「なあ、なんか前回の最後にかずみんっぽい奴いたけど、あいつこの世界でも美空のこと好きなのかな?」
「ちょっとはシリアスに寄せることを考えなさいよ。だいたい、あいつの美空推しは異常だっただろ? こっちの世界でも会ってるんだからもちろん推すに決まってるでしょ。推しはそう簡単には変わらないんだよ」
「おまえだってノッテきてるじゃねえか。ってかよ、かずみんいるならだいじょうぶじゃねえの?」
「こっちの世界でも変身できるなら余裕だろうけど……できると思うか? ドライバーもボトルもあいつ持ってないと思うよ?」
「なんでそういう大事なこといま言うんだよ! はやく戻らねえと危ねえじゃねえか!!」
「ドライバー持ってないことくらい予想しとけよ! ああ、もういまから戻って間に合うの!?」
「間に合わせるんだよ、いいから急ぐぞ!」
「走りながらのあらすじ紹介なんていつぶりだよ!」
「はやくしろ! どうなるかわかったもんじゃねえぞ!」
「わかってる! 俺も気になって仕方ないから、はやく本編行こう」
戦兎と万丈がnascitaを出て行ってからすぐのこと。
アーシア・アルジェントを店に残していった二人がすぐに戻ってくる気配はなく、お客が入ってくることもない。
「ねえ、お父さん」
「なにかな?」
「あの子、本当にうちで面倒を見るつもり?」
「まあ、そうなるかな」
アーシアはマスターに渡された本を教材代わりにして日本語の勉強を始め、マスターと美空は現状についてを話し合っていた。
「どうしてそんな簡単に了承したの?」
「んー……なんていうのかなぁ。あの二人を見てると、つい世話を焼きたくなるっていうか、放っておくことができないっていうか。なんだかよくわからないんだけど、あいつらのことは無償で信じられるんだよ」
「なにそれ」
「美空にはちょっと早いかな? 大人になればわかる! って話でもないけど、時折あるんだよ。ああ、こいつらは絶対俺を裏切らない、あいつなら必ずどうにかしてくれるって思う人と会うときがな」
「あの二人が、お父さんにとってはそうってこと?」
「どうかな……それにたぶん、二人じゃない。もしそうだとしたら、きっと戦兎の方だ」
マスターはそうこぼしてから、口元を吊り上げて見せた。
そのニヒルな笑みはどこか蠱惑的であり、魅力的でもあった。
「最近さ、なんか夢を見るんだよ」
「夢? 夢なら私も見るけど?」
「そうじゃなくてさ。すごく現実的で、けれどとても悲しい夢。その結末がどうなったのかもわからない、長く、苦しい、けれど――たったひとつの希望が残る夢」
マスターの話を聞いていた美空が怪訝な顔をする。
「ねえ、お父さん。その夢って――」
「今日も、やってまいりました!!」
美空がなにかを口にしかけたそのとき、nascitaの扉が開かれる。
「ん? おう、いらっしゃい。今日も仲がいいね」
「やっほー、マスター!」
「ほらカシラ、最初は噛まなかったんだからその調子で早く言ってくださいよ!」
「いや、一度落ち着いてからじゃないとカシラ絶対噛むって」
「っていうか、カシラ固まってない?」
騒がしい様子で入ってきたのは、4人の男性たち。
一人は美空を見るや否や花束を抱えたまま行動を停止、他の3人はその様子を見て微笑ましそうに、楽しそうに、呆れたようにそれぞれの笑顔を浮かべている。
カシラと呼ばれる、花束を抱えた男性はいまも放心状態であり、集団の中で最も身長の高い男がカシラが倒れてもいいように近くで待機しており、最も調子の軽そうな男性はマスターに自分の注文をしていて、寡黙そうな男性はその様子を見守っている。
よくわからないお客だが、彼らはこれでもnascitaの常連なのだ。
ある意味では、常連だからこそ許される身勝手さなのかもしれない。
「いらっしゃいませ。あの……」
美空も慣れてはいないものの、突っ立ったままの男性に話かける。最初に出会った頃は話しかけるどころか避けてしまっていたので、これでも大きな進歩が見える。
「ほらカシラ、彼女から話しかけてくれてますよ! いましかチャンスないですって!」
背の高い男性がほらほら! とカシラの背を押す。
「――……はっ!? 天使が目の前に……」
「カシラ、花!」
「あ、ああ……そうだった。なんか川の向こうで俺とそっくりの顔の奴がこれまた俺の天使並みに綺麗な女性と一緒にいて手招きしていて、それで」
「カシラ、お花いいのー?」
「やっぱりテンパってる」
「ねー」
席についてゆっくりと様子を眺めに入った他二人はこの後の展開を予想しあいながら和気藹々と珈琲を飲み始める。
「あっ!? 花!」
そんな彼らを他所に、カシラと呼ばれている男性は思い出したかのように美空へと花束を見せる。
