Fate/stay night 異聞 ~観察者白狐~ 作:Prometheus.jp
#012 因果の犬は追えども去らず
夢を見た。
雲は切れ目なく、空は一面の
大地は見渡す限り、地平の果てまで続く荒野。
そして、墓標のように大地に刺さる無数の剣。
ただそれだけ。
ここは中世の戦場跡なのか。
いや、ここで命尽きて斃れた
唯々無数の剣が突き刺さった大地。
ここは一体何処なのだろう。
初めて見る風景だった。
いつも見る夢は、あの日の赤か、
無数の剣が刺さっているこの光景は、
どこからか声が聞こえる。
それは耳朶を打つものではなく、
聴覚を通り越して脳内に直接響いているようだった。
その声は、自分のそれとは異なるバリトンヴォイス。
それは呪文のようであり、
独唱のようでもあった。
小高い丘に人影があった。
その人影は………
無数の剣で身体を貫かれていた。
目が覚めた。
飛び込んできた景色は、見慣れた自分の部屋だった。
口の中は血の味がする。
顔を洗おうと体を起こした途端、猛烈な気持ち悪さが襲い掛かってきた。
目眩はするし、体は重い。まるで胃に溶けた鉛を流し込まれたような感覚。
よろよろと壁を伝って洗面所に辿り着くと、洗面台で堪らず吐いた。
真っ赤な吐瀉物に、逆に顔が青ざめた。
一体俺の身体はどうなってるんだ?
ふと鏡を見たら、腹には包帯が巻かれていた。
「俺…寝る前に何してたんだろ……」
思い返そうとするも、思考がうまく回らない。
とにかく、腹が減ったな。
考えるのは後にして、まずは何か口にしよう。
なんか作り置きでもあったっけ?
そう考えながら居間に行くと…
「良かった。目が覚めたのですね、シロウ」
「おはよう。体はもういいみたいね」
居間にはセイバーと遠坂が座って緑茶を飲んでいた。
…
……
………
…………
遠坂!?
「遠坂、お前どうしてここに…」
「どうしてって…大変だったわよ。セイバーと二人で衛宮君を担いでここまで運ぶの。ったく、あいつも手伝ってくれればいいものを…」
「あいつ?」
「ああ、こっちの話」
お茶を啜ってはぐらかす遠坂。
遠坂達以外に誰かいたのか?
「とにかく、ありがとうな遠坂」
そう礼を述べると、なぜか遠坂は不機嫌そうに湯呑をダンッと置いた。
「待って、どうしてそこで礼なんか出るの?」
「あ、いや、助けてくれただろ?」
「敵にありがとうなんて言わないで。聖杯戦争は殺し合いで、私は敵なのよ?」
「なら、なんで遠坂は俺を殺さなかったんだ?」
「た、単に気分が乗らなかっただけよ!寝込みを襲うなんてフェアじゃないもの。それに……」
「それに?」
「何でもない!」
声を荒げプイっと顔を背ける遠坂は、一体何を考えているのか全く分からない。
なんというか、ずいぶん学校と印象が違うけど、たぶんこっちの方が地の遠坂なんだろうな。
「それじゃあ、衛宮君の体も大丈夫なようだし、私はこれで帰るわね」
いったん落ち着いたであろう遠坂は、立ち上がって帰ろうとしていた。
「それじゃあ、今度会ったら敵同士だから、その時は覚悟しなさい。はっきり言って、今のあなたでは私に勝てないわ。死にたくなかったら学校は休むことね」
冷たく宣言して、遠坂は帰って行ってしまった。
そう、遠坂は敵なんだ。
聖杯戦争と言う殺し合いの相手。
だけど………
そう簡単に割り切れるものじゃない。
それに、俺が戦うのは無関係な人達に危害を加えるマスターだけだ。
「……シロウ」
俺の思考を打ち切るように、セイバーが呼ぶ。
「ああ、ごめんセイバー。こうやって落ち着いて話すのは初めてだけど」
「シロウ、話の前に昨夜の件について言っておきたい事があります」
厳しい目つきでセイバーが俺の話を遮ってきた。
「シロウ、マスターがあのような行動をしては困る」
「昨夜……」
頭が回っていないことと、何故か遠坂がいたと言う事ですっかり忘れていたが、昨日は一体何があったのか…。
思い返してハッとした。
