん?」
宛てもなく歩いていると、裏路地のような場所から見知った顔が出てきた。
「ラインハルトじゃねぇの。なんでこんなとこに?」
燃えるような赤髪に空を写したような青い目が特徴の男で俺と昔から縁のある人間ラインハルト・ヴァン・アストレア。当代の『剣聖』であり、数多の加護を持って初代を超えていると言われる所謂化け物である。
「ルイス、君こそどうしてここに?」
「俺は予定の時間になっても待ち合わせ場所に来ないエミリア様の捜索。そっちは?」
「今日は非番なんだが、助けを呼ぶ声が聞こえたのでね、助けに行っていたところさ」
非番でも人助けとは、流石はお人好しである。
こいつは正義感が強くて実力もある。周りからは完璧超人と言われていることもあるほどだ。
だが、結構天然なところがあるので俺としては親しみ易くて助かる。
「それで?」
「それで……?」
「エミリア様見なかったか?」
「残念ながら見てないけど、さっき言った助けを呼んだ男がローブを纏った銀髪の女の子を探しているって言ってたよ。多分エミリア様じゃないかな。スバルって名前なんだけど知り合いかい?」
「いや、俺がド忘れしてる可能性も否めないが恐らく知らんはずだ」
スバル、スバル……忘れてない、よな?
記憶力は悪くない方だと自負しているが、その可能性も0ではない。もし俺が忘れているなら相手に相当失礼だ。
いや、多分エミリア様の従者とかで俺とは面識のない人間に違いない。きっとそうだ。
それにしても、
「困った」
結局エミリア様の情報はなし。
「良ければ手伝おうか?」
「助かる。頼むわ」
非番とは言っていたが、本人が手伝ってくれると言うのならその言葉に甘えない手はない。
「まさか君が誰かに仕えることになるとはね。いつも家で食っては寝てを繰り返している君が」
「いくら温厚な俺でも怒るぞ?」
「エミリア様の前で同じようなことをしないか僕は心配だよ」
「さすがにしねぇわ!見てないところでするに決まってるだろ!」
「本当に心配になってきたよ」
「初めて君の家にお邪魔した時は驚いたものだよ」
「いい加減泣くぞ?」
久しぶりにラインハルトとの会話を楽しみ(?)ながらエミリア様を探し、いつの間にか俺たちは最初に俺がリンガを買った果物屋の近くに戻ってきていた。
「ここまで探して見つからないとは……もしかして俺嫌われてるのか!?」
「そうだね、裏路地のような場所も探したしもう君が嫌われているという方が自然かもしれない」
「おい」
爽やかイケメンのくせしてさらっと毒を吐くラインハルト。いや、爽やかイケメンだからこそ許されるのか。
というよりこいつが俺以外の人間に毒吐いてるところは見たことがないな。まさか俺にだけなのか!?
確かに何かと俺に突っ掛かってくることもあるし、その内決着をつけないといけないな。
「もう残っているのはスラムぐらいだね」
スラム。別名貧民街ともいう。
その名の通り金がなく生活に困っている者が集まっている場所だ。
一応裕福な暮らしをさせてもらっている人間としては思うところがない訳ではないが、一人ではその人々を助けるようなことは出来ない。いつかはどうにかしたいとは思うが今は仕方ないと割り切るしかない。
エミリア様が何故そこに行こうも思ったのかは分からないが、消去法で残りはスラムしかない。恐らくそこにいるのだろう。
だが、予定の時間を大分オーバーしていたし、スラムを端から端まで探している時間はない。
「もう日も暮れるし仕方ない。いっそのこと上から……」
━━━探すか。
そう言おうとしたが、それは遮られた。
スラムへと続く道を一人の金髪の少女が俺とラインハルトに向かって走って来たのだ。それも切羽詰まった顔で息を切らせながら。
「誰か、誰かいねーのかよ!」
スラムも含めてこの辺りの場所は盗難が多い。自分の力では取り返せないと悟った被害者が無理だと思いつつも助けを求めるというのも珍しい話ではない。
先ほどもエミリア様を探している途中目の前で大胆にも他人のものを盗んでいく人間がいたのでラインハルトが捕まえたが、普通は助けてくれる人間はいない。
