端末IF 〜決闘者は世界を渡るようです〜   作:星野孝輔

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なんか、とても難産でした。


第六話 エレメンツのアルバイト

 ギルド『エレメンツ』。四人の少女達で構成される実力を付けつつある冒険者ギルド。

 前回、マドルチェ国からの依頼をこなし、ドリム国との外交に助力。さらには各国の姫と交流を結んだ。

 そんな二カ国に名を届かせたエレメンツの二人、ヒータとアウスの現状はと言うと。

 

「アウス~ひまなんだけど~」

「・・・・・・分かりきったことを言わないでくれるかい?」

 

 屋敷のリビングにてくつろいでいた。否、暇をもてあましていた。ヒータは靴下もはかずにソファに横になり、アウスは不機嫌そうな顔で黙々と家計簿を付ける。

 そう何を隠そうこのエレメンツ。

 

 ここ一ヶ月、全く依頼を受けられていないのである。

 

 ヒータとアウスのこのやりとりももう何度目になるか分からない。ただ他のメンバーとお手伝いさんもこの場にはいないため、会話するにしても相手を変えることが出来ないのだ。

 家事も分担制で今日は二人が当番ではない。街に出かけるにしても、依頼を受けられる算段が付かないので浪費するわけにもいかない。やれることと言えば、魔術の腕を磨くことだけ。

 最初の一週間はそれで良かったが、同じ事ばかりでは人間誰しも飽きるというもの。現にヒータは完全にやる気を失っていた。

 

「そんなに暇なら外走ってきたら? 体力落ちたらマズいだろ?」

「それもそっか。じゃあ走ってくる・・・・・・前に、アウス。実際お金はどれくらい持ちそう?」

「貯金はしているから三・・・・・・いや、二ヶ月は持つよ。それで良しとは絶対言えないけど」

「ありがと。じゃ、屋敷の周り走ってくるから~」

 

 靴下と靴をはき直してヒータは屋敷の外へと出ていった。その姿をアウスは目で追ってから再び家計簿に視線を戻す。そして何度目か分からないため息を漏らすのだった。

 

「うちが非公式ギルドとはいえど、ここまで依頼をもらえないのは初かな・・・・・・」

 

 その原因は分かりきっている。彼女たちが国家に認められていない『非公式ギルド』だからだ。

 プロファシーに認められ『公式ギルド』になれば、このような事態は二度と起こることはない。ラメイソンに訪れればジュノンの手を借りる事無く、依頼を渡してもらえるだろう。

 だけど、それはできない。

 

(私達は公式ギルドになってはいけない。皆を守るためには、非公式を貫くしかないんだ)

 

 なれないのではなく、なってはいけない。

 リビングを見渡し、アウスは今までの冒険を思い出す。どれもこれも楽しかった思い出達。どんな困難に直面しても、四人なら乗り越えられた。

 今までも、これからもそれは変わらない。誰にも変えさせやしない。

 バキリと、手に持っていた鉛筆が折れる。そこで彼女は両手を強く握りしめていることに気づく。

 一度息を吐き出し、大きく息を吸う。深呼吸を繰り返すこと三回。落ち着きを取り戻したアウスは今一度家計簿に向き合う。

 

「なんとかしないと・・・・・・」

 

 アウスが決意した時、ガチャリと玄関の扉が開く。そこには今のアウスとは真逆に、幸せそうな笑みを浮かべて大量の野菜を収穫してきたウィンの姿があった。

 彼女の持つ籠にはトマトに大根、トウモロコシにきゅうり。他にも色とりどりの瑞々しい野菜達が宝石のように輝いていた。

 

「アウスちゃんただいま~。見て!大収穫だよ!」

「ウィンお帰り。これまた豊作だね」

「うん!アウスちゃんが教えてくれた肥料のおかげだよ~」

「私はただ教えただけだよ。毎日野菜の面倒を見ていたウィンの腕前が良かったんだ」

 

 二人の努力の結晶とも呼べる野菜達とウィンの笑顔にアウスの気も思わず緩む。野菜達を一度キッチンに置き、アウスが書き込んでいた家計簿をウィンはのぞき込む。

 最近の支出だけでなく、数週間後までの予想金額が記入されている。その内容は軽い未来予知と言ってもよかった。彼女の計算が自分たちの未来をつくっていることを改めて実感したウィンの心に感謝の気持ちが溢れ出る。

 

「アウスちゃん、いつも本当にありがとう」

「気にしないで。これもエレメンツを守るためさ。それよりも今日の夕ご飯、楽しみにしてるね」

「うん!」

「ただいま~。ふぅ、久々に走ったら気分サッパリ!」

「あ、ヒータちゃんお帰り~!」

 

 アウスの気分が晴れたタイミングで同じく晴れ晴れとした顔のヒータが帰宅する。顔をほんのりと赤くしたその笑顔から、気分転換は上手くいったようだ。

 彼女が帰って来るやいなや、ウィンはヒータの手を引いてキッチンへと向かう。先ほど収穫した野菜を見てもらうようで、ウィンは嬉しさで目を輝かせる。

 そして、再び二人がリビング戻ってくると三人は改めて現状を確認し始める。ウィンもヒータもこの状況を良しとしている訳はない。

 

「やっぱり、大きいのは食費かな。どうしても毎日かかっちゃうからね」

「・・・・・・あたし、ここ一週間は抑えてたんだけど」

「わ、私も・・・・・・」

「うん。エリアも察して食べる量を少なくしてたね。ヒカリは、本当に食べなくなったというか・・・・・・」

 

 この場にいない二人、リーダーのエリアとお手伝いさんのヒカリも食費を抑えようと各自尽力していた。ただ、元々食べる量が少ないエリアはともかく、ヒカリは別人レベルで食事量を減らしていた。

 具体的には、カレーを四皿食べていた彼がエリアと同量で済ませているのだ。

 これには彼の中で食費という概念を覚えたことにより、彼女たちに迷惑をかけまいと全力を出している結果なのだが、彼自身が何も言わないのもあり、どこか不気味に見えているのは彼女たちの共通認識だ。

 

「はぁ・・・・・・どこかに依頼が転がってればいいのに」

「ヒータ、どんな依頼でも良い訳じゃないからね?」

「そりゃそうだけどさぁ・・・・・・。エリア作のマジックアイテムの収入は?」

「売れてはいるよ。あくまで、補助としての範囲内で、ね」

 

 依頼の報酬以外の収入源として、エリアが製作したマジックアイテムの販売があるものの、アウスの言うとおり、あくまで副業。そちらで生計を立てられるほど金額は入っていない。

 

「やっぱり、ジュノンさんにお願いするのがいいのかな?」

「なるべくそうしてもらっているけど、ここ最近はダメみたいだね。ラメイソンに来ている依頼自体が少なくなっているんだと思う」

 

 今まで頼りにしていたジュノンに連絡を入れる度、最近の初手は謝罪の言葉である。自分たちのわがままに付き合わせているだけなのに、真剣に謝ってくるジュノンの声を聞く度に、アウスは罪悪感を積もらせていく。

 非公式ギルドである自分たちを助けてくれるだけで充分すぎるのに、今もずっと気にかけてくれている存在に謝らせているのは最悪すぎる。

 

「・・・・・・もういっそさ、ネムレリアさんかプディンセスさんに聞いてみない? せっかく縁が出来たんだし、依頼紹介して貰う分には迷惑かけないと思うんだけど」

「直接王族に依頼をくださいって言うのは、流石に非常識すぎると思う」

「だとしても、このままでいい訳ないし。ほら、物は試しってことで」

「私もヒータちゃんに賛成かな。このままジュノンさんを困らせるのはイヤだし・・・・・・」

 

