「なあ、このあらすじ、この作品のあらすじ紹介と似てねえか?」
「そういうこと言うのやめなさいよ。とにかく、桐生戦兎と万丈龍我は、新世界での暮らしに慣れていこうとしながら、掴み取った平和を噛み締めていた。そんなとき、不穏な動きを見せる者たちも現れ出して」
「そういえば、この前ラーメン屋に行ったときやけに強そうな奴を見かけてよ。そいつからうまいラーメン屋の情報を貰ったんだよ。あとで行ってみねえか?」
「あらすじ中になに言ってんだよ! ああ、もう滅茶苦茶だよこのバカ! あーもう第1話いっちゃって! どうなる第1話!」
「バカってなんだよ! せめて筋肉をつけろ!」
「ツッコミ下手くそかよ」
「これはいったい……」
森の奥深くを散策していた私の前には、見たこともない箱のような物が置かれていた。
箱と言っても、5枚のパネルで構成されて箱のように見えているだけにも見えるそれは、中身が見えていることから、本来はもう一枚、つまり6枚のパネルで中が見えなくなった形こそが本来の形であったようにも思える。
中を覗き込むと、やはり私の知識にない物がパネルに沿うように、側面に嵌め込まれていた。
そのうちのひとつを手に取る。
赤い成分が閉じ込められた掌サイズの物体。
「ボトル、のようにも見えるが、これはなんだ? 模様があるようだが、これはフェニックスか? しかしフェニックス家からこんな物があるなんて話は聞いたことがない。さてさて、これは持ち帰るべきか否か……」
『持ち帰っておけよ。俺と共になぁ』
「なにが!? ――キミはいったい…………」
突然聞こえてきた声に反応するが、声を発した者の姿はどこにもない。聞き間違い……ではない。私の直感がそう告げている。間違いなく、誰かがいる。
「くっ、まさか私が気配を掴めないとは」
まずい。
嫌な予感が渦巻いていく。
こうなれば、仕方ないが一旦退くべきだ!
足元にある箱を回収し、即座に離脱を図ったそのとき。
『その焦りと綻びを、待ってたぜぇ』
「がっ……!?」
体から力が抜け、地面へと倒れていく。
その後、いやらしく嗤う蛇を最後に、私の視界は暗転した。
俺たちの記憶を49のエピソードにわけて記録し始め、それをまずはマスターの好意もありnascitaで店内BGMの代わりにかけてもらえることになってから一週間。
まずは俺――桐生戦兎と、相棒の万丈龍我の出会いの日から。
nascitaには前々からの関係上居やすいせいか、俺と万丈以外のみんなが記憶を共有していなくてもつい足を運んじまう。
激闘の中を駆け抜け、やっとの思いで新世界を創り、世界には笑顔が満ちている。
エボルトに消された仲間たち。
俺が殺してしまった人たち。
俺のことを知らなかったとしても、生きてくれているだけで十分だ。
少なくとも、関係のあった人たちの今は一通り把握できているのだから、これでいいんだろう。
「しっかし、この世界に知り合いがいねーってのはちょっときついよな」
隣を歩く万丈が、そうこぼす。
「まあな。でも、あのままエボルトに地球ごと滅ぼされるよりは、この新世界を創れてよかったと思ってる」
「……だよな。それもこれも、俺のおかげだけどな!」
「はあ? 俺の天才的発明と導きがあったからでしょうが」
「なんだよそれ! 最後にエボルト倒せたのも、おまえがエボルトに乗っ取られたときに助かったのも俺がいたからだろ!?」
「それを言ったらおまえがエボルトに奪われたときに戻れたのは俺のおかげでしょうが!」
なんて言い合っていると、nascitaの前まで来ていた。
「……はあ、言い合い終わり」
「ったく。さっさと入ろうぜ」
先に店に入っていく万丈の後を追い、nascitaへと入る。
「いらっしゃーい」
「いらっしゃいませー」
マスターと美空が声をかけてくれ、カウンター席へと向かう。
「とりあえず珈琲を」
「俺も」
「はい、珈琲2つですね。お父さん」
「はいよ。しっかし、まさか二人が常連さんになってくれるなんて。これはそろそろサインを頼んでも――」
「はいはい、まずは珈琲煎れてよね、お・と・う・さ・ん!」
美空に強く言われて気を落としながら戻っていくマスター。
「にしてもよ」
「なんだ?」
万丈が作業中のマスターを見ながら、なにかを思い出したのかまずそうな表情を浮かべながら小声で話しかけてくる。
「マスターの煎れたコーヒーがうまいってことは、あのクソまずかったコーヒーはエボルトの好みだったってことだよな?」
「あー……そういやエボルトのやつ、エグゼイドたちの世界と俺たちの世界が繋がったときも平気そうな顔で飲んでたっけな」
「はあ? 聞いてねえぞ、そんな話」
「聞いても聞かなくてもなにも変わらない話でしょうが。とにかく、あの味はエボルトの好みだったのと、あいつがまずい珈琲しか煎れれなかったってことでいいだろ」
思い返せば、本当にまずい珈琲だった。
エボルト……星を狩りて力を増し、火星を滅ぼし、月を消滅させ、俺たちの住む地球そのものにまで手を出しかけた超常の存在。
あいつの計画は俺たちを悉く翻弄し、絶望と希望を繰り返させ、そして一人ずつ葬る。