だが、どうもその少女は何かを盗られたというには顔に恐怖の色も浮かんでいる。
ラインハルトは無言で俺に目線を合わせて頷いた。
助けるつもりだな。まあ、こいつはこういうやつだ。助けを求める人間は放っておけないまさに正義感の塊のような、そんな男だ。
そのラインハルトの前で金髪少女は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
「お願い……助けて」
「分かった。助けるよ」
イケメンかよ。
思わずツッコみそうになった。
「小屋で刃物持った女が暴れてるってか。恐ろしいこともあるもんだ」
「まあ何にせよ、見過ごす訳にはいかないね」
スラムの大通りに風が吹き荒れる。
俺とラインハルトが駆けた跡だ。因みにさっきの少女は方角と小屋の特徴だけ聞いて置いてきた。連れてくるよりも俺たちだけの方が速いのだ。
「それよりも何故俺ではなくラインハルトの方に頼むんだ……こいつは私服で俺は制服だっていうのに。やはりイケメンか、イケメンだからか」
「僕なんかよりも君の方がよっぽど格好良いと思うけどね」
「お世辞は止めてくれ。悲しくなる」
「お世辞のつもりはないんだけど…………薄暗い茶色の壁に隙間なく絡み付いた蔓。あれだね」
ラインハルトの目線の先には説明された通りのオンボロ屋敷。なにかあればすぐに崩れそうだ。
これの中で人が暴れているんなら今すぐに崩れてもおかしくない。
つまりちょっとぐらい壊しても今さらだから大丈夫ってことだよね?
俺は正面入り口から、ラインハルトは屋根から、それぞれの場所に突撃した。
一方その頃小屋の中。
腸大好きサディスティック女ことエルザ・グランヒルテがククリナイフを構えて丸腰のジャージ男ナツキ・スバルに迫っていた。
(ヤバいヤバいヤバい!棍棒でガード……は間に合わねぇ!このままじゃ死………)
今までに二度も味わった激痛と腸が体外へと飛び出る感覚が鮮明に思い出されてスバルは思わず目を瞑った。
しかし、いつまで待っても激痛は感じず、代わりに背後と頭上から爆発のような音がスバルの耳に届いた。
「そこまでだ」
「悪行は見過ごせないぜ……って、エミリア様、こんな所に」
正面入り口を吹き飛ばした人間には見覚えがなかったが、屋根をぶち抜いた男には見覚えがあった。
「お前……ラインハルトか?」
「ああ、さっきぶりだね。遅れてすまない」
ラインハルトは5メートルほどある屋根から軽やかに着地すると、スバルに一瞥してエルザへと向き直った。
スバルは突然のことにもはや先ほど自分の腸が飛び出る錯覚をしたことなど忘れていた。
入り口から突入してきたラインハルトとは別の男はスバルには声をかけず、一直線でエミリアの方へ向かって丁度エルザとエミリアの間に入るように立った。
「まさかこんな所にいたとは。結構探しましたよ」
「ごめんなさい。でも決してルイスとの待ち合わせを忘れてた訳じゃないのよ?ちょっと予想外の事が起こって……」
「話は後で聞きますよ。それよりも今はあいつだ」
ルイスはエミリアを後ろに、守るようにしてエルザを睨んだ。
「黒髪に黒い装束、そしてくの字に折れ曲がった特徴的な刀。『腸狩り』のエルザ・グランヒルテだね」
「なかなか捕まらないって話のアレか。なら今日が『腸狩り』の命日って訳だ」
「大人しく投降すれば少なくとも今日が命日、なんてことにはなりませんが?」
「最高のステーキを前に餓えた肉食獣が我慢出来るとでも?」
若干ニュアンスは違うが、ルイスとラインハルトはエルザに詰め寄ろうとする。が、二人は同時に足を踏み出した瞬間ピタッと動きを止めた。
「ルイス、君はエミリア様を守っているんだ。彼女の相手は僕が」
「いやいや、ここはエミリア様の従者として俺が敵を排除しないと」
「何を言っているんだ。そもそも先ほどの少女に助けを求められたのは僕だ。僕がやるのが当然だと思うけどね」
「お前今日非番なんだろ?なら一応仕事中の俺がやるほうが当然だ。一般人は下がってな」
何故かバチバチと火花を散らす二人。
