「おうモモンガ、聞こえるか?」
「はい、聞こえます。コールは問題なく使えるみたいですね」
「どうやらそのようだ。2人で話し合う際はできるだけこちらを使うことにしよう」
「了解しました。それで、なにかご用でしたか?」
「吾の自室で待機させていたエリザベートに第6階層に向かうよう伝えたのだが…少し問題が生じたのだ」
「問題、ですか?」
「うむ…行きたくないとか駄々をこねたエリザベートに、第6階層の闘技場で『歌を歌っても良い』と言ってしまったのだ…」
「…え?」
「聞こえなかったか?『歌を歌っても良い』と言ってしまったのだ!」
「えっえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?まずいですよばらきーさん!このままだとナザリックが(鼓膜的な意味で)崩壊しちゃいますよ!?」
「だからこうして連絡したのだ!すまぬが手を貸してくれ!奴のライブを回避できたら汝への説教はなしにするから!頼む!!」
「分かりました!こちらもすぐ第6階層に向かいます!」
「うむ!ではまた後でな!」
ばらきーの口が滑ったことによりナザリック崩壊の危機(鼓膜的な意味で)が迫っていた――
――第6階層
この場所はローマ帝政期に造られたコロッセウムを参考にしており、主にナザリックに侵入した外部の敵を迎撃する場となっている。
また、この階層の上部には人工的に造られた「空」があり、時間と共に太陽や星空が見えるなど昼夜も設定されている。
ちなみに、現在時刻は夜であるため輝かしい星空が見えるようになっているが、この星空はかつてのギルドメンバーであったブルー・プラネットが最も気合いを入れて作り込んだもので、彼が理想とする世界の具現でもあった。
そんな闘技場に到着したばらきーだったが、ついた途端に深く大きい溜め息をついた。
別にここにくるまで疲れたとか、そういったことではない。
では何が原因なのか。
闘技場のド真ん中でライブのための場当たりをしているエリザベートが目に入ったのだ。
なぜこれほどまでに自分とモモンガが危機感を覚えるのかには、ある理由があった。
彼女―エリザベート=バートリーは、とんでもない音痴なのだ。
歌声はとても素晴らしい逸材である。アイドルなどに疎い自分やモモンガですら可愛いと思えるほどだ。
だが、ある致命的なスキルを所有している。
「頭痛持ち」だ。
彼女はこのスキルにより慢性的な頭痛に陥っており、それによって正しい音程を理解できていないのだ。
なお、現在このスキルはばらきーが与えたアイテムによって無効化されている。
しかし、頭痛が発生していた時の音程に慣れてしまっていたのか、音程だけはそのままであった。
以上のことから、絶世の美声とも言うべき歌声を補って余りあるほどに最悪すぎる音痴が全てを台無しにしてしまっている…
また、彼女が考案する歌詞も絶望的なセンスとなっており、この音痴と組み合わせることによって、台無しに磨きがかかっている。
最悪の音痴と絶望的な歌詞。
この2つが組み合わされた歌はまさに最凶とも言うべき破壊力を生み出しており、いかに頑丈なアイテムを装備しているプレイヤーであっても、鼓膜を破壊させられるほどの歌声に抗うことができないまま沈んでいくほどである。
(なお、なぜかアンデッドたちには彼女の歌は好評であり、寧ろ攻撃力がアップするバフが付与される。なぜそうなるのかは歌っている本人も分からないとのこと)
なぜこのような凶悪な設定になってしまったのか。
彼女を創造したばらきーはあくまで原作の設定を重視するプレイヤーであったため、自分の都合がいいような設定は一切入れず、原作と全く同じ設定として作り上げたのだった。
その結果、彼女が「自分のため」に歌えば、先述の通り地獄のようなライブとなる。
だが、もし彼女が「他人のため」に歌うことができれば――
彼女は本当の意味で「
ばらきーはそんな彼女の設定を大切にしたかったので、原作通りの設定で創造したのだ。
まぁ、そのせいでナザリックに危機が訪れているのは間違いないのだが…。
取り敢えず歌のことは後でなんとかしようと考え、振り付けの練習をしている彼女に声をかけることにした。
「おう、精が出ているではないか。そんなに楽しみだったのか?」