 脳裏に思い浮かぶのは一ヶ月前に出会った二人の姫。あれから文通を何度かしたが向こうは一国の王族。個人的な付き合いが出来る相手ではない。

 だが、他に信頼できる相手がないのも事実で、アウスは何とか出来ないかと、うなり声を上げ始めた。

 

「うーーーん・・・・・・。日付が変わるまで考えて、何も案がなかったらネムレリアさんに聞いてみるかな・・・・・・」

「あたし達も考えてはみるよ。アウスでも出ないのに何か案が出るとは思えないけどさ」

「わ、私も!」

「ありがと、二人とも。でもねウィン。考えてくれるのは嬉しいけど、夕食の準備中はやめておいてね? 上の空で調理するのはとても危ないから」

 

 一旦考えることをやめ、時計を確認すると針は三時を指していた。お菓子はないものの、ウィンが準備したカフェオレを三人で口にする。

 控えめな甘さとコップいっぱいの氷の冷たさが彼女たちの脳を潤す。ここに甘味があればより楽しい時間になったのにね、と談笑を交わす。

 やっといつもの雰囲気になってきたところで、再び玄関の扉が開く。

 

「ただいまー。いやぁ、もう暑いねぇ」

「ああ。暑さに負けない身体を作らないと」

「ヒカリ君の場合、本当に『作る』方に聞こえるんだけど?」

「そうだが?」

「本当にめっちゃくちゃだね、君の身体・・・・・・」

 

 帰ってきたのは少し汗ばんだエリアとヒカリ。ウィンに差し出されたカフェオレを飲み干すと、二人ともぷはーと気持ちいい息を漏らす。

 二人は先ほどまでヒカリが暮らす小屋に気温管理の魔術、俗に言う『エアコン』を設置していた。ここ周辺は森で多少涼しいが、それでも真夏日になることはあるし、冬は雪が積もることも多い。

 いくらヒカリが召喚獣との混血で身体が丈夫といえど、気温が原因で体調を崩す可能性もある。今日のお昼明けから始めた作業は、先ほど完了したばかりだった。

 

「カフェオレ美味しかったよ。ありがと、ウィン」

「ごちそうさま。ウィン、ありがとう。それからアウス、これを」

「ん?」

 

 そう言ってヒカリはアウスの前に小袋を差し出す。何か受け取るものがあったかと、首を傾けながらとりあえず受け取って中身を確認するアウス。

 小袋の中には、一日で稼げないほどの量の貨幣が入っていた。

 

「・・・・・・これは?」

「バイト代、だそうだ。店長さんから今月分として頂いた分だ。エレメンツの助けになるといいんだが」

「・・・・・・バイト?」

 

 ヒカリから聞くはずのない単語がアウスの思考を停止に追い込む。否、この場にいる全員が彼の言っていることを理解できない。

 以前彼が召喚獣との混血だとカミングアウトした時も同じことが起こったため、今回はヒカリが自ら事情を説明し始める。

 

「マドルチェ国の依頼が終わった後、俺のせいで食費が増えていると思って、一人で出来る依頼が無いかジュノンさんに聞いてみたんだ。そしたら、バイトというものを教えて貰ってな。皆に迷惑をかけることなくお金をもらえるなら、とここ一ヶ月働いてみたんだ」

「えっと、バイトには何時ごろ行ってたの?」

「夜中だな。深夜営業に人手が欲しかったらしい。俺は多少眠らなくても動けるから、問題はなかった」

 

 彼の話を要約すると、エレメンツが依頼を受けられなかったこの一ヶ月。ヒカリは昼間に修行や家事、彼女達の手伝いをし、全員が寝静まった深夜帯にバイトをしてお金を稼いでいたということ。

 そして、その事実をそれぞれがまったく察することが出来なかった事に、全員開いた口が塞がらない。

 

「・・・・・・なにかマズかっただろうか?」

 

 彼女たちから返ってくる言葉がなく、ヒカリの雰囲気が不安に染まっていく。皆に迷惑をかけてしまったのかと、叱られた子供のように視線を下に落としてしまう。

 

「ゴメン。驚いてしまっただけだよ。何も悪い事じゃない」

「そうか・・・・・・よかった。皆の助けになれたのなら嬉しい」

「でも、このお金は受け取れないかなぁ・・・・・・。ヒカリ君が頑張った証だもん」

「あんたが稼いだ分はあんたのために使うべき。ヒカリが今後困ったときの蓄えにしておいて」

 

 ヒカリからの支援をエレメンツは敢えて断る。彼自身が得た正当な報酬を横取りするような真似はしたくなかった。

 だが、今回はヒカリも譲らなかった。首を横に振り、それでもと続ける。

 

「そもそも俺は皆に武具をプレゼントして貰っている。このお金はそれを少し返しただけだ。もしそれ以上の金額を貰うことがあったなら、その時は俺の蓄えにさせて貰う」

「・・・・・・わかった。じゃあ、こちらで預からせて貰うよ。エレメンツにとってどうしても必要になった時、使わせて貰うね」

 

 預かるという名目でアウスはヒカリからの支援を受け取る。もちろん、緊急時で無い限りは手を付けないと心で決心して。

 そうなると、次の話題はヒカリのバイト先に移り変わる訳で。

 

「ヒカリ君、そのバイト先って言うのはどこ?」

「ああ。ア・ターブルという飲食店だ」

「それって、あの高級レストラン『A Table』のこと!?」

「恐らくそうだな。ギルド名はヌーベルズだったはずだ」

 

 高級レストラン『A Table』。その名前は実際に店に行ったことのないエリア達もよく知っているほど有名。

 エレメンツ達が住む森とプロファシーの間に存在する街の一つに店舗を構えており、連日行列をつくる創作系ギルド『ヌーベルズ』の拠点でもある。

 出される料理は絶品を通り越した美味しさで、『悪魔的』な料理だと言われている。

 

「凄いね、ヒカリ君!その店主さんとはいつ出会ったの?」

「迷宮から帰ってきた後だな。武具屋の方に会いに行く時に声をかけられた。その時はちゃんと話せなかったが、一ヶ月前に連絡を取ってバイトとして働かせて貰っている」

「ヌーベルズのお店ならこのバイト代も納得できるね・・・・・・。バイトの内容は?」

「申し訳ないが、秘密だ。店主さんから話してはいけないと言われている。すまない」

「なにそれ、余計に知りたくなるじゃない」

「やめなよヒータ。でも、変なことをしたらダメだよ? ヒカリ君」

 

 口でこんなことを言っているエリアも、ヒータも、実際はそのバイト内容に興味が湧いている。もちろん好奇心旺盛なウィンも。意外なことにアウスも。

 これだけの報酬が出せることに彼女の金銭センサーが反応していた。

 こういう時、全員の考えは自然に一つにまとまってしまう。

 

((((今夜、そのバイトを見に行こう))))

 

 四人が目を光らせていることに気づくこともなく、ヒカリはいつもどおりのどこを見ているか分からない不思議そうな顔を浮かべていた。

 

 

 

 時間は過ぎて、深夜。月は高く昇り、森は独特の静けさで満たされていた。月の優しくも不気味な光が地上を照らし、光景をどこか幻想的なものへと変化させる。

 そんな中、ガチャリと小屋の扉が開く音が森に響くと、ヒカリが屋敷の外へと移動し始める。

 そして、そんな彼の背中を見つめる影が四つ。

 

「・・・・・・本当にこんな時間に出かけてたのね。なんで気づかなかったの、あたし」

「そりゃ、ヒータは爆睡している時間でしょ? 全員が寝てる時間だし、気づかなくてもしょうが無いよ」

「さらっとヒータをディスってるよ、エリア。というより、ウィン。起きてる?」

「お~き~て~る~よ~?」

「・・・・・・ダメだこりゃ」

 