「んんっ、んっ! 今日もやってまいりました。これ、今日のお花です。綺麗なあなたに似合うお花が咲いていたので、つい。よければどうぞ」
一度呼吸を整えてから、カシラの手から美空へと花束が渡る。
「きれい……ありがとうございます」
そして、花々を見た美空がカシラへと笑顔でお礼を言った。そう、笑顔で、お礼を。
(はあぁぁぁぁぁぁっっ!? なぁんですかこの汚れを知らない純粋度100パーセントな笑顔はぁ〜。こんな笑顔向けられたらもう僕どうにかなっちゃいます〜。というかnascitaに通い出してやっっっと普通に会話できたんですけど! もう今日興奮で寝れませーん。というかこれ、いまならもしかして名前呼び許されちゃうやつじゃないんですか!? そうだ、ここだ。ここで攻めろ猿渡一海29歳。心火を燃やしてアタックだ!」
カシラ――一海が意を決して美空を見たとき、そこには心底引いた様子の美空の顔。
その後ろでは、「あちゃー……」と言った様子のお仲間たち。
「ん? どうしたおまえら」
なにか不穏な空気を感じたのか、一海はnascitaに共に来た3人へと尋ねる。
「カシラ、心の声が途中から漏れてましたよ……」
「それ聞いちゃったから、ほらこの通り!」
「これは完全に変態扱いだな、カシラ」
ガクリ、とすべてを悟った一海は膝を折り、床へと額をつけてしまう。完全に心が折れたらしい。
「あ、えっと……」
「あーいいのいいの。気にしないで!」
「カシラが悪い。ちょっとショックだっただけで、またすぐ起きるからそのときに話してやってくれ」
美空が倒れた一海を気にして手を伸ばすが、それを軽い調子で制す仲間たち。
良くも悪くも、コンビネーションの出来上がっているチームなのだ。
「お父さん……」
「いつものことだしいいよ。起きてからゆっくり注文してくれればね」
カウンターの奥から事態の行方を観察していたマスターがそう答える。
その表情はとても穏やかで、まるで前からこの光景を知っていたような、望んでいたようにさえも思える。
「くっ、俺はいったいどうしたらいいんだ!」
周りの様子など知る由も無い一海は、自分の失態に項垂れ続けているものの、声音に生気が戻ってきている。なにせこの男、自分が惚れ込んでいる美空と同じ空間にいるだけで幸せオーラを出すような男である。
仲間もそれを知っているので放っておいている節が強い。
「平和だなぁ……」
あの日から、なにかが引っかかっている。
戦兎がnascitaにやってきた日。
(おかしな夢を見始めたのは、自分の中の感覚が変わりだしたのは、戦兎が来てからだ。でも、これは不安なんかじゃない。むしろ、むしろ俺はこのいまを受け入れたいとさえ思っている……なんでだ?)
表情には出さないものの、マスターの中では疑問が渦巻いている。
(それに最近やけに店に来出した一海くんも、どこかで会っている気がしてならない。なのにどこなのかも、本当に会ったのかも思い出せない。代わりに懐かしい思いだけが募っていくのはいったいなんなんだ?)
自分はなにかを忘れてしまったのだろうか。
そうした気持ちがあるのは事実なのだろうとマスターは認めている。だからアーシアも受け入れたのだ。受け入れることができたのだ。
「あれ? ねえ、マスター。あの子は?」
一海の相手が飽きたのか、一海の連れの一人がマスターへ質問する。
「ん? ああ、アーシアちゃんだ。今日からうちでホームステイに来ていてね。いずれはこのnascitaで働いてもらう予定かな。いまは日本語の勉強中。邪魔しないようによろしく」
「なるほど、了解」
当のアーシアは勉強に夢中で一海たちが来たことに一切気づいた様子がないための配慮だ。
集中しているなら水を差すのはよくないとの判断だった。
「あ?」
そんなこんなで過ごしていたとき、一海が出入り口を方へと視線を向けた。
「どうしたんすか?」
「ああ、いや……いまなにか、殺気みてぇなもんを向けられた気がしたんだがよ」
首を傾げ、もう一度扉を見る。今度は長い間、一切逸らすことなく。
すると、やがて扉が開けられ、外からシルクハットを被ったスーツ姿の男性が入ってくる。
「失礼。こちらにアーシア・アルジェントがいると聞いて来たんだが――ああ、そこにいたのか。ならば話は早い。レイナーレさまがおまえを探している。我々の元に来てもらおうか」
「あなたは、いったい……」
これまで勉強に集中していたアーシアが、初めて動揺を見せる。
教会にいたからこそわかる、目の前の異形の存在に。
「答える義務はない。レイナーレさまも、おまえ自身には興味がないからな。あるのは貴様の中にある神器のみ」
「……神器、ですか?」
スーツ姿の男性は有無を言わさずにアーシアへと手を伸ばすが、
