「うるさいよ。別にこっちでも天才物理学者としてでもやっていけるからいいんですー。おまえこそ無職なんだからどうするか考えておきなさいよ。天っ才物理学者である桐生戦兎と無職の相棒万丈龍我は、駒王町で一人のシスターと出会う。しかし、そのシスターは使われていない古びた教会に赴任してきたと語る」
「あの教会、マジで誰も使ってなさそうだったよな。あんなところに来るとかおかしいだろ」
「おかしいのはわかってるんだよ。ほら、続き読みなさいよ」
「ああ? ったく。不信に思いながらもシスターを教会へと案内する桐生戦兎は、あるひとつの仮説に行き当たる。なあ、この仮説ってなんだよ?」
「それは本編見なさいよ。この天才たる俺の名推理を見せてやるからさ」
「ほーん? なにが名推理だよ、物理学者だろおまえ」
「それはそれ、これはこれ。ってなわけで、どうなる第3話! ――今回は言えた」
「器が小さいな」
万丈と共に、シスターの少女を教会へと案内している最中。
俺たちはこれといった問題もなく、教会付近へと来ていた。
前の世界だとこうして誰かを連れ歩くとスマッシュやらエボルトに邪魔されていた記憶があるが、さすがに新世界でまでそんな法則は適応されないみたいだ。
「平和になった証拠か」
まあ、ここに来るまでに学生服を着た茶髪の男の子が一人、俺と万丈と歩くシスターを見て惚けた顔をしたあとに悔しそうな表情を浮かべて去っていくのを見たけど、見た瞬間に確信しました。青春したまえ、学生くん。
で、シスターはどういうわけか万丈に頑張って話しかけているみたいだが、日本語が得意ではなさそうなシスターと、バカの万丈では会話が成立しないのは明白で、二人の間を取り持っているのが俺なのでした。
にしてもこのシスター、名前はアーシア・アルジェントというらしいけど、随分と警戒心のない子だ。
俺や、話の通じない万丈にほいほいとついて来ちゃうあたり、生来の人の良さが出ているのか、なんというか……ともかく、放っておくと危なっかしい印象を与えてくる。
それを本能で悟っているのか、万丈も話がわからないにも関わらず、コミュニケーションを取るのをやめようとしない。
「万丈も基本、人に甘いっていうか、優しすぎるからなぁ。思うところがあるのかね」
「お、ここだぜ!」
前を歩く万丈とシスターが立ち止まるのと同時。
万丈が指差した方向に、ぼろぼろの教会が見える。間違いなく、先ほど町を散策していた際に見た教会だ。
「なあ、本当にここであってんのかぁ?」
「どう見てもボロ屋敷なんだよなぁ。シスター、ここでいいのか?」
目的地に着いたことで、改めて尋ねるがシスター本人にも戸惑いが見え隠れする。
どうやら、ここまで酷い状態だとは思っていなかったらしい。
「あの、ここは教会なんですよね?」
「心配そうに聞いてくるところ悪いんだけど、ここが駒王町にある教会だな。少なくとも、俺たちはこの教会しか見ていない。あとは神社があった気がするけど」
「ど、どうしましょう?」
こっちに振られてもなぁ……。
どう考えても、この子を迎え入れる準備がされているようには思えない。
それどころか、人の気配をまるで感じないこの場所に、言葉も通じない、金銭的にも長くは生活が続けられないだろう少女を置いていくのは忍びない。
「万丈、ちょっといいか? あ、シスターはちょっと待ってて」
少し距離を取り、万丈と向かい合う。
「なんだよ。っていうか、あの教会にあいつ置いてく気じゃねえだろうな?」
「なんだ、もう結論出てるんじゃないの」
「あ? どういう意味だよそれ」
「だーかーらー、あの子をここに置いていくのは嫌なら、この際俺たちで連れていくしかないだろうって話だ」
「ああ、なるほどな! じゃねえよ。連れて行ってどうすんだよ。おまえさっきそれをやったら警察に追われるって自分で却下したばっかりじゃねえかよ!!」
言ったっけ? 言ったな。
「そんなのケースバイケースで対応しなさいよ! ほら見ろよあの教会。ボッロボロのあの場所に幼気な少女を置いていけますかって話ですよ。しかも言葉の通じない、不安で押しつぶされそうな少女をですよ? 万丈くんはそんな非人道的な行いをするつもりで――」
「だぁーうるせえ! わかったよ、連れてけばいいんだろ、連れて行けば! ったく、勝手にしやがれ」
言うだけ言って、シスターの元に戻る万丈。
文句は言ってくるものの、顔には嬉しそうな表情が浮かんでいるのがわかった。