 もちろん、エレメンツの四人である。ウィンだけ眠気で目が殆ど開いていないが、他の三人はバッチリ夜行動モードに入り、興味津々にヒカリを追う。

 ヒカリは気配を敏感に感知するので、エリアが全員に気配遮断の魔術を使用。さらにはウィンの魔術で宙に浮くことで足音もシャットアウト。暗闇の中でも目が利くヒータを先頭にして準備完了。

 音を立てないように門を閉めて森へと入っていくヒカリにバレないように慎重に追いかける四人。ヒカリは一度も背後に視線を向けることなく森の外に出ると、召喚機である腕輪を起動する。

 無数の星が瞬く夜空に光の軌跡が描かれると、空に出現した穴から二色の眼の竜がこの地に降り立つ。ヒカリが使う『ペンデュラム召喚』の美しさにエリアは心を再び奪われてしまった。

 が、状況はマズい方向へと向かっている。

 

「お、オッドアイズを呼んだって事は・・・・・・」

「間違いなく、走るだろうね・・・・・・」

「ウィン!高速移動の魔術もお願い!」

「うにゃぁ~?」

「ウィン!!!」

 

 これまでの冒険で見せてきたオッドアイズの速度に追いつくためにはウィンの魔術が必須。もう夢の中へ入り込んでいるウィンの肩を掴んで、何とか起こすヒータ。

 むにゃむにゃ言いながらも魔術をかけて貰い、オッドアイズに乗るヒカリを空から追う。

森を出ると広がっているのは大草原。障害もなく、遙か先まで見渡すことが出来る広大な景色。すなわち、オッドアイズが最高速度を出すのには格好の条件で。

 

「速すぎるでしょ!!!?」

「ウィン、もっと魔術の強度を強められるかい!?」

「むにゃぁ~・・・・・・もう、食べられないよぉ~エヘヘ~」

「ウィン、お願いだから起きてぇ!!」

 

 土煙を巻き上げて地上を走るオッドアイズは赤い流星のよう。遺跡の中では出せなかった最高速度に三人はただ悲鳴を上げることしか出来ない。寝ているのか起きているのか分からないウィンが魔術を重ねがけすることでなんとか追えてはいるものの、いつ見失ってしまうか分からない。

 追跡から僅か五分。既に自分たちの好奇心に恨み言を言いたくなり始めていたエリア達。まだ追いかけっこは始まったばかりだ。

 

 

 

 オッドアイズとヒカリを追いかけて約一時間後。ようやく目的地であるレストラン「A Table」に到着するヒカリとエレメンツ達。

 オッドアイズを腕輪に戻し、二階建ての西洋風の建物にヒカリの姿は消えていく。店内に彼が入ったことを確認したエリア達はようやく地上に降り立つ。

 

「ふえぇ~・・・・・・こんなに全力で浮遊魔術使ったのは初めてだよ~。すっごく疲れたぁ・・・・・・」

「ウィンお疲れ様。でも、本番はここからだよ」

「さぁて、どんなバイトをしているのやら・・・・・・」

「ヒカリ君、怪しいことに巻き込まれてなければいいんだけど・・・・・・」

 

 魔術を酷使した事でウィンの眠気はきれいさっぱり無くなったところで、四人は光が漏れる窓から店内をこっそりのぞき込む。

 白を基調とした店内は豪華でありながら優しい光を放つシャンデリアに照らされ、並べられたテーブルは白のシーツと赤い花で彩られている。

 そんな清潔感溢れるフロアに立っている人影は三つ。

 一人はヒカリ。いつものローブや無地のシャツを脱ぎ捨て、黒の蝶ネクタイが似合うウェイター服へと着替えている。

 もう二人はシェフ帽をかぶった成人の男女。男性は赤のポイントが入った白の調理服を身につけ、赤茶色の髪に緑の瞳。その爽やかな笑顔は見るだけで幸せを与える極上品だ。

 女性は胸に星のチャームを付けた黒の調理服。漆黒の中に光る金の装飾と髪は彼女が纏う気高さを表しているようだった。

 

「よし、今日も夜営業の時間だ。よろしく頼むよ、ヒカリ君!」

「はい、店主さん」

「ノンノン。ここではシェフと呼ぶように!」

「はい、シェフ」

「はぁ・・・・・・ヒカリ、コイツに付き合わなくてもいいからね?」

「いえ、呼び方は大切です。エルさん」

 

 シェフがどこか演技掛かった言葉を口にすると、エルこと『ポワソニエル』はあきれ顔で彼の意思をぶった切る。ヒカリは真面目にシェフの言葉を受け取ったのをいいことに、シェフはウンウンと頷く。

 

「そうだぞエル!空気も調理の一つ。その場にあったものを提供することは、私達の使命じゃないか!」

「あんたと私を一緒にするなってーの!この料理バカ!」

「それは否定しない!美味しいものをお客様に振る舞う。それが、私の生きがいにして生き方だからね!ハッハッハ!」

「おー」

「ヒカリもそんな目でコイツを見ないの!はぁ・・・・・・。で、今日は貸し切りなんでしょ? 仕込みは完璧?」

「もちろんだとも!エルは・・・・・・って、聞くまでもないね!」

「当然よ」

 

 ペースを崩さないシェフに突っ込み続けるエル。性格面は合わずとも、互いが料理に情熱を持っていることが、外から見ている四人にも伝わってくる。

 その職人のやりとりにヒカリの心はかっこよさを覚え、目を輝かせる。

 

「さてと、私はコース料理の準備に取りかかる!では、ヒカリ君。本日最初のお仕事だ」

「はい。よろしくお願いします」

「まずは・・・・・・外にいる不埒者を捕まえてきてくれるかい?」

「ええ。私も行くわ。四人もいるし、ヒカリだけじゃ逃げられるかもしれないし、ね」

 

 そう言うと、二人の先ほどのコミカルな雰囲気は霧散し、冷酷な目で窓を___その窓から店内を覗く四人をシェフとエルは睨みつけた。

 瞬間、彼女たちの背筋に強烈な寒気が走ると、殺気が既に自分たちの背後にあることに気づく。

 

「さぁて、のぞき見をする悪い子には、おしおきしないとねぇ?」

「皆逃げて!!!」

 

 咄嗟に反応したのはヒータ。憑依装着を即時発動し、突然現れたエルに立ち向かう。

 が、炎を出すことも、反撃を考えることもできず、ヒータは光の輪で両手両足を拘束されてしまう。

 

「ヒータちゃん!」

「逃げなくてもいいわよ? 無駄だから」

 

 次の標的は声を上げたウィン。無力化され、地面に転がったヒータを見て悲痛な叫びを上げた彼女が次の行動に移る前にエルは同じく光の輪で拘束。地面に転がった二人を冷酷な目で見下ろす。

 

「若い女の子がこんな時間に何の用かしら? まあ、概ねレシピを盗もうとする泥棒猫って言ったところかしら?」

「ち、違います!私達は・・・・・・」

「いいわよ、答えなくて。話は、後でゆっくりと聞かせて貰うから」

「エリアにアウス・・・・・・? 何やってるんだ?」

 

 エルが残ったエリアとアウスを拘束しようと、彼女たちの背後に移動しようとしたその時だった。

 服装はそのままに、剣を携えたヒカリが店内から困惑した表情で彼女たちの名前を呼ぶ。

 そして、呼ばれたことで気が一瞬緩んだ二人は為す術もなく、エルによって拘束されてしまうのだった。

 

「___と言う訳なんです。四人は俺の恩人です」

「そうだったのか。いやぁ~うちの副料理長が手荒なまねをして済まなかったね!ギルド エレメンツの諸君!」

「まぁ・・・・・・強い言葉をぶつけたことは謝るわ。ごめんなさい」

「い、いえ、こちらものぞき見をしていたことは事実ですし・・・・・・」

 

