部屋を後にしたモモンガとばらきーの二人は10階層まで進み、その最深部である玉座の間へと続く廊下を歩きながら、かつての思い出を語り合っていた。
かつてギルドが繁栄していた時代、モモンガとばらきーはタッグを組んでいた。
当時の彼らの戦闘スタイルは、超攻撃特化のばらきーが前線で大暴れして敵のヘイトを稼ぎ、後方のモモンガが魔法による援護攻撃を行うというものだ。
非常にシンプルなスタイルではあったが、ばらきーは「鬼種」という、ユグドラシルの中でも超レア種族と呼ばれる種族であり、魔法による攻撃は苦手ではあるものの、それを補って余りあるほどの物理攻撃力を有しており、それ故かまさに無双と呼ばれるであろう強大な力を有していた。
その強大さ故に敵からのヘイトを稼ぎやすく、強力な魔法を繰り出すモモンガとの組み合わせはまさに「最凶」と呼ばれるほどであった。
そのような仲であったため非常に仲が良く、普段から二人一緒に行動することが多かった。遠くからみるとまるで恋人同士のように見えていた。
(ばらきーが満更でもないような顔をしていたという噂もあったが、誰もその現場を見たことがないので信じていた人は少なかった)
そんな姿を見ていた一部のギルドメンバーからは、
「なんでゲームの中に来てまで嫉妬しなきゃいけないんだよクソァァァァ!!」
「リア充爆発しろ!いや、末永く爆発しろ!!」
といったような阿鼻叫喚の声が絶えなかったという。
「いやー、今思えばあの頃が一番楽しかったですね~。
ばらきーさんが前線で無双しまくったおかげでこっちは何もやることがなくなるとか日常茶飯事でしたし!」
「何を言う、汝の即死魔法が先に発動して吾が手持ち無沙汰になることもあっただろうに」
「そんなことありましたっけね~(メソラシ」
他愛もない会話が続く。
くだらないような内容の思い出であっても、それはかつての栄光の一部でもある。
会話を交わす中でモモンガは一つの疑問が頭をよぎった。
もしばらきーが来てくれなかったら、自分はどんな思いでこの廊下を歩いていたんだろうか。
恐らく自分勝手な気持ちでギルド武器を持ち出し、同じように玉座の間で一人寂しく最後を迎えようとしていたのだろう。
もしかしたらそんな未来があったのかもしれない。
しかし、今隣には自分と最後までナザリックに、ギルドに残ってくれた彼女がいる。
そう思うと、少し目頭が熱くなった気がした。
自分は一人ではない。
ありえた未来に向かう筈だった自分を別の未来に連れ出してくれた彼女には、心から感謝していた。
玉座の間に向かう廊下を歩く道中、老獪な雰囲気を醸し出す執事のNPCと、それに続くように並ぶメイド服を着用したNPCの姿が目に入った。
執事の姿をしたNPCは「セバス・チャン」。
一見すると普通の執事にしか見えないのだが、彼の体をよく見ると老人とは名ばかりの鍛え上げられた体格をしており、このナザリックにおけるNPCの中でも指折りの実力を持っている。。
ちなみに彼を制作したのは「たっち・みー」さんで、かつてモモンガが異形種狩りによって殺されそうになっていた時に颯爽と現れ、助けてくれた恩人でもある。
そのセバスの後ろに並ぶメイドたちは「プレアデス」だ。
彼女たちは基本的に10階層の守護を任されている戦闘メイドであり、この場にはいないがもう一人を含めて7姉妹という構成になっている。
「ばらきーさん、少し我儘を言ってもいいでしょうか?」
「汝が我儘とは珍しいこともあるものだな。構わぬ、言ってみよ」
「ありがとうございます。では単刀直入なんですが、セバスたちも連れて行ってはだめでしょうか?」
「ほう、それはなぜだ?こ奴らはここで敵を迎撃することが職務であろうに」
そう。セバスとプレアデスはこのナザリックにおける最終防衛ラインでもある。