映像を再生するかのように思い出す。
セイバーを助けようとバーサーカーの前に出た事。
バーサーカーの大剣で腹を切り裂かれた事。
そして、何故か俺は生きていた事。
セイバーが言うには、俺の傷は即死モノだったらしいけど、ひとりでに治っていったと言う事だ。
当然俺には、治癒魔術なんて高等な事は出来ない。
セイバー自身の傷は自然に治るもので、ランサーにつけられた傷は治りにくいのだけど、それ以外は完治したとの事。
「繰り返しますが、今後あのような行動はとらないようにしてください」
「っ!バカ言うな!あんなに血を流してたくせに、女の子を助けるのに理由なんかいるものか!」
セイバーがきょとんとした顔でこちらを見ている。
ああ、なんかものすごく場違いな事を言った気がする…。
「と、とにかく、うちまで運んでくれたのは助かった。ありがとう…」
「サーヴァントがマスターを守護するのは当たり前ですが、感謝されるのは嬉しい。シロウは礼儀正しいのですね」
そう微笑むセイバーにドキリとした。
改めて見ると、セイバーはものすごい美人だ。
あの鎧はどうしたのかは疑問だけど、今はすごく女の子らしい白のワンピースと青いスカートと言う格好をしている。
「そういえばセイバー、その服はどうしたんだ?」
「ええ、これはリンから戴きました。霊体化できないのなら普段着は必要だろうと」
へえ、遠坂はこんなお嬢様っぽい服なんて持ってたんだと素直に感想を漏らした。
それからはセイバーと話し合った。
セイバーもまた聖杯を欲しているとの事。
俺に勝機が無ければ、セイバーが作ると言う事。
お互いに無関係な人は巻き込まないと言う事。
そして、サーヴァントやマスターについて大まかに説明してもらった。
あと、気になる事と言えば…
「セイバー、昨夜の事だけど、遠坂の言い様だとセイバーたち以外に誰かいたようだったけど、誰だかわかるか?」
「はい、それは
今の今まで、同じ学校に通う遠坂ですら魔術師とは気付かなかったぐらいだ。
魔術師に知り合いなんているわけがない。
「
「あの狐のお面を被った男が、その
「なるほど、シロウの証言と彼の言い分に矛盾は無いようですね」
「しかし、何だってそいつは見ず知らずの俺を助けに来たんだ?」
「私は彼から「シロウを守ってくれ」と託されました。そしてこうも言っていました。「シロウは我が友の忘れ形見」と。彼はきっと
セイバーの口から出た名前に驚いた。
なぜ、セイバーが切嗣の名を知っているんだ…。
「……なるほど、シロウは何も聞かされていなかったのですね…」
動揺する俺を、伏し目がちに見ていたセイバーは何かを思案しつつ、一息ついて俺を正面から見据える。
「私は前回の聖杯戦争において、衛宮切嗣のサーヴァントでした。そして私は彼と協力して聖杯戦争に挑み、最後まで勝ち残りました」
衝撃の告白。
切嗣が前回の聖杯戦争のマスターだった。
「
それはつまり…………前回の聖杯戦争によって引き起こされた惨事、あの新都の大火災を引き起こした一人だったというのか……。
「はい。前回の聖杯戦争において、切嗣が令呪を使用して私に聖杯を破壊させました。今回、私が召喚される際に聖杯から与えられた知識によれば、その後に溢れ出た物により、聖杯が降臨した場所の周囲は炎に包まれた。と言う事です」
セイバー自身は、聖杯を破壊した直後に消滅したので、その惨禍は目の当たりにはしていなかったという。
「なぜ切嗣が私に聖杯を破壊させたのか、彼と言葉を交わしたのは唯の三回だけでしたので、今更彼の心中を推し量る事は出来ません。ですが、今回シロウがマスターとなったという事は、偶然とは言い難い、何らかの因果を感じずにはいられません」
セイバーの告白に口を開きかけた瞬間、電話のベルが鳴り響いた。
「―――はい、もしもし衛宮ですけど」
「はーい、もしもーし藤村でーす!」
日曜日のこんな時間の電話、心当たりがありすぎるので居留守を決め込もうと思っていたけど、それはそれで後でどんな逆襲が待っているか恐ろしい。
