―――深夜のとある共同墓地
日が昇っていれば、生きている者は少なからずいるだろうが、今は深夜。生者の代わりに死者、アンデットたちが闊歩するようになる。
夜間の間、この共同墓地は隣接している都市の兵士による巡回が行われており、度々出現するアンデットの討伐などが行われている。
そんな危険なアンデットたちが跋扈するような墓地にいるものなど、余程の死にたがりか、頭の狂った狂人のようなものである。
――しかし、この日だけは違っていた。
死の匂いを漂わせるこの墓地に、明らかに生気を放つ「男」が立っていたのだ――
「ンンン――?どこですかなここは…?」
「男」は困ったかのような声色で辺りを見回していた。
「男」の出で立ちは、日本でいうところの和服のような白と黒の装束をベースに、トランプのジョーカー…つまり道化師の要素を歪に混在させたかのような衣服を身に纏い、特徴的な長髪は白と黒で左右に分かれており、一部の髪の先端部分には鈴のようなものを取り付けているなど、見れば見るほど謎に満ちた姿をしていた。
「困りましたな~、折角ユグドラシルの最後にあの鬼娘めを弄って差し上げようと思っていたのですが…」
そんな「男」を尻目に、墓地に蔓延るアンデットらが、彼の背後に近づきつつあった。
生者には死を。
この墓地のアンデットたちにとって、この「男」は部外者そのものであった。
そんな部外者は死を以て排除しなければならない。
腕を組み物思いに耽る「男」にそろりそろりと近寄り、その手に持つ剣で真っ二つにせんと振り下ろす――
が、―――
真っ二つにされたのは「男」のほうではなく、アンデットであった。
なぜ、どうして、武器も持っていないはずなのに、どうやって両断したのだ。
両断されたアンデットの仲間は、すぐさま「男」のから間合いを取った。
しかし、全てが遅かった――
何処からともなく、何か「鋭く鋭利な物」が飛来し、先ほどのアンデットと同様に自分たちの体を両断されたのだ。
何が起こったのかも分らぬまま、アンデットたちは物言わぬ土塊へと還っていった。
「ンンン、なるほど。どうやら拙僧の攻撃は、問題なくこの世界の者たちに通じるようですなぁ。さて、次に我がスキルの確認を行いたいのですが、この辺りに何か面白いものはありましょうかねぇ?」
そうコメントを残して移動を開始する「男」の周りには、目のような絵が描かれている小さな「紙」が数枚漂っていた――
※※※※
―――共同墓地 霊廟
共同墓地の地下にある霊廟では、二人の男女が佇んでいたが、男性が何か異変を感じたのか、唸り声をあげた。
「―――ムゥ?」
「どったのカジッっちゃーん?お腹でも痛くなったの~?」
「違うわバカタレ!どこぞの阿呆めがこの霊廟に近づいてきておるようだ」
「なーんでそんなことが分かるのよ~」
「見回りに出しておったアンデットらが全滅したようだ。どうやら真っ直ぐこちらに向かっておるようだな」
カジッちゃんと呼ばれた男は、事態の把握を行っていた。
先ほどの「男」に両断されたアンデットを支配しているのがこの男、カジット・デイル・バダンテールである。
低位とはいえ、自らが支配するアンデットが倒されたのだ。警戒しておくに越したことはないと考え、そばにいた女性に詳細を説明した。
「ふーん、それじゃ私が見てこよっか?どんな奴が来たか見てみたいし!」
「ケッ!お前の場合新しい玩具が来た程度にしか思っておらんのじゃろうが」
「あったり~♪そんじゃ行ってきますよ~っと」
「くれぐれも遊びすぎてはいかんぞ?」
「わーかってるって~」
「ふん!どうだかな…」
彼女の態度に一抹の不安を抱きつつ、念のためアンデットを作成し始めるカジットであった。
※※※※
―――共同墓地 霊廟入口
「さーて、どーんな奴が来るのかしらね~?」
そう呟き、黒いフードをはためかせ、霊廟の入口に体を預けて佇む女性。
彼女の名はクレマンティーヌ。
この世界では「人類最強の戦士」と呼ばれており、彼女と互角に戦えるのはごく一握りの人間だけだと言われている。
そんな彼女は紆余曲折の末、この共同墓地の霊廟に身を隠すようになったのだが、それはまた別のお話――
兎も角、カジットの操るアンデットたちをたった一人で全滅させるような奴だ。
どんな奴が来るのか楽しみで仕方ないが、念のため用心して「武技」を使用することにした。
「『不落要塞』、『疾風走破』、『能力向上』…とりあえずこんなところかしらね」
「武技」とは、この世界に伝わる
また、一部の武技は、クレマンティーヌといった一部の天才にしか習得できないようなものも存在している。先ほど使用した『不落要塞』もその一つだ。
「どうしよっかな~、どうやって遊んであげようかな~?スティレットで目玉を穿ってあげるのもいいし~、全身丸焦げになるまで炙ってあげるのも面白いよね~w」
どうせ此処まで来ることができたとしても、このクレマンティーヌに敵うものなどいない。
それはこの世界最強の戦士としての誇りであり、同時に尊大な
しかし、そんな自尊心はすぐさま塗りつぶされることとなる。
さらに強大な、どす黒い
「ンン?どうしましたかお嬢さん。このような場所にいると危ないですぞ?」
ふと、「男」の声が聞こえたので、どんな面をしているのか拝ませてもらおうと思い、声の聞こえた方向に顔を向けた。
しかし、見るべきではなかった。
声を発したであろう「男」はとても珍妙な姿をしており、普段の自分なら鼻で笑い飛ばしているところだが、今の自分にそのような余裕は一切ない。
何しろ、目の前の「男」の整った顔立ちからは予想できない程の強烈な「負」のオーラを感じたのだ。
いや、あれではオーラというより、「悪意」そのものではないか――
奴とは戦ってはいけない。戦ってしまえば、間違いなく自分は死ぬだろう…
戦士としての直感が、目の前に佇む「男」との戦闘を真っ向から否定したのだ。
(だがどうする?どこにも逃げ場はないし、既にこちらの姿を見られている…!)