スバルは自分の中で優しい爽やかイケメンだったラインハルトの人物像が崩れていくのを錯覚した。というより別人じゃないのかと思い始めた。
「なるほど、彼女よりも先に君と決着をつけなければならないようだね」
「そうだな、俺もそろそろお前と決着をつけたいと思っていたところだ」
「え、ちょ、おい……」
いよいよ不穏な空気になってきたのでスバルは無謀にも二人を止めようとしたが、残念ながら止まる気配はない。
いつの間にか二人は向かい合うような位置に立っており、スバルが入る余地はなくなってしまった。たが、そこでスバルはおぉ、と間の抜けた声を出した。
「見事に真逆の配色だな」
今まで触れられていなかったが、ルイスの外見は青髪に紅い瞳、そして白を基調とした近衛騎士団の制服だ。それに対してラインハルトは赤髪に青い瞳、そして黒を基調とした私服。つまりはそういう事だろう。
「エミリア様もいることだから剣はやめておいてあげるよ」
「お優しいことだな。ならいつもの寸止め一本で勝負だ」
ルイスがそう言うと二人は拳を握らないまま両手を胸の位置にまで上げて構えた。スバルが元いた世界でいうジークンドーの構えに似ている。
組み手でもやるのか、とスバルは呑気に考えていた。あながち間違いではないが、生憎スバルが元いた世界の組み手とこの世界の組み手は次元がいくつか違っていた。
合図はなかった。
だが同時に足を踏み込み、全く同じ動作で二人は指先での突きを放った。そして二人の指先がぶつかる。ただそれだけで身体を飛ばされるような暴風がスバルを襲った。
「な、なんだ……!?」
腕で顔を庇いながらスバルが見たのは目に見えないような速度で振るわれているため腕が無くなったように見えるルイスとラインハルトだった。
目には見えないが、手がぶつかり合っていると思われるタイミングで何度も暴風か吹き荒れ、だんだん小屋の中身が崩れていく。
手がぶつかり合うだけでこんな突風が発生するだろうか。スバルはもはや言葉を失った。
10秒、20秒経ってもその攻防に決着はつかず、放っておかれてしびれを切らしたのかエルザはどこからか4本のナイフを取り出してそれを2本ずつそれぞれラインハルトとルイスに向かって投擲した。
「危ねえ!」
組み手(?)に夢中になっている二人に思わずスバルは叫び、二人がやられる姿を思い浮かべてしまった。だが、そんな未来が訪れることはない。
ラインハルトに向かった2本は不自然に軌道を歪め、残りの2本はルイスが人差し指と中指、薬指と小指で1本ずつ器用に挟んだ。そしてルイスが受け止めたナイフはエルザに投げ返された。
「なんかあの技漫画で見たことあるー!」
スバルの声など関係なしに二人のぶつかり合いは激しさを増す。そして一拍の静寂を挟み、轟音が響いた。砂埃が舞い、何が起こったのかは分からない。
徐々に砂埃が晴れ、そこでスバルが目にしたのは━━━
━━━お互いの眼前に指先を突き付けたラインハルトとルイス、そしてスバルやエミリアの背後のもの以外きれいさっぱり壁も何も無くなってしまった見るも無残な小屋だった。
二人は腕を下ろし、互いに見つめて呟くように、しかし結構大きな声で言った。
「「やるな」」
「やるなじゃねーよ!」
思わずツッコんだスバルは悪くないだろう。
その後、エミリアを襲おうとしたエルザはルイスに隣の小屋を軽く4、5ほど貫通する威力で蹴り飛ばされ、姿を消した。
緊張の糸が切れたのかスバルは気絶した。
最強の家系はどこか。そう聞いた時、返ってくる答えは主に二つ。
『剣聖』のアストレア家か『戦神』のゾルダート家である。
しかし、最強の人間は誰か。そう聞いた時、返ってくる答えは一つ。
『戦神の加護』を持つ『戦神』には何人たりとも戦いで勝つことは出来ない。『戦神』に対抗出来ることが確認されたのは当代『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアのみである。
当代『剣聖』と当代『戦神』は唯一のライバルとなり、勝負をしては引き分けを繰り返している。
日々研鑽し合うその二人を人々は双璧と呼ぶ。