なので出てみると、案の定と言うかなんというか、昨夜から繰り広げられた非日常の出来事が、この人の一声で日常にひっくり返った。
「…なんだよ。断っておくけど、俺は暇じゃないぞ藤ねえ」
「なによ、私だって暇じゃないわよ。今日も今日とて、お昼休み返上して教え子の面倒見てるんだからー!」
なぜだろう…。
エッヘンと胸を張る藤ねえの姿が明確に脳裏に浮かび上がった。
「と言う事で、お弁当作って至急弓道場まで届けられたし!以上!」
ガチャリと一方的に切られた電話。
………………。
俺は呆然と受話器を眺めるしかできなかった。
……ほんと、何なんだろうあの先生は……。
……こっちはこっちで大変なんだが、それをあの人にも言っても仕方がない。
……とはいえ、断ったら断ったで、後々面倒と言うかなんというかだし、何より弓道部の連中が、猛獣をなだめるのに午後の練習の時間を食い潰されるのも気の毒だ。
思うところは多々あるけど、思い悩んでたって事態が進むわけでも解決するわけでもない。
ここは一つ、こちらの昼食も作って気持ちを切り替えよう。
「なあ、セイバー。マスターってのは人目に付くことは避けるんだろ?なら昼間は安全だよ」
「ですが万が一と言う事はあります。シロウ一人で外を歩かせるのは危険です」
藤ねえ用の弁当箱を携えて学校に行こうとして、セイバーに留守番を頼もうと思っていたのだけど、セイバーは頑として俺の後についてきてしまった。
学校への道中、セイバーは俺の二~三歩先を歩きながら辺りを警戒している。
「セイバー、もし誰かに呼び止められたら、何も言わずに首を横に振るんだぞ。出来れば「ニホンゴハワカリマセン」って顔が出来ればベストだ」
ここはもう俺が折れるしかない。と諦めて、一般人に遭遇した時の対処法を指示する。
「セイバー?」
校門に差し掛かった時、セイバーが立ち止まって怪訝そうな顔をしていた。
「…魔力の残滓が感じられます。リンほどの魔術師が一年以上いる場所ですから、彼女の魔力が漏れ出たのかもしれません。とは言え、今この敷地には魔術師らしき人間はいないようです。気になる違和感がありますが、とりあえず危険は無いようです」
「だから、危険なんてないって言っただろ」
セイバーの言う通り、妙な違和感はあるけど、それ以外は全く感じられない。
……そもそも、よっぽど強い魔力じゃないと俺には感知できないんだが……。
弓道場の入り口に立った俺達を出迎えたのは桜だった。
「…………」
「よっ、藤ねえに弁当を届けに来たんだ。悪いけど、呼んできてくれないか」
桜は目を白黒させて、その視線を俺の背後に向けていた。
その視線の先にいるセイバーは、外に立って辺りを警戒している。
「あ……はい!」
桜が我に返り小走りに道場に戻ると、入れ違いに顔見知りの女子生徒が顔を出してきた。
「いやぁ、助かった。弁当持ってきてくれたんだって?藤村先生ったら空腹でテンション高くて困ってたのよ」
そう安堵の声を漏らすのは、弓道部主将の
武芸百般の女傑。
一般的に彼女を形容する言葉はそういう方面なのだが、知る人ぞ知る彼女の趣味嗜好はかなり乙女チックだ。
「お前もなあ、朝のうちに藤ねえの弁当ぐらい確認しとけよ」
「いやあ、それがあたしも疲れててさあ」
てへへと頭を掻きながら答える美綴。
多分慎二の事だろう。
あいつは何かと問題を起こすことが多い。
先日も、弓を持ったばかりの一年生に射をやらせて、笑いものにしていたそうな。
「今日、慎二は?」
「サボり。新しい女でも出来たんじゃない?」
やれやれとため息をつく。
なんというか、お疲れ様です。
「それよりも衛宮、表に
耳打ちするような声で言ってきた。
だよなあ……普通、セイバーを見たら驚くだろう。
「ああ、説明すると色々複雑なんだが………
外を見ると、そこにセイバーの姿はなかった。
どこへ行ったんですかセイバーさん!