考えている暇はない。早くこの場から去らねば、自分に明日はこない。
だが既に詰んでしまっているこの状況で自分ができることなど、何一つない。
目の前の「男」の考え一つで、この首は繋がるか刎ねられるかが決まるだろう。
クレマンティーヌはその瞬間を固唾を飲んで待ち続けた。
そして、目の前の「男」は―――
「おやおや、そのように怯え切った顔では、綺麗なお顔が台無しですぞ?少し深呼吸なさっては如何ですかな?」
「――えっ?」
―――物凄くフランクな態度でこちらの心配をしてくれた。
「そんなに怯え切ってしまっては、まともに言の葉を紡ぐことすらままならぬでしょう。そうらそうら、息を吸って―、吐いて―。また吸ってー、吐いて―」
(…な、何を考えているのかしら、この男は…)
一先ず自分は命拾いしたようだ。
ここは「男」の指示に従ったほうが賢明であろう。
そう考え、「男」に勧められるがままに深呼吸をすることにした。
「そうそう、そうやって気を落ち着かせるとよいですぞ」
「えぇ、ありがとう。少し気が楽になったわ…ところで、あなたは一体どなたかしら?」
「なぁになぁに、拙僧はただの
「そ、そうなのね…」
(あんたのような
クレマンティーヌは思わず突っ込みを入れそうになるが、なんとか踏み留まった。
「それで、そんな
「ンンン。それはですね――」
―――突如、目の前の「男」から膨大な「悪意」が発せられた。
突然のことで動揺してしまい、直ぐに動くことができない。
そんな隙を、「男」は逃すはずがなかった。
「そこです。そうれ光れ光れ、我が五芒星!」
「な、なに!?」
「男」が素早く星の形に指を切る。
すると、クレマンティーヌの眼前に巨大な五芒星が出現し、彼女の体の自由を奪った。
「くっ、何これっ…動け…なっ…!?」
「ンンン、油断しましたなぁ?戦場にて、ましてや敵の眼前で油断したならば、そこには死しかありませぬぞ?」
「黙れ!『流水加速』!『能力超向上』!」
「ンンンフフフ…」
「な、なんで…!?何で逃げられないのよ…!?」
一体どのようなスキルを使用しているのか、自分の持ち得る最上級の武技を使用しても、「男」の拘束から逃れることができない…
「ンンン、無駄ですぞ。如何なる手段を取ろうとも、我が拘束からは逃れることなどできませぬ」
「くっ…!」
「それよりご気分は如何ですかな?そろそろ感じることができる頃合いかと存じますが」
「何を言って…って、ちょっと、何よ、この感覚…!?」
「男」の言葉通り、自分の体に違和感を感じ始めた。
違和感といっても、只の違和感ではない。
――自分の体が、心が、何かに塗り潰されていくような感覚だ。
「がっ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
体と心を塗り潰される感覚など、想像を絶するものであろう。
叫び声が静かな墓地に鳴り響く。
しかし、深夜の墓地にいるものなど、カジットの操るアンデットを除いて、目の前の「男」と自分しかいない。
彼女の叫びは、虚しくも夜の闇に溶けて消えるのみであった。
何故、自分だけがこんな目に合わないといけないのか。
何故、誰も助けてくれないのか。
何故、状況を把握しているであろうカジットは救いの手を差し伸べてくれないのか。
今のクレマンティーヌの頭には、そのような考えしか浮かばなかった。
「ンンンンン!素晴らしい!その無念、その恨み、実に素晴らしいものですぞ!これほどまでの逸品に出会えるとは、拙僧も昂っておりまする…!」
「男」はもがき苦しむ自分を見ながら、右目だけを大きく見開き、歪み切った凶悪な笑みを零していた。
まさか、この世界に自分を遥かに超える「悪意の塊」が存在していたとは――
このままでは自分が自分でなくなってしまう…自分が別の何かに塗り潰されてしまう…
何とか脱出しようにも、「男」の拘束から脱出する術などなかった。
「さて、お遊びもここまでにして、そろそろ『仕上げ』とさせていただきましょうか」
「あ…んたは…」
「ンン?最後に言い残すことでもございますかな?」
「あんたは一体…何者…なの…?」
「ンンン、いいでしょう。ここまで拙僧を昂らせていただいたお礼に、我が名をお伝え致しましょう」
「拙僧の名は―――」
その言葉を最後に、クレマンティーヌの意識は黒く塗り潰された。
しかし、意識が遠くなる直前、クレマンティーヌは確かにその名を聞いた。
その「男」の名は――
『
「ンンン。結果は上々、といったところでしょうかな?我が秘術がこの世界の者にも通用する良い実験となりましたなぁ」
「さて、それでは気を取り直して進むと致しましょうか。果たしてこの先には、我が食指を更に唸らせるような逸品があるかどうか」
「まぁ、もしいなくともそれはそれで面白き玩具にしてしまえば問題ありますまい。あなや、あなや…ンンンフフフ…」