「まさかマスターの記憶が戻るなんて思ってなかったよな。でもあれどう見てみエボルトだろ?」
「そう思うのは仕方ない。俺たち全員、あいつにいいように騙されてきたからな。それよりほら、続き読みなさいって」
「はいはい。マスターをエボルトかと疑った戦兎だが――疑ったのかよ!」
「いや、おまえもどうなるかわからないからな? 最新話しっかり見たか?」
「え? ちょ、俺なんかあったの!? まだ最新話見てねえからわかんねえんだけど!?」
「あー……」
「なんだよその反応! もう気になってあらすじ読めないんですけど!?」
「じゃあもう今回のあらすじいいや。このまま第9話いっちゃって」
「この雑な扱い……俺もう泣いちゃうからね」
マスターとの話し合いを終え、nascitaへと戻る帰り道。
今日起きた出来事を確認した中で、ひとつだけ疑問が残った。
「なあマスター、堕天使にマスターと一海たちは吹き飛ばされたんだよな?」
「ああ、そうだよ。戦うって痛いんだなって思うよ」
「……否定はできない。それより、そのとき怪我しなかったのか? nascitaで見た一海や三羽ガラスも傷ひとつなかったけど」
そう、店があれだけ壊されて、美空にも危険があった中で一海が動かないわけがない。
あいつは誰よりも仲間に対して厳しく、そして優しかった。だからこそ、目の前で傷つく人がいたら放っておかない。
けれど堕天使の力はただの人を上回る。一海が戦って怪我ひとつないっていうのは妙だ。
「あー……そうだよなぁ。説明しないわけにはいかなよなぁ」
どうしたもんか、とチラチラとこちらを見てくるマスター。いやいや、知っているなら話してもらわないと。
「なにも知らないままだといざってとき困るって。別に、悪い話じゃないんだろ?」
「それはそうなんだけどよぉ。まあ、おまえたちならだいじょうぶだろうし、話さないことで生じるデメリットの方がデカイからいいか」
ため息をつきながらも、話す気になってくれたらしいマスターが口を開く。
「実はな、アーシアちゃんが治してくれたんだよ」
「シスターが? 万能薬的なものでも持ってたってのか?」
「んなわけあるかよ。なんか手のひらから光を出してよ、その光が当たると不思議なことに怪我が治るんだよ!」
「はあ? 光が当たっただけで怪我が治るわけないでしょ――いや、待てよ。確かベルナージュも同じように万丈を……もしかして、シスターの中に火星の王妃が? ああ、いやでも……この世界にエボルトはいないってことは火星も無事なわけで、つまりベルナージュは火星にいるのが妥当なはず……どうなってるんだ?」
新世界にベルナージュがいるとすれば火星にだと考えていたけど、もしかして違ったりするのか? いや、でも火星の王妃だって言ってたし地球に来てるわけないよな。
「なあ戦兎。たぶん考えすぎじゃねえか? それにほら、堕天使がいるってことは、もう前の世界の法則はないようなもんだろ? アーシアちゃんは不思議な力を持ってるってことで納得しとけばいいじゃねえか」
マスターは陽気な声でそう言ってくれるが、俺にとっては流していい問題じゃない。
確かに、人間ではない知的生命体であるなにかが存在しているのは間違いない。そこにきて人間の持つ、人の手には余る力、か。怪我を治す力があるなんて知られれば実験動物的扱いを受ける可能性もある。そうなれば、ファウストのときと同じ――第2の人体実験になっちまう。
「仮にシスターが怪我を瞬く間に治せるとして、それがシスターだけとは限らない」
「ん? つまり、アーシアちゃんみたいな力を持ってる子が他にもいるってのか?」
「可能性の話だけどな。どうにも、新世界の情報が少なすぎる。また旅に出ないといけないかもな」
「発想が飛んでるなぁ……頭の回転が俺とは違うってことか」