「待って! あなたは誰で、この子になんの用があるっていうの!?」
美空がそこに待ったをかけた。
「人の子か。怪我をしたくなければ退いていろ。貴様らには関係のないことだ」
「そんなことない! もう、うちで面倒見るって約束したから!」
「はあ……意味のないことだ。小娘、貴様がいくら吠えようと無意味だ。面倒を見る? 笑わせる! 時間もないことだ、さっさと連れて行くとしよう」
「おい、そいつは通らねえよ」
美空の言葉を切って捨てようとしたところ、起き上がった一海が美空の前に立ち正面からスーツの男と睨み合う。
「通る、通らないの話ではない。この話は最初から通っているのだよ。さあ、そこを退け」
「いいや退かねえ。その子のことは知らねえし、どういう関係かもわからねえ。でもな、みーたんが嫌だと言ったことをおまえが強引にしようってなら、それを許すわけにはいかねえんだよ!」
一海が容赦のなく拳を振りかぶるが、難なく掴み上げたスーツ姿の男性は、一海をnascitaの外へと投げつける。
「うおっ、マジかよ!?」
扉が破壊され、外へと転がっていき見えなくなる一海。
「てめえ、よくもカシラを!」
「なんてことすんだよ!」
「俺たちのカシラに手上げてんじゃねえぞ!」
激情した連れの三人が三方向から同時に攻め込むが、それすらも難なくあしらわれ、一海と同じように吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられてしまう。
「みんな!」
「みなさん!?」
美空とアーシアから悲痛な声が漏れる。
「ちょっと待ったぁ!」
最後の砦とばかりにマスターが寄り添う美空とアーシアの前へと躍り出る。
「ふん、戦えない者が無闇としゃしゃり出てくるからこうなるのだ。おまえも同じだ。人の身で我々堕天使に勝とうなどと、片腹痛い!」
「あんた、いったい何者なんだ……?」
「我が名はドーナシーク。これから死に行く者たちよ、せめて最後までこの名を覚えて逝くがいい」
名乗りながら、背中から黒い翼を生やすドーナシーク。
その光景に、プレッシャーに、非現実的を目の前にして限界が来たのか、美空が意識を失う。
「美空さん! もうやめてください! 私が行けばいいんですよね!?」
「いいや、もう遅い。なにせ、私の正体がバレてしまったのでね。放っておくことなどできない!」
「ぐあぁっ!!?」
直後、マスターが横に吹き飛び、壁に激突する。
「いやぁ!!」
勝手な言い分を押し付けるドーナシークに悲しい顔をするアーシア。
なにより、自分を救ってくれた人たちを逆に傷つけてしまった罪悪感が彼女を蝕む。
だが――。
「……がはっ、つぅ……歳なんだから、これはダメでしょ、もおぉ……でも、寝てられないんだよ。ああ、そうだった。そうだったんだな……戦兎、おまえを信じられた理由は、そういうことだったのか。なら、俺はもう恐れなくていいんだな」
「マスター、さん……?」
立ち上がったマスターが、痛々しい状態とは裏腹に晴れ晴れしい笑顔を見せた。
なにかに納得し、嬉しそうにはにかむ彼の両手には、黒い銃の形をしたデバイスと蛇の模様が描かれたボトルが握られている。
「なぁに、まだおじさんが残ってるでしょ?」
――この場で一人、まだ諦めていない人がいるのならば。
『最近さ、なんか夢を見るんだよ』
『そうじゃなくてさ。すごく現実的で、けれどとても悲しい夢。その結末がどうなったのかもわからない、長く、苦しい、けれど――たったひとつの希望が残る夢』
ドーナシークに吹き飛ばされた瞬間、頭の中を駆け巡った数々の記憶。
夢なんかじゃなく、この世界ができるまでに起きた現実での出来事。
エボルトに憑依されていた時間がもっとも長く、彼との接触時間は最長を誇るマスターは、エボルトを介してとは言え、前の世界を破滅へと導いていたエボルへの変身。自身の記憶からこの世界には存在しないはずのフルボトルが精製されていたりと、この世界でイレギュラーにも成り得る要素がいくつも残されていた。
それらの要因が外部からの刺激を受けることで活性化し、前の世界の記憶を呼び起こす。
「俺はもう、自分の娘に悲しい思いはさせない。そして、この世界を守り、創ってくれた戦兎を今度こそ俺の手で支えてみせる! そう……これは俺の、贖罪だ」
「ほう……まだ動けるのか。面倒だが、次こそ仕留めてやる」
「いいや。悪いが、いまの俺は負けられない。あいつらが背負ってきたものを、今度は俺も背負っていくと決めたからな」
銃型のデバイス――トランスチームガンにボトルを挿入する。
『コブラ!』
「――蒸血」
『ミストマッチ!』『コッ・コブラ……コブラ……ファイヤー!』
悪に抗い続けた魂は、いまここに、正義のために立ち上がる――。