 場所を店内に移し、ヒカリは四人の素性を説明。彼女たちは泥棒などではないと誤解は解け、エルの雰囲気が少し柔らかくなる。

 その一方、椅子に座ったエリア達の手首は未だに拘束されたままで、シェフの目は全く笑っていない。抑揚はあるのにただ淡々とエレメンツに宣言する。

 

「しかし、だ。うちの夜営業は完全予約制でね。誰かにのぞき見されていてはお客様を満足させる仕込みをすることはできない。君たちは我々の準備の邪魔をしてしまった訳だ」

「す、すみません・・・・・・」

「ゴメンで済んだら警察はいらない。心苦しいが、君たちには罰を受けてもらわないといけないね」

「そ、そんな!」

「の、のぞき見をしたことは謝るから!」

「すみませんでした、シェフさん。せめて、通報だけは・・・・・・!」

 

 彼女たちの悲痛な言葉に全く動じないその態度にエレメンツが各々慌て始める中、エルは彼女たちを上から下まで見つめると、異質な雰囲気のシェフに助け船になる一つの提案を持ちかけた。

 

「シェフ、この子達に今日のお客様の接客をやって貰うって言うのはどう?」

「・・・・・・ナニ?」

「この子達、外見は可愛いし、コミュニケーション力もある。それに今日はフルコースでしょ? 一人でも人手は多い方がいいと思うけど?」

 

 その提案にシェフは右手を顎に当てて少し考えると、今度は先ほどヒカリに見せていた明るい笑顔で確かに!と納得する。

 

「今日お越しになる方はVIPのお客様だからな。確かに彼女たちがいれば、私とエルは調理に集中できるな!」

「でしょ? それにヒカリの恩人に酷いことできないし。逆にアンタが酷いことになるわよ」

「いや、シェフさんには剣を向けたくはないんですけど」

「ハッハッハ!確かに!では、エル。その子達を頼む!私は調理に戻るからね」

「ハイハイ。この子達が怖がってるから、さっさと行きなさいな」

 

 シッシとエルが手を振ると、シェフは笑い声を上げながら奥の調理室へ戻っていった。彼の姿が見えなくなったところで、アウスとエルは大きく息を漏らす。

 思わず同じ行動をしてしまったことに二人は顔を合わせて、苦笑いを浮かべた。

 

「ごめんね、エレメンツの皆。とりあえずこれで危険は去ったから安心して」

「き、危険、だったんですか?」

「ええ。多分私が止めなかったら、皆を調理の材料にでもするつもりだったんじゃない? アイツ」

 

 サラッととんでもないことを言い放つエルにこの場にいる全員が固まる。常識的に考えて、シェフがそんなことをするわけがないとヒカリも考えるが、エルの顔は冗談を言っているようには見えない。

 固まったままの五人を気にすることなく、エルは日常会話のようにシェフと自分の事を話し続ける。

 

「私達の料理がどういう評判を貰っているか、知ってる?」

「悪魔的な美味しさ、ですよね?」

「そう。それね、文字通りの意味。アイツ、シェフは悪魔なの」

「悪魔・・・・・・? シェフさんはどう見ても人間にしか見えないが?」

 

 エレメンツの脳内には、角と尻尾を持ち、三つ叉の槍を持つザ・悪魔といったイメージが思い浮かぶ。ヒカリはかつて対峙した煉獄の悪魔を思い出すが、どう見てもシェフはその姿と重ならない。

 

「悪魔っていうのは、人間と契約して、その使命に命を燃やす。そして対価を貰ったらすぐに消える。そんな種族よ。アイツはかつての店主と『料理をする』ことを契約しているから、それ以外はどうでもいいのよ」

「・・・・・・」

「ま、天使である私がいる限り、非人道的な事は絶対させないけど、ね。さて、じゃあ四人は私についてきて」

 

 話は終わりと言わんばかりにエルは立ち上がると、四人の拘束を解除する。そして、彼女たちを立ち上がらせて奥の更衣室へと案内した。

 残されたヒカリが椅子に座ってしばらくしていると、エルが再び姿を現す。その顔はどこかやりきったような達成感に溢れていた。

 

「ヒカリ。あんた、いい子達と一緒に暮らしてるのね」

「? 確かに全員優しいですけど」

「それでもって全く邪なモノを持たないアンタもどうかとは思うけどね。じゃあ順番に入ってきて」

 

 エルが呼びかけると、部屋の奥からまずヒータがゆっくりと入ってくる。ヒカリと同じウェイター服に身を包み、いつもは構っていない赤毛の髪をポニーテールで纏めている。

 首回りがスースーするのか、どこか落ち着かない様子の彼女を見て、ヒカリは感嘆の声を漏らす。

 

「おお・・・・・・」

「な、ナニよ!変だって言いたいんでしょ!!!」

「いや、似合っている。かっこいいな、ヒータ」

「・・・・・・ドウモ!」

 

 照れくささから赤くなった顔を隠すようにそっぽを向くヒータと、ただ純粋に彼女を褒めるヒカリ。その様子を後ろから出てきた三人はニヤニヤと笑いながら見守る。

 アウスはヒカリ、ヒータと同じウェイター服。胸部の膨らみが隠しきれていない事を除けば、短髪と雰囲気も相まって男性に見えてしまうほど様になっていた。

 一方のウィンとエリアは黒のクラシックメイド服を着用。白のエプロンが衣装を引き立て、可愛らしくも高貴な雰囲気を二人にもたらす。

 

「素直に嬉しいって言ったらいいのに」

「う、うっさいわね、エリア・・・・・・」

「エリア達も似合っている。いつもの服装もいいが、その服装もいいな」

「メイドさんの服を着るの初めて!スカート長くてなんか不思議な感じ!」

「ちょっときついけど、こういう服装もたまには、ね」

 

 各々が感想を言い合う中、エルはわざとらしく音を立てて手を叩いて視線を自分に集める。五人を横に整列させると、改めて本日の予定を全員に伝える。

 

「今日は悪魔界のビックネーム『ラビュリンス』のお嬢様が来店される。これから先のことを考えても、失礼は出来ないお方ね」

「悪魔の世界のお姫様みたいな感じかな?」

「まあ、そんな感じで考えて貰っていいわ。ウィン。今回、かのお方にお出しするのは、私達の全力料理 『フルコース』。全七品で構成されるヌーベルズの現最高地点よ」

「ヌーベルズさんの最高地点・・・・・・凄いモノを見ることになりそうだね・・・・・・」

 

 悪魔の世界に煌びやかに存在する『白銀の城』。その当主がラビュリンス嬢。その名は悪魔族の中で知らない者はいない程。ただ、悪魔は自分たちからこの世界に頻繁に干渉してくることはないため、博識なアウスでも聞いたことがなかった。

 そんな大物悪魔に出されるのは、ヌーベルズの全力。夜の予約がもう年単位で取れない高級レストランのフルコース。誰も見たことのない料理が飛び出すことは間違いなかった。

 よりにもよってこんな重要な時期に来てしまった事実に、エレメンツ四人の背筋がまた凍てつく。事の重大さを理解したエリアとアウスは顔を青くし、ヒータは冷や汗を掻き、ウィンは引きつった笑みを浮かべる。

 

「貴女達、ようやく事態の重大さに気づいたみたいね。じゃあ、今日は地獄を見てもらうから、よろしくね。エレメンツ?」

「「「ハ、ハイ・・・・・・」」」」

「皆、頑張ろうな」

 

 ただ一人、ヒカリだけはいつも通り彼女たちに声をかけるのだった。

 

 

 