人を理解しようとし、感情を手に入れ、世界に絶望を増やしていった……。
「二度とあんな奴の相手はしたくねえな」
万丈も同じことを考えていたのか、そうポツリとこぼした。
これに関しては俺も同意見だ。
でも、その心配もないんだろうと思う。
「この世界には、俺たちが脅威と思っていた存在はもういない」
「――……ああ、もう戦わなくていい世界になったんだよな」
とはいえ、問題がなくなったわけじゃない。
俺はいまも、ラビット、タンク、ドラゴンにライオンのフルボトルやハザードトリガーに開発した物は一通り持っている。万丈も、グレートクローズドラゴンがいるわけで。
ビルドドライバーも俺と万丈がひとつずつ持っている。
つまるところ、俺たちはこの世界で完全に異物だ。元々存在してはならないってのに、イレギュラーだらけだなこれ。
「はい、珈琲お待たせしました」
思考の海に沈みそうになったところで、美空の声が聞こえてくる。
見れば、前には珈琲が出されていた。
「おう、サンキュー」
「ありがとう」
美空はひとつ笑うと、他のお客さんの元へと注文を取りに向かっていく。
その姿を見ているとマスターが笑顔で近寄ってくる。
「よっ、二人のおかげでうちも結構盛り上がってるぜ? 二人の作った話、まだ1話しか流してないんだけどよ、二人のナレーションの掛け合いも人気高くてさ。早く次が聞きたいね」
「お、マジかよ! やったな戦兎!」
「ああ。まずは第一歩、成功っぽいな」
俺たちだけが覚えている歩み。
自己満足と言われようとも、俺は、俺と万丈は、俺たちが歩んできた道を残したい。楽しくて、悩んで、悲しくて、嬉しくて、衝突して――あの日々を忘れられないし、忘れたくない。
だからこうして残すんだ。
「続きですか……そうですね、全部で49篇になるので、長いですよ?」
「おっ、いいね。長くて結構! 大歓迎さ!」
「わかりました、今度2話目を持ってきます。ところでマスター、いずれこの話にマスターにも参加して欲しいんですけど、娘さんの美空ちゃんと一緒に参加してもらえませんか?」
「お、おい戦兎!?」
万丈が驚いたように声を上げるが、マスターはニヤリと笑うと、
「俺もとうとう声のお仕事ってか? いいねぇ、二人の会話に入れるなんて夢のようだ! 是非参加させてくれ!」
「って、いいのかよ!?」
「さすがマスター!」
これで二人。
残りの参加して欲しいメンバーは厳しいだろうな。そこは万丈の声マネでいくか。
『天才物理学者桐生戦兎がいる東都の街で、スマッシュと呼ばれる謎の怪人が市民を脅かしていた。そこに現れたのが我らがヒーロー仮面ライダー!』
『自分で天才とかヒーローとか痛いんだよ。ただの記憶喪失のおっさんだろ』
マスターの計らいか、ちょうど俺たちが録った第1話が流れ始めた。
「なあなあなあ、俺の役なんだけどさ、二人を見守るおやっさん役とかどうよ? 最初から最後まで見守り続ける優しきマスター。いいんじゃない? なあ、美空」
「お父さんうるっさい! 刻むよ?」
「ひいっ!? ごめんなさい」
なんだか懐かしいやり取りを見せられているようだ。
にしても……。
「なあ、マスター本当に記憶ないんだよな?」
万丈が俺が気になっていたことを尋ねてくるが、この問いには俺も答えを持ち合わせていない。
「ないはずなんだけどなぁ……元々そういう感性の持ち主だった、としか言いようがないのがな」
「はあ……わかんないことだらけだな」
「仕方ないさ。新世界ができてからまだ一月……俺たち『だけ』が知らない事柄が無数にあってもおかしくないんだ。手探りでやってくしかないだろ」
そう、脅威が去ってまだ一月だ。
いまの世界で暮らす人たちからすれば、脅威なんてなかったのだろう。けれど、実際に起きた脅威が去ってまだ一月の俺と万丈からすれば、不安が残るのもまた事実。
「とりあえずいまは、この世界で暮らすことを考えてくしかないってことだよ」
「わーってるよ。その一歩が、俺たちの記憶の収録だしな」
「そういうこと。バカでもわかってるな」
「せめて筋肉をつけろっての」
軽口を叩き合いながら珈琲を飲み干す。
「じゃあマスター、また来ます」
「じゃあな、美空」
マスターと美空に声をかけ、nascitaを後にする。
最後に、また来ると言ったときに美空とマスターが笑っていたのが印象に残った。
さって、気を取り直して第2話の収録頑張りますか。
「なんだありゃ?」
「どうした万丈」
「いや、いまなんか公園が半球で囲われたような気がしてよ。気のせいか?」
「気のせいだろ」
「そうか……そうだよな。よし、おい戦兎。帰りにラーメン食ってこうぜ」
「んー、まあいいか。今日はどこのラーメン屋いくんだよ」
「この前銀髪の背が高い奴にオススメされた店があってよ! そこ行こうぜ!」
「銀髪の背が高いって、それ日本人じゃないだろ。よく話が通じたな」
「んだとぉ!?」
「あー、はいはい。ほら、行くんだろ。案内よろしく」
一時の平和。掴み取った世界。
その世界に紛れ込んだ異物が俺たちだけじゃないことを、このときの俺たちはまだ知らなかった――。