藤ねえの弁当を美綴に託し、その苦笑いに見送られ、俺はセイバーを探しに校舎に走った。そのセイバーはと言うと、職員室の前で一人の女性と対峙していた。
「あ、この子衛宮君のお知合いですか?言葉が通じてないようで困ってたんですよ」
助けを求めてきたのは、桜の担任の妹で、購買のお姉さんこと朝比奈栞さんだ。
「この子は俺の知り合いで、見学にきたというか……」
「まあ、可愛らしいお知合いですね」
クスリと彼女らしい笑顔を見せる。
「と言うか、栞さんは何で学校に?今日は購買も休みじゃ…」
そう、今日は日曜日なので、学食も購買も休みなのだ。
だからこそ、美綴や桜を始めとする弓道部の面々は、猛獣「腹ペコタイガー」の扱いに苦労していたのだ。
「兄さんに頼まれて書類を取りに来たんです」
と、書類の入った封筒を見せる。
「兄さんったら、昨日一緒にバッティングセンターに行ったんですけど、張り切りすぎちゃって、今日は体中筋肉痛で動けないんですよ」
クスクスと「おじさんなんだから無理しちゃって」と笑う。
「それじゃ、私はこれで帰りますね。それと………校内は土足厳禁ですよ」
困った顔のその視線は、セイバーの足元に向けられていた。
セイバーは、思いっきりブーツのまま校舎内に入っていたからだ。
「シロウ、先程の女性ですが…」
応接室で校内用のスリッパに履き替えたセイバーが口を開いた。
「ん?栞さんがどうかしたのか?」
「ええ、初めは只者ではないと感じました。しかし、
ん?どういう事だろう?
と言うか、セイバーは会った人全員をマスターかどうか品定めしているのか…。
「彼女の呼吸は自然と言うか、周囲に溶け込んで気配を全く感じさせなかった。まるで木や石のように、元々そこにあったかのような……」
セイバー自身も判断がつきかねているようで、言いあぐねている。
「うーん……聞いた話だと、栞さんってああ見えて格闘技の心得が相当あるって話だし、昔はどこかの国の中枢で働いていたっていうからな。案外SPとかそんなとこだったんじゃないかな?」
「SP……近衛兵のようなものですか……」
顎に手を当てて考え込むセイバー。
そんなセイバーに「只者ではない」と言わせるあたり、栞さんって噂通り本当に謎な人だ……。
格闘技の心得については、
加えて、美綴自身「ありゃ勝てっこないわ」と匙を投げていたぐらいだ。
「しかし、あそこまで自然すぎると、逆に
「
流石に呆れた。
サーヴァントはここ数週間のうちに召喚されたわけであって、去年の秋から学園にいる栞さんが、サーヴァントだと言うのは無理がありすぎる。
「無論、彼女が
セイバーが言うには、
実体化している以上は、細工をしない限りサーヴァントとしての気配は漏れ出るものらしい。
「結論を出すには判断に迷うところですが、只者ではないことは確かです。油断しない事に越したことはありませんが、無闇に警戒する必要は無いでしょう」
何やらはっきりしない言い方だけど、セイバー自身もそうなのだろう。
「では、次の場所に行きましょうか」
セイバーが胸を張って宣言する。
「ちょっと待て!学校中を回る気か?」
「はい、安全と分かるまで」
セイバーに連れられて学校中を見回った結果、概ね安全だろうと言う事だった。
弓道部の部活はまだ終わっていなかったので、俺たちは日が沈む前に帰ることにした。
今一番の問題。
それはセイバーの事だ。
セイバーは霊体化できないと言う事は、一緒に暮らすことになる。
そうなれば、藤ねえや桜に会う事にもなる。
この問題を、可及的速やかに解決しなくてはいけなかった。
「そっかあ、切嗣さんの知り合いの娘さんだったのね」
いつも通り藤ねえと、今日まで来れないと言っていたはずの桜がやってきたので、二人にセイバーを紹介することにした。
事前にセイバーと口裏を合わせ、セイバーは「
「でも災難ねえ、荷物が届かないなんて」
荷物が無いのは、空港側のトラブルで世界中をたらい回しにされていると言う事にした。
実際、
「あの……藤村先生はそれでいいんですか………?」
桜が縋るように藤ねえに問いかける。
セイバーと一緒に住むという事に納得できていないのだろう。
それにしても、顔色は思った以上に良くない。やはり桜はどこか調子が悪いのだろうか。
「んー、折角切嗣さんを頼って来た子を無下には出来ないし……。ま、いいんじゃない?ホームステイだと思えば」
狙い通り、藤ねえなら納得さえしてしまえば援護射撃はしてくれるものと信じていた。
我ながら見事な作戦と感心せざるを得ない。
「………それは、そうですけど……」
桜の表情は暗い。
桜に対しては、小細工を弄してしまった後ろめたさがあるので強く言えないが…。
「桜は…セイバーが下宿するのは反対か?」
「……いえ、お知り合いの方が住むのは良いと思います…………その……セイバーって…………」
「ん?ああ、変わった名前だろ?ちょっと不愛想だけど、いい奴なのは保証するよ。あんまり日本に慣れていないから、桜が色々教えてくれると助かる」
「………はい……先輩がそう言うのでしたら……」
「うん、ありがとうな桜」
よかった……人見知りの桜が了承してくれた。
そうと決まれば、歓迎会を兼ねて盛大にやるとするか!