「あったり前じゃない!こんな最高のステージで歌うことができるなんて、まるで夢のようだわ~!!」
「それは良かった。だが汝には悪いが、今はコンサートはお預けだ」
「えぇ~!?なんでよー!ばらきーが歌ってもいいって言ったから準備してたのにー!!」
「まぁそう喚くな。別に歌うなとは言っておらぬ」
「じゃあどうしてよー!」
「これからモモンガと吾は各階層守護者を集め、現状の把握と共有化を行うのだ。
今セバスがナザリックの外の確認を行っていてな、あやつが戻り次第始めるつもりだ」
「えぇっと、それって私もいる必要あるの?」
「もちろんだとも。曲がりなりにも汝は第9階層の守護者ではないか」
「そ、そうだけどさ~…」
実はエリザベートはナザリック第9階層「ロイヤルスイート」の階層守護者であったりする。
といっても、基本的に彼女が出撃するといったような事態はこれまで一度たりとも起こったことはなく、実のところお飾りのような立場になってしまっている。
しかも、頭痛持ちスキルによって自分の役目を忘れてアイドル活動に没頭することも度々あったため、ナザリックにおけるNPCの中でもトップクラスの問題児であった。
その後、そんな状態を見かねたばらきーが頭痛持ちスキルが無効化するアイテムを装備させたことにより、問題児から一転、第9階層守護者としての姿を見せるようになった。
そんな彼女は執政者としてのカリスマは目を見張るものがあり、堅物なセバスや問題児が多いプレアデスたちをはじめ、第9階層を完璧に纏め上げている。
また、彼女は執政者のプライドも高く、セバスたちを纏め上げ、第9階層を任されていることに誇りを持っている。
しかし、なかなか戦いに出ることができず、それを恥だと思っていることから、他の階層守護者に会うことはかなり消極的であるようだ。
だが、自分は恥とは思わない。
こんなに素晴らしい階層守護者を他の者が笑うのであれば、容赦なく握りつぶすほどだ。
そんな彼女にも、自分はしっかりと守護者としての役割を果たしていることに気がついて欲しかった。
そのため、多少のリスクを払ってでも彼女をこの場に呼ぶことが必要だと思ったのだ。
「ならば何も問題はあるまい。吾とともにこの場にいるがいい」
「うぅ~…あーもう、分かったわよ!いればいいんでしょいれば!」
「それでよい。やはり汝は執政者としての自覚がすばらしいな。そんな汝を吾は好ましく思うぞ」
「ほ、褒めたって何も出ないんだからね!!///」
そういって顔を赤くしながら嬉しそうに尻尾をブンブン振っているようだった。
あーもう可愛い奴め、ついぎゅっとしてやりたくなるではないか!
思わず抱きしめたくなる衝動をこらえていると、後ろからモモンガの声がした。
どうやら彼もこちらに到着したようだ。
一先ずモモンガと合流しようと思い、未だ照れ気味のエリザベートの手を引っ張って行くことにした。
…向かう途中、エリザベートが引っ張っていた手を優しく握り返したことで少し動揺したのは内緒だ。
※※※※
「あっ、ばらきーさん。遅くなってすみまs…どうしたんですか?そんなに顔を赤くしちゃって」
「いや、なに、気にするな。気にしないと言わねば握りつぶす。よいな」
「えっ」
「 よ い な ? 」
「アッハイ」
彼女の後ろにいるエリザベートがどこか照れているように見えた事が少し気になったが、またばらきーにブチ切れられても困るので、ここは彼女の言うとおりに従った。
「それで、汝の後ろで待機しているのが『パンドラズ・アクター』だな?」
「はい。俺が創造したNPCであり、俺の息子でもあり、…歩く黒歴史です」
「なぁんと!?黒歴史とは随分な言われようですなぁ!この私を創造していただきましたのは他でもない、ゥモモンガ様でありましょうにぃ!!」
この無駄に格好いい軍服とギルドサインの入った帽子を被り、さらに無駄な動きが一切ない全く持って無駄に格好いいポーズを決めつつ痛々しい言動をするこのNPCこそ、ナザリックが保有するアイテムを管理する宝物殿の領域守護者、パンドラズ・アクターである。
このパンドラズ・アクター、自分を含むかつてのギルドメンバーの姿に変身することができ、その能力も80%の力で使用することができるという、まさに「チート」と呼ばれても過言ではない能力の持ち主だ。