シスター本人は自分のことを理解しているんだろうか? 彼女にも話を聞いて、それで行動を起こすかも決めないといけないな。
「方針を決める必要があるな。マスター、続きはnascitaに戻ってからにしよう」
「あ、ああ。ほとんど戦兎の独り言なんだけどね?」
そうして、いつかの帰り道を軽口を叩きながら歩く。俺たちは互いに、笑顔を浮かべながら。
戻ってきてみれば、あら、どうしたことでしょう。
窓こそ割れているものの、荒らされたnascitaの内装は前と変わらないまでに修復され、破られたはずの扉も付け替えられていた。
「はやっ!?」
「うそーん!?」
マスターと二人で驚くが、他の残ってた面々はやりきった顔してるし、万丈と一海がやけに仲良さそうに話している。どうやら、こっちの世界でもうまくやっていたらしい。
彼らの足元にソースをかけたような跡が残っていたが、見なかったことにしよう。
「おう、戦兎! 話終わったのか?」
「ああ。こっちもやけに早く直ったな」
「まあな。俺の筋肉とあいつらのコンビネーションのおかげだな」
「そういうこった。みーたんがアイドルになっても推せる、いいやむしろ推したい俺の原動力があればこんなもんよ。ねー、みーたーん!!」
万丈の言葉に乗ってきた一海が美空へと話しかけに行く。あ、シスターが驚いたことを怒られてるし……。
「人ってのは、そう変わるもんじゃないさ。世界が変わっても、人の根っこの部分は変わらない」
俺の心情を察してか偶然か、マスターが声を発する。
その言葉はすんなりと俺の中に入ってきて、納得させられる。世界が変わった程度じゃ、根幹は変わらない。わかってるさ、みんな変わってない。記憶がないだけで、きっと俺の知っているみんなと然程ズレはないんだろうことくらい。
「あいつ、やっぱりこっちでも美空のこと好きなんだな」
「いいんじゃないか? それでこそ、俺たちの知ってる一海だ」
「まあな。それより、なにを話してきたんだ?」
万丈からの賛同を得たところで、俺はこいつの質問に答えるとしますか。
ああ、でもその前に。
「ちょっと外出るぞ」
「あん? 話すだけならここでいいじゃねえかよ」
「よくないから言ってんだよ。ほら、早くしなさいよ」
「んだよ、仕方ねえな」
怠そうに立ち上がった万丈は、俺の後に続いて外に出る。
「で、なんでマスターも付いてくんだよ」
「そりゃあ、必要だからに決まってるだろ? なあ、戦兎」
「まあね。いいか、よく聞け万丈」
「おう、聞いてるって。それで?」
俺はマスターについて、nascitaの襲撃についてを一通り説明する。ちなみに、マスターの記憶に関しては何度も、何度も、万丈が信じるまでマスターと二人で話したことで理解してくれた。
「つまり、マスターがエボルトじゃなくて、そんでもってこの世界のマスターが俺たちの世界のマスターになって、そのままこの世界にいるってことか!」
わかったと信じよう。俺たちの世界での記憶をマスターも持っていることさえ伝わればいいんだ。
途中エボルトじゃないかと疑われたが、これは個人で信じるしかない。なにより、新世界を創るためにエボルトは消えたのだから、それでも疑惑を抱いてしまうのは、騙され続けてきた俺たちの心が弱いからだろう。まだ、あいつの影を引きずっているに違いない。
「それでだ、俺たち今日からまたnascitaでお世話になることになったからな」
「はあ!? いいのかよそれ!」
万丈が聞くと、「もちろん」と返すマスター。
「これでもう寝床の心配はねえな、戦兎!」
「嬉しいけど、ただ居座るってのもあれだから、どうにかして職も探さないとな」
とはいえ、これは行く行くはになりそうだな。働く暇が果たしてあるかどうか……。
堕天使、シスターの問題の解決もしないといけない。