結果としては微妙だった。
天ぷらやら肉じゃがやら、腕によりをかけて作ったのだが、反応はいまいち。
味どうこうと言うより、我が弟子桜のご機嫌は上向きにはならず、主賓のセイバーは黙々と食べていた。
いや、セイバーはアレで上々な反応を示しているのかもしれない。
なにせ口にした途端その目が僅かばかり輝いていたし、何かに納得するように時々頷いていた。
そして時々、上に跳ねた髪がピコピコと動いていた。
アレは尻尾か何かか?
とにかく総評すると、微妙の一言に尽きるのだが………
「士郎~~~~~~~この海老天、ぷりっぷりで美味しいなんてもんじゃないわよー」
「ん~~~~~~、この肉じゃがもしっかり味が染みてホックホク祭りだわあ」
「この唐揚げも、熱々のジューシーでいくらでも食べられちゃうじゃない!ネギソースとの相性もばっちりだよ!」
とまあ、藤ねえが四人分喜んでいるからいいか。
というか藤ねえ、それだけ食って三杯目のご飯をおかわりだなんて、どんな胃袋してるんだ?
食事が済んでからの後片付け。
いつもなら桜が手伝いに来てくれるのに、今日に限って藤ねえやセイバーと一緒にテレビを見ている。
テレビから流れてくるのは、連日の物騒なニュース。今日は外国人観光客が殺人事件の犠牲になったらしい。
本当に最近物騒だ。これも聖杯戦争のマスターによるものなのだろうか。
だとしたら、無関係な人たちを巻き込むなんて………!
っと、もうこんな時間か。
今日は頑張ったおかげで洗い物が多い。
桜を送ってから片付けを再開するとなると、深夜になってしまう。
何よりそれをセイバーが許すはずもない。
となれば、代理を立てるより他ない。
「藤ねえ、そろそろ桜の見送り頼む」
何を隠そう藤ねえは、「冬木の虎」との異名を持つ猛者なのだ。そこいらの暴漢ぐらいなら、藤ねえの手にかかればちょちょいのぱっぱだ。
しかし、その虎の反応が無い。
「藤ねえ?………もしもーし、聞こえなかったんですか?藤村先生?」
虎の尾を踏むわけにはいかないので、虎の口に手を入れるように藤ねえの前に立つ。
「ん?悪いけど却下。しばらくは桜ちゃんを送ってあげられないから」
「なんでさ」
寝転がっていた藤ねえは、視線だけこちらを向けて拒絶すると、目を背けるように反対側に寝返りを打った。
「今日から私もここに泊まるから」
はい?
今なんて言った?
泊まるって?
「桜ちゃんもどう?おうちの方には私から連絡入れてくから安心だよ」
「あ、はい!是非!藤村先生、頼もしいです!」
身を起こし桜まで巻き込む藤ねえ。
桜は桜で、今までの暗い表情から一転してパッと明るい表情になる。
「よーし、それじゃあ奥の座敷を使おう。布団ならいっぱいあるし、セイバーちゃんもいいわよね?」
年頃の男女が同じ屋根の下で一晩を明かすなんて、教師として見過ごせないのだろう。もうこうなったら、藤ねえは梃子でも動かない。
これ以上反論しようものなら、今度こそ虎の尾を踏みかねない。
セイバーが困った顔をしてこちらを見るが、不甲斐ないマスターにはこれ以上手の打ちようが無い。
どうやらセイバーの身元を偽装する策は裏目に出たようだ。
策士策に溺れる。
慣れないことはするものじゃない。
すまないセイバー。
明日の朝食は、セイバーのリクエストに最大限応えるから。