もちろん、連れ出すのはマズイ。非常にマズイのだが、教会は管理されていないと言ってもいい杜撰な状態であり、恐らく管理者もいないのだろう。
赴任先に誰もいないのなら、シスター一人が派遣されたことになる。ならば、彼女が色々知っていてもおかしくない。いや、そうあるべきなんだ。けれど彼女はいっそ清々しい程になにも知らなかった。ここでなにをするのかも、日本語も。
これではまるで、荷物だけ持って追い出されたようなものだ。
「黒とはいかなくても、白じゃないよな」
もちろん、俺たちが間違えている可能性はある。
だが、教会が教会とわからない建造物を建てるわけもないし、やはりここ一箇所だろう。
そう結論づけるしかない。
「だから、俺たちと一緒に行くんだって。ああ、戦兎! おまえが説明しろよ! 俺じゃ伝わらねえよ!」
「あ、ああ。悪い、すぐ話す!」
確かに万丈に任せていたらいつになっても終わらないよな。
それがどれだけ嫌な話だろうと、ここまで来たら無視もできない。
ひとまずシスターに現状を知ってもらうべく説明を始め、教会が使われていないこと、シスター自身の居場所が用意されていないことをゆっくりと伝える。
「つまり私は、捨てられたのでしょうか?」
抑揚のない声で、そう問われた。
「確認するけど、キミは駒王町に来るように言われた人たちからこの町でなにをするために行くのかは聞かされたかな?」
「いいえ、聞いていません」
「じゃあ、ここでの生活に対して、言われたことは?」
「なにも……なかったです…………」
決まりだ。
理由はわからない。事情も知らないが、十中八九、この子は見捨てられた。
「万丈、連れて行こう。たぶん、なんの問題にもならないと思う」
ウソだ。いずれ問題にはなるかもしれない。軽いものであれ、もしかしたらはあり得る。けど……。
「俺たちだけじゃない。みんなが必死になって創った新世界で、こうも早くに辛い現実に潰される人を見ていられるかよ」
「戦兎……ああ、連れて行こうぜ!」
万丈はひとつ笑うと、シスターの手を取る。
「あ、あの……」
シスターは教会と俺たちを交互に見ては俯く。
「キミの居場所は、ここじゃない。いいところを知っているんだ。いい人たちに、温かい場所。俺を創るきっかけをくれた人たちのいる場所があるんだ。行く場所がないなら、よければそこに来ない?」
「おまえ、それ完全に押し付けるつもりじゃねえか」
「俺たちと居るよりはいいだろ。それより、問題ばっかだぞ。マスターと美空の承諾を得ないといけないんだからな」
「それこそ問題ないだろ」
問題ない、か。
きっとないんだろうな。マスターは見た目通りの気さくで優しい人だった。エボルトの演じていたマスターは、たぶんそのままマスターの一面だったのだろう。
あの人なら、きっとだいじょうぶ。ごめんマスター、ちょっと押しかけるけど、いまのnascitaなら珈琲おいしいし、お客さん入ってるしなんとかなると信じてる!
「おいアーシア、行こうぜ。なにかあったら俺とこいつで守ってやっからよ」
「あの……」
シスターアーシアが俺を見る。
「こいつは、『なにがあってもキミを守る』って言ったんだ。だいじょうぶ、まずは落ち着ける場所に行こう。そこでゆっくり考えればいいさ。自分がどうしたいのか、自分とゆっくり語り合えばいい」
「――戦兎さん、万丈さん……私、一緒に行ってもいんですか?」
「もちろん。さあ」
万丈に続き、俺も彼女の手を取る。
俺たちに手を引かれたアーシアは、一歩前に踏み出ると顔を上げ、意志の宿った目を俺たちに向けた。
「さて、行くか」
「おう! って待てよ戦兎。バイク一台しかねえぞ? こいつどうやって連れてくんだよ」
「はい、これ被って」
「聞けよ!」
ヘルメットをシスターに渡し、マシンビルダーを展開する。
「万丈、バス出てるから、しっかり間違えず帰ってこいよ。まずはnascitaに集合な。じゃ、またあとで」
「は!? あ、おい戦兎! うそだろ!? ――本当に置いて行きやがった……くそっ、バス停どこだよ!」
ミラー越しに走っていく万丈が、無事にバス停のある方向へと行くのを見届け、俺たちも駒王町を出てnascitaへと向かう。
最後にもう一度教会に視線を向けるが、まあ、やっぱり人のいる環境じゃなさそうだ。
カラスの羽らしきものが大量に落ちていたが、溜まり場にでもなっているのかもしれない。
そんな感想を最後に、俺はシスターを連れてnascitaへと向かう速度を上げていった。
なぜ速度を上げたのか、自分でもわからないままに――。