「――いやいや、左の薬指はアウトだから!没収没収!」
「いっ、掴みかからないでっ、デカいです!……確かに薬指は結婚の意味でしたね。聞いたのが随分前で、すっかり忘れてました。でもプレゼント貰うのなんて久しぶりなんです!絶対にあげませんよーっ」
「お、おう。なんかごめんな……アタシが悪かったわ……」
「――?」
チャルさんは心配してくれているだけで、感謝はあれど謝ることはないのに。
でも、こっちに来てから恋愛映画なんて見たことないし、意味なんて一々覚えてないのも仕方ないじゃないか。
前世では指輪を渡す相手は存在しなかったし、この世界にもアクセサリー屋さんがある、というのも初めて知った。
せっかくならお洒落もしたいなあ……、見せる人いないけども。
「ノーム出番終わりだろ!失禁体験いこうぜっ、ほらあくしろよ!カラオケコーナーも行きたいし!」
「いきませんー!というかカレーの準備にいきますよ!スタッフさんを待たせてるんですっ。面倒くさがらないでください!」
昨日カレー作ったからか、チャルさんは既に飽きてそうな気がする。
でも手作りとして売るわけだから、ちゃんと私が作らないと。
ちょっと混ぜただけ、とかだと楽しみにしてる人に嘘をついているみたいで申し訳無い。
スーパーとかによくある○○監修みたいになるのは嫌だ、あれ詐欺でしょ。
「15分くらいええやん……。ってか何で
「――お嬢様、まだマイクのスイッチ入ってますよ」
「あん?はよ言えや爺のアホ!……配信には乗ってないよね?」
「……チャルさん、まだ配信切り替わってなさそうです!」
『てぇてぇ』『カラオケマジ?』『うるせぇ!』『怒らないで』『あん?(清楚)』『スタッフも頑張ってるし!俺も頑張らないと……』『やったぜ。』『現在カレー列400人』『ノームと関われ』『お嬢様ww』『ここで漏らせ』『もっと罵って♡』『ブリブリブリブリュリュリュ!』
慌ててマイクの電源を切る。
てっきりこんな会場なので、スタッフさんが切ってくれると思って油断した、反省だ。
……もしかして指輪の話から配信に乗ってたりした?
ダメージがチャルさんだけじゃない気がする。
「お爺さん、最初から気づいてましたよね?なんで切りに行ってくれなかったんですか……?」
「ほっほ、今気づいたんです。――無駄ですよ」
顔を見て話せないので表情は窺えないが、笑われてる気がする。
うーん、怪しい。
でも私のミスだしお爺さんは責めれない。
「ってかノーム、爺と話せてんじゃん!この調子で克服しようぜ」
「私のは確かに成長ですけど……それでさっきのハプニング、なかったことには出来てませんよ。失禁したいのが全国にバラされたチャルさん?」
「ええ、ええ。お父様になんと謝れば良いか……!」
「もーー!二人ともアタシで遊ぶなっ!いいもんカレー行くもん!」
あ、拗ねた。
「いや、待って多くない?」
30人分と聞いていた気がするけど、もっとある気がする。
並んでる人の数を見て増やしたのかな?