 五人が店内で整列してから早一時間。エルに姿勢を注意されながらも、エレメンツは礼儀正しい姿勢を何とか保っていた。

 特に考えるよりも動くタイプのウィンとヒータは『動かない』ことを必死になって耐える。二人をよく見ると若干身体が震えていた。

 一方のエリア、アウスは静かな顔で姿勢を維持し、優雅さまで感じさせる程に短期間で上達。その成長ぶりにはエルも感嘆の声を漏らした。

 

(まだ来ないの・・・・・・? 足痛いよぉ~)

(いくらVIPだと言っても、こんなに待たせる必要ないでしょ・・・・・・)

(ウィンもヒータもプルプルしてる。長くは持たなさそう)

(二人はじっとしてるの苦手だから。さて、悪魔の世界のお姫様。どんなお方なのやら)

 

 その時、店の扉が当然開く。先ほどまで感じ取れなかった巨大な闇の魔力が現れると、その先には一人の女性の姿があった。

 白銀のドレスを身に纏いながらも、その煌びやかさに飲み込まれることなく着こなす高貴な雰囲気。頭部には二本の巻き角を携えた高身長の令嬢は自信溢れる表情で入店する。

 彼女が入店するのと全く同時に五人は頭を深々と下げ、歓迎の意を示した。

 

「いらっしゃいませ、お客様」

 

 ヒカリがそう告げて頭を上げると、慣れた仕草で女性を席へと案内する。アウスとヒータはすぐさまキッチンへと向かい、エリアとウィンはヒカリより先にテーブルへと移動し、椅子と食器を整えた。

 

「本日はご予約、ありがとうございます。ミセス ラビュリンス」

「ええ。予約を入れて早数年。ようやくヌーベルズ様の料理にありつけましたわ!」

 

 席に座ったラビュリンスは高貴な雰囲気を自ら霧散させ、積年の想いから拳を握って震えた声で語る。そんな雰囲気にミスマッチな彼女の姿にウィンは思わずクスリと笑いを漏らしてしまう。

 

(ちょっとウィン!?)

(あ・・・・・・!)

「あら、そちらの方・・・・・・」

 

 ラビュリンスの視線はやってしまったと間抜け顔を晒しているウィンと彼女のやらかしに慌てたエリアに向けられる。

 失礼があってはいけないと教えられていた中でのやらかし。すぐに頭を下げられるように準備をする二人。

 だが、続いた言葉は意外なものだった。

 

「中々メイド服がお似合いですわね!新人さんかしら?」

「本日の臨時キャストです。ウィンとエリアと言います。私はヒカリと申します」

「ウィンさんとエリアさん。そしてヒカリさんね。本日は楽しませてもらいますわ」

 

 楽しそうな笑みを浮かべて料理を待ち始めるラビュリンス。エルから仕込まれた丁寧対応を終えたヒカリは小さく息を漏らして、一歩下がった場所で待機状態に戻る。

 なんとかやりきったと心で安堵したところで、エリアとウィンが自分の横にいないことに気づく。二人の姿はまだラビュリンスの横にあった。

 

「ラビュリンスさんは何年待ったんですか?」

「ちょ、ウィン!?」

「ざっと五年ですわ。悪魔の寿命に比べれば短い時間ですが、それでも長く感じてしまいましたの」

「私は五年間も待てないかも・・・・・・。ラビュリンスさんは我慢強い方なんですね!」

「そうでも・・・・・・ありますわ!」

 

 親しげに話し始めるウィンとラビュリンス。意外な光景にエリアとヒカリは呆気に取られてしまうが、ラビュリンスは気にすることなくウィンとの会話を続ける。

 人懐っこいウィンと人と関わることが好きなラビュリンスの相性は非常に良かったようで、会話の種が尽きることはなさそうだ。

 

「ウィンは凄いな。ラビュリンスさんの本質を見ぬいて接客ができている。俺も頑張らないと」

「いや、多分、たまたまだと思うよ・・・・・・?」

 

 この場をウィンに任せ、エリアとヒカリはラビュリンスから少し距離を取る。予定とは違うが、ラビュリンスが楽しい時間を過ごせることが第一目標だ。料理が出てくるまで二人の空気を壊すわけにはいかない。

 しばらく会話を見守っていると、キッチンからヒータ、アウス、エルがそれぞれ料理を運び、ラビュリンスの前に並べていく。

 香味野菜と魚介類、トマトを使った煮込み料理『ブエリヤベース』。鶏肉を低温の油でじっくりと煮た『コンフィラス』。表面をカリッと中身をふんわりとした感触に焼き上げた魚料理『ポワレティス』。

 どれも食欲を直接刺激する香りを放つヌーベルズ自慢の一品料理たち。客であるラビュリンスはもちろん、ウィン、エリア、ヒカリも目を輝かせて芸術とも呼べる料理達を見つめる。

 

「お待たせいたしました、お客様。本日はご来店、誠にありがとうございます。副料理長のポワソニエルと申します。エル、とお呼びください」

「エルさん、本日は楽しい時間を過ごさせて頂きますわ」

「では、料理の説明をさせていただきます。こちらは___」

 

 エルが料理の説明を始めると、ヒカリ達は聞いていたとおり再度待機場所に整列する。エルの口から出てくる専門用語が何一つ分からず背後に宇宙を展開するヒータとウィン。

 知識豊富なアウスとエリアもここまで専門的な言葉達だと理解が追いつかず、最終的には理解することを放棄した。

 

(ヒカリ、君はエルさんが言っていること、わかるかい?)

(アウス。君でも分からないことを、俺が分かるわけがないだろ)

(・・・・・・そっかー)

 

 説明を受けながら料理に舌鼓を打つラビュリンスの顔はとても幸せそうで、隠すこともないその表情に見ているヒカリ達も頬がほころぶ。

 と、そんな彼女たちに気づいたのか、ラビュリンスはヒカリ達へ視線を移すと、一度食器を置いて声をかけた。

 

「そこの皆様、よろしければ私とお話をして頂いても?」

「よろしいのですか?」

「ええ。あの方以外の人間の方々、私としても興味がありますの」

 

 ヌーベルズの夜営業で訪れる者達は全員が人ならざるモノ。悪魔であったり、天使であったり、精霊であったり。

 そんな営業時間に人間が働いていることは、この時間の客にとっては非常に珍しいこと。ましてや、人外のような人間もいるとなれば尚更だった。

 エルは全員に無言で目配せをして、キッチンへと戻っていく。

 失礼の無いように。彼女の目はそう強く訴えていた。

 緊張で震える手で自分たちの椅子を引いて席に着くと、悪魔との会食が始まった。ヒータとアウスが自己紹介を済ませると、ラビュリンスは不思議そうにどうしてこの時間に働いているのかを質問した。

 ヒカリを除いた四人が顔を見合わせて苦笑いを浮かべると、照れくさそうにエリアが語り始める。

 

「私達、非公式でギルドを結成しているんですけど、最近ちょっと金欠気味で・・・・・・」

「人間は大変ですわね・・・・・・」

「それで、ヒカリ君がバイトしているって聞いて、そのバイト先が気になっちゃって。のぞき見していたところを店主さんに見つかってしまって・・・・・・アハハ」

「皆さん、随分とおてんばなのですわね。悪魔の世界に簡単に首を突っ込んでいては、あっという間に命を落としてしまいますわよ」

 

 ティーカップを優雅に口に運びながら、ラビュリンスは四人を呆れた顔で見つめた。ヌーベルズの評判は聞いていたエレメンツだったが、実際に悪魔が経営しているとは考えてもいなかった。

 言い返す言葉もなく、四人はただ首をすぼめて俯いた。

 

「勇気と無謀は違いますわ。そう、あのお方のように本当の勇気と実力を兼ね備えなければ、悪魔に一撃でコロっとされてしまいますのよ」

「あのお方?」

「そう!私の迷宮に果敢に挑み、そして踏破していく勇者様!あのお方こそ、人間の至宝ですわ!!!」

 

 突如優雅さも何も感じられないほどテンションを爆上げしたラビュリンス。その変貌ぶりに全員が呆気に取られる中、ただ当の本人だけは誰に聞かれるまでもなくかのお方『勇者』について語り始めた。

 

「勇者様は悪魔界に突如現れた一輪の華!その勇気はこの世界を照らすほど輝き、その勇猛さは悪魔のごとし!毎回罠の内容も配置も、その全てを変えても突破してくるあの姿!はぁ・・・・・・惚れ惚れしてしまいますわ・・・・・・」

(一輪の華・・・・・・?)