仮に第1~第8階層を突破された場合、ここが最後の砦となり、敵を迎撃するのだ。
しかし、レベル100であるセバスはまだしもプレアデスたちのレベル差は激しく、ここでの戦闘はあくまで自分たちギルドメンバーが集まるまでの「時間稼ぎ」程度にしかならないのだ。
だが、サービス終了までにこの場所を訪れたプレイヤーはギルドメンバーを除いて他にはいない。
つまり、外部からの敵は誰一人としてここまで攻め入ることはできなかったのだ。
それでもなお、最後までセバスと彼女たちはここで敵を待ち受ける。
それがこの場所の守護を任された、彼らの職務なのだ。
「彼らがここで敵に備えて待つ構え続ける役割というのは分かってます。
でも、このナザリックを治めるギルド長として、せめて彼らに執事とメイドらしい働きを与えてあげたいんです」
「………」
「ダメ、でしょうか…?」
実のところ、ばらきーは内心嬉しかった。
今日までただただナザリックを維持させることに尽力していただだけのモモンガが、最後の最後でギルド長らしい発言をしたことが嬉しかったのだ。
それは遅すぎる成長だったのかもしれない。
が、それでも彼が成長を果たしたのは間違いないのだ。
そう思うと、自然と口元から笑みがこぼれていた。
「ク、クハハハ…!」
「ば、ばらきーさん?どうしたんですか、急に笑い出して。俺、何かおかしいことを言っちゃいましたか?」
「いや、気にするでない。ついに汝も支配者らしい考えをするようになったと思ってな」
「…?どういうことです?」
「気にするなと言っておろうが。あと、そこな者たちの事だが…吾は構わぬ。汝の好きにするがよかろう」
「あ、ありがとうございます!では早速…『つき従え』」
その言葉を受けたセバスたちは深く一礼をした後、先を歩くモモンガの後ろについて歩き始めた。
モモンガが彼らを従えて歩く姿を見たばらきーは、彼を玉座の間に誘ったことは間違いではなかったと確信した。
こうして我らのギルド長のようやくそれらしい姿を見ることが出来たのだ。
これだけでもここに残った意味があるというものだ。
ばらきーはそんな感慨を抱きながら、モモンガたちの後を追った。
※※※※
しばらく歩いた先に巨大な扉が見えた。
モモンガがその扉を開くと、そこはまさに最深部にふさわしい雰囲気で満たされた場所であった。
頭上にはかつてのギルドメンバーたちを象った印が描かれた旗が掲げられており、眼前に広がる赤い絨毯の先には、禍々しさの極致ともいうべき意匠が施された玉座が堂々と佇んでいた。
隣にいるモモンガは感嘆ともいうべき声を上げていた。
彼が抱く感動は分からないでもない。
しかし、彼が発する声からは寂しさも感じられたのだ。
無理もない。最後まで残ったのは自分たち二人だけなのだ。
いくら一人ではないといっても、彼が今日に至るまで抱き続けてきた寂しさはそんな簡単に消えるようなものではない。
だだっ広い部屋にいるのは自分たちだけ。
他にこの場所を訪れるものは誰もいない。
全ては過去の栄光に過ぎないのだ。
だが、それでもモモンガにとってはそれが全てだったのだ。
自分はそんな彼が放っておけなかった。
自分でも甘いということは分かっている。
でも、日に日に寂しさを募らせていく彼を、見捨てるなんてことは、できなかったのだ…
「ばらきーさん?」
「あぁ、すまぬ。少し考え事をしていた。時間もない、行こうか」
そう言って玉座に足早に向かう。モモンガも少し首を傾げていたが、すぐにばらきーの後を追った。
玉座のすぐそばには「アルベド」と呼ばれるNPCが待機していた。
アルベドはこのナザリックにおけるNPCたちの頂点に位置する守護者統括という立場であり、基本的にこの玉座の間を離れることはない。