玉ねぎの皮を剥いていたスタッフの目が死んでるし大丈夫だろうか……。
「それがノームの素?本性を現したね。……ああ、マスクが邪魔だー!」
「私だって独り言ならくだけた言い方しますよ。別に本性なんかじゃないですぅー。衛生面考えて我慢してくださいっ!」
「ぴいぃ、いやあ録画しとけば良かったあ……!というわけでスマホ出して良い?」
「逃げないでください!……ほら、一緒にやりましょう」
服の裾を掴んで引き留める。
元より逃げる気はなかったようで、簡単に引き下がってくれて助かった。
本気で逃げられたら時間が足りなくなりそうだ。
「――昨日より大分デカく切ってない?雑?」
「その方が男の人は好きですよ。私も大きいのが好きです」
ただ、自分が食べようとすると口が小さくて入りきらない。
すぐお腹もいっぱいになるし、ガツガツいけなくなったのは本当に残念。
「ふーん、えっちじゃん。今の言葉もう一回言ってくれない?」
「ほぇ?今何言いまし――いつから録音してるんですか!?」
「いやあ本性出るかな、と思ってね!さっきのでまた1つノムMADに貢献してしまったかな……。ノームボタン入りするかも」
素早くtwisterに上げてるみたいだが、目の前の本人に許可取るとかないのか。
そしてやりきった顔をするな。
MADを巡回していた時に、配信で言ったことのない言葉があるのはやっぱりチャルさんのせいか。
「というかノームボタンってなんですか?」
「……あ、知らねえのか。1クリックで切り取ったノームの声が出るサイトがあるんだよ。使うのに便利って人気だぞ」
「凄く闇が深そうな気がします。需要は……あるんでしょうか?」
「あるでしょ、あるある。挨拶とか既に200超えてるし、たぶん今日の配信のも更新されるぞー。君島くんだけでも8個あるし」
200回も挨拶した記憶ないんですが……。
自分の発言が全部切り取られているって怖いな。
失言なんて出来ないし……今日の配信中とか大丈夫だっただろうか。
――君島くんの名前は結構呼んだ気がするな。
料理に意識を戻して、玉ねぎをみじん切りにする。
昨日の配信を見ていてくれたのか、ご丁寧にゴーグルまで用意してくれている。
そして切ったものからスタッフさんが炒めてくれる。
ご飯も既に炊いている途中らしい。
至れり尽くせりじゃないか、申し訳無い。
鶏肉はもうやってくれてるし、後は人参くらいか。
ちょっと女子力アピールしてやろう、ハート型なら切りやすいし。
「それめっちゃ良いじゃん!昨日もやってよー」
「配信だとガチ勢が怖いじゃないですか。洗った民だけじゃなく廃棄率の民が湧きますよ」
「うへえ……。やってる側だと楽しいのになあ」
チャルさんそんなのしてるのか。
配信で料理する時、炎上しないか心配になるからやめてほしいなあ。
チャルさんにも切り方を教えるが、ハート型……にはちょっと遠いかもしれない。
でも頑張ったのがわかるし、きっと喜んでくれるはず。
よし、切り終わりっ!
「スタッフさん、炒めるの代わりますよっ」
「っはい、ノームさん、ぁりがとうございます」
よし、目はそらしても自分から話しかけられた!
相手も緊張してると少し楽だな……。
チャルさんにも言われたが、間違いなく進歩してる。
上機嫌で煮込んだカレーを混ぜる、鼻唄もしてみたり。
これで後は盛り付けるだけだ。
その場で盛り付けるようなので、今やることはこれで終了。
もちろん足りなくなったりしたら困るので、試しに1人前分をよそってみたが……結構余りそうだ、40人分くらいじゃないだろうか。
「どーする?アタシらで食べる?」
「このカレーも抽選なんですよね?ならたくさんあった方が喜ばれますよっ!そうしましょうよ!」
名案だと思いスタッフに提案するが、周りの反応は意外に微妙。
どうしたんだろうか。
「……あー、そういうことね。ドンマイスタッフっ!抽選いってこい!」
「教えて下さいチャルさん、何でこんな雰囲気になってるんですかっ。……後お爺さんどこにいきましたか?」
さっきからそっちも気になってる。
煮込み始めたくらいからフラっとどこかへ行ってしまったのだ。
ずっとチャルさんの傍にいたのに、急にいなくなると少し心配になる。
「スタッフもノー民なんだなあって思っただけだゾ。爺は――ほら、あそこで並んでる」
あ、ほんとだ。
カレーの整理券売り場にいる、食べたいなら普通にあげたのになあ。
というかここから全体を見渡せるな。
会場全体の雰囲気が分かっていい。
1階はカレーの抽選で盛り上がってるし、2階は――キョロキョロしてる人が多い、待ち合わせとかに使ってるのかな。
まあいいや、抽選始まるし。
223、482、7、518……、続々と番号が呼ばれていく。
順番は完全にランダムか、5時間待ってる人もいるらしいし、できればそんな人に食べてほしいな……。
早速カレーを得た人が狂喜乱舞している。
自分が作ったものを喜んでくれると、やっぱり嬉しいものだ。
でも可能なら感想とかも聞きたかった。
後で掲示板見てやろう。
「美味しいって言われてるぞ!こりゃ嬉しいな」
「――えっ、聞こえるんですか?」
「おうよ、アタシ耳良いんだよねー。あ、爺当たったみたいだぞ!」
ほんとだ、顔がほころんでる。
喜び方にも大人の余裕があるなあ……、あんなダンディーな男になりたかった。
お店の人と話しているが、何の話だろうか。
いああいいんいんおおええ……?