(世界を照らす輝きって、太陽?)

(人間なのに悪魔のごとしって・・・・・・)

「ラビュリンスさんは、勇者さんのことが大好きなんですね!」

「そう!!!あのお方のことを私は愛しておりますの!」

 

 ラビュリンスの愛は止まることはなく、ただひたすらに語り続ける彼女をエレメンツたちは見守ることしか出来ない。

 自分たちに興味があると言いながら、自身の知人の事ばかり話すのはどうなのかと思うが、客であるラビュリンスが楽しいのであればそれでいい。ニコニコと話を聞くウィンに助けられ、ラビュリンスの楽しい時間は続く。

 

「お取り込み中の所、申し訳ありません。こちら、フォアグラシャ、バラムニエル、バグリエルになります」

「待っていましたわ!」

 

 エルが続いて持ってきた料理は、珍味とされる肉をこんがりと焼いた肉料理の『フォアグラシャ』に魚の切り身をバターでカリッと焼いた『バラムニエル』。そして、メインディッシュとなる巨大な肉を網焼きにした『バグリエル』。

 再び現れた色とりどりの料理達にラビュリンスもエレメンツたちも目を輝かせる。そう、まるで料理達は悪魔のように彼女たちを魅了してきて。

 

「・・・・・・ん?」

 

 ヒカリは料理からのぼる湯気の中に、見えるはずのない存在を見てしまう。それらはヒカリの視線に気づくと、にこやかに笑って手を振っていた。

 考える前に手を振り返すと、子供のようにはしゃいで料理へと戻っていった。

 

「今のは・・・・・・?」

「頂きますわ!」

「ぁ・・・・・・」

 

 その存在に気づくことなく、ラビュリンスは料理を口にする。思わず小さく声を漏らしてしまうヒカリにエルが気づいた。彼の肩に手を置き、耳元で小さくつぶやく。

 

「あの子達が見えたみたいね? ヒカリ」

「あれは?」

「あれがうちの料理の秘密。料理に潜む悪魔。詳しいことはまた後で教えてあげる」

 

 そう伝えて、エルは再びキッチンに戻っていった。言葉の意味を理解しようと脳内で何度も言葉を反復するが、結論は変わらず『理解不能』。

 そんな首をかしげるヒカリにラビュリンスは値踏みするかのような細い目で、彼の身体をなめるように見つめる。視線に気づいたヒカリが彼女を見ると、どこか不思議そうにしながら食事を続けていた。

 

「あの、何か?」

「貴方、竜の魂を宿していますのね。どうして人の姿を?」

「竜の、魂・・・・・・ですか?」

「あら、気づいていなかったの?」

 

 悪魔の目は肉体のような『外側』ではなく、その者の魂___『内側』を見通す。ラビュリンスが先ほど不思議そうにヒカリを見つめていたのは、外と内のアンバランスさに驚いていたから。

 一方、言われた言葉が理解できず、ヒカリの首は地面にほぼ直角になるほど傾いていた。

 

「竜であれば爪や牙、それこそ角を見せれば良いのに。私のように威厳が出ますわよ?」

「・・・・・・お言葉ですが、ミセス ラビュリンス。私は・・・・・・俺は、魂が竜であっても人でありたい。エレメンツのお手伝いさんとして、彼女たちと共にいるために。・・・・・・角があったら、怖がられてしまうから」

「そうですの!?」

 

 とっさに自分の角を両手で握りしめる慌て顔のラビュリンスに、一同思わず笑みがこぼれる。角があると怖がらせると言ってしまったが、そこは人柄なのだろう。

 ふと自分にオッドアイズの角が生えた姿を想像してみるヒカリ。オッドアイズの顔は仮面のようになっているので自身も仮面を付けることになるのだろうか。

 

(どう考えても怪しい人だな)

 

 想像したことを若干後悔しながら、ヒカリは自分の胸に手を当てる。

 オッドアイズ。召喚者であるヒカリもその素性を知らない謎の竜。召喚獣でありながら、召喚者である彼と会話も出来ない。ペンデュラム召喚という詳細が全く分からない方法で現れる。とにかく謎しかない存在。

 ヒカリ自身、オッドアイズについて知っていることはただ一つ。彼と共に戦ってくれているということだけ。

 今までオッドアイズについて知ろうと考えたことはあった。だが、そんな余裕はなかったし方法も思いつかなかった。

 今なら、これくらいの余裕は許されるだろうか。

 

「ラビュリンスさん。俺の魂についてもっと教えてくれませんか?」

「・・・・・・え。私が教えるのではなく?」

「恥ずかしい話ですが、今まで自分の事に気を使っている時間があまりなかったもので・・・・・・。是非、大悪魔であるラビュリンスさんに教えて貰いたいんです」

「大悪魔・・・・・・分かってきましたわね、ヒカリさん。そう!私は大悪魔なのですわ!」

 

 高らかに宣言するラビュリンスは完全にヒカリの言葉に乗せられている。もっとも、彼はただ素直に気持ちを伝えただけなので、全く邪な意図はない。

 ヒカリの話となれば今まで置いてけぼりだったエレメンツたちも強く惹かれる話題だ。最後の料理が来るまでまだ時間が掛かるようなので、食事を楽しみながらラビュリンスはその瞳でヒカリの魂をのぞき込む。

 

「___ふむ。これは不思議な状態ですわね。ヒカリさんの魂は間違いなく竜。ですが、竜そのものの意思は全く感じられませんわね」

「といいますと?」

「私は先ほどまで、竜がヒカリさんだと思っていましたの。ですが、ヒカリさんと竜は別々に、しかし、同じ魂に宿っているようですの」

「つまり、一つの魂にヒカリとオッドアイズ。二つの存在があるって事ですか?」

 

 アウスの問いにラビュリンスは頷いて肯定する。ラビュリンスが思っていたヒカリ自身がオッドアイズであるというのは正しいようで間違っている。

 現にヒカリの意識はヒカリ自身のものであり、決して『オッドアイズ』という竜の人格ではないのだから。それでも魂という器に『高屋ヒカリ』と『オッドアイズ』の二つの存在が宿っていることは確かなようだ。

 ヒカリだけでなく、この場にいる全員が首をかしげてしまう異常な状態。誰も回答が出せずに時間は過ぎていく。

 

「魂とかはよく分からないけど・・・・・・つまり、ヒカリ君はヒカリ君ってことだよね!」

「ま、そういうことにしておきましょ。あたし達エレメンツのお手伝いさん 高屋ヒカリであることに変わりは無いんだし」

「ああ。そうだな。俺は俺だ。今はそれでいいな。ラビュリンスさん、教えてくれてありがとう」

 

 ウィンの言葉で一度この疑問にけりを付けたヒカリはラビュリンスに感謝の言葉を告げる。誰も回答を出せないのであれば、今は自分の納得するところで疑問を飲み込むしかない。

 ヒータの言うとおり、今はエレメンツのお手伝いさんであればいいと、ヒカリは自分の心に決め打つ。

 しかし、この結論で納得できない人物が二人。エリアとアウスだ。

 