なお、彼女はギルドメンバーであったタブラ・スマラグディナによって創造されたのだが、その際とんでもない量の設定がなされており、極めつけに「ちなみにビッチである」という設定が盛られそうになっていた。
なお、流石にマズイと思ったのかばらきーをはじめとする女性プレイヤー連合軍(総勢4名)により未然に阻止され、代わりに「モモンガを愛している」という設定が組み込まれた。(ちなみにモモンガはこの設定変更については知らされていない)
ようやく玉座に前にたどり着いたのだが、この期に及んでモモンガは玉座に座ることを躊躇っていた。
ようやくギルド長らしくなったというのに、すぐこれである。
サービス終了まで時間がないので、仕方なく尻をひっぱたいてやることにした。
「ええい!さっさと玉座に座らぬか!!ギルド長ともあろう者が躊躇ってはならぬ!」
ばらきーは骨刀を振り上げ、いい加減にせんと玉座ごとたたっ斬るぞと脅しをかけた。
「ヒェッ!す、すぐに座りますからその骨刀を下ろしてください!」
そういうとモモンガは目にも止まらぬ速さでセバスたちに待機の指示を出し、玉座に座りこんだ。
ようやく座ったので、自分も玉座の横に立って最後の時を待つことにした。
23:59:00
「なんと、もう残り1分しかないではないか。どこかの誰かさんが渋らなければもう少し時間もあったのだろうがな~」
「すみません…でも、これで本当に終わりなんですね…」
23:59:24
「そうさな…汝は楽しかったか?」
「えぇ…とても。本当に楽しかったです」
「そうか…ならばよかった」
23:59:39
「はい。……本当に、楽しかったんだ…」
「………」
彼は楽しかった言ったが、本当はどうしようもなく寂しかったのだろう。
まだやり残したこともあったのだろう。
――――かつての栄光を過去の遺物としたくなかったのだろう。
だが、そんな思いとは裏腹に最後が刻一刻と近づいてくる。
自分は彼に何かしてやれただろうか。
もっと彼の力になれたのではないだろうか。
そんなことを思っていても、最早仕方のないことだ。
せめて、彼が現実世界で幸せに暮らせられることを願うしかできない。
23:59:50
「――ばらきーさん、今までありがとうございました。あなたがいてくれて、本当に良かった」
「――あぁ、吾も本当に感謝している」
――――あぁ、でも。もし叶うのであれば
23:59:56
「それでは、またどこかで」
「最後まで礼儀正しい奴だな汝は。だが、そうだな。また、な――」
23:59:58
――――まだこの人と共に在れたなら――――
23:59:59
00:00:00
※※※※
「「ん?」」
間抜けな声が重なって玉座の間に響く。
サーバーがダウンしたのだろうか、午前0時を越えたにも拘らず、いまだに自分たちの目の前には先程までと同じ玉座の間が広がっていた。
運営に事の次第を問いただそうとコンソール画面を開こうとするが、何度試してもコンソールが開かない。
何です?何が起こっているんです?
「な、なぁモモンガよ。汝はコンソールを開くことはできるか?」
「いえ、何度試しても全然…ということはばらきーさんも?」
「うむ…お察しの通りというやつだ…」
―――――……?
「「どういうこと(なの)だぁぁぁぁ!!??」」
さらに間抜けな叫びが部屋に響き渡る。
そんな叫びに反応したのか、自分たち以外に唯一玉座のそばにいた人物が口を開いた。
「モモンガ様とばらきー様?どうかなさいましたか?」
―――自分たちとは全く違う声がする。
声がした方に恐る恐る顔を向けると、そこにはこちらを心配そうに伺うアルベドの姿があった。
「「……は?」」
そして、ここから我々の予想を遥かに越える物語が始まったのだった―――