「ん? 万丈、その羽はなんだ?」
「羽?」
「服についてるやつだよ」
「お? ああ、これか。そういやnascitaの中に結構落ちてたぜ? 掃除中についちまったんだな」
服についていた羽はそのまま捨てられたが、マスターはその羽を見ながらつぶやいた。
「あの羽、俺が戦った奴の羽だな」
つまり堕天使の羽……俺と万丈が会った女性も同じような羽を生やしてたっけ。ん? そういえばあの羽、どこかで見覚えが――。
どこだ? つい最近、どこかで。
最近行った場所、出会った人たちの光景が頭の中で流れていく。
『ん? こまおうちょう?』
『あうぅ、なんで転んでしまったんでしょうか……ああ、すいません。ありがとうございますぅぅ』
『あ、あの……教会の場所を知っているのであれば案内していただけると嬉しいのですが……ダメですか?』
『残念ね、飛べないのなら私には追いつけない。それにいいわ。あなたたちを誘い出せたおかげで、いまあの店には他に力を持った人間はいないのでしょう?』
そうか、そういうことか。
「――繋がった!」
「お、どうした天才物理学者!」
「残念ながら、いまの俺たちには堕天使のことも、その堕天使が言っていた神器のことも、ましてやシスターのことさえもわからない。けれど、ひとつだけ手がかりがあったんだ」
元々、やつらの狙いはシスターだったのなら。
俺たちと戦ってまで彼女を欲したのだとしたら。
「シスターはnascitaに来る前、駒王町の教会に行く手筈になっていた。けれど、人が居られる場所じゃないからと、俺と万丈でnascitaへと連れてきたんだ」
「それがどうしたってんだよ」
「そこが問題なんだ。nascitaが狙われたのは、本来であればシスターが来るはずだった教会に行かず、nascitaに連れ去られたから。恐らくこの一点に集約する」
「ほお? そいつはどうしてだ?」
俺がシスターを連れて帰るときに見た光景を思い出す。
「教会には、俺たちが見た堕天使の羽らしきものが落ちていた。それに、マスターと戦った堕天使の言葉からは最初からシスターのことを知っていたようにも感じる。だから、堕天使たちの目的は最初からシスターで、その作戦は駒王町の教会で実行されるはずだったってこと。ってところかな」
たぶん、細部が違ったとしても、大きな差異はないはず。
「つまり、どうしたいんだ?」
「俺たちには情報が足りない。それでいて、あの教会には堕天使のいる可能性が極めて高い。けれど、マスターに一人倒されたことを警戒して場所を移さないとも限らない」
人間を下に見ている節があったからその辺りはないかもしれないが、逆に、格下の人間に倒されたことでより警戒されるかもしれない。
「ここらで一度、こっちから攻めてみようと思う」
「いいのかよ」
「わからない。けど、なにかあってもおまえもいるしな」
「やけに素直じゃねえか。しょうがねえ、付き合ってやるか!」
それだけでわかったのか、座りながら話を聞いていた万丈が立ち上がる。
「おいおいおい、おまえらどうしたってんだよ」
「なに、ちょっと行くところができただけの話だって」
「その通りだぜ!」
シスターからも話を聞きたいが、襲撃された後で急に聞くのも彼女にとっては良いことじゃないだろう。
いまは美空や一海が側にいることだし、あの中にいるなら笑顔を浮かべられるはず。
「話を聞くのは、情報を集めてからでもいいか」
優先順位をつけ、方針を固める。
「さて、行きますか」
マシンビルダーを展開し、ヘルメットを万丈に渡す。
「じゃあマスター、ちょっと出るけど、あと頼んだ!」
「はあ……いいよ、行ってこい。こっちは任せなさいな」
「ありがとう!」
「行ってくるぜ!」
マスターに見送られたまま、俺たちは走り出す。
さあ、もう一度行くとしますか、駒王町へ!