(人間の身体に、竜の魂が宿っている? それなのに、オッドアイズとは意思疎通が出来ない? 全てが理解できない。あり得ない。そんなのって・・・・・・)

(ペンデュラム召喚にオッドアイズ・・・・・・。一回ちゃんと調べないといけないね。私達のためにも、ヒカリ自身のためにも)

 

 二人の知識でもヒカリを全く理解できない存在だとはっきりと理解してしまい、その心に小さくも黒いモヤが生まれてしまう。『分からない』ことは、『恐怖』へと繋がる大きな原因となる。

 そんな二人をラビュリンスはただ見つめていた。

 

 

 

「___大変お待たせしました。ミセス ラビュリンス。こちらが我らヌーベルズのフルコース、そのフィナーレとなります」

 

 ずっとキッチンで調理を続けていたシェフが遂にラビュリンスの前に姿を現す。ヒカリ達の前で浮かべていた爽やかな笑顔はなりを潜め、店主としての威厳を保った静かな微笑を浮かべて巨大な皿を運んでくる。

 彼の後ろには静かにエルが寄り添い、その運搬を密かにサポートしていた。

 

「ようやくお会いできましたわね。店主さん?」

「なかなか顔を出せず申し訳ない、ミセス ラビュリンス。その分、料理に期待してくれて構わないさ」

 

 ラビュリンスとシェフは挨拶をどこかニヒルな笑みで交わす。顔見知りで悪魔同士ということもあって、互いの内面を見通しているのだろう。だが、それも許される仲であると全員が理解する。

 シェフはラビュリンスの前に皿を置き、その大きなクローシュを一気に上に引き上げた。遂にシェフの全力を込めた料理の正体が明らかになる・・・・・・!

 

「おお・・・・・・お?」

「・・・・・・シェフさん? これはナニカの間違いではありませんか?」

「いいえ? これが私の魂の料理___ハングリーバーガーだっ!」

 

 皿の上にあったのは、巨大なハンバーガー・・・・・・の姿を模した魔物。巨大なバンズには鋭い牙が生え、今も何かを食べようと上下に動いている。

 今も香ばしい香りを上げるパティや新鮮なトマトとレタスを台無しにするかのようなその外見にヒカリを含めたエレメンツ達は凍りつく。

 

(イヤイヤ!これが最後はないって!!?)

(食べるというよりも食べられちゃうよね・・・・・・?)

(ハングリーバーガーって、確か儀式召喚獣だったはず・・・・・・。え、食べられるの? 召喚獣を?)

(・・・・・・戦闘態勢を取った方がいい、のかな)

 

 チラリとアウスがヒカリへと視線を向けると、既に彼はシームレスに戦闘態勢に入り、瞳からハイライトを消していた。

 困惑するラビュリンスにシェフは笑顔を向けるだけ。何故かエルも瞳を閉じて沈黙しているこの状況。恐る恐るハングリーバーガーに手を伸ばすラビュリンスだったが・・・・・・。

 

『ガギンッ!』

「ひっ!?」

「おっと、今更恐れているのかい? うちの料理には全て魂が宿っている。コイツもおなじってだけさ」

「ラビュリンス様、先ほどと同じように『召し上がってください』。目の前にありますのは、料理ですので」

 

 彼女の手を食いちぎろうと口を動かすハングリーバーガーを食べろと二人の料理人は言い放つ。まさか、最後に自分が食べられる危険性が出てくるとは大悪魔のラビュリンスでも見抜くことなど出来ず、バーガーに手を伸ばすことが出来ない。

 

「あ、あの、シェフさん? このお料理、私を食べようとしておりません?」

「そう思われるのは、貴女が料理に向き合っていないからです。この料理も悪魔・・・・・・貴女の内面を見抜いています。ちゃんと食べたい、と言う意思さえあれば何もしてきませんよ」

「ラビュリンス様。味は保証いたします。是非、店主の全力を全力で受け止めて頂けると幸いです」

 

 ギルド ヌーベルズの料理の秘密。それは料理自体が『悪魔』であるということ。一品一品が魂を持ち、美味しく食べられることを望んでいる。

 その願いを叶えようとする者には至福の時を。粗末に扱う者は逆に魂を食らい尽くそうと襲いかかってくる。そしてこのハングリーバーガーは、その傾向が非常に強い。

 意を決して唾を飲み込み、ラビュリンスはハングリーバーガーへと再度手を伸ばす。変わらず牙を生やしたバンズを上下に動かすバーガーだが、自分を食べるという意思を感じ取ったのか、彼女の手に掴まれるとその動きを止めた。

 ゆっくりと小さく開いた口元へと運び、すっかり大人しくなったバーガーを一口。

 

「・・・・・・・・・・・・~~~~っ!!!」

 

 次の瞬間、ラビュリンスは言葉にならない歓喜の声を上げ、一筋の涙を流していた。たった一口で彼女の全ては楽園へと飛ばされ、意識は若干朦朧としていた。恍惚の笑みを浮かべ、そのまま動きを止めてしまった。

 その光景を見たエレメンツ達はポカンと口を小さく開け、ヒカリは小さく口元によだれを光らせて、シェフとエルは満足げに笑みを浮かべた。

 

「どうでしょうか、ミセス ラビュリンス? 私の魂の料理は」

「___さいっっっこうですわっ!!!」

 

 先ほどの怯えはどこへやら。その味の虜になったラビュリンスは次々にバーガーを体内に取り込んでいく。一口一口を食べる度に歓喜の声を上げるその姿に、エレメンツ達も唾を飲み込んでしまう。

 僅か数分で最後の食事は終わってしまったが、ラビュリンスは腹部を両手でさすりながら、満足した笑みを浮かべて満腹という至福の時を味わっていた。

 アウスが注いだコーヒーを飲んで余韻を楽しむラビュリンスは、改めてこの時間を用意してくれたシェフに微笑みを向けた。

 

「シェフさん。本日はありがとうございました。どれも素晴らしいお料理でしたわ」

「お褒めにあずかり、光栄至極。ラビュリンス嬢?」

「フフ。私をそのように呼ぶのは貴方くらいですわ。エルさんも、ありがとうございました。大変美味しかったですわ」

「ありがとうございます。これからも精進しますね、ラビュリンス様」

 

 空になったコーヒーカップを置き、名残惜しくもラビュリンスは席から立ち上がる。美しく輝く銀髪を靡かせて、自信に満ちた表情で歩く彼女の姿は万人を魅了する。

 人外であるが故のおぞましいほどの美しさにエレメンツが言葉を忘れ、彼女に釘付けになる中で、ヒカリ、エル、そしてシェフは心からの礼を本日のお客様に捧げた。

 

「本日はご来店、誠にありがとうございました。またお待ちしております」

「ええ、また来ますわ。ごきげんよう、ヌーベルズのお二人。そして、エレメンツの可愛らしい皆様?」

 

 自分の世界へと門を開き、優雅に手を振って帰路につくラビュリンス。その際に声をかけられたことでようやく意識を取り戻す四人。慌てて彼女たちが頭を下げるとラビュリンスはクスリと微笑みながらその姿を消した。

 

「___さて、お疲れ様だね。ヒカリ君、そして、エレメンツの諸君」

「エレメンツの皆は短い時間だったけど、配膳の手伝いやラビュリンスさんの相手をしてくれてありがとう。だいぶプレッシャーだったとは思うけど、よくやってくれたわ」

 

 夜の営業が終わり片付けに入る各メンバー。労いの言葉をかけるシェフとエルに、エレメンツ達は愛想笑いで返す。

 元はと言えば自分たちの好奇心が招いた事態。何なら、ウィンを除いて殆どラビュリンスと会話すらしていない。一応自分たちには興味を持ってもらえたのか、ある程度好意的に接してもらえたのは幸いか。