だが、そんな彼を宝物殿に押し込めていたのは、モモンガが彼を自分の黒歴史として扱い、それを他の者に見て欲しくなかったからだ。
パンドラの一々仰々しいオーバーリアクションやポーズは、全てモモンガの設定である。
かつて彼が「アクター(舞台役者)だからオーバーアクションを取るべき」と設定し、自分の格好いいと思っていた設定を全て盛り込んだのだ。
その結果、モモンガにとって「歩いて喋る黒歴史」となってしまった。
「うわぁ、だっさいわー…」
モモンガが手で顔を覆いながら発光している…
端から見れば、骸骨が手で顔を覆って発光するなど、あまりに面白過ぎる光景である。
だが、あの発光はアンデット種における精神安定の光だ。
そもそもアンデット種は精神作用の魔法は通用しない。
あのように強制的に精神安定が作用するためだ。
アンデット種に精神作用の魔法を通用するためには、専用アイテムの「完全なる狂騒」と呼ばれるアイテムが必要となる。
(なお、この「完全なる狂騒」によってある事件が勃発するのだが、それはまた後の話である)
そのためモモンガの精神が怒りなどによって不安定になると、あのように発光して強制的に精神安定が作用するのである。
「ィ如何!なさいましたか!?」
「ああぁぁぁ…」
めっちゃ光りまくっている。余程恥ずかしいのだろう。
彼には申し訳ないが、ぶっちゃけ笑ってしまいそうだ。
しばらく込みあがる笑いを堪えていたが、後ろにいるエリザベートの目がキラキラしていることに気がついた。
何かイヤな予感がする。
それもとてつもないほどにイヤな予感だ。
頼む。何も起こらないでくれ。
そんな切実な願いは聞き届けられる筈もなく、エリザベートが動き出した。
「か…か…カッコいいーーーー!!」
「は?」
モモンガが信じられないと言いたげな表情(見た目骸骨だからよく分からんが)でエリザベートを見やる。
その後、こちらの方を向いたので頷いてやった。
大丈夫だモモンガ。自分もこのナマモノが何を言ってるのか全く分からん。
突然のことで一瞬静まりかえった闘技場だったが、そんな静寂はパンドラによって打ち破られた。
「おお!麗しいお嬢様!あなた様はモモンガ様に教えていただいたこの尊きポーズの素晴らしさが分かるのですねぇ!?」
「えぇ!勿論だわ!貴方こそ私が立つべき舞台の役者に相応しいわ~!」
「なんとぉ!そこまで褒めていただけるとは!このパンドラズ・アクター、身に余る光栄であります!!」
「ねぇ!あなた私のライブのバックダンサーにならない?絶対に素晴らしいステージになると思うわ!」
「かの鮮血魔嬢様がそこまで私を評価していただけるとは…!
ぃいいでしょう!このパンドラズ・アクター、モモンガ様の素晴らしい教えをお伝えするために喜んでお力になりましょう!!」
「やったわー!これでまた1つトップアイドルへと近づいたわー!!」
「そ、そうか…それはよかった…なぁモモンガ?」
「え、えぇ…そうですね、ばらきーさん…」
緊急事態発生である。
こともあろうにエリザベートがパンドラのオーバーリアクションに惚れ込んでしまうとかいう最悪の事態だ。
パンドラもバックダンサーとして踊るつもり満々のようで、モモンガの眼窩から覗かせていた赤い目も光っておらず、死んだように真っ黒になっていた。
かく言う自分もモモンガから見れば死んだ魚のような目をしているのだろう。
今後この二人が巻き起こす騒動を考えると、頭が痛くなってくる。
「「どうしてこうなった(のだ)…」」
楽しく話すエリザベートとパンドラをよそに、モモンガとばらきーが発した悲しみに溢れた言葉は、闘技場を覆う満天の星空に吸い込まれるかのようにして消えていった…
闘技場観客席付近にて――
「ねぇマーレ。なんかモモンガ様とばらきー様、すんごいげんなりした顔してない?」
「ほ、ほんとだ…何か嫌なことでもあったのかな…?」
「うーん…まぁ行ってみれば分かるか!行くよマーレ!」
「で、でもお姉ちゃん…ここ地味に高いんだよ?普通に降りた方が安全だよぉ」
「なーに言ってるの!あんたも男ならこんなところ簡単に飛べるでしょうが!」
「で、でもぉ…」
「あーもう!私は先行ってるからね!あんたも必ず来るのよ!」
「ま、待ってよお姉ちゃーん!!」