ダメだ、唇じゃ読み取れないな。
「かあーっ、あいつアタシ馬鹿にしてる!確かにノームの方が形が綺麗だけどさあ!」
チャルさんの方はバッチリ聞き取っていたらしい。
言い方からして容姿でも馬鹿に……?いや、お爺さんに限ってそれはないな。
「チャルさんの方が綺麗ですよ!私、ちんちくりんですし……。モデル体型が羨ましいです」
「えっあっ、ちょ、違う……。うん、あんがとね」
チャルさんが急に落ち着いた。
フォローがたぶん成功した……んだよな?
カレーの入った袋を片手に、満足げな顔をしたお爺さんが帰って来た。
そんなお爺さんに、チャルさんが蹴りをいれた――。
良い音なったな、痛そう。じゃない。
「何してるんですか!腰とかご老体には急所です!」
「良いんだよノームっ!たぶんアタシを怒らせるために、わざと聞こえる声で話したんだから」
お爺さんなら耳が良いのも知っているだろうが……。
さすがに考えすぎでは?
「おやおや、何のことでしょうか。……じゃあさっそく頂きますね」
お、直での感想第一号かな。
スプーンに乗っているのはちょっと不恰好な人参。
もしかして、チャルさんの切ったこれを入れてくれと頼んでたのか……。
「美味しいですよ。人参が大きいですが」
「はいはいアタシが切ったからですよ!」
ほんとに仲良いなあ。
前世も今世も、友達が少ない身として羨ましい。
チャルさんも本気で怒ってるわけじゃないのが微笑ましい、なるほどこれが『てえてえ』か。
あっ、君島くんも当たってる。
いつの間にかスーツに着替えてるが、凄く嬉しそうでこっちも嬉しくなる。
食べてる顔も見たいが……残念、買うとすぐに走っていく。
出口へ、速い。
「そういえばノーム様、私の整理券番号が633でした。予定通りの数ならおよそ21倍となってます」
「相談室よりも倍率が高いんですねっ。皆お腹が空いていたんでしょうか?」
「……ビビったんだよ、察したれや」
――そうか、怖がっているのは私だけじゃなかったということか。
それがわかっただけでも出演して良かったかも。
「よしっ出番終わりましたし、どうしますか?チャルさんは失禁体験でしたっけ?」
「ぜってえ待ち伏せられてるって……。並んでたけどカレー外したって奴になんかやってやろうぜ」
「あっ、良いですねそれ!……それよりちょっとトイレ行ってきますっ」
「お、リアル失禁体験かぁ~?」
「本気でやめてください、怒りますよ?」
全部仕事が終わって落ち着いたんだ、仕方ないじゃないか。
確か、今回から女子トイレが1つ会場にできたのだ。
前まで女性リポーターとかどうしてたんだろう。
たしか2階の……あっちだったかな。
急げ、急げ。
「――まずい」
「ん?爺どうした、カレーの話か?喧嘩なら買うぞ!」
「新設された唯一の女子トイレは、誰でも行ける場所に作られています。つまりは一般客も近づけます!」
「ってことは……待ち伏せありえるか!?ノーム探してくる!」
「お嬢様、私もついていきます!」