 

「エル。ヒカリ君と共に食器洗いに行ってくれるかい?」

「分かったわ。ヒカリ、行くわよ」

「分かりました」

 

 彼女たちが失礼の無いようにとプレッシャーを感じる中、ただヒカリだけはいつも通り・・・・・・いや、それ以上に丁寧に対応し、ラビュリンスとの会話を続けていた。

 ここ一ヶ月でヌーベルズに鍛えられたのだろうか。対人の対応が洗練され、どこか雰囲気が落ち着いたように見える。

 エルとヒカリがキッチンへと入っていくと、シェフは改めて残った四人に向き合った。

 

「エリア、アウス、ウィン、ヒータ。今日はお疲れ様。良い体験になったかな?」

「え、ええ。忘れられない経験にはなりました・・・・・・。恐怖という面で・・・・・・」

「アッハッハ!怯えさせてしまってすまないね!しかし、元はと言えば君たちの自業自得だ。そこは大目に見てくれ!」

「完全にあたし達のせいだもんね・・・・・・。だからって、あたし達を食材にするとか言わないで欲しかったかなぁ・・・・・・?」

「私は悪魔だからね!ま、ヒカリ君の恩人だからきっとそこまではしなかったよ!多分!!!まぁ、座ってくれ!」

 

 相変わらずの高笑いでイマイチ意図が掴めないシェフの姿に彼女達は引きつった笑顔を浮かべる。目の前にいる悪魔に自分たちを助けてくれた天使、悪魔界のお嬢様。今日だけで出会った人物が常識に収まらない事実は、エレメンツ達を疲労させるのに充分だった。

 椅子に座った四人の身体は重力魔術をかけられたかのように重たかった。

 

「唐突だけどね、彼には感謝しているんだよ。この時間に予約を入れて頂けるお客様は大体人間ではないから、採用できる人物は限られてくる。彼はそんな数少ない採用できる人物だったんだよ」

「それは・・・・・・ヒカリが召喚獣との混血だから、ですか?」

 

 シェフの言葉の意味をアウスは自分なりの答えを持って質問する。先ほどラビュリンスの言葉が彼女の心に引っかかっていた。

 ダメだと理性が抑えようとしても、不安が、恐怖が、彼女にその言葉を選ばせた。

 アウスの質問にシェフは顎に手を当てて少し考えると、微笑みを浮かべて頷いた。

 

「混血だったとは初耳だったけど、概ね正解だ。彼の魂が竜だったから声をかけた。まさか、本人にその自覚が全くないとは思わなかったけどね」

「やっぱりヒカリ君は、人の形をしたドラゴンなんですね・・・・・・」

「悪魔である私から見ても、ラビュリンス嬢から見ても彼は異質な存在だ。だが、それだけではないはずだ。それは君たちも知っているんじゃないかな?」

 

 椅子に座ったシェフは改めてエレメンツ達と向き合う。エリアの言葉を否定はせず、だが、ただの人外ではないと店主は言う。

 この一ヶ月、慣れない環境に身を置きながらも自分なりに考え、エレメンツの迷惑や負担にならないように深夜帯にヒカリは働き続けた。その対価として得た報酬も、全て彼女たちに渡そうとした。

 それは他ならぬ、ヒカリの善性からの行動だった。

 

「私からすれば、彼が何者かは正直どうでもよくてね。勧誘は人外であれば誰でも良かったんだが、彼は期待以上に良い働きをしてくれている。接客を必死に覚え、態度や言葉遣いも正していった。全ては君たちに恩を返すためなんだろうね」

「頑張ってたんですね、ヒカリは」

「ああ、間違いなく頑張っていたよ。それは私が保証する」

 

 今日のような業務を殆ど毎日行っていたはずなのに、屋敷にいたヒカリは疲れすら見せなかった。普通の人間ではないとはいえ、四人に悟らせることなく日々を過ごしていた。

 一ヶ月間、自分たちを手伝う彼の姿を思い出し、エリアとアウスは一旦心に浮かんだ黒いもやを治める。

 

「私が重要視するのは『何を成すか』だ。これは悪魔としての性分が強いとは思うけどね。何者であれ、誰かに認められる行動をとれることが大切だと、私は思っている。その点でいえば、ヒカリ君は合格だ。今後もうちでバイトをして貰うつもりだよ」

「私達としては、エレメンツへの援助活動に支障が無ければ問題ありません。今後もヒカリ君をお願いします」

「そうかそうか!いやぁ~今日の出来事で恐ろしく思われて、バイトをやめさせられると考えていたが、杞憂だったようだ!ハッハッハ!!」

「・・・・・・何を成すか、か」

 

 シェフの高笑いに隠れてアウスはその信念をつぶやく。何者であるかは二の次で、これからどう行動し、どのような結果をもたらすか。それが大切だと。

 非公式でも、過去をお互い知られたくなくても。そんな自分たちでも何かを残せるのだろうか。

 

(こんな私達でも、誰かを助けられたのなら・・・・・・)

「そう、それはとても大きな成果で素晴らしいことだよ。アウス」

「なっ!?」

 

 言葉にしていない思考を悪魔の目で読まれ、アウスは驚愕と若干の羞恥を混ぜた声を上げてしまう。微笑みながらシェフは彼女の考えを肯定すると、再び立ち上がり深々と頭を下げた。

 

「改めて、今日はありがとう!エレメンツの諸君!怖がらせたお詫びも兼ねた報酬を、皆に支払おうじゃないか!!!」

 

 そう言ってシェフが指を鳴らすと、キッチンにいるはずのエルとヒカリが五人分のハンバーガーを彼女たちの前へと配膳する。

 呆気に取られるエレメンツを前に高笑いを再び上げるシェフとため息をつくエルは、彼女たちへの報酬として今夜の賄いを振る舞うと説明した。

 

「ハンバーガーは私の魂の料理であることは既にご存じだと思う!さぁ、冷めないうちに召し上がれ!」

「あ、ちなみにカロリーは気にしなくて良いからね。0とはいかないけど、この見た目で軽食程度しかないからさ。今日はお疲れ様、エレメンツの皆」

 

 殆ど何もしていないような・・・・・・と感じてしまう四人だが、先に席についたヒカリは一足先に合掌すると、目にハイライトを戻してハンバーガーに大口でかぶりついていた。

 ラビュリンスに出したハングリーバーガーではなく通常の見た目のハンバーガーだが、その外見と匂いは彼女たちの食欲を直に刺激する。気づけばヒータとアウスは腹の音を鳴らし、ウィンとエリアはゴクリと唾を飲み込んでいた。

 ここ最近、贅沢を抑えていたエレメンツ。外食などはもってのほかだった。

 互いの顔を見合わせ、震える手でハンバーガーを手に取って口に運ぶ。その瞬間、彼女たちは楽園へと誘われた。

 

「・・・・・・っ~!!!」

 

 ウィンが言葉にならない歓喜の声を漏らし、残りの三人も今だけは食事だけに集中する。普段ははしたない食べ方を避け、ゆっくり食事をするアウスですらこの味の魅力には抗えない。

 おーと珍しい光景を見て驚きの声を上げるヒカリなど視界に入らず、ただただ四人は食事を楽しんでいた。

 

「やっぱり、食事は楽しいものじゃないとね!今日もお疲れ、マイバディ?」

「ハイハイお疲れ様店主サマ。でも、食事を楽しむ人たちの笑顔は、やっぱりいつ見てもいいものね」

 

 まだ十代半ばの未熟な人間たちを変わり者の悪魔と天使は、まるで親のような優しく温かい目で見守っていた。

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